第123話 過信と勧誘



 ◆◇◆◇◆◇



『ーーリオン、聞こえますか?』



 【疾風迅雷】で速度を上げた状態でヴィルヘルム達の元へと向かっていると、片耳に付けているイヤホンマイク型魔導具マジックアイテムに通信が入った。

 聞こえてくる声からすると、通信相手は近衛騎士団団長のアレクシアのようだ。



「アレクシアですか?」


『はい、アレクシアです。索敵班が敵のSランク冒険者を確認しました。真っ直ぐ此方に向かっているとのことです。後どのくらいでーー』


「今着きましたよ」



 耳に手を当てて通信を行っていたアレクシアの近くに着地する。

 アレクシアの驚いている表情が可愛らしい。



「コホン。話の続きですが、向かってきているのは〈金剛拳豪〉と〈殲槍疾走〉とのことです。残る〈禍召魔軍〉の所在は不明ですがーー」


「ああ、〈禍召魔軍〉ならば先ほど倒しておきましたよ」


「……流石ですね。では向かって来ている二人のうち片方は我々が担当します」



 一瞬だけ固まったアレクシアは、すぐに気を持ち直すと、そんな提案をしてきた。

 その方が楽だろうが、確実に近衛騎士の数が減るだろうな。



「いえ、二人纏めて来たなら好都合です。二人とも俺が担当しますよ」


「ですが……」


「アレクシア達は陛下の護衛に専念してください。マルギットとシルヴィアもな」



 俺が戻ってきたのが伝わったのか、二人も近くにやってきた。



「大丈夫なのか?」


「ああ。問題ない。二人も陛下の護衛を頼む。陛下が殺されたらコッチの負けになるからな」


「……何だか楽しそうね?」


「そう見えるか? いや……確かにそうだな。生死を気にせず戦うのを楽しんでいるのかもしれん」



 僅かに上がっていた口角に触れつつ、前に出る。

 戦闘を開始した近衛騎士達の向こう側に、筋肉質かつ細身の肉体の戦人ヴァトラー族の槍使いと、筋骨隆々の上半身を曝け出している大柄の天獅子人族の格闘家の二人の男の姿が見える。

 あの二人がメイザルド王国からの依頼を受けたSランク冒険者〈殲槍疾走〉と〈金剛拳豪〉か。

 肉眼で見るのは初めてだが、どっちがどっちか分かりやすいな。


 敵の姿を目視すると、即席のアースゴーレムを大量生成して二人へ攻撃を仕掛けさせた。

 アースゴーレムを次々に生成し続けながら、足止めを行なっていた近衛騎士達を【強欲王の支配手】で浮かばせて後方へと退げる。

 守りに徹していたのと戦闘が極短時間だったこともあって幸いにも死者は出ていない。それでも瀕死の者はチラホラといるため、彼らも含めて全員を強制的に撤退させていく。

 アースゴーレム達の行進の間を縫って近衛騎士達を退げつつ、重傷の者達に治癒魔法を掛けていく。死ぬ寸前だった者には【復元自在】を行使し、命を救っていった。


 怒涛の如く殺到するアースゴーレム達の壁を突破される前に近衛騎士達の回収を済ませる。

 前方に味方がいなくなったのをマップ上で確認すると、指と指の間にナイフ型魔剣を計八本具現化させて、〈殲槍疾走〉と〈金剛拳豪〉へと投擲する。

 二人はアースゴーレムの攻撃に対処しながらでも四本ずつ投擲されたナイフを危なげなく弾いたが、次の瞬間ナイフが至近距離で爆発した。

 続けて、近くのアースゴーレム達も【紅蓮爆葬】で爆発させていく。具現化魔剣ほどの魔力は内包していないが、アースゴーレムの身体を構成する硬い土塊が威力を増大させてくれる。

