第120話 開戦
◆◇◆◇◆◇
夏の季節が過ぎ去り、秋も深まってきた某日。
朝日が昇ってから数時間が経った頃、アークディア帝国東部国境の外側に広がるイスヴァル平原では、万を超える軍勢同士が向かい合っていた。
距離を開けて向かい合う両軍のうち、メイザルド王国軍とその援軍である多国籍軍の本陣は、本陣が置かれている高台の周りを深い堀や高い土塀、逆茂木に木の柵などの防衛設備で隙間無く固められている。
一方のアークディア帝国軍の本陣も同様に高台に置かれているものの、周りは魔法による強化が施された石製の高い外壁に守られており、外壁屋上に置かれたバリスタや魔導砲台などの迎撃設備の数々など、一目で分かる堅牢さを見せつけている。
そんな一見堅牢な拠点ではあるが、時間をかけて建造された要塞や防塞都市の防衛力には及ばないため、その役割はあくまでも戦争の間限定で軍の本陣を置く臨時の拠点でしかない。
籠城しても時間稼ぎぐらいは出来るだろうが、強大な魔法やスキルの前では長くは保たないだろう。
そのため、拠点を使った籠城戦などの選択肢は両軍には存在しない。
特に、王国軍には籠城戦という選択肢を選ぶことは無いだろう。
即席の拠点という点では同じだが、その拠点構築にかけた時間が異なるため、防衛力には格差が生まれているからだ。
元より王国軍の強みは地の利などではなく、多国籍軍という援軍が加わったことによって帝国軍を上回った、その数の優位性だった。
「帝国軍約七万に対して、王国軍は約十万ってところか」
平地に展開している帝国軍の後方、本陣を囲む外壁の屋上にて、Sランク冒険者〈賢魔剣聖〉リオン・エクスヴェルは彼我の兵力差を算出していた。
王国軍の方が帝国軍よりも約五割近く人数が多いが、兵一人あたりの能力は帝国軍の方が上であるため、戦力という意味ではそこまで差は無い。
外壁屋上には帝国軍の兵士達も待機しており、皆緊張した面持ちで開戦の時を待っている。
「兵の数はまだしも、本陣の完成度に関しては大違いね」
「堅牢な分だけこっちは撤退し難く、あっちは簡素な代わりに撤退がしやすそうだな」
「こればかりは仕方ないわ。それに、撤退する際に最優先で逃がさなければならないのは陛下ぐらいだから、その時は飛行魔法でも転移魔法でも使えば済む話よ」
リオンの傍で、外壁屋上に設置されている望遠鏡を覗き込みながら両軍の拠点について考察しているのは、マルギット・アーベントロートとシルヴィア・シェーンヴァルトだ。
国からリオンに付けられた連絡要員とも世話役とも言える人員だが、道中に引き続き戦場でもリオンに同行していた。
彼女達は昨日までの軍服や騎士団の鎧姿とは異なり、より性能の高い普段の冒険者活動時の装備を身に着けている。
そんな美女二人が言葉を交わす間にも、両軍が向かい合う平地の中間地点にてお互いの使者が相手側に降伏勧告を行なっている。
帝国の使者曰く、「帝国臣民を不当に捕らえ、隷属し売買すること許し難し。自らの非を認め、攫った臣民を解放するならば慈悲を与えよう」というような降伏勧告を発する。
それに対して王国の使者は、「違法奴隷というありもしない存在を理由に王国を侵略しようとは許し難い。自らの行いを猛省し、国王陛下の御前にて皇帝が頭を下げるならば赦してやらんでもない」といったような返答と降伏勧告を行なっていた。
当然のように互いの主張は真っ向からぶつかり、使者による交渉は決裂。開戦への運びとなった。
「そりゃ怒るよな……どこまでも舐めたヤツらだ」
リオンの呟きの通り、
帝国軍全体から発せられる怒気を浴びて、王国の使者は身体の震えをどうにか抑えながら自軍へと戻っていく。
互いの使者が自軍に戻ったのを見計らい、両軍は
既に稼働している魔力炉から抽出された魔力を使用し、魔法使い達により行使された軍団魔法は個人で行使する魔法よりも強力だ。
その強力な軍団魔法による複合防御結界に引き続いて発動されるのは、当然の如く攻撃魔法だった。
「おー、派手だな」
緊張感の無い様子で言葉を溢しながら、リオンは眼前の戦場にて飛び交う攻撃魔法の数々を眺める。
魔力の撃槌や巨大な炎球、雷の大槍や風の乱刃などといった大規模攻撃魔法が次々と放たれ、相手側の複合防御結界へと直撃しては弾かれる。
時間にしてみれば一分にも満たなかった攻撃魔法の乱舞は、互いに相手の防御を抜けないという結果に至り、行使する魔法を攻撃から兵士達の支援へと移行する。
本陣に展開された複合防御結界はそのままに、軍勢に展開されていた分は最小限の結界だけを残し、兵士達に支援魔法が施されていく。
「さて、準備をするか。指揮所に攻撃許可を取ってくれ」
「分かった」
シルヴィアが後方の指揮所ーー外壁に囲まれた本陣の中央にある建物に向かって専用の魔導具を使って連絡を取る一方で、リオンは座していた椅子から立ち上がった。
取り出した黒弓〈破滅の真竜弓〉の、鉱喰竜ファブルニルグの頑強な後ろ足の腱で作られた弦の調子を確かめつつ、リオンは戦場に視線を向ける。
戦場では、一般的な魔法よりも射程がある矢の激しい応酬が行われていた。
部隊員全てが【
頭上から降り注ぐ矢の雨は、魔法使い達が上空に展開していた軍団魔法『
だが、一部の矢は風の結界を貫き、重力に引かれた矢が地上の兵士達へと襲い掛かった。
