第134話 祝勝パーティー



 ◆◇◆◇◆◇



「ほう。あれが〈氷魔姫〉か」


「噂以上の美しさだ……」


「皇妹殿下に匹敵するのではないか?」


「聞いた話によれば、あのユグドラシアの姫だそうだ」


「あの最古の王国のか? そこの王女が何故こんなところにいて、しかも冒険者なんてやってるんだ?」


「さぁな。あの国の内情を知る者なんていな……いや、交流があるらしいシェーンヴァルトの方々ならば知ってるかもしれないな」



 パーティー会場の至るところから聞こえてくる会話を【盗聴ワイヤタッピング】で盗み聞きながら、リーゼロッテを伴って大広間を歩いていく。

 そんなふうに会場中の視線を集めているリーゼロッテだが、老若男女の様々な感情の篭った視線に晒されても、その絶世の美貌には一切変化はない。

 リーゼロッテの白銀色の髪に合わせて作った、神秘的な羽根や蔦のような意匠が施された艶感のある白銀色のイブニングドレスは、個人的にも満足のいく出来栄えだ。

 胸元や肩、背中が露出しているホルターネックタイプに、スリット付きのタイトなマーメイドラインと、全体的にエレガントかつセクシーで大変素晴らしい。



「やっぱり今のデザインで正解だったな」


「私は初期案でも良かったんですけどね」


「今でさえ色気が凄いのに、それ以上の肌の露出は余計な注目も集めるぞ」


「大して変わらないと思いますよ。それに、私はアッチのデザインの方が良いです。リオンも好みでしょう?」


「……大変良いと思います」


「素直なのは良いことです。帰ったらアッチのドレスの方も着てあげますね」



 そう言って微笑むリーゼロッテのエルフらしい長い耳には、俺の瞳の色であるアメジストのような濃紫色の魔宝石が使われたイヤリングが装着されている。

 リーゼロッテが身に付けている普段の冒険者活動時の物とは異なるイヤリングは、今夜のパーティーで必要だからと請われて新たに作った物だ。

 その際に意味深な言い方をしていたので聞き出したところ、今回のような場において女性が相手を象徴する色ーー大抵は瞳の色ーーの宝石を使った装身具を身に付けるのは、周囲に自分達の仲の良さを示す意味があるんだそうだ。

 その装身具の価値が高ければ高いほど愛の深さを示すそうで、この世界の王侯貴族などの上流階級における昔からの慣習なんだとか。


 今回のために俺が作ったイヤリングは遺物レリック級であり、資産価値は数百万オウロ。前世の円に換算すると数千万から数億といったところか。

 イヤリング以外にもネックレスなどの装身具を身に付けているのだが、それぞれの有する能力はそこまで戦闘向けではないが、どれもイヤリングと同じレベルの価値があるだろう。

 イヤリングに注目させるために、俺の腕を掴む手とは逆の手の指先で意味ありげにイヤリングに触れる。

 リーゼロッテは自分に集まっていた数多の視線が、狙い通りにイヤリングから俺の目へと視線が移ったのが気配で分かったようで、満足そうに微笑んでいる。

 突如浮かべられた美しすぎる笑みは、男女問わず周囲の人々を魅了し、その動きを止めさせていた。

 

 

