第132話 実戦経験



 ◆◇◆◇◆◇



「おぉ……コレが冒険者の証なのね」



 帝都の冒険者ギルド本部のロビーにある幾つかある丸テーブルの席で、セレナが冒険者の証明証ライセンスである金属プレートを手に持って一人感動していた。

 俺の前世の学生時代の先輩である彼女は、異世界召喚されたことによって俺とは生きて来た時間軸がズレたため、未だに実年齢はギリギリ十代の年齢だ。

 この世界に慣れてきたとはいえ、約一年前までは元の世界の普通のティーンエージャーであったことには変わりない。

 実年齢よりも大人っぽい顔立ちに、実年齢より幼く見える可愛らしさを垣間見せながら、キラキラした瞳で銀灰色の冒険者プレートを眺めている。



「ただの身分証ですよ、それは」


「でも、冒険者ギルドっていう向こうには無かったギルドが発行している金属製の証明証って、異世界感があるでしょ?」


「まぁ、言わんとすることは分からないでもないですけどね。それじゃあ、依頼でも選びますか」



 遮音結界を解除して席を立つと、依頼書が貼られている掲示板のところへと向かう。

 今日は、セレナの身分証を手に入れるために帝都の冒険者ギルドにやって来ている。

 俺達と一緒に神迷宮都市で冒険者として活動する予定であることから、セレナの身分証は冒険者の物にすることにした。

 帝都本部では俺もヴァイルグ領のアルグラート支部で受けたことがある、初期ランクを上げてスタートできる特殊試験を実施していたことも都合が良い。

 昨日皇城に行った帰りにギルドに寄って予約をしておいたので特殊試験はスムーズに受けられた。

 帝都本部所属の特殊試験官との試験の結果、セレナはCランクからのスタートになった。



「Cランクからなのはちょうど良かったですね」


「エリンちゃんとカレンちゃんの二人と同じよね?」


「ええ。彼女達も最近昇級したばかりです」



 俺が戦争に参加している間に、エリンとカレンの二人はDランクからCランクへと昇級していた。

 クラン結成時に俺達と合流するマルギットとシルヴィアの二人は、共に前衛職のAランクであり、前衛であるエリンと後衛であるカレンとは以前受けた依頼で臨時パーティーを組んだことがあるため、神迷宮都市でもパーティーを組ませる予定だ。

 贅沢を言えば後一人後衛が欲しいと思っていたところに、後衛職であるセレナが合流したため、彼女も一緒にパーティーを組ませれば前衛三後衛二で全体のバランスが良くなるだろう。


 俺とリーゼロッテが数に含まれていないのは、俺達二人はSランクで実力が離れているので、無理にパーティー編成に加えると却って成長効率が悪くなってしまうからだ。

 ダンジョンにおいては、敵が大群だった場合などの一部の状況を除けば、休憩も兼ねて交代しながら戦うことを考えている。

 そのためには、事前にセレナの実力を把握しておく必要があるので、今回急遽セレナと共に依頼を受けたわけだ。


 リーゼロッテ達は明後日皇城で行われる祝勝パーティーの準備があるため此処にはいない。

 正確には、既にエステサロンの予約をしていたからこっちに来れなかったというべきか。

 祝勝パーティーには俺とリーゼロッテしか参加しないが、エリンとカレンも一緒にエステを受けているので同様に此処にはいない。

 昨日、セレナを帝都の屋敷に連れてきた際に顔合わせ自体は済ませているのだが……まぁ色々あった。

 昨日のことを思い返しながら掲示板に貼られている依頼書を眺める。



「何か気になる依頼はありました?」


「うーん、そうねぇ……この草原に現れた魔物の群れの討伐なんてどう?」



 そう言ってセレナが指差したのは、帝都近郊の草原で獰猛な牛系魔物の群れが確認されたので、近くの街道の安全を確保するために早急に群れを討伐してくれ、という内容の依頼書だった。

