第133話 商会の人材



 ◆◇◆◇◆◇



 皇城での祝勝パーティーを明日に控えた今日は、ドラウプニル商会帝都支店にて決裁作業を行っていた。

 明日パートナーを務めるリーゼロッテは、シェーンヴァルト御用達ーーつまりエルフ系王侯貴族御用達ーーのエステサロンにオリヴィアとシルヴィアの二人と共に向かってる。

 昨日行ったのとは別の店であり、こちらも事前に予約していたところだ。

 そんなに何度も行く必要があるのか、と言いたかったが、凍りたくないので黙って送り出した。

 なお、リーゼロッテ以外の三人は俺と一緒に帝都支店に来ており、俺が書類仕事をしている間は店内を見て回っている。

 今頃はエリンとカレンが帝国に来て間もないセレナを案内して回っているだろう。



「決裁書も増えたな」


「事業を拡大しましたからね。仕方ありません」


「ま、自分の選択には責任を持つけど、この紙の山を見ると目を逸らしたくなるな……」



 愚痴混じりにミリアリアと話しながら、眼前に積まれた決裁書の山を処理していく。

 そんな百枚以上あった決裁の山も十分ほどで終わらせた。

 最初に【情報賢能ミーミル】の【書物認識】で決裁書の山を丸ごとスキャンし、脳内にて【高速思考】【並列思考】【高位演算】を駆使して一つ一つ内容を確認していった結果だ。

 あとはそれらを可否別に振り分けていくだけになる。

 決裁が終わったタイミングでミリアリアが別の書類を持ってきた。



「これは?」


「当商会に資金援助を求める外部の者達からの嘆願書や企画書です」


「あぁ……ついに来たか」



 有名税というか、金持ちあるあるだな。

 纏めてシュレッダーに放り込みたくなるが、原石があるかもしれないし、一応目を通しておくか。



「それにしても、よくもまぁこんなに集まったものだ」


「此度の戦に勝利した際に、リオン様がドラウプニル商会のオーナーであることは知れ渡っています。新聞や工房に加えて、最近では工場も動き出しましたので、事業展開に意欲的なのと資金に余裕があることは隠しようがありませんから……」


「ふむ、派手に動きすぎたか?」


「秘密裡に進行している事業を抜きにしても、新興商会としては異例の速さと規模かと」


「人材が不足しているから、これでも抑えているんだがな」



 まぁ、人材不足以外にも、急激に文明を発展させるのもどうかと思ったから自重した、という理由もあるんだけどね。

 利権は独占したいので、いずれ実行するつもりだが、俺の立場的にまだ早い。

 感覚的な話になるが、もう少し実績を積んで名声を得てから動いた方がスムーズに事を運べる気がする。

 ただ、あったら便利なので内々で実証実験をやってみても良いかもしれない。



「事業と言えば、工場の調子はどうだ?」


「紡績の方ですよね?」


「ああ」


「現在のところは問題が発生したという報告は上がってきていません。先日、抜き打ちで従業員に聞き取り調査をしたのですが、工場内に設置されている各種魔導具マジックアイテムのおかげで一人あたりの負担は、想定よりも大きく軽減されているとのことです」


「そうか。商品の質は?」



 俺が尋ねると、ミリアリアが執務室内の隅に積んであった木箱の中から数種類の糸の束を持ってきた。



「こちらから順に、稼働初日、三日目、五日目、七日目、十日目の商品になります」


「ふむ……品質も強度も問題無いみたいだな。生産量の推移は?」


「初めは彼女達も機材の扱いに慣れておらず基準を下回っていましたが、五日目でちょうど基準に達し、七日が経った頃には上回るようになりました。今では安定して生産出来ています」



