第136話 神迷宮都市アルヴァアイン



 ◆◇◆◇◆◇



 帝都エルデアスを発ってから三日後。

 そろそろ昼と言ってもいい時刻に、目的地である神迷宮都市〈アルヴァアイン〉の姿が見えてきた。



「帝都と同じぐらいだと聞いていたけど、こうして空から見た限りでは少し大きいな」


「中央のアレの所為では?」


「……なるほど。あの塔があるから大きく見えるだけか。確かに塔の分を除けば土地面積は帝都と同じぐらいか」



 アルヴァアインの中心地に聳え立つ雲にまで届かんばかりの高さの円柱型の巨塔に目を向ける。

 神迷宮都市の代名詞である神造迷宮は、その全てが巨塔型という特徴がある。

 加えて、その巨塔ダンジョンを挟み込むように左右にも細い尖塔ーー中央の巨塔と比較してだがーーが一つずつ聳え立っており、それらの尖塔もセットで神造迷宮と呼ばれている。

 二つの尖塔も分類的にはダンジョンなのだが、巨塔ダンジョンとは違って少し特殊だ。

 神々が創造したダンジョンの〈試練〉という面を強調した塔と言うべきかもしれない。

 まぁ、それは追々挑戦するとして、そろそろ地上に降りるとしよう。



「そろそろ地上に降りるぞー」



 窓からアルヴァアインを眺めている女性陣に声を掛けてから、魔導馬車を牽引しているホースゴーレム達に思念を送る。

 帝都を発った時からそうだが、今の魔導馬車には御者がいない。

 これは、帝都に来たばかりの頃よりも知名度と社会的地位が上がっているため、御者無しの馬車を走らせても問題視はされないだろうという判断からだ。

 そもそも馬車が空を飛んでいる時点で御者の有無など些細なことだとも言える。

 魔導馬車の側面にはエクスヴェル家を示す紋章ーー交差した黄金の剣と杖を背景に、黄金の鐘を持った紫眼の漆黒竜の意匠ーーが飾られているので、誰が乗っているかは分かる者には分かるだろう。


 なお、現在乗っている魔導馬車は二代目だ。

 同乗する人数が増えたので、個室の数を増やすためには初代以上に内部空間を拡大する必要があったので新造した。

 その時にエクスヴェル家の紋章以外にも、魔導馬車やそれを引く二体のホースゴーレムも豪奢な外装になっている。

 ここまで個性を出していればすぐに情報は拡散し、今後はしっかりと認知されるはずだ。


 地上に降りた魔導馬車は、通常の検問の列には並ばずに、その横にある王侯貴族用の検問所に並ぶ。

 運の良いことに誰も並んでいなかったので、さっさと検問を済ませるためにリーダーである俺が直接出て手続きを行った。

 俺が持っている肩書きは、アークディア帝国名誉公爵、Sランク冒険者〈賢魔剣聖〉、冒険者パーティー〈戦神の鐘〉リーダー、ドラウプニル商会代表取締役会長兼オーナー、今代皇帝ヴィルヘルムの御用商人、といったところか。

 それらのことが書かれた各身分証を提示したのだが、なんとなく衛兵の顔が引き攣っている気がする。

 車内の確認も無しに簡単な質疑応答だけで通行許可が出たことに、社会的権力って凄いと改めて実感した。

 そのまま御者席に座って街並みを観察していると、リーゼロッテも横に座ってきた。

 


「入り口付近の景色は他の都市とそこまで変わりませんね」


「冒険者達からの視線が多いのは予想通りだな」


「畏怖や警戒の視線が多い気がしますね?」


「Sランク冒険者三人を一人で倒したのが理由らしいぞ」



 【盗聴ワイヤタッピング】で周囲の人々の会話を聞く限りでは、思っていた以上に此度の戦争での俺の活躍が知れ渡っているようだ。

 ミーミル社発行の新聞も一因だろうが、中には新聞に載せていないことまで知っている者もいた。

 戦争に義勇軍として参戦していた冒険者の中には、アルヴァアインで活動している冒険者もいたので、帰還した彼らが話を広めたのかもしれない。



「なるほど。アルヴァアインにSランク冒険者が五人いて、その実力を身近に感じているからこその畏怖と警戒ですか」


「そんなところだろうな」



 周りからの視線を受け流しつつ、魔導馬車をドラウプニル商会本店へと向かわせる。

 今の段階でコレなら、クランを作った時はどんな反応が返ってくるのやら。

 しかも、そのクランに属するSランク冒険者が俺達二人にフェインも加えて三人とか……他のクランの反応が楽しみだ。



 ◆◇◆◇◆◇



「此方が第一候補の物件になります」



 本店の支配人であり、商会の総支配人を任せている輝晶人のヒルダから紹介されたのは、帝都の屋敷よりも広い敷地面積を持つ物件だった。

 ただ、土地は広大だが其処に建てられている屋敷自体はかなり老朽化が進んでいる。



「広いな。周囲の建物は?」


「話は通してありますので、いつでも買収が可能です」


「うん。立地的にも広さ的にも良さそうな場所だな」


「建物自体はリオン様が建てられるとのことでしたので、諸々を纏めた金額が此方になります」



 ヒルダが手渡してきた書類に目を通す。

 凄い金額ではあるが、予想よりは安いようだ。



「思ったよりは安く済ませられたみたいだな」


「交渉は難航しておりましたが、リオン様のご活躍を耳にした先方が態度を軟化させた結果、予定より三割ほど安いこの金額で話が纏まりました」


「そうか。先方については覚えておこう。周囲の土地も予算内のようだから、此処で構わないだろう。もう一つの候補地は中心部から距離があるのだったな?」


「はい。都市中心部からも離れているうえに大通りからも距離があります。治安もこの辺りよりも悪いので、唯一優っているのは土地代が安いことぐらいです」


「それなら、このまま此処で決定でいいだろう。周りの土地も予定通り買い取ってくれ」


「かしこまりました」

 