「強かだな」


「私が誰のモノであるかを示すのにちょうど良い機会でしたので」


「んー。俺も何か行動で示すべきか?」


「キスでもしますか?」


「いきなりすぎるだろ」


「当然ディープな方です」


「余計に駄目だろ」



 リーゼロッテと小声で雑談しながら会場の奥へと向かう。

 そこでは参列者達が主催者である皇帝ヴィルヘルムと皇后アメリアに到着の挨拶を行なっていた。

 俺達も列の最後尾に並んで両陛下に挨拶を行なった。他にも順番待ちの者がいるため、挨拶は簡単に一言二言だけ交わすだけですぐに終わった。

 それから、主催者の席から程近い場所にいた皇妹レティーツィアと侍女ユリアーネの元へと移動した。



「二人ともよく似合ってるよ」


「ありがとう。リオンも素敵よ。横にいるリーゼと並んでもおかしくない存在感が出ているわ」


「そうか?」


「はい。御二方ともよくお似合いです」



 俺が今着ている燕尾服にはスキルで生み出した万能糸と竜鱗糸が使われており、素材が素材だからか一目で高級品だと分かる。

 そんな俺の燕尾服は大変好評だったのだが、どうやら身内贔屓な大袈裟な反応というわけでは無かったようだ。



「会場の女共はリオンを見過ぎです」


「会場の男共がリーゼを凝視しているほどじゃないだろう?」


「甘いですね。私はリオンにくっついた上でしっかり牽制したので大丈夫ですが、リオンはそうではありません。私が傍にいなくなったらゾロゾロと集まってきますよ」


「……そこまでか?」


「会場に来てる下級貴族の令嬢達がギラギラした目でリオンを見ているわね」


「リオン様の周りには、商会の者達も含めて妙齢の女性が多いですからね。無理もありません」



 そういえば、知り合いや友人の令嬢達から自分達を俺に紹介してほしい、と頼まれたって帝都支店にいる幹部娘達が言ってたっけ。

 自分達と同じ貴族出身の娘達が商会幹部にいることから、同じチャンスを掴みにきた商会就職希望者じゃなくて、そっち狙いの者達だったのか。



「皇族用のこの席から離れたら、横にリーゼがいても近寄ってくるでしょうね」


「リーゼがいてもか……」


「正妻は無理でも、側妻や愛妾ならばと考えているならば、リーゼロッテ様に臆することなくやって来るかと思われます」



 そのあたりの内情や考えについてはよく分からないが、帝国の皇女と伯爵令嬢レティーツィアとユリアーネが言うならば間違いあるまい。

 パーティーが始まる前に挨拶回りでもしようかと思ったが、基本的に身分は冒険者だから後回しでもいいか。



「……応対するのが面倒だからこの辺にいてもいいか?」


「構わないわよ。席は空いてるから座って頂戴。リオン達の分も料理は持ってきてもらいましょう」



 そう言ってレティーツィアが近くにいた給仕に目配せをすると、給仕達が少し離れたところにあるテーブルに置かれている料理を取り分けて持ってきてくれた。

 今日のパーティーは立食形式であり、皇族や公爵などの一部の上級貴族には専用の席が用意されている。

 その皇族専用の席ーー皇帝と皇后用の席は別にあるので実質的に皇妹であるレティーツィア専用だーーで宮廷料理の数々を暫く味わっていると、貴族達の挨拶が終わったようなので、立ち上がってヴィルヘルムによる開幕の挨拶を聞く。



「ーーである。今日は皆楽しんでくれ」



 元隣国メイザルド王国との戦争の経緯と戦果を簡潔に述べてから、皇帝として全ての臣民への感謝の言葉を告げた後に、これからの帝国の展望についてがヴィルヘルムの口から語られた。

 締めの言葉とともに開幕の挨拶が終わると、会場内に音楽が流れてきた。



「それじゃあ、俺達も行くか」


「はい」



 リーゼロッテの手を取って、ダンス用にスペースが空けられている会場の中央へと移動する。

 ヴィルヘルムとアメリア以外では、シェーンヴァルト公爵家の当主オルヴァとその妻、アーベントロート侯爵家の当主アドルフと妻マリアンヌといった知り合い達も中央に出てきていた。

 パーティーの開幕を告げる曲からダンス用の曲へと変わったのに合わせて踊り始める。



「こんなにも早くリオンと踊ることになるとは思いませんでした」


「リーゼの予定ではいつだったんだ?」


「母国に里帰りした時でしょうか。報告のためにそのうち一度帰国したかったので」


「帰国とダンスは関係あるのか?」


「おそらくパーティーが開かれますので、その時に踊らされるでしょう。今回のとは違って私達が主役です」


「……俺にとっては敵地になりそうだな」


「仲の良さをしっかりと見せ付けるつもりですので大丈夫ですよ」


「それって火に油じゃないか?」


「リオンなら死にませんよ」


「信頼が重いな……」



 いずれ里帰りはしたいそうだが、今暫くは帰国するつもりは無いらしい。

 早くて数年後、遅くても数十年後の予定らしく、まだまだ時間はある。

 


