第119話 開戦前夜と装備



 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国軍がイスヴァル平原に到着してから三日後。

 昼の時間を過ぎた時間帯にメイザルド王国軍もイスヴァル平原に到着した。

 正確には各国から派遣されている援軍も合わせて連合軍と呼称すべきなのだろうが、主体となるのはメイザルド王国軍であるため、分かりやすくメイザルド王国軍と呼ぶこととする。

 その王国軍は、此方が既に平原に到着していることに驚いていたので、欺瞞工作は上手くいっていたようだ。

 事前の取り決めによって、開戦日時は両軍が揃った翌日の昼前ーーこのあたりの時間はかなり大雑把らしいーーとなっているため、明日の昼前には開戦の火蓋が切られることになっている。



「ーー開戦後、暫くは互いの兵の潰し合いになるだろう。リオンの出番は相手側のSランク冒険者が出てからだ。それまでは本陣の守護を頼む」


「承知致しました」



 ヴィルヘルムが明日の戦場で使用する武具、栄光戦鎧ハイぺリュオルと雷光聖剣ソルトニスのメンテナンスを行いながら相槌を打つ。

 修復したこれら二つを引き渡した日以降も、時間さえあれば使用していたらしく、極々僅かな損耗具合が見て取れる。

 刃を研ぎ直し、留め具を締め直したりなどして万が一にも不備が無いようにしてから返却した。


 整備が終わってからも、ヴィルヘルムの雑談に付き合うために少し残ることになった。



「先ほどの話ですが」


「うむ」


「陛下も初めのうちは本陣におられるということでしょうか?」


「ああ。周りから強く言われてしまってな。余としては前に出て開幕に一撃放つつもりだったのだが……」


「開幕ならば味方に当たる心配はありませんからね」


「そうであろう? だが、アドルフ達からは猛反対されてな。最前線に立ったところを狙われたら終わりだなんだと言われたよ」



 まぁ、周りとしてはせめてある程度露払いをしてからにして欲しいよな……。



「昨今の戦の慣例では、開戦直後は互いに軍団魔法レギオンマジックを撃ち合うのだと聞きましたが?」


「ああ。互いの軍団魔法による攻防の後に、国軍と諸侯軍による攻撃が行われる予定だ」



 憮然とした表情でありながらも、臣下の言うことも理解できるからか諫言を聞き入れたようだ。

 ヴィルヘルムの高そうな金のゴブレットに側仕えの美女がワインを注ぎ、その後に俺のゴブレットにも注がれた。

 酒精を帯びた豊潤な香りを楽しんでからゴブレットの中身を口に含み、その濃厚かつ複雑な熟成された味を味わう。

 うん。シンプルに美味い。皇室秘蔵のワインなだけはあるな。

 落ち着いたら自分でワインなどの酒を醸造するのも良いかもしれない。

 


「敵軍の総大将は王弟本人だそうですね?」


「クーデターによって得た玉座は未だ不安定だからな。援軍を出した国への面子と全体の指揮系統を統制するためには、王を僭称する奴自身が出て来ざるを得なかったようだ。此方としては好都合だがな」



 アークディア帝国内での違法奴隷業を支援し、クーデターによりメイザルド王国の王位を簒奪した王族というのが、高齢だった前王の歳の離れた弟である王弟だ。

 現国王などではなく以前の王弟呼びなのは、こちらが亡命した前王の王太子を庇護しており、王弟の即位を認めていないからだ。

 この王弟自身が、今回のメイザルド王国軍の総大将の座に就いていた。



「王弟を捕らえれば戦争は終わりなのでしょうか?」


「取り敢えずはな。戦場に出て来ている長子と、王都にいる次男と三男も捕らえる必要はあるが、まぁ王弟よりは優先順位は低いな」


「勝利しても王都まで向かう必要があるとなると、多少時間が掛かりそうですね。王弟の子息達の生死は如何致しましょう?」


「捕らえられるなら捕らえたいところだが、別に討ってしまっても構わない。どのみち王弟の一族は全員処刑する予定だから早いか遅いかの違いだ。身代金が取れるわけでもないからな」



 ま、それもそうか。

 違法に捕えて奴隷にした帝国の民を全員解放せよ、という通告を無視し、挙げ句の果てにクーデターを起こして王位に就くなどということを行っているのだ。

 此方の最後通牒も跳ね除けて開戦したからには、王弟達には勝利か死しか残されていない。



「王弟の実子というからには、何かしら機密情報を持っているのでは?」


「王弟の息子達はどれも政務能力に長けておらん。調査した限りでは実務や重要な情報などは周りの文官達が行なっているようだ」



 俺の方で調べた限りでも王弟の息子達の能力は低かった。長男は脳筋、次男は色情家、三男はバカというのが王国での評価だったかな?