 【魔賢戦神オーディン】の【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で該当エリアのマップを見てみると、草原の端の方に討伐対象である魔物の群れがいるのが確認出来た。

 これなら依頼を達成出来そうだ。


「牛肉も欲しかったですし、ちょうど良いですね」


「牛系魔物のお肉って普通の牛のお肉より美味しいの?」


「以前食べたのは美味しかったですよ。基本的には強い魔物、つまりはレベルやランクの高い魔物ほど美味い傾向にあるので、魔力を扱えない低レベルの普通の牛よりも美味しいみたいです」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ、コレにしましょう」



 依頼書を手に取ると、依頼受注の整理券を取って暫し待つ。

 その後、整理券の番号を呼んだ受付嬢がいる窓口で受注手続きを済ませてからギルドを出た。



「そういえば、先輩って解体は出来ますか?」


「出来ないわ」


「じゃあ、覚えますか?」


「うっ……し、しなきゃダメ?」


「出来た方が良いですけど、収納系魔導具マジックアイテムがありますから必須というわけじゃないですよ。血抜きのやり方ぐらいは知っておいた方がいいと個人的には思いますけどね」


「んー、まぁ血抜きぐらいなら……」



 ちょうど通りがかった辻馬車に乗って帝都外壁まで移動する。

 そこから目的地の草原までは馬型眷属ゴーレム〈グラニ〉に乗って向かった。馬に乗ったことがないセレナは俺の後ろに同乗してもらっている。



「ゴーレムだけど、リオンくんって馬も乗れるのね」


「自分で動いた方が速くなってからは乗らなくなったんですけどね。まぁ、昔取った杵柄というやつですよ」



 セレナと話しながらグラニを走らせること十分ほど。

 討伐対象である牛系魔物がいる草原が見えてきた。

 街道から外れて、草原の奥へとグラニを進ませていく。



「レベル的に先輩と同じぐらいですけど、その弓を使えば大丈夫でしょう」


「馬上からよね?」


「どっちでもいいですけど、乗ったまま射ったことあります?」


「無いけど、鞍の上に立つから大丈夫よ」



 そう言うと、セレナは背負っていた弓を下ろして弦の具合を確かめだした。

 セレナは魔法も使えるが、彼女が持つユニークスキルとの相性と、魔法よりも遠距離から攻撃できる優位性から今回は弓での攻撃がメインになる。

 