 半自動的に行なっていたアースゴーレムの生成を打ち止め、残っている全てのアースゴーレムを〈殲槍疾走〉の方に向かわせた。


 今の状況ならば、速さが売りである〈殲槍疾走〉の機動力は活かされないので、アースゴーレム達だけでも足止めぐらいはできるだろう。

 その隙に、突破力があり基礎レベルも高い〈金剛拳豪〉を討つ。

 未だ爆炎に包まれている〈金剛拳豪〉へ対して、【発掘自在】の土槍による攻撃を行う。

 が、炎の中から現れた剛腕の一振りで簡単に砕かれてしまった。



「邪魔だぁっ!」



 鬱陶しそうに爆炎を払って躍り出て来た〈金剛拳豪〉の身体は白い闘気に覆われており、爆炎はこの闘気によって無効化されたようだ。



「うおぉっ!」



 身体を覆う分よりも圧縮された闘気を纏う両拳による拳打の嵐を迎え撃つべく、此方もデュランダルによる斬撃を振るう。

 剣と拳の衝突音とは思えないような金属音が周囲に絶え間無く鳴り響く。

 あまり時間をかけられないのでさっさと終わらせよう。

 発動させた【剣神斬禍】によって強化された斬撃が、纏っていた闘気ごとその拳を斬り裂いた。



「ぐっ!?」



 右の拳が斬り裂かれたことに驚いた〈金剛拳豪〉が後退するが、【縮地】にて瞬時に距離を詰めてトドメの一撃を振るう。

 その瞬間、ニヤリと笑った〈金剛拳豪〉が、纏っていた闘気の色を白から紅金色へと変化させた。

 迫る斬撃を気にも止めず、まるでカウンター狙いかのように左の拳を腰だめに引いて構えている。

 だが、そんな〈金剛拳豪〉の身体は、何も妨げること無く、デュランダルの刃を右腰から左肩へと素通りさせた。

 何が起こったか分からないような呆然とした表情のまま、〈金剛拳豪〉は身体が真っ二つになって死亡した。



[スキル【拳嵐連打】を獲得しました]

[スキル【金剛靠撃】を獲得しました]

[スキル【魔練鎧身】を獲得しました]

[スキル【呼氣豊命】を獲得しました]

[スキル【徒手空拳】を獲得しました]

[ジョブスキル【格闘王キング・オブ・ファイター】を獲得しました]

[ジョブスキル【拳豪ストロング・フィスト】を獲得しました]

[ジョブスキル【氣闘士オーラ・ファイター】を獲得しました]

[ユニークスキル【無敵の剛走英雄アキレウス】を獲得しました]



 ふむ……なるほど。

 どうやらさっきの紅金色の闘気、というかオーラを纏っている間は、所謂無敵状態になっていたようだ。

 時間制限はあるが、殆どの攻撃を防ぐまさに無敵の鎧を纏っているのに等しい状態らしい。

 唯一の例外が、対神魔法などの神性存在デウスデアに対する特効攻撃で、それらの攻撃の前では無敵状態は無効化されるようだ。

 俺の攻撃には前の異世界での実績に由来する、称号〈神殺し〉の効果が常に働いているため、【無敵の剛走英雄】の内包スキル【神が齎した刹那の煌体】の無敵効果は属性的に神性である故に弱点を増やしただけだった。



「無敵を過信し過ぎだし、相性も最悪だったということか」



 運が無かったな、と胸中で憐れみながら〈金剛拳豪〉の肉体を【強欲王の支配手】で【異空間収納庫アイテムボックス】に放り込む。

 一息つくと、後方から放たれた鋭い突きを横にずれて回避し、振り向き様にデュランダルを横薙ぎに振るって【反撃】した。

 攻撃を仕掛けてきたのは〈殲槍疾走〉だ。どうやらアースゴーレムを倒し終えたらしい。

 こちらの反撃の一撃を紙一重で避けた〈殲槍疾走〉は、少し距離を取ると間髪入れず魔槍を突き出してきた。



「シッ!」



 音速を超えた速さで突き出された魔槍の軌道を見抜き、デュランダルの鋒で受け流す。

 そのまま壁のような圧の魔槍の連続攻撃を捌きつつ、隙を見て魔槍を両断しようと試みる。

 だが、先ほどの〈金剛拳豪〉との戦いを見ていたのか、魔槍を巧みに操ってデュランダルの刃が立たないように防いでいく。

 中々やるようなので、全力状態から少し本気を出してデュランダルを振るう。

 すると、〈殲槍疾走〉は魔槍の破壊こそ変わらず防いでいるが、攻撃に転じることが出来なくなり防戦一方になっていった。

 魔槍の直接的な破壊こそ免れても、穂も柄も傷だらけになっており、徐々に欠けてきてもいる。切断出来なくても耐久力が減っていってるのは間違いないため、そう遠くないうちに自然と折れるだろう。


