第122話 超人族



 ◆◇◆◇◆◇



 此度の戦争において、敵国であるメイザルド王国には複数の勢力が援軍として参戦している。

 一つは、東帝国ことロンダルヴィア帝国の機甲錬騎団の一部。

 一つは、何かにつけてアークディア帝国を敵視する、色々確執を抱えたハンノス王国のハンノス遠征軍。

 一つは、王弟の支持基盤であり、クーデターにも協力したウリム連合王国のウリム遠征軍。

 本来ならば、ここにナチュア聖王国の粛聖騎士団もあったのだが、俺が壊滅させたので数には数えない。

 これら三つの勢力に、中央小国家群で主に活動している〈明けの赤狼〉などの複数の傭兵団勢力も加わる。

 だが、一番はやはり、Sランク冒険者〈禍召魔軍〉〈金剛拳豪〉〈殲槍疾走〉の三人がメイザルド王国の切り札なのは間違いない。

 他にも特筆すべき戦力を持つ者がいるのだが、正体を隠しているようだし表には出てこないだろうから戦力には数えないでいいだろう。


 それらのうち、ロンダルヴィア帝国の派遣軍である機甲錬騎団を狩っていたのだが、そこに複数の傭兵団が横槍を入れてきたのが数分前のことだ。



「これで最後、っと」


「ま、待っ」



 命乞いには耳を貸さずに、明けの赤狼の団長の首をデュランダルで刎ねる。

 辺りには王国兵以外に、複数の傭兵団の団員の死体が転がっており、その数は五百はくだらないだろう。



「これで傭兵団勢力は片付いたかな? 元より狩るつもりだったから、向こうから来てくれたのはラッキーだったな」



 メイザルド王国からの依頼を受けた傭兵団のうち、明けの赤狼を率いる団長はユニークスキル持ちであることが判明しており、今回の戦争で個人的に絶対に狩ろうと狙っていた標的の一つだった。

 そんな絶好の獲物ユニークスキルが向こうからやってきた時は、思わず口角が上がってしまったものだ。

 接敵してすぐに【強欲神皇マモン】の【発掘自在】によって生み出した大地の槍で、明けの赤狼と共に向かってきた他の傭兵団も含めて、約八割の傭兵達を殲滅した。

 大体五百人ぐらいが瞬殺されてから、やっと生き残り達は自分達の考えーー竜殺しを倒して傭兵団の名に箔を付けることーーが、いかに浅はかだったかに気付いたようだったが、既に時遅し。

 それからは、残る百人余りを【万魔弾装の射手】の魔弾乱射で殲滅したり、デュランダルで斬り伏せていった。



[ジョブスキル【獣騎士ビーストナイト】を獲得しました]

[ユニークスキル【最適行動オーバーライド】を獲得しました]



 どうやら、困難な状況下に直面した際に効果を発揮するユニークスキルらしい。

 俺に接敵して間も無く逃げ出そうとしていたことからも、その効果は正しいようだが、どうやっても勝ち筋どころか逃げ道すらも無い状況下では意味が無いようだ。



「うーん、思ったよりは微妙だな。ま、素材にはなるか。さてーー」



 視線を帝国軍の左翼の方に向けると、そこには大量の魔物が攻め込んで来たところだった。

 敵側のSランク冒険者〈禍召魔軍〉が行動を開始したようだ。

 【千里眼】で魔物達の後方に目を向けると、フードを被った女性の姿が確認できた。



「今回は自分で転移してきたのか。まぁ、もう逃がさないからどっちでもいいんだが」



 【結界作成】で〈禍召魔軍〉がいる範囲まで覆う巨大な転移阻害の結界を構築する。これで前のような転移による撤退は出来ないだろう。

 空間魔法によって作られた異空間に待機させていた魔物達が、開かれた空間の裂け目から戦場に次々と出現している。

 それらに加えて、周りの地面に展開された魔法陣からも魔物を召喚しているのが確認できる。

 以前よりも魔物の数は少ないが質は良いらしく、AランクとBランクの魔物が殆どだ。

 最後に切り札らしき一体の下級竜が現れると背後の異空間は閉じられたが、地面の魔法陣からは未だに魔物が召喚され続けている。



「異空間のはアレで最後みたいだな」



 【森羅万象ワールド・ルーラー】で土煙を起こして周囲から俺が見えないようにする。

 即席の遮蔽物が出来上がると、【強欲王の支配手】の効果が及ぶ範囲の周囲の空間に、【魔装具具現化】で多種多彩な魔剣の数々を具現化させていく。

 具現化スキルによって生み出した物は、スキル保有者の身体から離れると、いずれ魔力の粒子となって消滅してしまう。

 だが、念動力的な能力である【強欲王の支配手】の効果が及ぶ範囲も、保有者の手という扱いになるため、実際の身体から離れていても消滅はしないし、その射程範囲内に直接具現化することも可能だ。

