第144話 連絡手段



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーお。大将じゃねぇか。店に用事か?」


「ああ、ちょっと商談があってな。というか……フェインのその格好は?」



 焔輝クランの長であるヘルムートからの製作依頼の話し合いのためにドラウプニル商会本店に赴くと、店内に一般店員用のエプロンを身に付けたフェインがいた。

 商品補充の作業中だったのか、その手には大きな木箱が抱えられている。

 強者の気配を抑えた上に愛用の魔槍も見当たらないので、今の姿を見てもSランク冒険者〈殲槍疾走〉だとは気付かれないだろう。



「見ての通り店の手伝いをしているから、店員らしい格好をしてみたんだが、変か?」


「いや、似合っているよ」


「そりゃあ良かった」


「それで? 何故店員の格好をしているんだ?」


「大将が用意した展示物があるだろ? それで客の入りが良いんだが、商品補充まで手がまわってねぇんだわ。だから警備の連中で手の空いてる奴が手伝ってるんだよ」


「そういうことか。店の方を手伝えるぐらいには、警備の方は人が足りてるのか?」


「警報系魔導具マジックアイテムや警備用ゴーレムがあるからな。店頭の従業員と比べれば一人あたりの負担は軽いと思うぞ」


「そうなのか。ヒルダからは報告が無かったんだが……」


「手伝いだしたのは昨日からだからな。たぶん、今日この後にでも報告するつもりだったんじゃないのか?」


「タイミング的にはそうなるか。まぁ、取り敢えずは警備部門のシフトを調整して正式に店の裏方を手伝わせるか。人手が足りないほどに忙しいのは今だけだろうからな。他の警備の者達にも伝えておいてくれ」


「あいよ」



 フェインと別れて、本店の上階にある執務室へと移動する。

 移動した先で待っていたヒルダからフェインが言っていたことを含めた諸々の報告を受ける。



「今回は緊急性の無い内容だから良かったが、いざという時のために俺に直接繋がる連絡手段があった方が良さそうだな」



 現状では俺の方から『念話テレパス』の魔法で連絡を取らない限りは、遠距離間での連絡手段は無い。

 これまでは商会関連事業などで喫緊の報告は無かったので困らなかったが、迷宮都市という都市の特色を踏まえると、これからも平穏だとは限らないだろう。

 であれば、今のうちに専用の連絡手段を用意しておくのが良さそうだ。



「私どもとしましても連絡手段があると非常に助かりますが、リオン様がダンジョンに潜られている間は連絡不可能なのでは?」



 転移魔法もそうだが、『念話』などの連絡魔法も神造迷宮内と外界を隔てる境界を超えて使用することは普通は出来ない。

 迷宮内での使用が困難な転移魔法とは異なり、迷宮内部にいる者同士の間で使用するならば連絡魔法は使用可能だ。

 だからヒルダの懸念は当たっている。



「俺の能力を組み合わせた特殊な連絡用魔導具を用意する。それを使えば迷宮の内外で相互に連絡を取ることが可能だ」



 迷宮外にいる眷属ゴーレムとは魂的な繋がりによって連絡が取れていたため、魔導具の基部に専用の眷属ゴーレムを搭載すれば意外と簡単に製作できる。

 この魔導具の仕組みを簡単に言うならば、眷属ゴーレムが受信しきいた内容を魂的な繋がりを通して俺に送り、こちらから送信はなした内容を受け取った眷属ゴーレムがその音声を再生するといった感じか。

 ちなみに、この連絡方法の特性から眷属ゴーレムを介せば、俺がいなくても通話が可能だ。

 この魔導具は『念話』のような直通ではなく、間に眷属ゴーレムでワンクッション置いているがタイムラグなどは無い。

 魔導具のコアとなる眷属ゴーレム自体がブラックボックスであり、盗難悪用防止の役割も果たしてくれる……あとは通信内容の盗聴も。

 そう考えると、他者に、特に国や他所のクランなどに売れば色々と情報が得られそうだが、販売よりもレンタルの方が諸々の対策的には安全か?



「そのような魔導具が……」



 俺から聞かされた内容に驚いているヒルダの目の前で早速製作を開始する。

 魔導具に使う素材は、空間属性と術理属性に親和性のある数種類の金属を使った合金でいいだろう。

 一番重要なのはコア型眷属ゴーレムなので、この合金は補助術式と相性が良かったのと、連絡用魔導具らしい素材だから欺瞞にちょうど良いという理由で選んだだけだ。

 まぁ、金属以外だと宝石を使うぐらいしか選択肢は無いので、この合金を使うのはある意味必然とも言える。


 俺の数滴分の血を使ったコア型眷属ゴーレムに実装するスキルは、通信した音声を記録・再生する能力がある【情報賢能ミーミル】、魔導具自体の情報を隠蔽する【偽装の極み】、第三者に魔導具を解体されたり奪われたりした際の自壊用である【紅蓮爆葬】の三つだ。

 送受信するのは音声のみで構わないから、サイズは小さくていいので、種類は持ち運べて身に付けられるペンダントタイプ。

 形状と色については、コアとなる眷属ゴーレムに付ける名称である〈グリンカムビ〉に合わせて金の鶏にするか。

 デフォルメしたマスコット風味の丸々とした形状は、なんか可愛い。

 鶏冠を無くしたらヒヨコにも見えなくはない……尖った部分が無くなるし、そっちの方が良いかもしれないな。



「ヒルダはどっちの形が良い?」


「えっと、こっちの方ですね」


「理由は?」


「可愛らしかったので」


「それなら、もっとヒヨコに寄せた形にするか」



 【金属精製】で生成した合金を使った、二つのタイプのペンダントをヒルダに見せた結果、連絡用魔導具〈グリンカムビ〉の形は女性受けが良い金色のヒヨコ型ペンダントに決まった。