放たれた矢の数と比べれば被害は軽いが、それでも運の悪い者は頭部を貫かれて死に至っている。
矢の応酬が始まってから数分後。
頭上を行き交う矢の雨には目もくれずに前進していた最前衛の歩兵同士が遂に接敵した。
片手に盾を構え、もう一方の手に剣や槍、斧に槌などの武器の柄を握り締め、相対している敵の生命を奪い、自らの生命を守るために武器を振るう。
両軍が衝突した箇所の至るところで血飛沫が舞い、生命が散っていく。
その段階になると、後衛の魔法使い達の攻撃魔法も敵陣に届くまでになっており、兵士達の頭上を行き交うモノに各種攻撃魔法が追加されるようになる。
矢と比べれば数は少ないが、その一撃は矢以上の破壊力を秘めているため、相応の被害が広がっていた。
上官の命令に従って動き、その生命を散らしていく兵士達の姿を眺めつつ、黒弓の最終確認を済ませた。
「リオン。指揮所から返答があった。攻撃を許可する、だそうだ」
「了解」
彼女達二人と正面外壁屋上にいる兵士達が見守る中、リオンは破滅の真竜弓の弦を引く。
視線の先の戦場では、激戦区である前線を避け、大きく迂回するようにして左右から回り込み、帝国軍の後方に向かって攻め込もうとする王国軍の騎馬部隊の姿が見えていた。
侵攻を防ぐために帝国軍の騎馬部隊も動き出したが、戦場は広いので接敵まで数十秒は掛かるだろう。
そのことを脳内で再確認すると、リオンは破滅の真竜弓の基本能力【破滅魔弾】を発動させた。
すると、最低でも戦士系Aランク冒険者クラスの筋力がなければ引くことが出来ないほどの張りを持つ弦に、黒い魔力粒子が凝縮されていき、瞬く間に淡い銀色の光を纏う黒い矢が形成された。
リオンは引き続き、【射出】【超狙撃】による射撃性能強化と、【狩猟神技】による襲撃補正といった効果を持つ自前のスキルを発動させると、正面向かって左側の標的に向かって弦に番えた黒矢を解き放つ。
戦場の空を流星の如く駆ける黒矢は、帝国軍の兵士達の頭上を通過して行き、ものの数秒で王国軍の騎馬部隊へと着弾した。
先頭を走っていた部隊長らしき騎士の胴体を貫いた黒矢は、その内部に宿した破壊の力が解放された。
瞬時に漆黒色の半球体が形成され、数十騎の騎馬部隊が呑み込まれる。
数瞬の後に半球体が消え去った後には、装備も身体も破壊の限りを尽くされた状態で地に伏す騎馬部隊の姿があった。
その結果が分かる頃には、向かって右側から攻め込んで来ていた騎馬部隊にも黒矢が放たれており、着弾と同時に発生した黒い半球体に呑み込まれて左の騎馬部隊と同じ末路を辿っていた。
「あれは……破壊属性?」
「ああ。着弾と同時に矢を構成する破壊属性の魔力が解放されるんだ。だから、呑み込まれた騎馬部隊はあんなにボロボロの状態になってるんだよ」
マルギットの疑念の声に応えつつ、リオンは黒矢を戦場へ次々と放っていく。
敵を狙い撃ちながらも、大量に黒矢をばら撒いたことで発動条件を満たした【
一般的な兵である歩兵よりも、貴族や騎士、魔法使い、指揮官の四種の敵兵を優先して狙っていくことで敵の戦力の弱体化を加速させていく。
その着弾場所が王国軍であることに気付いた帝国兵の士気が上がる一方で、帝国軍の本陣から黒い光が飛んでくるごとに数十人単位で味方が死んでいく王国兵は、空に黒い光の筋が走る度に自分のところに落ちてこないことを祈っていた。
黒矢を防ごうと魔法使い達が防御結界を張るが、強度を上げるために近距離で構築すると、着弾した結界ごと呑み込まれてしまい、そもそもの結界が破壊の魔力に耐えられるほどの強度が無ければ意味が無い。
逆に着弾距離を離そうと結界を拡げると強度が下がってしまい、破壊の魔力が解放されることなく結界を貫通し、そのまま地上に着弾してしまう始末だ。
破壊の半球体に呑み込まれた中には、頑強な全身鎧型魔導具を身に纏っていた者もいたが、
仮にその条件を満たしたとしても、リオンが有する【防御貫通】スキルによって生半可な防御は意味を成さないため、生き残れるかどうかは当人の
【破滅魔弾】は基本能力であるため、本来はここまでの攻撃範囲ではなく、普通は良くて十数人ぐらいを呑み込むぐらいだろう。
それなのに一射ごとに数十人規模の被害を出しているのは、リオンが発動するのに通常よりも過剰に魔力を使用したことによるものだった。
破滅の真竜弓の他の能力にも攻撃系能力はあるが、そちらを使うよりも基本能力を強化した方が、攻撃範囲だけでなく威力も上がるので効率が良いとリオンは判断した。
約一.五倍の数の差も、リオンが射る破滅の矢によって徐々に縮まっていく。
約三万もあった数の差も、数秒ごとに放たれる矢で数十人も減っていけば差が無くなっていくのも当然だ。
仮に三秒ごとに二十人の兵士が亡くなるとすると、一分あたり四百人も敵の数が減る計算になり、リオン以外は誰も攻撃をしない前提ではあるが、約七十五分で数の差が逆転することになる。敵側からすれば恐ろしい限りだろう。
だが、現実にはそれぞれの数字は常に一定ではない。
【
「ま、それまでには互いに動きがありそうだけどな」
周りに聞こえないほどの声量で呟きつつ、リオンは破滅の矢を放ち続けた。
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