第118話 要塞内の市場



 ◆◇◆◇◆◇



 此度の戦争の舞台である〈イスヴァル平原〉はアークディア帝国東部国境の山岳地帯を越えたところに広がっている。

 その平原手前の国境に面する土地はフォルモント公爵の領地であり、国境から少し離れたところに領都が存在する。

 その領都に立ち寄ったのが二日前。

 現在は国境の山間に築かれた関所であり、侵略者に対する防波堤でもある要塞の敷地内に滞在していた。

 翌日の朝には要塞の城門を越えて国外へと出征し、目的地であるイスヴァル平原に辿り着くのは夕方頃になる予定だ。



「ーーうん。内容はこれで構わない。が、市民からの突き上げが増していることが考えられる。掲載するのは二日遅れだということを忘れないように念は押しておけ。口外しないようにもな。どのみち競合できるところは無いんだ。焦る必要は無いとな」


「かしこまりました」


「エクスヴェル会長。ここの数が違うと思うのですが……」


「ん? ああ、そこの数字が違うのはワザとだ」


「ワザと、ですか?」


「仮にだが、国のために立ち上がったのが一万人と二万人。どちらの方がインパクトがあると思う?」


「それは勿論、後者です」


「そういうことだ。それが良いことであろうと悪いことであろうと、数字が大きい方が人は衝撃を受けるものだ。まぁ、だからと言って平時においても虚偽の情報を載せるのは駄目だがな。今回のその数字は、帝国臣民を鼓舞し、敵国を牽制するという役割を担った、戦時中の特例だと思え」


「情報戦ですね」


「そういうことだ。その数字の指定自体は国の御偉方からの指示によるものだ。だから俺達は気にする必要は無い」


「分かりました」



 従軍しているミーミル社の記者からの質問に答えてやると、【異空間収納庫アイテムボックス】から通信系魔導具マジックアイテム〈遠文筆記〉を取り出して記者の一人に渡す。

 遠文筆記を使って書かれた文章は、遠方にある対になる魔導具に同じ文章が自動的に記されるようになっている。

 この魔導具を使って戦場へ向かう道中での出来事を記し、対になる魔導具が置かれている帝都にあるミーミル社本社に情報を送っていた。

 この魔導具は貴重品なので、他の新聞社の記者達で持ち込んでいる者がいないことは調査済みだ。


 送られた情報は、本来の行軍速度ぐらいのタイミングに合わせて朝刊に載せている。

 帝都にはメイザルド王国の間者が潜伏しており、新聞から得た情報を本国に送っているのを確認している。

 メイザルド王国軍は、間者から送られてきた情報などを参考にして行軍してきているため、急いでいないあちら側がイスヴァル平原に到着するにはまだ時間がかかるだろう。

 これによって、アークディア帝国軍の方が先に戦場に到着するのはほぼ確定だ。

 先乗りして兵士達の英気を養ったり、戦場に工作したりなど色々準備を行うことが可能になるので、戦局を優位に進めることが出来るのは間違いない。


 今日の分の情報を送り終えた遠文筆記を回収し、ミーミル社の記者達に一言二言指示を出してから彼らに与えられたテントを後にする。



「終わったの?」


「ああ。待たせたな、二人とも」


「言うほど待ってないから大丈夫さ」



 テントの外で待っていたのは、紅髪の魔人種戦翅族のマルギットと金髪のエルフ族のシルヴィアだ。

 彼女達は今回の戦における国から派遣された俺付きの連絡要員、という名の世話係になる。

 元々は、Aランク冒険者として義勇軍の立場で参戦する予定だったようだが、それぞれの実家から待ったが掛かり、軍属の立場で参戦することになった。


 アーベントロート侯爵家当主であり現軍務卿であるアドルフならば、愛娘であるマルギットを一時的に軍属にし、補佐官のような地位を与えることは可能だろう。

 現シェーンヴァルト公爵家当主オルヴァの姉オリヴィアの一人娘であるシルヴィアは、マルギットの帝国軍の軍服とは異なり、妖精騎士団の鎧を着込んでいることから分かる通り、一時的にシェーンヴァルト公爵家の所属になっている。

 アドルフは娘の友人であるシルヴィアにも同じ地位を与えようとしていたが、色々あって代わりに叔父であるオルヴァが公爵家麾下の騎士団員の地位を一時的に与えていた。


 結局のところ、親バカ侯爵アドルフシスコン公爵オルヴァも彼女達が最前線に出るのを渋っていたわけだ。

 彼女達から事の経緯を聞くに、保護者達との押し問答があったようだが、最終的に俺の世話係というところに落ち着いた。

 意見を曲げられないならば、安全なところに置いておこうという判断らしい。

 俺の周りも安全では無いと思うのだが、人格も実力も不確かな者達の場所に置くよりは断然マシだ、と二人を俺のところに連れてきた際にアドルフが言っていた。

 俺としては見知らぬ他人を連絡要員兼世話係ーー監視要員と言えなくもないーーとして付けられるよりは、見知ってる二人の方が断然良いので何の問題は無い。

 唯一問題があったことと言えば、そのことを知ったリーゼロッテが拗ねたことぐらいか。その日の晩は大変だったな……。



「どうしたんだ?」


「いや……侯爵達の職権濫用ぶりを思い出してな」


「それは、承諾した身としては申し訳ないわね」


「私としては今の立場の方が良いけど。お風呂とか、食事とか」


「それは間違いないわね」


「俺の私物で自費だけどな」



 連絡要員やら世話係やらとは言ったが、平時では特にやる事は無い。

 これまでの道中では、昼間の移動中はドラウプニル商会所有の馬車ーー当然内部空間拡張式魔導馬車スパティウムだーーの車内で周辺を警戒しつつ寛いだり、同乗しているマルギットとシルヴィアと自作のボードゲーム〈エヴォルヴ〉などで遊んだりしていた。

