第145話 焔輝クランからの依頼



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーさて、自己紹介も終わったことですし、さっそくヴェルンドの代理人として依頼の詳細についてお伺いしましょう」



 向かいの席には焔輝クランのマスターであるヘルムートが座っている。

 その隣の席にはヘルムートの部下であり、こういう場において秘書を務める魔角族の女性の団員クランメンバーがいた。

 同様の配置でこちらには輝晶人族のヒルダが秘書として同席している。

 今更ながら、リーゼロッテ達はこの場にはいない。

 今日は前日の飲み会や迷宮探索などあって疲れていたため、俺以外の者達も起床したのは昼頃だった。

 俺は元々のスケジュール通りーー前の日に急遽入った用事だがーー商会本店に向かわなければならなかったが、リーゼロッテ達は特に予定も無かったので、朝練代わりと昨夜の交流会の続きの一環として、フィーア達屋敷の使用人達も含めて模擬戦を行っている。

 帝都の方の屋敷同様に地下に設けた広大な鍛錬場にて行われており、地上の屋敷の管理のために最低限の人員を残し、それ以外の全員による白熱した闘いが繰り広げられていた。


 【並列思考】で分割した思考の一つを使い、治療役として置いてきた眷属ゴーレムの視覚越しに今も観戦している。

 俺が眷属ゴーレム越しに観戦しているのを知っているのはリーゼロッテだけだからか、模擬戦を行っている彼女達の間ではかなりアレな発言が飛び交っている。

 例えるならば、男子が持つ女子のイメージを崩すような類いの女子の会話を聞いてしまったような状況だ。

 まぁ、異性に対する幻想を抱いたりはしていないのでショックを受けてはいないが、昨夜のアレコレもあってか、筆舌にし難い会話内容が聞こえてくる。

 黒いドロドロとした会話内容では無いのがせめてもの救いか、と気持ちを切り替え、【無表情ポーカーフェイス】の助けも借りて表情が崩れないようにしつつ、意識を目の前の商談へと向けた。



「先日も言ったように、私が依頼したいのは装備の製作です。質問ですが、ヴェルンド殿に作れない種類のアイテムはあるのでしょうか?」


「特に無かったはずです。衣類でも装身具でも金属武具でも魔物素材製武具でも製作していましたので」



 ヴェルンドという名は俺の職人用ビジネスネームだ。

 表向きは別人だが、実際には俺自身であるためこの解答に嘘は無い。



「それは良かった。私が求めているのは魔法系能力を持つ叙事エピック級の魔導具マジックアイテムです。形状は手がフリーになるような腕環や手袋系でお願いしたい」


「腕環と手袋タイプを希望ということは、杖や指環は駄目、ということですよね?」


「ええ。指環は指環系魔導具を既に装備しているので、これ以上増やすのはちょっと不都合が。あとは、これまでも魔法触媒は指環系を使ってきたので、両手は空いている方が望ましいです」



 見せるように掲げられた両手には全部で五つの指環系魔導具が装備されており、二つは杖のような魔法触媒効果に特化した指環。二つは身体能力を増幅する指環で、残る一つは魔力を事前に蓄積しておく効果を持つ指環だ。

 昨日ギルドで会った際に装備していたのが普段使いの装備だと仮定してだが、大体の戦闘スタイルは把握できている。

 それらの情報から提案できる装備を脳内でピックアップしていった。



「なるほど。魔法系能力と仰いましたが、それは魔法触媒効果とは別の物のことでしょうか?」


「魔法触媒系も含めてですね。ですが、既に魔法触媒効果を持つ指環がありますので優先順位は低いです。なので、魔法系能力というのは、魔力を消費するだけで魔法事象と同様の効果を即座に発動するような能力のことになります」


「例えば、発動したら炎弾を飛ばしたり身体能力を強化したりできる能力ですか?」


「はい」


「なるほどなるほど。要望する具体的な効果などはありますか?」


「そうですね……少ない魔力消費で発動でき、魔力が続く限り炎弾などの遠距離攻撃を放てたり、味方を強化できる能力だと理想に近いです」


「ふむ……」



 つまり、今以上に魔法発動時の負担を減らすのが目的かな?

 一部の魔法事象と同様の効果を持つ魔導具があれば、これまでその魔法に注ぎ込んできたリソースを別の魔法に使うことができるようになる。

 それは手札の増加というだけでなく、ヘルムート自身だけでなくクラン全体の強化にも繋がるだろう。



「その遠距離攻撃ですが、属性は火炎系をご希望でしょうか?」


「ええ、攻撃力を上げたいので基本的には火炎系でお願いします。他の属性でも効果や汎用性が高ければ火炎系以外でも構いません」


「分かりました。それでは確認ですが、製作を依頼したいのは、火炎属性を基本にした遠距離攻撃系能力や、味方の強化能力を持つ腕環や手袋タイプの魔導具ということで間違いありませんね?」


「はい、間違いありません」


「ありがとうございます。続きまして、魔導具製作に使用する素材についてですが、何か持ち込みの素材などはありますか? 持ち込みの素材があれば、その分だけ依頼料は安くなります。また、魔物素材などの一部の素材の場合ですと、確実ではありませんが、素材に使われた魔物の生前の力に類似した能力を持つ魔導具を製作することができますよ」


「……魔物と類似した能力、ですか?」


「はい。使用する素材の種類や品質、魔導具自体の形など条件は厳しいですが、一応可能です。人間が使用するのに合わせているので全く同じというのは基本的には無理ですが、近しい能力を使用することはできるでしょう」


