第148話 第十三エリア帯
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今回の目的地である巨塔ダンジョン〈大迷宮界域〉第一大階層の第三十三エリア帯へと繋がる道を一言で表すとしたら、デメリットしかない環境だろうか。
入り口である第一エリアから第三十三エリア帯に向かう際には、必ず隣接している第十三エリア帯を通る必要がある。
この第十三エリア帯の自然環境は湿原。
普通に歩くことができる固い地面がある場所は結構あるものの、基本的には湿った草原や沼地が広がるフィールドだ。
大気中の水分量も多いうえに気温も高めで、ジメジメ蒸し蒸しとした空気には自然と不快感を感じざるを得ない。
加えて、最大で二メートル近い高さの草本が生い茂っている場所もあるため、視界も悪く奇襲も受けやすい地形をしている。
せめて換金率の高い魔物や資源があれば違ったのだろうが、このエリア帯に出てくる魔物は基本的に毒系だ。
蟲系や爬虫類系の毒持ち魔物が出現するのだが、極一部を除いてそのどれもが珍しい魔物では無く、もっと簡単に狩れるエリア帯があるので素材も安い。
環境資源も極一部を除いてありきたりなモノしかないので、魔物素材と同様の理由でここで集める利点が無い。
「ーーそういったデメリットだらけなエリア帯を通る必要があるから、この先の第三十三エリア帯は不人気エリアなんだよ」
「なるほどな。このエリア帯以外に通じる場所は無いのか?」
「あるにはあるけど、下層側のエリア帯からしか通じてないからかなり遠回りになるな。向こうは向こうで厳しい自然環境だけでなく、魔物まで強いからアッチの道は別の意味で選ばれないな」
第十三エリア帯に足を踏み入れたタイミングで、リーゼロッテと入れ替わりで前に出てきたシルヴィアに現在いるエリア帯について解説する。
俺とシルヴィアの前方にはエリンがおり、視界を遮る草本を斬り払いながら進行方向や周囲の安全を確保していた。
今回の探索にむけて、事前にエリンには斥候技術を仕込んでいる。
毎回俺が斥候役を務めるわけにもいかないので、俺以外で適性があって前衛型でもあった狼人族のエリンを斥候役に抜擢した。
前回は初回のダンジョン探索ということで全般的に俺が斥候役を担ったが、今回は初の実践ということで目的地手前の第十三エリア帯からエリンに斥候役を任せている。
初の実践場所がこのエリア帯なのは中々ハードだとは思うが、すぐ背後には俺がいるので仮に何かあったとしてもすぐに対処できる。
例え殆どの冒険者が足を踏み入れない不人気なエリア帯であっても、冒険者ギルドには情報が蓄積されてる。
先人達が命懸けで戦い生還したことによって齎された値千金の情報を編纂して作られた資料には、この第十三エリア帯の情報も載っており、その中には当然ながら出現する魔物の情報もある。
今通っている進路上に出現するのは数種類の小さな蟲系の魔物だ。
小さな蟲系の魔物というのは知能が低く、本能に従って行動する傾向がある。
そのあたりの生態はダンジョン内に出現する魔物も同様であり、そういったタイプの魔物はわりと簡単なことで避けることが可能だ。
「エリン。〈蟲除けの鈴〉は定期的に鳴らすようにな」
「あ、申し訳ありません。今鳴らします」
エリンは自分の胸元で揺れる緑色の鈴型
鳴らすとは言ったが、この鈴型魔導具が実際に音を鳴らすわけではない。形や名称が鈴だから鳴らすと表現しているだけだ。
その代わりに発動させると周囲に特殊な波動を放つようになっており、この波動には本能が強く知能や自我といったモノが希薄な昆虫や蟲系魔物を遠ざける効果がある。
ダンジョン内の拠点に設置した、魔物を遠ざける効果を持つ魔導具である〈聖場碑〉と同系統の技術を使って作った簡易版、または派生品のような魔導具だ。
蟲タイプに限定されているし高レベルの蟲系魔物には通じないが、この第十三エリア帯にいる蟲系魔物には高レベルの個体は存在しない。
第十三エリア帯を通過する際の対策というのが、この自作魔導具を使用して蟲系魔物のテリトリーを突っ切るという方法だ。
蟲系以外の爬虫類系には通じないが、最初からそちらの縄張りを通るつもりはないので問題にはならない。
ただし、ダンジョン内の魔物の生息域が稀に変わる事態もあるため油断は禁物だ。
蟲除けの鈴を鳴らしていれば蟲系魔物は避けられるが、偶々蟲の縄張りに入り込んだ爬虫類系魔物は避けられないので警戒を怠ることは出来ないし、魔物の有無に関わらず地形も気にする必要はある。
こういった状況もエリンの実地訓練には最適であったため、このエリア帯から斥候役を任せることにした。
まぁ、今のように周囲を警戒するあまり、定期的に発動させなければならない蟲除けの鈴のことを忘れることもするが、基本的には順調だ。