 このあたりの原理は、元になった【念動能力サイコキネシス】の時に判明しており、手が発動の起点となっている他のスキルでも同じ様に使うことが出来る。

 これらのスキルの組み合わせによって周囲に数多の具現化魔剣を保持したたまま、意識を離れた場所にいる〈禍召魔軍〉とその魔物達がいる座標へと向ける。



「【射出】」



 【強欲王の支配手】によって保持された状態から【射出】された魔剣達が、【超狙撃】の射撃補正を受けて空中を飛翔していく。



「……こういう技って漫画であったな」



 今更ながら思い出した前世の記憶を懐かしく思いつつ、次々と魔剣を具現化しては射出していく。

 やがて、二撃目を射出した直後のタイミングで一撃目が目標に着弾した。

 【魔装具具現化】で具現化できる最上級である遺物レリック級の魔剣が雨霰の如く頭上から降り注ぐ。

 その破壊力は、破滅の真竜弓の【破滅魔弾】や【万魔弾装の射手】の魔弾の比ではない。

 遺物級の魔剣の刃は魔物達の身体を貫き、斬り裂き、粉砕し、消滅させていく。

 現在地から動くことなく、三撃目、四撃目と一射につき数十もの魔剣を放つ。

 着弾の衝撃で砂埃が舞い上がったことで、兵士達からの視線が遮られた隙に【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で魔物の亡骸を【無限宝庫】に回収していく。

 召喚された魔物の亡骸に関しては、死亡後は元の次元へと消え去るため存在しないが、生み出された魔物の亡骸の方は残っている。

 出来るだけ素材が残るように加減をしたので結構形が残っている物も多い。

 その代わりに、加減をしたことで倒し切れない相手もいた。

 術者である〈禍召魔軍〉もその一つだ。



「しぶといな。空間魔法で守っているのか。断ち斬れーー〈不滅なる幻葬の聖剣デュランダル〉」



 聖剣デュランダルの【四天割断】を発動させ、デュランダルで何もない空間を薙ぎ払う。

 すると、遠く離れたところにいた〈禍召魔軍〉が張っていた強固な結界が斬り裂かれた。

 突然結界が斬り裂かれたことに驚愕の表情を浮かべたのを最後に、魔剣の雨に呑み込まれて〈禍召魔軍〉の姿は見えなくなった。

 これで残るは、あと二人。



[スキル【以心伝心】を獲得しました]

[スキル【召喚術】を獲得しました]

[ジョブスキル【空間術師スペース・ロード】を獲得しました]

[ジョブスキル【高位召喚術師ハイサマナー】を獲得しました]

[ジョブスキル【高位使役師ハイテイマー】を獲得しました]

[ジョブスキル【精鋭調教師エリート・トレーナー】を獲得しました]

[ユニークスキル【魔を招く再誕の祭主デモルフォス・アルハーズィア】を獲得しました]



 スキルを手に入れたことと、【無限宝庫】に死体と遺品が自動収納されたことでSランク冒険者〈禍召魔軍〉の死亡を確認した。

 術者死亡と同時に、召喚されていた分の魔物達に関しては元の次元へと還っていく。

 異空間から出てきた分の魔物達は残っており、それらは術者が死んでも変わらず帝国軍へと襲い掛かっている。



「コレでトドメだ」



 指を鳴らして【紅蓮爆葬】を発動し、このまま自然消滅するのを待つばかりの地面に転がる具現化魔剣を起爆させる。

 具現化魔剣はその等級に相応しい量の魔力を内包しているため、発動した【紅蓮爆葬】による具現化魔剣一本あたりの爆発力はかなりのものだ。

 そのため、帝国軍みかたに被害が及ばない範囲にある具現化魔剣のみを爆発させることにした。

 意図的に爆発力を抑えることも可能だが、今回は未だ生き残っている魔物の処理も兼ねているので、火力制限はせずに起爆対象のみを制限して行った。


 大気が震えるほどの轟音と共に爆炎の火柱が立ち昇る。

 爆炎に呑み込まれた〈禍召魔軍〉が生み出した魔物の残党達が次々に焼死していく。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップ上で確認したところ、爆炎に呑み込まれた分に関しては排除することができたようだ。