 途中、仕切り直しのために一時後退しようとしていたので、【怠惰ザ・スロウス】の【失墜せし堕落の聖域ダウンフォール・サンクチュアリ】を発動させて、強固な結界に囲まれた聖域の中に閉じ込めた。

 これで逃走も封じた。あとは狩り奪るだけだ。



「あー、こりゃ無理だな。降参するから命だけは助けてくれねぇか?」



 魔槍を片手に握ったままだが、両手を上げて〈殲槍疾走〉がそんなことを言ってきた。



「まだ戦いは始まったばかりだろ?」


「はははっ。ここまでの応酬でも、そちらさんが俺よりも強いことは嫌でも理解できたさ。向こうの本陣の平和さからして、たぶんなんだが、金剛のオッサンだけじゃなくて、もう一人の方も既に倒しちまったんだろう?」


「大量に手に入った魔物の素材の仕分けが大変だがな」


「はぁ……やっぱり俺達を投入するタイミングをミスってんだよなぁ。いや、最適なタイミングでも無理か? というわけで、投降したいんだが、どうだい?」


「俺に利点が無いな」


「俺に出来る範囲内でなら言うことを聞くぜ?」



 うーん。降参されたら経験値やらスキルやら戦利品やらが手に入らないんだが……そうだ。良いことを思いついた。

 これならば、このまま倒すよりも利点が遥かに大きいだろう。



「ふむ……それじゃあ、俺の部下になって貰おうかな」


「……なに?」



 生かしたまま俺に得のあるカタチに持っていくには、コレが一番良さそうだ。



「部下って、パーティーメンバーのことか?」


「いや。俺は自分の商会を持っていてな。アンタには俺の商会所属の冒険者になって貰いたい。だから自動的に国の所属も今の国からアークディア帝国になる」


「あー、そういうことか……」



 俺が出した条件を理解したようだが、歯切れが悪い。

 そういえば、これまでに集めた情報の中に〈殲槍疾走〉の個人情報があった気がする。

 【情報賢能ミーミル】の能力の一つ【ミーミルの導き】を使って、収集・閲覧可能な膨大な量の情報の中から、目の前の男に関する全ての情報を自動的にピックアップする。

 すると、世界中に散っているラタトスク達が集め続け、【情報保管庫】に自動的に保存していた情報の中にイイ情報があった。

 コレなら説得出来そうだ。



「噂に聞いたんだが、アンタが報酬の高い依頼ばかりを受けているのは奥さんのためらしいな?」


「……さてね」


「なんでも原因不明の不治の病だとか。だが、その原因がアンタが所属している国だとは知らないみたいだな?」


「……どういうことだ?」


「なに。簡単な図式さ。アンタが拠点を置き、所属している国はSランク冒険者であるアンタを良いように使いたい。だが、冒険者である以上他所の国に簡単に移住する可能性がある。だからアンタの唯一の家族である妻を足枷にすることにしたんだ。アンタが住む家の使用人って、国からの紹介なんだろう? そいつらから常に毒を盛られ続けているから、本来なら治るモノも治るわけがないさ」


「……」



 【百戦錬磨の交渉術】【欲望王の誘惑】【誘導尋問】【天の言葉】を重複発動させてから説得を開始する。

 俺からの話を嘘だと断じることなく黙って聞いていた〈殲槍疾走〉は、気の良い兄ちゃんといった感じだった表情を無表情へと変えていった。

 おそらく心当たりのようなものがあったのだろう。俺に言われるまでもなく、薄々気付いていたのかもしれない。



「治療に必要な薬は国から買ってるんだろう? 国の伝手で入手するからって大金を支払ってるみたいだな。当然ながら、診察のために国から派遣される医師も知っていることだ。まぁ、医師は協力せざるを得ない事情があるんだが、そのあたりの情報はどうでもいいか」