進路についても地図を見せながら事前に教えているし、分かりやすく目印となる地形もあるので迷うことはないだろう。迷ったら迷ったでそれもまた経験だ。
「……そろそろいい時間だし休憩しようか。エリン。休める場所に先導してくれ」
「分かりました」
心身共に疲弊してきていたエリンの様子を見て小休憩をとることにした。
蟲は鈴で遠ざけられるため、エリンは近場で見晴らしが良くてしっかりとした足場のあるところを探し出すと、皆を其処へと案内する。
地面が濡れているので防水シートを敷いてから腰を下ろす。
すぐに動けるように靴を履いている足はシートの外へと投げ出している。
ただし、【無限宝庫】の瞬間装着能力ですぐに靴を履くことができる俺は靴を脱いでシートの上に足ごと上がった。
そして、初めての斥候役でかなり疲れているエリンを手招きして膝を枕代わりに貸してやると、すぐにエリンが寝転がってきた。
俺達以外の者達は何か言いたげだったが、口には出すことはなく各々自由に休みだした。
「疲れたか?」
「はい。疲れました……」
「まぁ、慣れるまでの辛抱だ」
「頑張ります」
【心身慰労】と【慰撫】を発動させてからエリンの頭を撫でたり、肩や脚をマッサージしていく。
疲れた身体には効果抜群のようで、かなり弛緩した顔になっている。
声こそ我慢しているが僅かに声は漏れており、蕩けた表情と合わさって大変アレな感じになっていた。
「……逆に体力が無くなるのでは?」
「んー、大丈夫だろう」
エリンの様子を見た後、若干冷たい目で此方を見てくるリーゼロッテにそう返すと、エリンの身体へのマッサージを切り上げて狼耳の生えた頭を撫でるだけにした。
「それで? あとどのくらいで着くのですか?」
「三十三に?」
「はい」
「えっと……今のペースだと一時間ぐらいで第十三エリア帯を抜けるかな。第三十三エリア帯での拠点を置く候補地に着くのは、そこから更に一時間ぐらいだな」
「合わせて二時間ですか。着くのはお昼過ぎになりそうですね」
「ああ。だから次の休憩時に昼食をとろうか。タイミング的にはこのエリア帯を抜けたぐらいかな?」
「どうせなら拠点候補地まで我慢して、作った拠点の中で食べたいです」
「俺はどっちでもいいけど、皆はどうする?」
聞き耳を立てていた他のメンバーに尋ねると、彼女達も屋内の方が良いとのことだった。
そういうことなら次の小休止は無しで一気に進むとしよう。
ある程度回復したエリンも承諾したので、休憩後は一息に湿原を駆け抜ける。
「っ! 止まってください。敵です」
あと少しで第十三エリア帯を抜けようとしたところでエリンが進行方向上に魔物を発見した。
体長三メートル越えのカエルタイプの魔物で数は三体。
逃げ回る小さな魔蟲を追いかけてきたのか、口から長い舌を伸ばして手のひらサイズの魔蟲を捕食しているようだった。
まだ距離があるからか、大カエル達はこちらに気付いてはおらず先手が取れそうだ。
「それじゃあ、先輩、カレンに倒してもらおうかな。あ、先輩が二体倒してください」
「分かったわ。カレンちゃんはどれにする?」
「んー、右のやつを倒します」
「じゃあ、私が左と真ん中ね。準備が出来たら言ってちょうだい」
「うん……いつでもどうぞ」
「三カウントで撃つわ。三、二、一、ゼロ!」
カレンの『
人の頭部ほどの太さの光線が大カエルの頭部を焼き貫き、間髪を入れず放たれた貫通力が強化された二発の魔弾も二体の大カエルの頭部を撃ち貫いた。
二人は共にユニークスキル持ちであり、それぞれの攻撃は内包スキルによる強化を受けている。
カレンの場合はユニークスキル【
セレナの場合だと、ユニークスキル【
純粋な威力強化とクリティカル補正という違いこそあるが、当たりどころが良かったとはいえ一撃で倒してしまえるあたり、流石は
「お疲れ様。攻撃音は無かったから大丈夫だと思うが、早めに移動しようか」
大カエル三体の死骸を【無限宝庫】へ収納していると、自由になった魔蟲達が襲い掛かってきたので、手のひらから【燦焔閃光】による光焔を放って焼き尽くしてから足早にその場を後にした
[スキル【群体行動】を獲得しました]
魔蟲から獲得した新規スキル【群体行動】は俺自身には意味が無いが、同一種類の眷属ゴーレム達による集団行動時に補正がかかるようなので中々有用そうだ。
あとで今生み出している全ての眷属ゴーレムに実装しておくとしよう。
「ここからが第三十三エリア帯だ。エリン、そこの分岐路を左に進んでくれ」
「分かりました」
それから一時間ほどして第三十三エリア帯における拠点候補地に到着した。
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