第138話 巨塔ダンジョン
◆◇◆◇◆◇
「ーー準備は出来たか? じゃあ行こうか」
クラン結成の翌日。
朝日が昇ったばかりの朝早い時間から屋敷を出てダンジョンへと向かう。
今日向かうメンバーは俺、リーゼロッテ、エリン、カレン、セレナ、マルギット、シルヴィアの七人。
ドラウプニル商会の警備部門などの戦闘要員であり、ヴァルハラクランの一員として昨日一緒に登録したフェイン達だが、基本的には商会の仕事があるので俺達とは行動することはない。
ただし、基礎レベルを上げたり、ダンジョン内の資源の中から商材を検分する際には同行させる予定だ。
商会員で最も基礎レベルの高いSランク冒険者であるフェインに関しては、仮の配属である警備部門で遊ばせておくのは勿体ないので、いずれ立ち上げる迷宮部門のリーダーに命じるつもりだ。
そんなフェインの現在の仕事だが、快復した奥さんとの家庭の時間を過ごしやすくするために、定時で上がれる警備部門の仕事を任せている。
今は警備部門とは別に迷宮部門を立ち上げられるほどの人材の余裕がないので、迷宮部門を作るのはまだ先のことになるだろう。
アルヴァアインの中央区を大通りに沿って暫く歩いていくと、神迷宮都市の象徴である巨塔の根元に到着した。
アルヴァアイン屈指の人口密度を誇る区画なだけあって、どこもかしこも人の往来が激しい。
人の数が多いということは、それだけ犯罪発生確率も多いということになる。
昨日ギルドに向かった時とは違って強者の気配を抑えているからか、美女美少女を引き連れて歩いていることに対する妬みか、或いは単に金を持っていそうだと思われたのか、数度スリ目的で人がぶつかってきた。
基本的にスリを行っているのはいい歳をした大人だが、中には見窄らしい格好をした子供もいた。
技量的に大人よりも拙い子供が、冒険者という荒事に慣れた人種を狙ってスリを行うのはかなり危険だ。
身なりからしてスラム街の子供だろうが、そうしないとダメなほどに生活が困窮しているらしい。
「この辺りは治安が悪いですね」
「わざわざ俺を狙わなくてもいいのにな」
「この中で一番の有名人だからじゃないのか?」
「んー、一番お金を持ってそうだからかな?」
「単純に嫉妬からじゃないかしら?」
「スリホイホイなご主人様……」
「ご主人様に失礼ですよ」
「はーい、ごめんなさーい」
彼女達の姦しい声を聞きながら、伸びてきた大人スリの手を【猛毒生成】で神経毒を分泌させた手で握り潰し、逆に【悪辣器用な手癖】と高い身体能力を駆使して有り金全てを瞬時に抜き取っていく。
少し経つと、通り過ぎていった大人スリの悲鳴が離れたところから聞こえてきた。
一方のスラム街の子供スリには、伸びてきた手に小銀貨一枚と自作飴玉を握らせてから送り出した。
小銀貨一枚もあれば、この都市内でも使い方次第で一日二日ぐらいは飢えを凌げるはずだ。
ま、気休めだけど何も無いよりはマシだろう。
「お、あそこが受付だな」
巨塔入り口前に併設された巨塔ダンジョン入場の受付窓口の一つに並ぶ。
一日の利用者数が膨大であるからか、窓口の数も優に十を越えている。
入場手続きも、身分証ーー冒険者は冒険者プレートーーの提示と冒険者ランクや身分に応じた入場料の支払い、探索予定期間の申告だけだったので、意外と早く済んだ。
一番利用される冒険者プレート限定だが、プレートを通すと自動的かつ即座に名前やランク、クランなどの情報が書かれた紙が排出される専用の
俺達は今回が初めてのダンジョンだったので追加で幾つか注意事項を伝えられたが、それでも一分ほどしか時間が掛かっていない。
そんな手続きを終わらせてから貰った入場券を片手に巨塔入り口に向かう。
そこにいた騎士ーーこの巨塔前の検問所の管轄は行政だーーに貰ったばかりの入場券を渡してから巨塔の中へと入った。
「……人が多いな」
巨塔に入ってすぐの場所は、所謂エントランスであり、まだ魔物が現れるダンジョンの中ではない。
それでも、これからダンジョンに潜るためか、空間全体が戦闘前の高揚にも似た喧騒に満ち溢れていた。
一番奥に見えるダンジョンの入り口らしき巨大門を行き来する人々を抜きにしても、この場所には多くの人が屯している。
大半は冒険者だが、通行の邪魔にならない壁に沿って様々な商品を扱う露天商達が立ち並んでいる。
巨大門にほど近い場所には冒険者ギルドの出張所も併設されており、近くの掲示板に貼られた依頼書の受付や、素材の買い取り業務などを行なっているらしい。
そんな出張所の横、具体的には依頼書が貼られた掲示板から少し離れたところに十代ぐらいの子供達が一箇所に集まって座っていた。
全体的に粗末な衣装に身を包んでおり、武具の類いも装備していない。
巨塔の外で遭遇したスリの子供達よりはマシな見た目だが、それはこの場所にいるために出来るだけ身なりを整えた結果だと思われる。
「子供がいるわね」
「集めた情報によれば荷物持ちの子達らしいですよ。ああやって荷物持ちに雇ってくれる人を待っているんです」
「危険なダンジョンの中で?」
「ええ。それだけあの子達が働ける環境が無いってことですよ。行政の支援の一環として、彼らは特別に入場料が免除されています。その代わり、自分から売り込むのは禁止だったり、一度にここに入れる人数が決められているなど色々制約があるみたいですけどね」
「そうなのね……」
まだ俺ほど擦れていないセレナが、子供達の境遇を理解して複雑な表情を浮かべていた。ま、世知辛い世の中だよな。
一方、巨大門を挟んでギルド出張所の反対側には、神塔星教の各宗派ーー信仰する神の違いーーの神官達が待機していた。