「なるほど……」



 候補の魔物素材でもあるのか、黙考しているヘルムートから視線を外して、白紙の紙に製作する腕環や手袋のデザインを描いていく。

 やがて、五つ目のデザイン案が完成したタイミングで閉口していたヘルムートが口を開いた。



「……巨塔のエリアの一つに、強力な炎熱能力を持つエリアボスがいます。そのエリアボスの力を持つ魔導具の製作は可能ですか?」


「エリアボスの力次第ですが可能だと思いますよ。そのエリアボスはどこのエリアでしょうか?」



 ヘルムートから聞いたエリアボスがいる場所は、まだ俺が行ったことのないエリアだった。

 炎熱系能力を持つエリアボスというから〈燦焔緋殻飛竜フレイレットワイバーン〉かと思ったが、場所的にもどうやら違うらしい。

 まぁ、第一大階層のエリア数を考えれば炎熱系能力を持つエリアボスが複数体いても不思議ではないか。



「つまり、そのエリアボスの素材を持ち込むということでしょうか?」


「いえ、属性的に相性が悪くて私達は討伐したことはありません。なので、大変申し上げ難いのですが、エリアボスを単独で討伐できるリオン殿にそのエリアボスの素材の獲得をお願いしたいのです。魔導具の製作に使う分以外の素材はリオン殿に差し上げますし、素材を集める手間の分の代金も当然支払わせていただきます」


「……まぁ、討伐料がちゃんと支払われるならば構いませんが、せっかくなのでそのエリアボスの討伐自体は冒険者ギルドを通して指名依頼の形で出していただけますか?」



 ギルドを通しての依頼ならば、依頼達成とエリアボスの二つが実績としてカウントされるからな。



「分かりました。すぐに手配します。あとでギルドに依頼を出しておいてくれ」


「承知致しました」



 ヘルムートの指示に秘書が首肯する。



「そのエリアボスの素材を使うならば、先ほどの魔導具の能力もエリアボス寄りの能力になりますが、構いませんか?」


「ええ、それでお願いします」


「では、見積もりを出しますので少々お待ちを」



 横に座るヒルダと小声で話し合う。

 俺の方で算出した今回の製作依頼料と、その工賃やエリアボスの討伐依頼料などの内訳を紙に記し、ヒルダにおかしな所が無いかを確認させる。



「この内訳だとヴェルンド様に支払う費用だけになるのでは?」


「代理人である俺に支払う分も含めてある」



 ヴェルンドと俺が同一人物なのは当然ながらヒルダも知っているので、この会話は目の前のヘルムート達に対するポーズだ。



「そういうことでしたら問題無いかと思いますが、討伐依頼料が少し安過ぎる気がします」


「魔導具製作に使う分以外の素材は俺の取り分になるからこんな物だろ」


「ギルドを通すので幾らかは差し引かれますが?」


「一割二割ぐらいだろ?」


「それぐらいだと聞いています。ですがそれだと、リオン様に支払われる分も安くなり、その記録がギルドに残ってしまいます。今後ギルドから何かしらのエリアボスの討伐依頼がくる場合、今回の依頼が判断基準になる可能性が高いかと。それと、早急かつ確実にエリアボスの素材を得られることの価値について考慮されておりません。ですので、今回の依頼料は獲得できる残りの素材のことを踏まえてもこれぐらいの額が適正だと愚考致します」



 ポーズとかではなく普通にヒルダから嗜められた。

 俺にとってエリアボスは普通に単独で倒せる獲物でしかないのと、拠点への転移能力によって長距離移動が苦にならないからこそ、確実にエリアボスを倒せることにどれほどの価値があるかを見落としていたと言える。

 訂正された討伐依頼の分の金額を確認すると、元々の値から三割と少し上がっていた。

 【相場】スキルや各種情報から大体の値は算出できていたが、依頼達成の確実性など元々頭に無かった要素を追加した結果、その【相場】スキルの方で感覚的に分かっていた適正価格の範囲に変化が生じていた。

 現在の討伐依頼料でも適正価格範囲に入ってはいるが、最安値に近い額なので三割と少し上げるとちょうど良い価格になるようだ。

 どのみち適正価格ではあったが、自らの力を安売りするところだったのは間違いない。

 眷属ゴーレムを搭載した連絡用魔導具グリンカムビを家宝の迷宮秘宝アーティファクトという触れ込みで使う案といい、ヒルダは本当に優秀だな。



「こちらが今回の製作依頼にかかる費用とデザイン案です。ご確認ください」



 こちらの秘書であるヒルダが二つの用紙をヘルムートに差し出した。

 受け取った紙に目を通しながら数度小さく頷いてから口を開く。



「かなりの金額ですが、オーダーメイドなのと、エリアボスの討伐依頼も含めればこんなところでしょうね……」



 ヘルムートはそう理解を示す呟きを漏らすと、自分の秘書と二、三言葉を交わすとこの金額で承諾した。

 提示したデザイン案の中から魔導具のデザインを選んだのを最後に、今回の商談は終了した。

 一時間足らずで話が纏まったにしてはかなりの金が動く商談だったが、中身が叙事級の魔導具の製作費とエリアボスの討伐依頼だと考えれば当然の金額だと言える。

 エリアボスを倒して製作素材を剥ぎ取らないとならないが、巨塔ダンジョン内のヴァルハラクランの拠点に直接転移してから移動すれば、大幅なショートカットが可能だろう。


 他の冒険者からの依頼を受けて、オーダーメイドの魔導具を一から作るという経験は初めてだったが、今回ので大体の流れは掴んだ。

 明日は戦獣クランとの同様の話し合いがあるが、今日よりは早く終わることが出来る気がする。

 それが終わった頃なら仲間達の休息も十分だろうから、翌日か翌々日にでも巨塔ダンジョンに挑むとしよう。

 クランの拠点もあるから、次は前回よりも長めに滞在してもいいかもしれないな。


 


 

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