第140話 第二十四エリア



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーふむ。取り敢えずは、これぐらいのサイズでいいか」



 周囲を徘徊する魔物の掃討を仲間達に任せて、俺は第二十四エリア帯にある小部屋の一つにて【宮殿創造】を使用して拠点を作っていた。

 小部屋と聞くと言葉通りの小さな部屋をイメージしてしまうが、小部屋という呼称は第二十四エリア帯の中心となる第二十四エリアの大空洞と比較した場合の話だ。

 実際、拠点を築く場所に選んだこの小部屋は町レベルの広さがある。

 まぁ、町レベルと言っても人によってイメージする町の広さは異なるので、あくまでも例えだ。

 そんな町レベルの広さの空間の崖上の一角に拠点を築いたのだが、此処には先客である魔物達が屯していた。

 リーゼロッテ達が現在進行形で処理している魔物達のことなのだが、この魔物達が討伐後もこの場に再出現するならば、その時にこの拠点に近付くか否かで、ダンジョンの魔物に魔物避けの効果があるかどうかが判明するだろう。


 拠点の周りに大気中の魔力を吸収して発動する波動発生器を設置していく。

 波動以外にも、この魔導具マジックアイテム自体が特殊な気を発している。

 この特殊な気の正体は、簡単に言えば聖剣などの聖なる武具が発する聖気の劣化版だ。

 聖気には、他の魔力や魔力を有する魔物への特効効果がある。そしてそれは、逆説的に魔物が嫌う力だとも言える。

 そのため、聖なる光で不浄なる魔力ーー瘴気を放つ魔物であるアンデッドを退散させるように、聖気で魔物全般を追い払うことが理論上は可能なはずだ。

 聖剣にも使われている聖気を生み出す術式回路と、魔物を引き寄せる波動を発する創作オリジナル魔法『魅惑の波動ルアー・ウェーブ』の術式の〈引き寄せる〉という一部効果を反転させた術式回路を使用した魔導具を今回新たに開発した。

 魔法術式も器となる魔導具も他のものからの流用なのですぐに完成した。

 あとは完成した魔導具を【複製する黄金の腕環ドラウプニル】で複製して拠点周辺に複数個設置していけば終了だ。

 魔法事象の〈魔物を追い払う波動〉という効果と、魔導具自体が自然と周囲に発する〈魔物が近寄りたがらない程度の聖なる気配〉という効果の二つが、実際にどの程度の効果を発揮するかは使ってみないと分からない。

 今回の探索期間中には結果が出ることだろう。



『倒すのはそのあたりでいいぞー』



 『念話テレパス』越しの俺の言葉を聞いた皆が戻ってくる。

 仲間達が倒した魔物の死骸に関しては、その位置を認識してから発動した【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で全て回収済みだ。



「……なんか小っちゃい?」



 カレンが首を傾げながら言うように、目の前に佇む拠点の大きさは前世の二階建ての一般住宅ぐらいしかない。地上にある屋敷と比べたら可愛いらしいサイズだろう。



「まだ魔物の襲撃を受けて破壊される可能性があるからな。だから拠点も必要最低限しか作っていない。大丈夫だと判断したら規模を拡大するつもりだ」



 拠点がある場所は険しい崖の上で、小部屋の一般戦闘区域である崖下からは角度的に視認することは出来ない。

 それでも万が一の可能性があるので、この崖上一帯には【結界作成】による偽装結界を張って岩壁に偽装している。

 拠点には障壁結界こそ張っているが、生命反応などを遮断する類いの結界は張っていないので、魔物を追い払う魔導具〈聖場碑〉が効果を発揮しない時は、再出現した崖上の魔物達が拠点を囲む塀を乗り越えて群がってくるはずだ。

