第139話 ダンジョン内の拠点



 ◆◇◆◇◆◇



 神塔星教を始めとした神造迷宮の有識者達からは、正式名称の〈大迷宮界域〉と呼称される〈巨塔〉ダンジョン。

 その内部の階層一つあたりの総面積は最低でも小国レベルとも言われており、その広大な土地に眠る多種多様な資源を効率良く獲得するための拠点をダンジョン内部に築こうと考える国家は珍しくない。

 だが、巨塔ダンジョン内部に拠点を築き、其処を管理・防衛するためには幾つもの乗り越えなければならない課題があるため、それらの計画は最終的に頓挫することが殆どだ。

 それでも広大な巨塔ダンジョンを探索し尽くし資源を獲得するための中継地点としての拠点の価値は計り知れず、同階層内の深層部や次の大階層への攻略の効率化によって得られる莫大な富と利益のために、神造迷宮を有する各国家は幾度もの試行錯誤トライアンドエラーを繰り返していた。



「ーーそんな開拓部隊の一つがアレだ」



 前日にアルヴァアインの行政府で聞いたばかりの話を仲間達に教えつつ、遠方の崖下に見える一団を指し示す。

 そこではアークディア帝国軍の兵士達ーーステータス上の所属欄にはアルヴァアイン方面軍と表記されているーーとダンジョンの魔物達による戦闘が行なわれていた。

 目的地への最短ルートを進む道中にて目撃したその戦闘は、兵士達の練度の高さと、荷車に載せて持ち込まれた魔力炉による潤沢な量の魔力による魔法の支援のおかげで、終始兵士側が優勢のようだった。



「そういえば、父上から迷宮内に拠点を作るっていう話は聞いたことがあるわね」


「そうなのか?」



 マルギットの父親のアーベントロート侯爵家当主アドルフは、現役の軍務卿である上にアーベントロート家自体が武官系貴族の大家だ。

 例え直接的な管轄ではなくても、そういった軍絡みの情報は自然と聞こえてくるのだろう。



「ええ。第一大階層から第二大階層の中間地点に拠点を築く計画は、以前からアークディア帝国でも実施されていたそうよ。何度かは拠点を築くのに成功したんだけど、常に多数の魔物による攻撃に晒され続ける所為でそう長くは保たず、最終的に拠点を破壊されて撤退させられているみたいね」


「ふーん。行政府でも聞いたんだが、拠点を築く場所の選定もだが、一番の課題は拠点周辺の魔物を減らす恒常的な方法だとか?」


「正確には拠点に魔物を近づかないようにする方法かしらね。拠点に駐留させられる人の数にも限りがあるから、中継地点の拠点周りの魔物の数が減れば、その分の浮いた人的資源リソースを防衛以外のことに回せるわ。安全が確保されれば冒険者だけでなく、中継地点を利用する冒険者向けに商売をする商人だって招致できるし、ギルドの出張所だってできるでしょうね」


「ふむ。今のままだと拠点を築けても安全面に不安がある上に中身は兵士だらけの拠点になるわけか」


「そういうこと。拠点を築くことよりもその後の方が問題なのよ。まぁ、周りを魔物に囲まれた状況で拠点を築くこと自体も難しいのだけれど……それこそ短い時間で拠点を築ける能力でもない限りはね」



 マルギットの物言いと意味深な視線に肩を竦めて応えると、その場を後にして先に進む。

 昨日手に入れたばかりの領域系ユニークスキルである【輝かしき天上の宮殿ヴァーラスキャルヴ】の内包スキル【宮殿創造】を使えば、ダンジョン内に要塞レベルの強固な拠点を簡単に築くことができるだろう。

 【宮殿創造】の能力ぐらいは国に明かしても構わないのだが、だからといって自分の力を安売りする気は無い。

 神造迷宮攻略の中継地点という、半永久的に利益を獲得し続けられる場所の利権を得るのは大前提として、出来るだけ多くの利権を要求したいところだ。

 拠点周りの魔物を減らす方法についての策もあるので、今回の開拓部隊が早々に失敗したらアルヴァアインの行政府に提案しに行ってもいいかもしれないな。

 いや、それよりも更に上のお偉いさんであり国のトップであるヴィルヘルムに直接話を持っていった方が良さそうだ。


 どのみち今回の探索における拠点は必要だったのだから、ヴァルハラクラン専用の拠点を【宮殿創造】などを使ってダンジョンの何処かに作ってみるとするか。

 【宮殿創造】に限らず、魔物を拠点に近づけさせない策などが実際にダンジョン内で想定通りの力を発揮出来なければ、中継地点計画への参入など夢のまた夢でしかないのだから。



「ま、それはそれとして……敵だ」



 幾重にも枝分かれしている通路の一つから体長五メートルほどの蟷螂系の魔物である〈裂刃魔蟷螂リッパーマンティス〉が顔を出してきた。

 ギルドから得た魔物資料によれば、リッパーマンティスは名前の通り前脚の鎌が斬撃性能に秀でた鋭い刃のようになっているという種族的特徴があるらしい。

 リッパーマンティスの平均レベルからすると、今回現れた個体は種族内ではまぁまぁ強い部類に入るようだ。



「レベル四十ちょうどか。一体だけだし、コイツはシルヴィア達に任せるよ」


「分かった。こっちだ!」


「キシャーッ!」



 俺が後ろに退がるのに合わせて、背後にいたシルヴィアが盾を構えながら前に出て【挑発】を発動させる。

 リッパーマンティスが接近してくる間にカレンが【聖光魔法】による支援魔法を全体に付与していく。

 盾を構えるシルヴィアの背後では、マルギットとエリンとセレナの三人が各々の武器に魔力を通してリッパーマンティスを待ち構えている。

 そんな五人の更に後方にて、俺とリーゼロッテは彼女達を見守る姿勢だ。

 俺達ではレベル四十程度の敵を一体倒したところで大した経験値は得られない。

 俺達が参戦することで一人あたりが得られる経験値を減らしてしまうよりは、彼女達のみで戦わせる方が良いという判断だ。

 Aランク冒険者のシルヴィアとマルギットはレベル六十台なので若干微妙かもしれないが、レベル四十台であるエリンとカレンとレベル三十台のセレナの三人には経験値的に最適なレベルの魔物だろう。