 帝国軍との距離が近くて爆炎に呑み込めなかった魔物は残っているが、数は少ないので後は自分達で頑張って貰うとしよう。



「戦線は各騎士団がいれば大丈夫そうだな。そろそろ陛下のところに戻るか」



 【千里眼】で戦況の確認を済ませ、周囲で暴れ回っていたグラニを呼び戻すと、【異空間収納庫アイテムボックス】に収納した。

 残るSランク冒険者二人とは近接戦になるだろうから、いつでも戦えるように自らの足で空中を駆けていくことにする。



「ん? おっと!」



 空中を移動中、横合いから高速で接近してきた人物からの攻撃をデュランダルで受け止めた。

 その衝撃で空中から地上へと弾き飛ばされるが、身を翻して勢いを殺すのと同時に後方へ【森羅万象】で突風を放つ。

 放った突風で王国兵達ーー装備からしてメイザルド王国ではなくハンノス王国の兵士のようだーーを吹き飛ばして確保した場所に着地すると、そのままデュランダルを振るう。

 振るったデュランダルと襲撃者の剣がぶつかる。

 そこで止まらず十、二十、三十と秒間あたりの斬撃を増やしながら剣戟を交わしていく。


 襲撃者の姿は何とも珍妙な姿をしていた。

 首から下はロンダルヴィア帝国の女性技術士官の制服姿なのに、頭部だけはメイザルド王国のフルフェイスヘルムを被っている。

 適当にその辺にあった兜で顔を隠しました感がある格好に、思わず苦笑しながらデュランダルを振るい続ける。



「ーー随分と余裕ね?」


「そういうそちらも、そんな装備で随分と余裕ですね?」


「こんなのしか調達出来なかったのよ。でも、剣はマシな方でしょう?」


「まぁ、叙事エピック級ならば最低限はやれるでしょうね」


「尊大ね」


「そちらほどではありませんよ、たる皇女殿下」



 俺の発言に相手が僅かに身体を反応させた隙に、【剣神斬禍】を一瞬だけ発動させて相手の剣を叩き斬った。

 そのまま相手が動き出す前にデュランダルの刃を首筋に当てる。



「……良く分かったわね?」


「ロンダルヴィアの制服にあの剣技、叙事級の剣を所有できる立場などから正体は自ずと分かりますよ。それに、上位人類種同士は互いに相手が上位種だと認識できるでしょう? これだけの材料があって察せないような間抜けではないつもりなので」


「フフ、確かに。笑われても仕方ないほどに情報を明かしていたわね」



 まぁ他にも、士官服の上からでも分かるほどの凹凸のある抜群のスタイルだったから、というのもあるんだけどな。

 互いの剣戟により発生した剣圧に耐えられなかった兜にピシッと亀裂が入る。

 フルフェイスの兜が真っ二つに割れたことで、純金を溶かしたかのような色合いの豪奢な金髪が露わになった。

 タンザナイトのような青紫色の瞳のツリ目に、意志の強そうな顔立ちをした絶世の美女だ。

 リーゼロッテやレティーツィアに匹敵するほどの輝かしい美貌に、周りで様子を窺っていた王国兵達も思わず感嘆の息を漏らしている。

 そんな彼らよりも近い目と鼻の先で俺は直視しているわけだが、身近に同格の美女がいるので特に衝撃は無い。睫毛長いなー、とか、自己主張の強い胸部に目を向けないようにしないと、とか思う程度だ。

 予め【情報蒐集地図】とラタトスクからの情報で、ロンダルヴィア帝国の皇女が正体を隠して戦場に来ているのを知っていたのもあるが、一番の理由は絶世の美女に慣れてしまったからだろうな。