 崖上にはそれなりの数の魔物がいるものの、小部屋全体で見れば他の小部屋よりも魔物の数が少ないため、拠点作りに最適だったわけだ。



「それじゃあ、軽く中を見てから中心である大空洞を見に行こうか」



 仲間達の返事を聞くと、全員で完成したばかりの拠点へと入っていった。



 ◆◇◆◇◆◇



 巨塔ダンジョンこと〈大迷宮界域〉の第一大階層には、様々な自然環境の大空洞エリアが存在している。

 基本となる岩肌の洞窟系を始めとして、密林や草原、渓谷、果ては砂漠や溶岩、氷河といった別世界のような環境下のエリアまであるそうだ。

 そういった環境に生息している魔物は、その自然環境に適応した生態と能力を持っていることが殆どであるため、当然ながら手強い個体ばかりになる。

 その点、エリアに隣接している小部屋ーー大空洞をエリアと呼称するように、小部屋は小エリアとでも言うべきかーーは中心部であるエリアに比べれば環境色は薄く、基本環境設定である岩肌のままなのも珍しくない。


 そういった基本的な岩肌系の小エリア群を通過した先に広がっている第二十四エリアの環境は、第一大階層では珍しくもない、木々が鬱蒼と生い茂る〈森林〉だった。

 他の森林エリアとは異なる特色として、魔物の数が少ない代わりに各種魔物の全体の平均レベルが高めだ。

 中には準ボス級魔物と言えるような個体も複数種おり、群れで襲ってくるタイプは少ないためレベル上げと資源獲得のエリアとして最適な場所だと言っていい。

 俺とリーゼロッテを除いたメンバーによって選ばれたエリアだが、個人的には彼女達のやる気が窺える選択だと思う。


 彼女達のみで挑むとなると高確率で死ぬぐらいには危険なエリアであるからか、マップを見ても他の冒険者を示す光点が見当たらないのも最適な場所だと判断したポイントだ。

 この第二十四エリア帯と通じる通路だが、今回使用した通路を除くと、全ての通路が難易度の高いエリア帯と繋がっていた。

 各々の攻略難易度が高い理由は様々だが、それらの危険なエリア帯から他の冒険者がやってくる可能性は低く、第二十四エリア帯自体が第一大階層の全体図からすると辺鄙な位置に存在している。

 つまり、この第二十四エリアは、他の冒険者と獲物の取り合いになることもなく、魔物のレベルも高いので得られる経験値も高く、挑む者がいないことからこのエリア帯で採れる資源は供給量の少なさから高く売れるという最高な狩猟環境が整っているというわけだ。

 同じ敵に飽きたら隣接するエリア帯に行ってもいいので、あとは拠点の安全さえ保証されれば、もはや完璧だと言っても過言ではないだろう。

 検証結果次第では、このエリア帯をヴァルハラクランで占領してみても良いかもしれないな。



「グァアアアッ!」


「おっと危ない」



 これからの展望に想いを馳せていると、敵の鋭い一撃が迫っていたので、慌てることなくヒラリと身を翻して回避行動をとった。

 通り過ぎる攻撃に付随していた迸る雷を【雷光吸収】で吸収しつつ、意識を切り替えて敵を見据える。

 目の前にいるのは、〈猛雷纏う白き巨虎エレクトリック・ジャイアントホワイトタイガー〉という体長十メートルほどの時折二足で立ち上がることもある、雷を操る巨大な白虎だ。呼称は略してエレクトリックタイガーでいいだろう。

 そのエレクトリックタイガーのレベルは六十二もあり、準ボス級の魔物に分類される。

 俺は【雷光吸収】で雷を無力化できるから大丈夫だが、その巨体から繰り出される豪快な肉弾戦と、その一撃一撃に追加される強力な雷撃。

 シンプルな組み合わせながら、巨体故に近接攻撃と雷撃のどちらも避けづらく、見上げるほどの巨体に見合わない俊敏性まであるので非常に厄介な魔物だ。


 そんなエレクトリックタイガーだが、その巨躯を彩る初雪のような白さの体毛と雷電結晶が生え揃って形成される青白い紋様がある毛皮は、王侯貴族などに非常に高く売れる。

 体長十メートル前後ともなると、その毛皮の大きさも相当なモノになるが、王侯貴族の部屋の中にはこの毛皮でも床を埋め尽くすことが出来ないほどの広さの部屋もあるため、思ったよりも需要があるらしい。