 そう言って手渡された一日ごとの各種データが纏められた資料に目を通す。

 資料には魔導具を使って計測した工場員一人一人の疲労度や担当箇所も記載されていた。



「……思っていたよりも平均疲労度が低いな」


「特に大変な作業は魔導具が殆ど肩代わりしてくれていますので」


「まぁ、そういう目的で作ったからな。ちゃんと役目は果たせているわけか。これならロット数は上げるべきか?」


「今のところは問題ありませんが、もう少し時間をいただければ需要などのより正確なデータが集まるかと思います」


「確かにまだ始まったばかりか。一ヶ月、いや三ヶ月ぐらいは様子を見るべきか」


「はい。縫製工場の方で使用する分に関しては問題無いのですが、店頭でどれほど売れるかは未だデータ不足ですので時間をいただきたく……」


「分かった。数を増やすかどうかは三ヶ月後に決めるとしよう」


「かしこまりました」



 机に並べた糸を回収して木箱に戻すミリアリアを見ながら、少し前のことを振り返る。


 ちょうどメイザルド王国の王都に進軍している頃。

 以前、出稼ぎのために帝国軍に従軍していた娼館の女主人から聞いた話の中に違法風俗店の情報があった。

 そのお得意様であり後ろ盾の貴族について秘密裡に調査を行った。

 本来ならばどうやって排除するかを悩むところだが、運の良いことに件の貴族は帝都で得た情報を他国に売って金稼ぎをしている売国奴だった。

 なので、隠匿していた証拠などを騎士団の詰め所に放り込んでくるだけで済んだ。

 文官系貴族であったので戦場には出ておらず、戦時中の情報を集めるために当主が帝都に滞在していたため、あっさりと捕縛に成功。


 繋がりのあった違法風俗店ーー捕縛された貴族の資金源兼情報源の一つでもあったようだーーも摘発され、そこで働いていた娼婦達も殆どが解放された。

 殆どというのは、経営陣や違法行為に協力していた娼婦達は逮捕されたからだ。

 そうした者達を除いた被害者達は、当然ながら無職になったわけだが、そこにウチの商会が声を掛けた。


 新たに衣類関連事業を展開するにあたって、どこぞの貴族や組織の一員ではない彼女達の存在は都合が良い。

 前職の仕事柄、様々な衣類を見慣れているだろうし、手先も器用だと思われる。

 そういった諸々の理由からスカウトした結果、全員の雇用に成功した。

 身体の怪我や病気を魔法薬ポーションで無償で治療してやったのもあって、一生懸命働いてくれているようだ。

 

 そんなわけで無事に纏まった人手を確保したわけだが、今後はそう上手く確保は出来ないだろう。

 開店初期の頃のように奴隷商館で労働奴隷を購入するしか無さそうだ。

 例え他所から送り込まれたスパイでも契約書で縛れば大丈夫なのだが、だからといってスパイだと分かってる者をわざわざ雇いたくはない。

 どことも繋がりの無い一般人を雇うのも、それはそれで博打な面があるため結局は労働奴隷に行き着く。

 頑張り続ければ奴隷の身から解放される、という条件なので皆頑張ってくれる。

 労働条件が良いと理解できる者や恩を感じてくれた者の中には、解放後も残ってくれる者もいるので人材の流出も起きづらいのも利点だ。



「とはいえ、いつまでも奴隷を購入し続けるわけにもいかんか」


「そうですね。条件に合う奴隷がいつもいるわけではありませんし、どうしても初期投資がかかってしまいますから」


「ま、一般雇用を行うにしても春先からだな。それまでには各部門の管理職や教育係も育つだろう。そのあたりの体制も冬の間に構築しておいてくれ」


「承知致しました」



 書類仕事も終わったので執務室を出てセレナ達と合流する。

 セレナ達が買おうとしていた品を購入してからドラウプニル商会を後にした。



「必要な物は買えましたか?」


「うん、大体の品は買えたかな。色々取り扱ってるから助かっちゃった。エリンちゃんが教えてくれたんだけど、全部自社製品なんだってね?」


「商品の質に満足できなくて自作した結果ですよ。だから他店と全く同じ製品というのは並んでいないんですよ」


「じゃあ、資材の仕入れ先に何かあったら大変ね」


「……実のところそうでも無いんですけどね」


「そうなの?」


「ええ。続きはあの店に着いてからにしましょうか」



 そう言って指差した先にある店は、帝都散策時に見つけたスイーツ専門店だ。



「うわぁ……高そう」


「この世界では珍しくスイーツが充実している店でーー」


「早く行きましょう!」


「ご主人様とエリンお姉様も早く!」



 スイーツに反応したらしい転移者セレナ転生者カレンの動きの速さに軽く驚きつつ、エリンと共に二人の後を追う。

 セレナが異世界から強制召喚された者であることと、俺とは元の世界では先輩後輩の関係だったことはエリン達三人に話している。

 正確に言えば、リーゼロッテとエリンには寝物語に俺の前世について既に話していたので、俺が異世界出身だと初めて知らされたのはカレンだけだ。

 カレンだけ知らされていなかったのは、リーゼロッテとエリンに話したのが恋仲になってからだったので、なんとなく話すきっかけが無かったからだ。

 あと、そう安易に話していいことでも無かったからという理由もある。

 故に、今後異世界云々を話すことがあるとしても、対象は身内の者に対してのみの予定だ。


 ちなみに、カレンが転生者であることは俺しか知らない。

 カレンが話さないのでーー明かすべきか当人は悩んでいるようだがーー俺が勝手にバラすわけにいかないだろう。

 まぁ、異母姉であるエリンは気付いてるような気はするのだが。

 直接聞いてはいないが、それらしいことは俺と二人っきりの時に言っていたので、少なくとも普通の少女だとは思っていないのは確かだ。

 それでも大事な妹であることには変わりないらしく、他の客が食べている前世と遜色無いレベルのスイーツを見てテンションを上げているカレンの様子を微笑ましそうに見ている。



「二人ともよっぽど甘い物が食べたかったんですね」


「家でスイーツを作れるやつはいないからな。もっと早く連れて来てやるべきだったか。エリンはああいうところに行ったことはあるのか?」


「あそこまで華やかなところは行ったことはありませんが、ご主人リオン様と一緒ならどこであっても嬉しいです」



 二人っきりの時にしか使わない呼称で俺を呼ぶと、腕を組んだ状態から更に身体を寄せてきた。

 いつもいるリーゼロッテがこの場にいないからエリンも積極的だ。

 もっと二人の時間を増やさないとな、と思いつつ、先に席についてメニューを見ているセレナとカレンの元に向かうのだった。



 

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