「……証拠は?」


「国を出て妻と共に俺の元に来れば治してやる。コレでも治癒系の魔法は得意でね。治療系統のスキルや魔法薬だってある。そのどれかで完治すれば証明になるだろう?」


「……はぁ。分かった。どのみち俺に選択肢は無い」


「それじゃあ交渉成立だな。これが諸々の契約書だ」



 本日二度目の【熾天契約】を行使し、空中に浮かぶ俺のサイン済みの契約書を〈殲槍疾走〉の元へと飛ばす。

 〈殲槍疾走〉が契約書を読んでいるのを見ていると、イヤホンマイク型魔導具にアレクシアから通信が入った。



『リオン、今はどういう状況なんですか?』



 チラッと後ろを振り返ると、怠惰の結界の外にアレクシアがいた。その更に後方には近衛騎士達に守られているヴィルヘルムの姿も見える。



「簡単に言えば俺の商会へのスカウトです。上手くいけば、彼の所属がアークディア帝国になりますよ」


『……何故そういう状況になったのか分かりませんが、向こうに戦闘継続の意思はあるのですか?』


「そこは大丈夫です。状況についてですが、どうやら、このまま戦闘を続けたら自分が負けるのを悟ったらしく、死ぬわけにいかないからと自ら降参してきたんですよ。そこから安全確保とその保障も兼ねてスカウトしていると思ってください。幸いにも、彼はまだ此方の人員を誰も殺していなかったようですし、蟠りもほぼ無いと思いましたので」



 まぁ、死ぬ寸前だった瀕死の近衛騎士もいたんだけど、俺が助けたことで実際には死ななかったんだからセーフだろう。



『そういうことでしたか。今、彼は何を?』


「契約術で作った契約書を読み込んでいる最中です。まだ少し時間がかかりますから、アレクシア達は戦闘を継続していて大丈夫ですよ」



 Sランク冒険者の戦闘に巻き込まれまいと離れていた敵軍が、徐々に再結集してきている。

 ヴィルヘルム達にはそちらに対処してもらうとしよう。



「彼が戦場から離脱したのを確認したら合流します」


『分かりました。陛下にもその旨お伝えしておきます』


「お願いします」



 簡単に状況説明を済ませてから通信を切る。

 それから少しして、契約承認の光が身体の中へと入ってきた。



「取り敢えず真っ直ぐ国に戻ってもらいたいところだが、誰にもバレずに家に辿り着けるか?」


「多少は斥候の心得はあるが無理だろうな」


「それなら戦場から少し離れたところで待っていてくれ。転移が使える者をサポートに寄越すから、すぐに辿り着けるだろう」


「ん? 転移ってのは直接見たことある場所じゃなきゃ使えないんじゃなかったか?」


「そこは秘密だな。というわけで、以後よろしく。フェイン・ラウファー」


「アンタを上司とするかは事の真偽を確認してからだ」


「分かってるとも。それじゃあ、行きたまえ」


「あいよ」



 【失墜せし堕落の聖域】を解除すると、〈殲槍疾走〉改め、フェイン・ラウファーは戦場を後にして走り去っていった。

 これでヴィルヘルムからの依頼である敵方のSランク冒険者の排除は完了だ。



「それにしても。まさか、何も譲歩を引き出さずに契約を結ぶとはな……」



 命と引き換えの雇用だからと、中には割りと厳しい条件ーー商会を辞めるには互いの同意が無ければ辞められないなどーーもあったんだが、特に表情を変えること無くサインをしていた。

 そのままの形では承諾されない前提の雇用条件だったんだが、それだけ事が重大なのだろう。



「ま、取り敢えず戦闘分野での優良な人材ゲットだな」



 神迷宮都市で行動するにあたって、自らの勢力に俺自身も含めてSランクが三人もいる価値は大きい。

 クランを作るかどうかは未定だが、Sランク三人を自由に動かせることには変わりないので、都市内の冒険者達には良い牽制になるだろう。



「さて、敵Sランク冒険者三名の排除は完了したし、今のうちに逃げ道も封じとくか」



 敵の本陣に潜ませていた【化身顕現アヴァター】の分身体を動かして、総大将である王弟の脱出手段である転移魔法の使い手を暗殺した。

 これで王弟に逃げられて戦争が長引くことは無いはずだ。

 暗殺を済ませた分身体をフェインのサポートに送り出すと、少し離れたところで戦闘を行っているヴィルヘルム達の元へと合流した。




 

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