「それで? このまま私を捕まえるのかしら?」



 まだ互いに本気を出してはいないのに、皇女はそんなことを尋ねてきた。

 もしかしたら、彼我の実力差を感じ取ったのかもしれない。



「それに答える前に聞きたいのですが、何故俺に攻撃を仕掛けたんです?」


「私以外の同族の力が知りたかったからよ。後はまぁ、単純に貴方に興味があったの」


「なるほど」



 どうやら俺という存在が彼女の好奇心を刺激していたようだ。

 これまで調べた限りでは、生存している俺以外の〈超人スペリオル族〉は、目の前にいるロンダルヴィア帝国の皇女しか確認出来ていない。

 人族の上位種は他の人類種とは違い、進化先が複数存在する。

 その中でも超人族は進化確率の低いレアな上位種らしく、生まれながらの超人族ともなれば更に低い。

 そんな超希少パターンである生まれながらの超人族が俺達ーー転生した俺も生来の超人族で間違いないはずだーーなわけだが、まさかこんなところで会うとは思わなかったな。



「あー、そこの御老人並びに配下達は安心してくれ。別に皇女殿下を捕らえる気はないよ」


「だ、そうよ。刃を振るうなら周りの口封じに使いなさい」


「ぎゃっ!」


「ぐぅえ!?」


「な、なんだコイツら!? 一体何処から現れぶがっ!」



 周りを囲んでいた王国兵達の至るところから血飛沫が上がる。

 人混みに潜んで徐々に俺との距離を詰めてきていたロンダルヴィアの兵、というか目の前の皇女個人の配下達が、主君の命を受けて行動を開始した。

 ロンダルヴィア帝国の皇女が此処にいることを知ってしまった者達の断末魔の声を聞いていると、何処からとも無く一人の老人が現れた。


 ふむ。強いな。

 隙の無い立ち振る舞いに、後天的に人族の上位種族の一つ〈戦人ヴァトラー族〉に至っており、基礎レベルも七十台後半と高レベルだ。

 保有スキルからして得意なのは素手や短剣などを使った肉弾戦かな?

 そんな老人が此方に鋭い視線を向けつつ口を開いた。



「ーー捕らえるつもりが無いというならば、殿下から剣を引いて頂けないでしょうか?」


「剣を引いても皇女殿下がこれ以上攻撃を仕掛けてこないことと、この後すぐに貴方達が戦場から撤退してくれるのを約束してくれるなら良いですよ」



 コイツらまでが敵として参戦したら帝国軍の被害が拡大するからな。



「……殿下」


「そう睨まなくても分かっているわ、セルバン。攻撃もしないし、この後すぐに私達は撤退しましょう。ただ、機甲錬騎団は私とは別口だから撤退させるのは無理よ」


「それで構いません。機甲錬騎の残りは帝国軍だけでも倒せるでしょうから」



 皇女の首からデュランダルを外すと、地面に落ちている皇女の剣の破片を手に取る。

 さて、目の前の皇女が攻撃を仕掛けてきた時から考えていた、俺の財と〈強欲〉のための交渉を行うとしよう。



「この剣の残骸全てをくださるなら、アークディア帝国の方に皇女殿下のことを報告しませんが、どうします?」


「その剣が無くなるのも困るけど、報告されるのも困るわね」


「だから言ったのです。余計なことをしてはならないと」


「小言は帰ってから聞くわ」



 皇女がお付きの老人セルバンからの小言を受け流しているのを見ていると、並列して見ていたマップ上のSランク冒険者二名を示す光点に動きがあった。

 どうやらヴィルヘルム達の方へと向かっているようだ。

 時間が無いのでさっさと話を進めよう。



「では、この剣の残骸はこのまま預かり、後日修復した上でお返し致しましょう。その時に修復代金兼今回の口止め料を支払っていただくということで如何でしょう?」


「そういうことなら構わないけど、私がそちらの国にいくのは難しいわよ?」


「修復後に使いの者を殿下の屋敷に送りますので、代理であるその者と取引をお願い致します」


「それなら大丈夫ね」



 【熾天契約】により発動した契約術にて皇女と取引契約を行う。



「契約術まで使えるのね……これで良い?」


「ええ。ありがとうございます」



 互いに指先でサインを済ませると、空中に浮かんでいた魔力体の契約書が二つに分かれ、俺と皇女の身体の中へと入った。



「三ヶ月以内に向かわせます」


「ええ。その者の名前は?」


「アルファと名乗らせる予定です」


「そう。屋敷の者にも伝えておくわ」


「お願いします」



 皇女がセルバンに視線を向けると首肯していたので、どうやら彼が屋敷の使用人を纏めているらしい。或いは彼女の配下全体をかな?

 皇女から剣の残り半分を受け取ると踵を返す。



「それでは、またいずれお会いしましょう」



 ロンダルヴィアの皇女に軽く手を振ってから、今度こそヴィルヘルム達の元へと向かった。



 

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