「あ、見えましたね」



 視線の先に〈爆走する魔牛ランナウェイブル〉の群れの姿が見えてきた。

 数は三十体余で、一頭のサイズは二メートルほどの黒い牛系魔物だ。

 走る生物を追いかける習性があるため、このままだと近くの街道を利用する旅人や商人の馬車などに被害が出る可能性がある。

 そのランナウェイブルの群れから二百メートル離れたところで止まると、セレナが立ち上がって弓を構えた。


 弓の弦を引くことで使用者の魔力を消費し、擬似物質製の矢を形成する能力がある魔弓であるため、矢を納める矢筒は持っていない。

 実体の矢を使わないのは、セレナが一緒に召喚された異界人フォーリナー達の中でも屈指の総魔力量なのと、連射性を優先したためだ。

 とはいえ、まだ基礎レベルが低いのと、メイン火力は魔法の方であるため、魔力量の管理はとても重要だ。

 そのため、プレゼントした魔弓は燃費の良い物を選んでおり、形成される矢にも燃費が悪くなる炎や光などの魔法属性系の類いは付与されていない。



「っ!」



 放った矢は真っ直ぐランナウェイブルへと飛んでいく。

 射られた矢が持つ効果は〈貫通〉というシンプルなモノ。

 その貫通矢は狙い違わず一頭のランナウェイブルの分厚く頑丈な頭部の頭蓋骨を貫いた。



「ブモォオッ!?」



 絶命した一頭の断末魔の声によって他の全てのランナウェイブルが一斉に警戒状態になった。

 立て続けに放たれた二射目で二頭目のランナウェイブルが倒れた時には、残る個体全てが俺達の存在を認識する。

 三体目、四体目と倒れたあたりで俺達目掛けて群れ全体が突進してきた。

 迫る二十体以上のランナウェイブルの猛威に晒され、弓矢を構えるセレナの手元が乱れ始める。

 だが、そうして放たれた矢もランナウェイブルを貫いていく。

 同じ貫通効果がある矢ではあるものの、これまでのよりも力が入っていない矢までもがランナウェイブルの頭部を貫いているのは、明らかにおかしい。


 これこそが、セレナが持つユニークスキル【運命ザ・デスティニー】の力だ。

 凄く簡単に言えば、非常に運が良くなる効果を持つユニークスキルといったところか。

 能力によって投射攻撃の命中率が上がり、攻撃の一つ一つが致命打クリティカルヒットになって大ダメージを与えることが出来る。

 基礎レベルが低いため正確な効果は把握していないそうだが、話を聞く限りでは内包スキルの殆どは解明出来ていると思う。


 そんな強力な効果を齎す【運命】だが、特異権能エクストラ級であるが故の限界がある。

 狙った箇所に当たる命中率の強化も全く違う方向に放たれたら意味は無いし、敵の身体を貫く最低限の威力が無ければ致命打になることも無い。

 瞬く間に距離を詰めてくるランナウェイブルの群れの勢いに呑まれたのか、恐慌状態になってしまった今のセレナではマトモに力を発揮することは出来ないだろう。

 それでも距離を詰められるまでの間に、敵の数を二十体にまで減らせただけでも上出来だ。



「ーー大丈夫ですよ、先輩」



 セレナに声を掛けつつ、残る二十体のランナウェイブルに『鈍足スロウ』を掛けて突進スピードを遅くする。

 続けて、落馬しないようにセレナの下半身を【強欲王の支配手】で固定してから、グラニを移動させてランナウェイブルから距離を取る。



「あの程度の魔物なら指一本で倒せるぐらいに強い俺がいるんですから、先輩が死ぬことはありませんよ」


「……ふぅ。うん、もう大丈夫。ありがとう」



 俺の言葉に安心したのか、調子を取り戻したセレナが絶え間なく貫通矢を連射していく。

 恐慌状態になるというトラブルこそあったものの、その時を除けば百発百中の矢の一撃によって全てのランナウェイブルが討伐された。

 


「魔法を使うまでも無く終わりましたね」


「あ、そういえばそうね。魔法の力も見る?」


「特殊試験の時に最低限は見せてもらいましたし、また今度でいいですよ」


「うん、分かった。ねぇ、その、どうだったかな?」



 不安そうに尋ねてくるセレナを安心させるために微笑を浮かべてから口を開く。



「ユニークスキルの効果を抜きにしても良い腕ですね。恐慌状態になったら実力を発揮出来なくなるのは普通なので、まだまだ戦闘初心者な先輩は気にしなくていいですよ」


「……そう?」


「ええ。これから徐々に慣れていけばいいだけですから。では、今から血抜きのやり方を教えますね」


「うん。お願いね、リオンくん」



 【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で一度【無限宝庫】に全て収納してから、一体ずつランナウェイブルを取り出して実践しながら教えていく。

 解体と比べれば特に難しい作業ではないので、すぐにセレナもやり方を覚えた。

 それにしても、パーティーを組ませる前にセレナの実力を確かめておいて正解だったな。

 セレナには単純に実戦経験が足りていないことが分かったので、神迷宮都市に向かう前に屋敷の地下鍛錬場でアンデッド達と戦って実戦に慣れてもらうのが良さそうだ。



「……何か怖いことを考えなかった?」


「先輩の利になることですよ」

 


 生成体を倒せば経験値も得られるからね。

 一人で黙々とやらせるのは可哀想だから、パーティー戦闘の慣熟がてらエリンとカレンと組ませるのも良さそうだ。

 試しに他の武器を使わせてみるのもいいかもしれないな……。



 

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