「では敵の本陣の文官らしき者達は生きて捕らえるということでしょうか?」


「ああ。だから、敵本陣への大規模攻撃などは控えてくれ。情報源が減るからな」


「承知致しました」



 ということは戦略級は勿論のこと、戦術級魔法や同レベルの攻撃は駄目だな。やるにしても敵本陣から距離がある前線あたりか。



「私は本陣にいれば良いのですよね?」


「ああ。何か問題があるか?」


「問題というわけではありませんが、前線には出ずに敵陣に向かって攻撃を仕掛けようかと思いまして」


「遠距離攻撃か……やはり魔法か?」


「本陣から戦場にまで届く魔法となりますと、味方にまで被害が及ぶ可能性がありますので、使うのは弓などですね」



 本陣でずっと待機するのも暇だからな。

 戦争の早期終了のためにも緒戦の段階から敵の数を減らしておきたい。



「ふむ、弓か。剣や魔法だけでなく、弓も扱えるとは本当に多芸だな。本陣から動かないのならば構わない。互いの軍団魔法による応酬が終わってからならば許可する」


「ありがとうございます」



 ヴィルヘルムから許可は貰ったし、これで俺も攻撃に参加できるな。

 その後も少しだけ話をしてから、周囲を近衛騎士団に守られているヴィルヘルムの元を後にした。



 元々は、装備の点検のためだけにヴィルヘルムのところへ赴いたので、マルギットとシルヴィアは連れて来ていない。

 そのため二人を連れては見れなかった場所ーー近隣の都市や帝都から出張して来た娼館などーーを見て回る。



「ーーでは娼婦達に対する支援というようなモノは無いのか?」


「そうなのよ。だから運が悪いと身体を壊してそのまま、ね」



 溜め息混じりに紫煙を吐き出すのは、退廃的な雰囲気を漂わせた妙齢の魔角族の女性だ。見た目に反してその目には理知的な光を宿している。

 彼女は帝都にある娼館の女主人であり、ここには他の者達同様に出稼ぎに来ていた。

 そんな彼女に、先の展望のための情報収集として、この国の風俗界隈について尋ねている。



「入れ替わりは激しそうだな」


「店によるわね。物みたいに扱うところもあれば、人として扱うところもあるって感じかしら」


「……前者は国の法律で禁じられているはずだが?」


「店のお得意様に貴族がいるから捕まることはないそうよ」



 ふむ。やはりそういう輩は何処にでもいるんだな。

 取り敢えず、そういったことを行なっている店の名前を女主人から聞いておく。



「興味があるのかしら?」


「実際に行くためじゃない。あくまでも情報収集だ」


「そういうことにしておくわ」



 全く信じられていないが、まぁ仕方ないか。

 教えてもらった店を調査して、不快な場所だったら後ろ盾の貴族を潰すとするかな。

 潰しても罪悪感の湧かない貴族は貴重だ。

 貴族はその歴史と財力に応じて色々な物を貯め込んでいる。それらの財の中には魅力的な魔導具があるかもしれない。

 そんな逸品をただ奪うだけでは犯罪だが、裁けぬ悪を罰した手間賃として徴取するなら大丈夫なような気がする。気がするだけなので絶対に身バレしないようにするけど。

 件の娼館が潰れた後は、元従業員達が望むなら雇用支援ぐらいはする予定なので、アフターケアも問題無いだろう。



「色々参考になった。これは情報の礼だ」


「あら、こんなに……流石は竜殺し様ね。これも良いけど、いつか店の方にもいらしてくださいね」


「気が向いたらな」



 情報の礼に金貨を数枚握らせたら、そんなことを言いながら女主人が自然な動きで身体を寄せてきた。

 そういう店は前世でも行ったことはないから経験しておくのもいいが……まぁ、やっぱり気が向いたらだな。


 野営地の娼館エリアから更に幾つかの場所を見て回って、情報を集めてから寝所である魔導馬車へと戻る。

 入り口の両脇に立たせている警備ゴーレムの間を抜けて車内に入ると、二人はそれぞれの部屋の中にいるらしく誰もいなかった。

 ヴィルヘルムの元へ行ったのが夕食後だったため、帰りに寄り道をしたこともあって、戻った時には夜も遅い時間になっていた。