「二人っきりで行くのか?」


「そのつもりです。両親に会っていただきたいので」



 リーゼロッテの両親への挨拶か……つまりそういう挨拶だよな。

 前世では一度も経験が無いことなので、最大で数十年後という待ち時間は有り難いような早く済ませたいような、そんなどっちつかずの心境に陥ってしまう。

 曲の流れに合わせてステップを踏みながら、目の前の絶世の美女との未来について色々と考えてしまう。



「それは、確かに二人で行かないとな」


「そうでしょう? 私としては子供を作ってから行くというのもアリだと思うのですが」


「その案だと俺へのヘイトが天井知らずに上がるから却下だな……」


「孫の顔を見せたら上手くいくと聞いたことがあります」


「可能性が無いとは言わんが、それは逆のパターンになることもあるぞ」


「私の勘ではイケそうです」



 冗談半分のリーゼロッテからの提案を受け流しながら踊っていると一曲が終わった。



「もう終わってしまいましたか」


「あっという間だったな」


「踊り足りませんが仕方ありませんね。屋敷に帰ったらドレスを変えてから続きをしましょう。その時もエリン達も一緒に」


「そうだな」



 席に戻って一息つくリーゼロッテと入れ替わりにレティーツィアが俺の前にやってきた。

 そのタイミングで次の曲が流れ出したのでレティーツィアの手を取って中央に出て踊り始める。



「リオン、改めて言わせてちょうだい。今回は色々とありがとう」


「礼は受け取るが、俺は依頼をこなしただけだから気にしなくていいよ」


「その依頼だってリオンからの提案だったじゃない」


「あー、護衛依頼の方は確かにそうだったな」


「おかげで兄上は怪我をすることなく無事に帰ってきたわ。伝え聞く敵の戦力を考えると、いくら国宝の聖剣と鎧があっても無傷とはいかなかったでしょうね」


「まぁ、一人ならまだしも、Sランク三人は流石に無理だっただろうな」


「生きて帰ってこれたとしても、戦は長引いた上に被害も拡大していたのは間違いないわ。そういった起こりえた事態を未然に防げたという意味でも改めて礼を言いたかったのよ」



 実際に戦場に出た者達からの精度の高い情報が集まったからかな?



「なるほどね。そういえば、先日の件はどうだった?」


「結論から言えばリオンの言う通りだったわ。専門の医師に診察させたら、どうにか認識できるレベルの反応だったそうよ」


「どうやって調べたんだ?」


「そういう専用の魔導具があるのよ」


「へぇ。そんなのがあるなんて知らなかったな」


「秘匿しているわけじゃないけど、使いどころが限られているのと、高価で扱いが難しいから一般には知られていないの」


「なるほど。それなら発表はまだ先みたいだな」


「警備体制の見直しやら発表前に準備することが多いからまだ先よ」


「そうか。警備用とか精神安定の魔導具って両陛下に売れるかな?」


「リオンの自作よね? 警備用はタイプ次第だけど、精神安定は良いかもしれないわ。妊娠中は不安定になるって聞くし、義姉上に必要かも。近いうちに持ってきて貰えるかしら?」


「ああ。帝都を発つ前には持っていくよ」



 術式自体は完成しているから、あとは魔導具として完成させるだけだ。

 暫し互いに無言のまま曲に合わせてステップを踏む。

 やがて、曲が終盤に差し掛かったタイミングでレティーツィアが口を開いた。



「……近いうちに神迷宮都市に向かうのよね。いつ帝都を発つの?」


「本格的に寒くなる前には向こうに着きたいから、一週間以内かな」


「そう。寂しくなるわね……」


「……」



 悲しげな表情のレティーツィアになんと言おうか数瞬悩んでいる間に曲が終わった。

 そのまま手を離す……前に今一度手を握り直してから席へと戻る。



「リオン?」


「今、俺の商会の事業が順調でさ。トップである俺も色々動く必要があるぐらいに忙しくなりそうなんだ」


「ええ、そうみたいね」


「だからこれからも冒険者と商人の双方に専念するつもりだったんだが……今のレティの顔を見る限りでは、それだけではいかないみたいだな?」



 最後の言葉はレティーツィアの耳元で囁くようにして告げた。

 感情が表に出ていたのが恥ずかしかったのか、レティーツィアの頬と耳が赤く染まる。



「諸々の時間の都合上、商会の仕事で帝都に来る時だけになるし、毎回は約束出来ないが、その時はレティに会いに来ても良いだろうか?」


「……コホン。勿論よ」



 そう言って微笑むレティーツィアに微笑み返してから、今度こそ手を離した。

 その遣り取りを見ても、目を細めるだけで何も言わないリーゼロッテの視線を受け止めながら、次に踊る相手の手を取ってから中央へと戻っていった。



「リオンさんもこれから大変ね」



 レティーツィアの次の相手であるオリヴィアが、ダンスを始めて開口一番にそんなことを言ってきた。



「何がです?」


「神迷宮都市での冒険者業に加えて、向こうと帝都での商会のお仕事。そして、殿下との逢引きでしょう? リオンさんの身体は一つだから大変そうだな、と思ったのよ」


「なるほど、そういうことでしたか。確かに大変かもしれませんが、自分で望んだことなので苦ではありませんよ。ちゃんと考えもありますしね」



 【化身顕現アヴァター】で身体は増やせるから、身体の数に関しては問題無い。



「リオンさんは自分の行動にちゃんと責任を持てる人なのね」


「ええ、そうありたいと思っています。ですから、向こうでのシルヴィアのことについては安心してください。俺がクランに誘ったのですから、マルギット共々ちゃんと面倒を見ますよ」


「あら……言いたいことがよく分かったわね。リオンさんは心を読む力まであるのかしら?」


「そんな力はありませんよ。敢えて言うならば、オリヴィアさんが心配そうな表情をしていたからですかね。オリヴィアさんが心配するような対象といったら、真っ先に思い浮かぶのはシルヴィアですから」