神塔星教の神官達はダンジョンから出てきた者達への治療や、ダンジョンに潜る者達へのバフを行うためにこの場におり、当然ながら寄付という名の有料だ。
出張価格で通常の五割り増しではあるが、ダンジョンから出てきた際に瀕死でなければ助かるレベルの魔法が使える高位神官も配置されている。
逆を言えば瀕死レベルの者は救えないし、バフにしたって半日も効果が続くような支援魔法を使える者はいないそうなので、半日では着かない場所での戦いには役に立たないという短所がある。
価格設定もその魔法の希少性から高価であるため、怪我が元で冒険者を引退する者は珍しくないんだそうだ。
「露店を見たい、ところだが今日は止めとくか」
仲間達からの視線の圧に負けて、壁際から巨大門へと身体を向け直す。
周囲の冒険者達からの視線を一手に集めつつ、見上げるほどに巨大な門を潜っていった。
◆◇◆◇◆◇
巨大門を潜ると景色が一変した。
先ほどまでいた何処か神殿めいた内装のエントランスとは違い、門の先に広がる大広間は自然界にあるような岩壁によって構成されていた。
天井の至るところにある発光する結晶体によって明るく照らされている。
その灯りの結晶体は、大広間から続く複数の通路内にも生えているらしく、ここからでもある程度の距離まで見通せるほどに明るい。
通路の広さは片側二車線の道路のトンネルぐらいはありそうだから、それなりに動いて戦っても問題無さそうだ。
【
だが、同時に幻造迷宮とは比べ物にならない神造迷宮の広さを具体的に知ることになって軽く引いた。
アルヴァアインの神造迷宮の巨塔ダンジョンの第一
この大空洞だが、場所ごとに環境も出現する魔物の種類も異なっている上に、大空洞の広さもピンキリで、最大のモノだと地上のアルヴァアインの都市部ぐらいの広さは余裕であるように見えた。
大空洞を中心にして更に小さい数十の小部屋と通路で繋がっており、それらが迷路のように複雑に入り組んだ状態で構成されている。
そんな複雑広大な構造である故に、現在地である入り口に近い表層辺りならまだしも、次の第二大階層に繋がる深層辺りで迷ってしまうと、そのまま地上に帰還出来ずに死んでしまうことも珍しくないんだとか。
入り口に近い順から空洞を基準にギルドの方では便宜上の番号が振られており、それぞれの空洞を番号+エリアで呼称し、空洞の特徴と合わせて各種情報を整理しているらしい。
ちなみに、巨塔のエントランスへと通じる巨大門があるこの空洞は、シンプルに第一エリアと呼ばれている。
別に方向音痴でも無いしマッピング技能もあるが、それらも完璧なモノとは言い難いので、【情報蒐集地図】があって本当に良かったと心から思う。
「さて、どの通路から行こうか?」
ドラウプニル商会を通して予めギルドで購入させておいた第一大階層の地図と資料を取り出す。
事前に決めておいても良かったのだが、他の冒険者の往来などを見てからの方がいいと考え、皆も同意したのでこのタイミングでの話し合いになった。
「今いる第一エリアからどの道を進んでも、最初のエリア周辺は人が多そうね」
「人の多さからすると、三番目ぐらいのエリアでないと戦い難そうですね……」
「三番目のエリアとなると……十個以上あるぞ」
「何処を選んでも変わらなさそうだし、もう適当に選んでいいんじゃない?」
「出現する魔物や資源で選ぶのはどうでしょうか?」
「私はどのタイプの魔物でも構いませんのでお任せします。リオンは希望はありますか?」
「いや、俺も何処でもいいぞ」
「じゃあ、私達で選んでいい?」
「ええ、どうぞ」
俺とリーゼロッテを除いた面々で地図と資料を見比べながら、どのルートで何処に向かうかを話し合い始めた。
周りで聞き耳を立てている冒険者達に聞こえないように、【
「何人からか悪意のある視線を感じますね」
「ああ。魂の色も黒いな」
【
マップ上でマーキングしておいて、此方に近づいてくるようなら対処するとしよう。向かって来ないなら、悪業次第では後で秘密裏に処理しておくとするかな。
足元の影の中にいるラタトスク達の一部を、マーキングした者達の影の中へと移動させる。
「リーゼを筆頭に美人集団だから悪人からの注目度は抜群だな」
「悪人を狩る大義名分が出来てリオンも嬉しいのでは?」
「否定はしない。ただ残念なのは大したモノは持って無さそうなことか」
ステータスを視るにスキルは微妙だし、【黄金探知】にも反応が無いので、今回のところは彼らにはご退場願うとしよう。
【心導の天手】を使って彼らの俺達に対する興味を薄れさせる。
彼我のレベルに差があるほど精神干渉効果が強まるが、意識を完全に操れるほどの力は無い。
それでも彼らを追い払うぐらいの力はある。
彼らが此方への興味を無くしたように入り口である巨大門の方へと歩き去っていくのを見送ると、それを見たリーゼロッテが口を開いた。
「おや、そのまま帰すとは珍しいですね?」
「ダンジョン内での冒険者同士のトラブルは出来るだけ避けるようにって、さっき受付で注意されただろ? それを実践しようと思ってな」
「……得るモノが無かったからでは?」
「そうとも言うが、余計な手間を避けたかったのも事実だよ」
「運が良い者達ですね」
「ま、後々悪意を持って関わってくるようなら相応の対処をするけどな」
それから程なくして行き先が決まったので、そのエリアへと繋がる通路を進んで行った。
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