 青白い紋様状の雷電結晶を使用した暖房系魔導具も作れるそうなので、これから本格的に寒くなる今なら平時よりも更に高く売れることだろう。

 毛皮に損傷が無ければ無いほど高く売れるため、倒し方には拘る必要がある。



「どうやって倒すかな……」



 背後から挟撃を仕掛けてきたのエレクトリックタイガーの攻撃も避けながら討伐方法を思案する。

 試しに近くのエレクトリックタイガーに対して【死を招く瞳】による即死攻撃を使ってみた……が、普通に抵抗レジストされてしまった。

 まぁ、神造迷宮が生み出した魔物という、ある種の特殊な補正が働いている相手に対して即死攻撃が効くとは思っていなかったが、綺麗な状態で倒せる最良の方法が通じなくて正直言って残念だ。

 おそらくだが、即死魔法である『告死デス』を使っても結果は変わらないだろう。



「「グオオオオオッ!!」」



 何かをされたことは分かったのか、更に激しさを増す二体のエレクトリックタイガーの猛攻を回避し続ける。

 即死攻撃こそ通じなかったが、他にも毒殺や呪殺、毛皮の無い口内や眼球を狙っての体内への攻撃、殴打攻撃による内臓破壊などの案がある。

 そのどれを選んでも即死攻撃ほど綺麗に倒せないだろうが、敢えて選ぶなら打撃だろうか?

 至近距離から発せられる咆哮を【結界作成】で生み出した遮音結界を体表に纏うことで空気の振動を遮断し無効化する。

 なんだか面倒になってきたので、普通に倒した後に【復元自在】で損傷部分を修復するかな、と考えていると、ふと良い方法を思いついた。

 【死を招く瞳】同様に全く使う機会が無かった能力なので、ちょうど良い機会だから使ってみようと思う。



『念のため全員耳を塞いでおいてくれ』



 離れたところで観戦しているリーゼロッテ達に『念話』で指示を出すと、俺とエレクトリックタイガー達を包み込むようにして遮音結界を張る。

 その更に上から障壁結界を張り、遮音結界と合わせて一層とした複合結界を全部で五十層分展開させる。

 周囲への被害を防ぐための準備を終えると、【拡声】【暴竜咆哮】【恐怖の嘶き】【鬼神咆哮デウス・ロア】の四つのスキルを発動させた上で、大きく息を吸い込んで腹の底から大声を発した。



「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」



 言語化不可能な人外の大咆哮が結界内に響き渡る。

 展開しておいた全五十層の複合結界の内、一気に三十五層が破壊され、余波で更に十層が壊れ、咆哮が終わった時には四十六層目に亀裂が入っていた。



[スキル【虎哮獣声】を獲得しました]

[スキル【雷轟蛮掌】を獲得しました]



 時間にしてみれば数秒ほどの咆哮だったが、白目を剥き、地響きを立てながら倒れた二体のエレクトリックタイガーの綺麗な状態の死骸が、その威力がどれほどのものだったかを証明してくれている。

 ある意味では即死攻撃とも言えるが、即死能力によるものではないため、エレクトリックタイガー達をショック死させることに成功していた。



「あー、喉が痛い。強力だけど多用は禁物だな」



 喉の調子を確かめながら独り言ちると、エレクトリックタイガーの死骸を収納してから皆の元へと戻った。

 開口一番にリーゼロッテから「ますます人間離れしてきましたね」と言われ、我ながら深く同意せざるを得なかった。



[スキルを合成します]

[【鬼神咆哮デウス・ロア】+【暴竜咆哮】+【恐怖の嘶き】+【虎哮獣声】=【破滅へ至る神災咆哮カタストロフィ・ロア】]


 

 

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