 もう一つの物件の方も別のことで使えるかもしれないので、そっちも内見してから商会本店へと戻った。

 本店で買い物をしていた女性陣と合流すると、土地の手続きが済むまでの宿であるアルヴァアインで最も高級なホテルへと向かう。



「そういえば。マルギット、シルヴィア」


「ん?」


「何だ?」



 宿泊している部屋に備え付けられている冷蔵庫的な魔導具マジックアイテムの中からジュースを取りながら、ふと思い出したことがあったので、ソファで寛いでいるマルギットとシルヴィアに声を掛けた。



「すっかり聞くのを忘れていたんだが、二人はアルヴァアインでの住まいはどうする?」


「どうする、というと?」


「俺達五人が暮らす俺の屋敷に一緒に住むか、屋敷に併設して建てる予定のクランの建物の女性寮に住むか、或いは何処か都市内に家を借りるのか、って話だな」



 なんとなく同じ屋敷で暮らすつもりでいたが、よくよく思い返してみると言質どころか、そういう話すらしていなかった。

 アルヴァアインにそれぞれの実家の別邸がある可能性もあるし、そこから通うことだって考えられるだろう。

 


「そうね……リオンさえ良ければ屋敷に住まわせて貰っていい? 勿論家賃は払うわ」


「私もマルギットと同じで。というより、完全に一緒に住む気でいたよ」


「言われてみれば口に出して確認していなかったわね」



 恥ずかしそうに頬を掻くシルヴィアと、頬に手を当てながら嘆息するマルギット。

 シルヴィアはまだしも、マルギットは確信犯な気がするが……ま、いいんだけどさ。



「じゃあ二人も屋敷に住み込むってことで。部屋は好きなところを選んでくれ」



 【無限宝庫】から新しく建て直す予定の屋敷の間取り図を取り出してテーブルへ置く。

 それを見た他の者達もテーブルに集まってきて間取り図を覗き込んできた。



「この間取り図から変更はありますか?」


「実際に場所を見た限りでは間取りに変更は無いかな。変更するにしても増築になるだろうから、その間取り図に変更は無いよ」


「そうですか。では、既に決まっている割り当てに変更はありませんね。マルギット、シルヴィア。この一番奥の広い部屋が家主であるリオンの部屋になります。そして、その隣が私の部屋です」


「そ、そうですか。リーゼロッテさんの部屋とは反対側にあるこの広い部屋は?」


「そこはリオンの作業室兼倉庫と小浴場になります。色々作業をしていたら汗をかいたり汚れたりしますからね。そのため、いつでも入れるリオン用の浴場が併設されているのです。通常の入浴時に使うのは二階の大浴場になります」



 リーゼロッテがテーブルに広げられた間取り図の部屋を一つ一つ指指しながら説明していく。

 部屋は基本的に先着順なので、マルギットとシルヴィアは残りの空いている部屋から選んでもらう。



「私はリーゼさんの隣だから、向かい側がエリンちゃんの部屋になるわね」


「はい。私の部屋の隣がカレンの部屋になります」


 セレナとエリンも自分の部屋を指し示していき、それらを聞きながらカレンが間取り図の部屋に名前を書いていっている。

 俺とリーゼロッテとエリンの名前の横にだけ意味深にハートマークを描いたカレンの後頭部に軽くチョップをしておく。

 後頭部を押さえて床に転がり悶絶するカレンを放置して、間取り図に視線を向ける。



「基本的に二階の奥が俺達の居住スペースだな。手前の棟は住み込みで働く使用人達の部屋にする予定だ」


「あ、ちゃんと使用人がいるんだな」


「流石にこの広さの屋敷には必要だからな」


「もう雇っているの?」


「ああ。今は別のところにいるから、屋敷が完成次第呼び寄せるつもりだ」


「そうなのね。一階のここは?」


「そこは食堂だな。ここが調理場で、その横が食料庫になる」



 一階には他にも図書室や家具倉庫、酒蔵、応接間などの部屋も置く予定だが、それでも用途が決まっていない部屋が幾つかある。

 二階は基本的に住人のプライベートエリアなのだが、住人自体の数が少ないため一階以上に部屋が余っており、これもマルギットとシルヴィアを住まわせても問題が無い理由の一つだ。


 やがて、残りの空室の中からマルギットとシルヴィアが自分の部屋を決めた。

 部屋の場所だが、がらんと空いていた俺の作業部屋と小浴場がある側の隣室とその向かい側を選んでいた。

 隣室にはマルギットが、その向かい側にはシルヴィアが入るそうだ。



「まぁ、まだ屋敷自体建て直していないから、実物を見て変更したい場合は変更してもいいからな」


「分かった」


「分かったわ。家賃はいくらかしら?」


「家賃は食費だけでいいぞ。その代わり冒険者としての活動を頑張ってくれ」


「……いいの?」


「ああ。住むのがクラン用の建物とかだったら家賃を徴収する必要があるけどな。クラン結成メンバーになってくれたし、俺の屋敷に下宿していると考えれば食費ぐらいが妥当だろう」



 他にも俺から誘った手前、貰いすぎるのも悪い気がしたため色々悩んだ末に食費のみという形に落ち着いた。

 その食費にしたって冒険者活動時に得た報酬から差し引くので、実質的に無料ただみたいなものだ。

 資金に余裕があるのと、互いに一定以上の信頼関係があるからこその今回限定の特別措置だとも言える。


 その後もアルヴァアインでの過ごし方や、今後の予定について話し合いながらアルヴァアインでの最初の一日が過ぎていった。

 

 

 

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