 気配で判断するに、二人とも明日に備えて既に就寝しているみたいだから、声は掛けなくていいか。

 俺も真っ直ぐ自室へと向かってベッドに寝転がった。



「人同士の戦か。前の異世界の時以来だな」



 流石に開戦前日である今日からは、本体は野営地から動かさないようにしている。

 念には念を入れて総魔力量を減らさないように、顕現させている分身体の数は最小限にしているため、今日から数日の間はリーゼロッテ達の傍に俺はいない。



「その分、昨日は凄かったな……」



 昨晩は戦勝祈願だとかで、リーゼロッテが祖国に伝わる、戦場に赴く戦士達のための伝統的な儀式の踊りを披露してくれた。エリンとカレンも儀式用の料理や衣装作りなどで尽力してくれている。

 王族が学ぶべき教養の一環として修得していたそうだが、肉親以外に実際に披露したのは初めてらしく、珍しくちょっと恥ずかしそうにしていたのが記憶に新しい。

 その後は、感謝の気持ちを示すために、いつものように膨れっ面のカレンに見送られながら、リーゼロッテとエリンの二人を伴って寝室に向かったのは言うまでもない。

 なお、幼いカレンには現状では手を出すつもりは無いので、感謝の気持ちとして膝の上に乗せて、衣装の出来の良さを偽りの無い気持ちでべた褒めしたり頭を撫でたりして可愛がった。



「リーゼ達のおかげで英気は養えたし、あとは明日の準備か」



[アイテム〈振動地槌ドルンド〉から能力が剥奪されます]

[スキル【振動破砕】を獲得しました]

[スキル【大地の一撃】を獲得しました]


[アイテム〈護封喰剣シュランペテル〉から能力が剥奪されます]

[スキル【魔封魔刃】を獲得しました]

[スキル【魔喰魔刃】を獲得しました]


[アイテム〈再誕する命巫の杖ライフラ・メディク・リターフト〉から能力が剥奪されます]

[スキル【生命再輝リヴァイヴァル・ライフ】を獲得しました]


[スキルを合成します]

[【戦晶聖刃】+【魔封魔刃】+【魔喰魔刃】+【石蝕聖撃】=【魔を蝕む聖罰の刃】]

[【衝撃裂傷】+【振動破砕】+【大地の一撃】=【撃滅の裂覇】]

[【鬼神が如き金剛神躰】+【多重鱗壁】+【流水皮膜】+【擦り削る竜鎧皮】+【聖鱗煌く積層金剛城壁】=【星鱗煌く強欲神の積層災鎧】]

[【生命喚起】+【生命の聖泉】+【生命再輝リヴァイヴァル・ライフ】=【満ち溢れる生命の源泉】]



 野営地にて修理依頼で預かった武具や、公爵領の領都などの道中で立ち寄った町や都市で購入した品々の複製品から能力を剥奪した。

 得られた新規スキルは少ないが、無いよりはマシだろう。合成結果に関しては満足のいくモノだった。


 さて、明日の俺の装備はーー


 武器・剣・伝説レジェンド不滅なる幻葬の聖剣デュランダル

 防具・上着・伝説〈鉱喰竜のコート〉

 防具・下着・伝説〈妬み望む魔竜の王鎧レヴィアーダ

 防具・手甲・伝説〈鉱喰竜の革手袋〉

 防具・足甲・伝説〈鉱喰竜の鱗靴〉

 防具・上衣・伝説〈大地の真竜衣〉

 防具・下衣・伝説〈大地の真竜衣〉

 防具・腰帯・伝説〈黄金覇王のベルト〉

 装身具・腕環・伝説〈真竜心宝珠の腕環トゥルー・ドラゴンハート・ブレスレット

 装身具・腕環・伝説〈大地竜王の腕環ガイア・ドラゴンロード・ブレスレット

 装身具・耳飾・遺物レリック氷刻魔女の祝愛受けし耳飾りウィッチ・ブレッシング・イヤリング

 装身具・首飾・神域ディヴァイン星統べる王の聖剣エクスカリバー擬装ネックレス


 

 ーーといったところか。まぁ、普段の戦闘用装備と変わらないんだがな。

 緒戦で使う弓は、作ったは良いが全く使う機会がなかった〈破滅の真竜弓〉を使うとしよう。

 伝説級の弓はオーバーキルな気もしたが、他の殆どの装備の等級も伝説級なので今更のことか。


 出来れば明日中には終わらせたいところだ。

 ま、やれるだけのことはやったつもりなので、なるようになるだろう。

 最後に細々とした準備を済ませてから、いつもより早く眠りについた。

 




 

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