第147話 新商品と装備事情



 ◆◇◆◇◆◇



 前回の巨塔ダンジョン探索から三日後の朝。

 冒険者ギルドに出されていた焔輝クランマスターのヘルムートと戦獣クランマスターのディルクからの指名依頼を受注してから巨塔ダンジョンへと向かう。

 今回は前回とは違い、Sランク冒険者の証である蒼銀色の冒険者プレートが周りから見えるように首から下げ、普段は抑えている強者の気配を、昨日一昨日と会った他のSランク冒険者が発していたレベルで放っている。

 その効果なのか、以前のようにスリの標的に狙われることなく巨塔前に辿り着いて入塔手続きを行なった。


 マップを見た限りではスリがいないわけではないようなので、今回行った示威行為は有効なようだ。

 以前遭遇した際にマーキングしておいたスラム街の子供達は今日も巨塔前の広場にてスリを行っていた。

 長期的に考えると、現状のように低位冒険者を標的にした犯罪が横行していることは、将来的なドラウプニル商会の利益を損なっていると言えなくもない。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】によるマップ上のマーキングと、諜報用眷属ゴーレムであるラタトスクによってアルヴァアインのスラム街事情は大体把握している。

 先を見越してその辺りの界隈にメスを入れるのも良さそうだな。



「どこぞの預言者の海割りみたいに道が出来てるわね……」



 セレナが言うように、今日は行く先々で人混みの中に道が拓けている。

 Sランクの証と強者の気配の効果が顕著に表れるのも神迷宮都市ならではの特徴なのかもしれない。歩きやすくなったのは良いことだ。

 巨塔ダンジョンのエントランスに足を踏み入れると、ダンジョンフィールドである異界へと通じる巨大門ではなく、壁際にある露店の一つへと向かった。

 中々繁盛しているらしく、主にBランクCランクといった中級冒険者達が店頭に並んでいる商品を吟味していた。



「出張店も大盛況のようだな」


「あっ、会長! ようこそお越しくださいました! これからダンジョンですか?」



 裏の方で作業していた猫人族の店員ーードラウプニル商会巨塔出張店の責任者で、愛嬌のある顔立ちをした美女であるロクサーヌに話し掛ける。

 彼女達には、その名の通り巨塔ダンジョンに挑む冒険者達を顧客とした商いをこのエントランスで行わせている。

 前回此処を通った際に【空間把握センス・エリア】と【盗聴ワイヤタッピング】を駆使し、他の露店が取り扱う商品や客層などはチェック済みだった。

 ダンジョン内で活動している間もエントランスに残してきたラタトスクを介してマーケティングリサーチを行なった結果、どんな商品を店頭に並べるかを決めた。

 

 

「ああ。今からダンジョンだ。その前にこっちに顔を出しておこうと思ってな」


「そうでしたか。巨塔出張店は順調ですよ。ご覧のように中堅クラスの冒険者の方々が主な客層です。開業してまだ三日目ですが、今のところ毎日安定して黒字になっています」


「そうみたいだな。昨日店の方で報告書は見させてもらったが、全商品満遍なく売れているようで何よりだ」



 本店の方での売れ筋は装身具タイプの能力増大ブースト魔導具マジックアイテムだが、この出張店では取り扱っていない。

 元々ダンジョン前ということで他所の露店も割高な価格設定になっており、それはウチの商会の出張店も同様だ。

 実際に、本店でも扱っている魔法薬ポーション類は三割から五割増しで店頭に並んでいる。

 だが、大半のポーション類よりも高額であるブースト系魔導具も割増価格で店頭に並べても、同じように売れるかは正直微妙だ。

 巨塔を出て少し歩けば本店で定価で買えるのにわざわざ此処で買う者はいないだろう。

 そのため、ここではポーション類などの消耗品に合わせて、使用回数が決まっている特殊な魔導具を試験的に取り扱うことにした。


 試験的というように本店では販売していない商品だ。

 破損しない限りは半永久的に使える通常の魔導具とは違い、使用回数が決まっている特殊な魔導具になる。

 そういう使い捨ての仕様であるため、魔導具にしてはその価格は比較的安価だ。

 戦闘の邪魔にならないように形状は全て腕環タイプであり、腕環に埋め込まれている宝珠の点灯の有無で残りの使用回数を確認する。

 そのため、この宝珠は使用回数の確認以外の役割は無く、最後の宝珠の消灯に合わせて腕環に刻まれた術式も自壊するようになっている。

 無理矢理解体しようとしても自壊術式が発動するので模倣されることは無いだろう。


 この使い捨て魔導具だが、三つのタイプを販売している。

 効果時間が短い代わりに一時的に高い支援強化バフ効果が得られる各種バフ系。

 発動させると一定時間攻撃を防ぐ障壁結界を展開する防御系。

 各種低位の治療魔法と同等の効果が発動する治療系。

 特殊な術式と技術が使われてはいるが、そこまで高価な素材は使っていないのと実装されている能力は一つだけで使い捨てであるため、魔導具にしては良心的な価格設定になっている。

 技術的に今のところはドラウプニル商会では俺しか製作出来ないものの、特別なスキルが必要なわけではないため商会所属の職人達でもいずれ製作出来るようになるはずだ。


 使い捨てという、販売休止しても後腐れの無いタイプの商品を試験的に販売してみたが、強化魔法薬ブーステッド・ポーションがダンジョンの宝箱からしか入手出来ないのもあってかバフ系などは想定以上に売れている。