「いい歳をした娘に対して過保護だとは思うんだけどね。でも、あの娘には苦労させたから……」



 ダンスのステップこそちゃんと踏んでるが、表情から察するに良くない古い記憶を思い出しているように見える。

 その意識を引き戻すために、少し強めにオリヴィアの身体を引き寄せた。



「あっ、リオンさん?」


「オリヴィアさん。過去は確かに無くなったりはしませんし、変えようはありません。ですが、現在いまは自分の意思によって変えていけるし、未来はこれから如何様にも作っていけます」


「リオンさん……」


「それと、親が子の心配をするなんて普通のことなんですから、考えすぎる必要なんて無いんですよ」



 少し強引だったかと思ったが、オリヴィアの表情から陰が消えたからヨシとしよう。



「……リーゼから聞いていたけど、リオンさんって結構強引なのね」



 先ほどとは違う記憶を思い出したのか、呆けていた顔が困ったような笑みへと変わった。

 リーゼロッテは俺が従軍している間に幾度となくオリヴィアとお茶会をしていたようなのだが、一体何を話していたのやら。



「強引な男はお嫌いですか?」


「……少なくとも嫌いじゃないわ」


「それは良かった」



 そのタイミングで曲が終わったので席へと移動する。

 中央のダンススペースから移動する間に、元々言おうと考えていた内容を伝えることにした。



「先ほどの話ですが、シルヴィアの様子の確認がてら向こうの都市での俺の拠点にオリヴィアさんも来ていいですよ」


「来ていい、というと転移魔法で?」


「ええ。オリヴィアさんなら直接転移してきていいですよ。リーゼも友人に会いたいでしょうし、俺もオリヴィアさんとの時間が増えるのは嬉しいですから」


「……そこまで言われたら行かないわけにはいかないわね。転移は行ったことのある場所にしか移動できないから、初めはエスコートしてくれる?」


「勿論ですよ。向こうでの生活が落ち着いたら迎えに行きますね」


「ええ。待ってるわね」



 皆の元へ戻ると、オリヴィアがリーゼロッテに手招きされて席を離れていった。

 隅の方でコソコソと二人で何かを話しているが、取り敢えずスルーし、次のパートナーを伴って中央へと戻る。



「リオン、当日になっていきなり割り込むことになって申し訳ありません」



 そう言って謝ってきた今回のパートナーは、近衛騎士団長のアレクシアだった。

 俺もダンスが始まる前の時間の食事中にレティーツィアから知らされた。

 先日、皇宮内のレティーツィアの屋敷に呼ばれた際に、パーティー当日に俺のダンスパートナーにサプライズゲストがいることを仄めかされていたのだが、どうやらアレクシアのことだったようだ。

 普段のパンツルックな騎士服姿ではなく、エレガントなイブニングドレス姿のアレクシアが目の前にいた。



「それは構わないんが、その様子だとアレクシア自身もいきなり連れ出されたみたいだな」


「いえ、その、近衛騎士代表として出席するように元々言われてはいたのです。ですが、その時は普段の騎士服姿でという話だったのですが……」


「当日になってドレスを着せられたと。そして首謀者はレティか」


「はい。突然ドレスを持ってこられて、リオンと踊るようにと言われまして……リオンにもご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」



 急遽アレクシアが俺のダンスパートナーに加えられたのには、色々理由、というか思惑があるんだろう。

 それはそれとして、普段の騎士服姿とは真逆の肌色成分マシマシなイブニングドレス姿のアレクシアと踊れたので俺は満足だ。



「謝る必要は無いって。寧ろアレクシアの貴重なドレス姿を見れて、俺は凄く嬉しいよ」


「わ、私のドレス姿を見ても面白くありませんよ!?」


「面白さとかじゃなくて、純粋に綺麗なモノが見れて嬉しいだけだよ。ドレス姿のアレクシアと踊れないと思ってたからな」


「あ、ありがとうございます……」



 羞恥から顔が赤くなっているアレクシアのステップが乱れるのをサポートしつつ、どうにか最後まで踊り切った。


 その後も、シルヴィア、マルギット、ユリアーネといった順にパートナーを変えてダンスを踊っていった。

 彼女達ともダンス中に話しをしたが、まぁ、これまでのダンスパートナーとのことを色々言われた。

 それらを受け流したり逆に反撃したりしてから、俺の今パーティーにおけるダンスを終えた。


 慣れないことを七人連続でこなして、精神的に疲弊したが、その後は彼女達と談笑したり、一部の貴族達に挨拶したりしているうちに祝勝パーティーが閉幕した。

 あとは、リーゼロッテを連れて屋敷に帰り、屋敷で留守番をしているエリン達三人とともに二次会を行うとしよう。

 



 

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