 距離を詰めて来たリッパーマンティスが、シルヴィアに向かって上部一対の前脚を同時に振り下ろしてきた。

 シルヴィアはその攻撃を盾を掲げて受け止めると、リッパーマンティスは残る二つの前脚でシルヴィアの胴体を左右真横から挟み込むように振るってくる。

 彼我のレベルに差があるのと、身に付けている防具や身体強化スキル、カレンからの支援魔法によって胴体は守られているため、例え鋭い刃の前脚で挟み込まれても真っ二つになることはないだろう。

 そんなもしもの未来が現実になることはなく、右から迫る前脚はエリンが振るう魔刀によって断ち切られ、左から迫る前脚はマルギットが操る魔槍によって両断された。

 立て続けに一対の前脚を失ったことによって盾を押さえつける力が緩んだ隙に、シルヴィアは盾で上部前脚を強引に跳ね上げると、横薙ぎに長剣を振るって上部前脚を二つとも斬り払った。

 その直後、全ての前脚を瞬く間に失ったことに堪らず悲鳴を上げるリッパーマンティスの眉間へと一発の魔弾が撃ち込まれた。

 カレンの横で魔銃を構えるセレナが放った魔弾には爆裂属性が内包されている。

 セレナのユニークスキルによるクリティカル補正の効果も相まって、魔弾が撃ち込まれた頭部は爆裂四散した。



「汚い花火だな」


「派手に弾けましたね」


「ああ。新作魔銃の出来は上々のようだ」

 


 元々弓を使用していたセレナに色々と他の武器種を使わせてみた結果、最終的に使用武器は銃火器タイプに落ち着いた。

 弓よりも狙いやすくて連射がしやすい上に、片手でも扱えて、撃つのに弓ほどの筋力は要らないなど、セレナに最適な武器だと思っていたのだが、セレナも同様の考えに至り武器を変更していた。

 セレナが使用する魔銃は俺が製作したもので、ライフル型を始めとした数丁の魔銃を渡している。

 ライフル型の魔銃などはそれなりにサイズが大きく、通常なら持ち運びに難があるが、セレナの場合は【異空間収納庫アイテムボックス】のスキルを有しているため問題にならないのも銃をチョイスした理由の一つだ。



「ここまでで何回戦ったっけ?」


「私が四回、リオンが三回、エリン達が今回ので十回目ですね」


「ふむ。まだ表層で敵のレベルが低いからエリン達の方が倍以上の戦闘回数だな。シルヴィア。上から盾を押さえつけられてたが、大丈夫か?」


「ん、盾の範囲ギリギリだったけどアレぐらいの攻撃なら大丈夫だ」


「リッパーマンティスは巨体だったからな……最大でもう少し大きく展開出来るんだっけ?」


「ああ。その分だけ魔力を消費し続けるけど、攻撃を防ぐ直前から展開するように気をつけてるから問題無いよ」



 シルヴィアが使っている盾の形状は、カイトシールドの派生型の一つであるヒーターシールドなのだが、その実体の盾以上の大きさの半透明の仮想盾を展開できるという能力がある。

 アイテム等級はそこまで高くはないが、シェーンヴァルト本家の宝物庫に納められていただけあって、盾としての性能と質は高い。

 シルヴィア自身の技量と合わさり、ここまでの戦闘でも安定して敵の攻撃を防げていた。

 ボス級魔物の攻撃を防げるかは防御性能的に怪しいが、その時はシルヴィア自身のユニークスキルを使って盾を強化すれば大丈夫だろう。

 まぁそもそもの話として、まだまだ基礎レベルが低いパーティーメンバーがいるシルヴィア達を、ボス級魔物と戦わせるつもりは全く無いんだけどな。


 シルヴィア以外の仲間達にも怪我や不調が無いことを確認すると、リッパーマンティスの死骸を【無限宝庫】に収納して先へと進む。

 俺を先頭にして進んでいるのだが、これは俺が一番斥候技術が高いという理由以外にも、他の冒険者とのトラブル防止のためでもある。

 今の俺は普段は収納している蒼銀色の冒険者プレートを、他人から見えるようにして首から下げているので、一目見てSランク冒険者だと分かるような状態だ。

 俺を除けば美女美少女の集団であるため、こうしていないと軟派な輩が寄ってくる可能性は高く、そこからトラブルに発展する可能性もある。

 そういった問題を未然に防ぐのもリーダーとしての役目だろう。

 過保護かもしれないが、アルヴァアインの冒険者のモラルがどの程度か分からないうちは、用心するに越したことはない。


 それから幾つもの小部屋を経由しながら進むこと約二時間。

 三十分前を最後に他の冒険者とも遭遇しなくなり、魔物の出現頻度も減ってきた頃に、目的地である第二十四エリア帯の外縁部に位置する小部屋の一つに到着した。




 

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