 ロクサーヌの所感によれば、ブーステッド・ポーションや魔法と違って自分の意思で即座に使用出来る点がセールスポイントらしく、人づてに噂が広まったことで売上数は日々上がっているとのこと。

 ダンジョン前でこれだけ売れるようなら本店の店頭で売っても良さそうだ。

 引き続き頑張るようにロクサーヌ達を激励してから巨大門の方へと向かった。



 ◆◇◆◇◆◇



「今日は何処のエリア帯なんだっけ?」


「今日は第三十三エリア帯だな。このあいだの第二十四エリア帯とは反対側の方角だけど、前より早く着くはずだ」


「そうなのか?」


「ああ。道中ショートカットするからな」



 エリア帯同士を繋ぐ通路を進みながらシルヴィアの疑問に答える。

 第三十三エリア帯へと通じる道は人気エリア帯とも繋がっているからか、ダンジョンに入ってから現在までの間一体の魔物とも遭遇していない。



「それにしても、全く魔物がいないわね」


「この道は冒険者が多く通るからな。出現するたびに即討伐されているみたいだぞ」



 魔物を表す光点が出現するそばから冒険者達を表す光点に群がられて消滅しているのがマップ上で確認できる。

 このあたりの魔物の強さでは数の暴力の前では無力らしい。



「そうなのね。目的地である第三十三エリア帯には魔物はいるの?」


「不人気エリア帯だからな。沢山いるはずだ」


「第三十三エリア帯って不人気なの?」


「うーん、正確には第三十三エリア帯自体は不人気じゃない。ただし、第三十三エリア帯に行くために通らなければならない道中の環境が劣悪なんだよ」


「だから第三十三エリア帯も不人気扱い、っと」


「そういうこと。お、今日初の魔物だ」



 マルギットからの質問に答えつつ歩いていると、本日初めての魔物と遭遇した。

 ただし、既に他の冒険者と戦闘中だったので戦うことは出来ない。

 小エリアに入ってすぐのところで戦闘が行われているが、横に別の道があったのでそちらへと逸れることにした。

 他の冒険者が戦っている魔物に許可無く割り込み攻撃を仕掛け、魔物自体や経験値を横取りする行為を〈横殴り〉と言い、ダンジョン内で起こる冒険者同士のトラブルの原因となることが多いらしく、トラブル回避のために決して行わないように言われた。

 横殴り以外にも、戦闘後で疲弊している冒険者を襲う者もいるらしく、そういった者達と間違われないためにも他の冒険者から救援要請が無い限りは、戦闘が行われている場からすぐに離れるのが暗黙の了解なのだと、前回の探索の手続き時に職員から注意事項の一つとして教えられた。

 言っていることは至極当然のことなのだが、それを守らない者は一定数いるそうで、ダンジョン内では魔物だけでなく人間にも気を付けなければならないそうだ。

 そういったトラブルを避けるためにも、その場を大きく迂回してさっさと小エリアを通過した。



「あの子達の装備って、あれで防御力あるのかな?」


「カレンが言ってるのは、さっきウサギ系の魔物と戦っていた子達のことか?」


「うん。見た感じ普通の布製の服と木の棍棒だったから」


「まぁ、見た通りの防御力や攻撃力しかないだろうな」


「あんな装備で上層まで来るなんて……」


「表層にいる魔物は常に取り合っているからな。冒険者同士のトラブルのことを考えれば、敢えて上層まで潜って戦うのも一つの手だろう。危険性は表層よりも相応に高くなるが、本人達も承知の上でやってることだ……ま、なるようになるさ」


「……確かに冒険者は自己責任よね」


「そういうことだ」



 【情報蒐集地図】のマップ上の詳細情報によると、先ほどの子供達のレベルは十前後。特出したスキルも無い普通のEランク冒険者のようだ。

 カレンよりは年上だが、未成年であることを差し引いても痩せ細っている。

 なんとなくだが、スラム街の住人というわけではないと思う。

 だが、食料事情はそこまで大差ないように見える。

 察するに、毎日の稼ぎは宿代と最低限の飯代に消えているのだろう。

 安定して表層で稼げるなら節制は必要だが普通に生活できるはずだ。

 それが出来ないあたりに表層の魔物の取り合いの激しさと下級冒険者の多さが窺える。

 これまでに見かけた他の下級冒険者達の大半も似たようなレベルの装備だったので、アルヴァアインでは珍しくないのかもしれない。


 一定ラインの装備を整えることが出来れば、下級冒険者の生存率が上がって彼らの懐が潤う。

 懐が潤えば更に良質な装備や飯代などに金が消費されることで市場に金が回る。

 そして、その金は直接的に第二次第三次産業それぞれで働く者達の懐を潤し、彼らの消費も促進することで再び市場に金が流れ、第一次産業にも金が回るようになる、っと。

 まぁ、あくまでも机上の空論である上に、下級冒険者達にはそもそも先立つ物が無い。

 怪我や病気の度合いによっては簡単に頓挫するだろうし、リソースも有限なので現実には不可能だろう。



「……やり方次第では上手く使えるか?」



 此方の呟きに反応したリーゼロッテに、何でもないと言って誤魔化すと、彼女達を引き連れて分かれ道を右へと進んだ。




 

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