 これを本店のヒルダや帝都支店のミリアリアなどの商会関連組織のトップに渡しておけば、連絡が取り易くなるだろう。

 同じ魔導具同士でなら、【情報賢能】を介して連絡が取り合えるようになっている。

 連絡先の選択だが、サイズ的に番号管理が難しいので連絡したい相手の名前を言うという音声選択式を採用。当然ながらグリンカムビが無ければ無理だ。


 身内以外に販売かレンタルする場合は、グリンカムビの形状を変えて差異をつけるつもりだ。

 その時の形状こそ元ネタの雄鶏にするか、或いは全く関係のない形状にしようかな。

 神造迷宮である巨塔ダンジョン内のヴァルハラクランの拠点へと【領域の君主】で転移し、本店にいるヒルダと問題なく連絡が取れることを確認する。

 俺の領域扱いの商会本店の執務室へと【領域の君主】を使って帰還すると、興奮した様子のヒルダが出迎えてくれた。



「リオン様! このグリンカムビは売れますよ!」


「だろうな。自分で作っておいてなんだが、些か効果も価値も強力過ぎる。表に出したら面倒そうだ」


「確かに。地上で連絡を取り合う魔導具は既に幾つかありますが、このグリンカムビは迷宮内と外部の地上で相互に連絡が可能ですので、凡ゆる勢力が欲しがるでしょうね」


「ああ。せっかくの大金を稼ぐチャンスだが、販売はちょっとな……」


「では、家宝の迷宮秘宝アーティファクトという触れ込みで超高額で貸し出すのは如何でしょうか?」



 正に金の卵を産む鶏と言えるグリンカムビで金稼ぎが出来ないことを残念に思っていると、ヒルダがそんな提案をしてきた。

 グリンカムビの存在が知られた後のことを考えた結果、面倒くさくなって思考を停止していたことを抜きにしても、ヒルダからの提案は目から鱗だった。

 刹那のうちにヒルダの提案に含まれた幾つもの利点を理解し、確認のために口を開いた。



「……なるほど。アーティファクトという触れ込みならば既存の魔導具を逸脱した能力であっても不思議ではないし、使われている術式や製作技術的な詳細が分からないのも同様の理由で押し通せる。そんな家宝のアーティファクトを国や大型クラン、いや、アーティファクトだから同じ物が多数あるのも問題だからクランは保留だな」



 ダンジョン内と外部用でグリンカムビは二つ必要なため、貸し出すなら二つで一セットのアーティファクトという触れ込みになるだろう。

 国とヴァルハラクランで一セットずつの計四つは存在を確定させるとして、それ以上ともなるとアーティファクトという説得力が無くなるか、多数手に入る類いのアーティファクトだと思われてしまい価値が下がる可能性がある。

 そのため、クランへ貸し出す案については慎重に検討してからでも遅くはない。



「国に献上した場合ほどではないだろうが、そんな家宝のアーティファクトを貸し出すともなれば、俺と商会の国内での扱いは更に増すに違いないだろう」


「ご明察恐れ入ります。商会の定期的な収入も見込めますし、現在アルヴァアインの巨塔ダンジョン内で行われている中継拠点計画などの国家事業への参入権も得られやすくなるでしょう」


「中継拠点か。確かに彼処にこそ国は外部との連絡手段が欲しいだろうな……貸し出すにしても、普段は中継拠点にて俺達でアーティファクトを管理して、国やクランが使いたい時に貸し出して使用料を徴収するという事業を行うのはどうだろう?」


「そうですね……アーティファクトを丸ごと貸し出すリスクを無くせますし、ダンジョン内にいながら外部の者に物資の補給を要請することができる利点は大きいので、かなりのリターンが見込めるかと思われます。ただ、駐留する人員や、初期投資に維持管理費などのコストが多大な物になるのが欠点です」


「ふむ。まぁ、そう上手い話ばかりじゃないか。今すぐどうこうなるものじゃないだろうが、大体の目安は欲しーー」


『ーー失礼致します。焔輝クランのクランマスター、ヘルムート・エルプティオ様と秘書の方がお越しになられました。第三会議室へとお通ししております』


「分かった。すぐに向かう」



 執務室の扉をノックする音の後に続いた従業員からの報告に言葉を返すと、座っていたソファから立ち上がる。

 本店支配人のヒルダも、焔輝クランのマスターであるヘルムートとの顔合わせも兼ねて、秘書として製作依頼の交渉に参加するために同行する。



「グリンカムビを使った事業展開だが、中継拠点が無いうちは取り敢えず保留だ。だが、もし開業する場合に、どのくらいの予算が必要か現段階でも分かる範囲内のみでいいから、今後の参考のために大体の値を算出しておいてくれると助かる」


「かしこまりました。お任せください」



 全ては現在も巨塔ダンジョン〈大迷宮界域〉第一大階層の中間地点に向かって遠征中の開拓部隊の結果次第だな。

 ヒルダに今後の指示を出してから、彼女を伴ってヘルムートが待つ会議室へと移動した。



 

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