 俺からヴィルヘルムやアドルフなどに連絡することがあれば連絡要員の出番なのだが、帝都を出発した初日以降の襲撃は無かったので連絡するようなことが無い。

 昼間の休憩時や夜の野営地での会議などは、事前に行われることを知らされていたり、向こうの方から連絡してきたりするので当然ながら出番は無い。

 よって、現状では保護者達の狙い通りの世話係的な側面が強い二人だった。



「しかし、何とも賑わってるな」


「領都で貴族達が予め派遣していた軍と合流してからよね?」


「ああ。あちらの方で従軍していた商人達も、こっちの商人達も領都に着くまでは自重していたみたいだからな。稼ぎ時とばかりに精力的に商っているようだ」


「……他人事みたいに言ってるけど、リオンの商会だって手広くやってるじゃないか」


「そうとも言う」


「そうとしか言わないと思うんだが」


「まぁ、俺が直接店頭に立っているわけじゃないからな」



 シルヴィアからツッコミを入れられながら、要塞内の大広場にて開かれている市を見て回る。

 皇帝であるヴィルヘルムと要塞の最高責任者であり領主のフォルモント公爵両名からの許可が出たことにより、商人達が様々な品を販売していた。

 安定の飲食系の屋台の他、戦勝祈願の御守りといった装身具に新品の武具やポーション類などが売られている。


 そんな中、我がドラウプニル商会はシルヴィアが言う通り此処では手広くやっていた。

 道中の野営地でも行っていた、巨大テントやら各種魔導具やらを使って作られた野外浴場はここでも実施しており、有料だがその日の汚れと共に疲れが取れるので今日も変わらず大盛況だ。

 治癒バスタブの簡易版として、治癒石板を浴場の底に敷いているため、疲れが取れるというのは誇張では無い。


 飲食類では、行軍初日に襲撃してきた深林暴騒竜テラーフォルウスの肉を使用した竜肉串を販売している。

 正統な竜である成竜でも下級竜でも無い亜竜種ではあるが、竜種の肉であることには間違いなく、絶妙な焼き加減と味付けもあって大変美味い。

 竜殺しであるSランク冒険者が直々に倒した亜竜の肉ということから、俺にあやかろうとする者達も買っているらしく、割りと良いお値段だというのに飛ぶように売れていた。


 装身具類も売っており、戦場でも邪魔にならないネックレスやブレスレット系を中心に販売しており、デザインはあまり派手では無い物が多い。

 【運気向上】【筋力向上】などといった能力増大ブースト系能力が一つだけ実装されており、神迷宮都市にある本店の生産部門で店頭に売るのとは別に作らせていたものだ。

 此方も売れ行きは好調で、チラッと店頭を覗いたところ売り切れ寸前だったため、明日の平原にて販売する予定の分も出すように指示を出した。

 放出した明日の分は、後で【複製する黄金の腕環ドラウプニル】を使って補充しておくとしよう。

 

 武具類の販売に関しては正直悩んだが、直前になって武具を変えても常人が上手く扱えるとは思えないので見送った。

 店頭に出せば売れるだろうが、命が掛かっている場では使い慣れた武具の方が生存率が高い気がするため、彼らが生き延びることを祈る意味も兼ねてやめておいた。

 その代わりに、草臥れた武具を一晩預かって翌朝に新品同然にして返すという修復業は行うことにした。

 武具の等級やサイズ、破損具合で修繕費が異なるが、一晩で新品同然にという謳い文句と、そこまで法外な値段というわけでは無いこともあって意外と依頼者がいる。ちなみに代金は前払いだ。

 修復自体は俺が手作業ではなく【復元自在】でパパッとやるので成功が約束されている。

 今日依頼した者から話が広がることで、明日はもっと依頼者が増えるものと思われる。

 法外な値段では無いが、最安値でも竜肉串よりは断然高いので結構な売り上げになるだろう……複製品もいっぱい手に入るな。



「もしかして、リオンが直すの?」


「おっ、よく分かったな、マルギット」


「以前、殿下の剣を直していたから、もしかしてと思ってね」


「そういえば二人は知ってたな」


「結構な数の依頼があるようだけど、時間的に間に合うのか?」


「シルヴィアの疑念はもっともだが、俺一人でやるわけじゃないから大丈夫だよ」



 実際には俺一人だけどな。【復元自在】は秘匿している能力の一つなので、二人には内緒だ。



「それに、まだ大規模な戦闘があったわけじゃないから、大きな破損がある武具を持ち込む者はいないさ」


「それもそうか。普通は参戦するにあたって予め修理してくるか、破損していないマトモな武具を持ってくるよな」


「ああ。だから持ってくるのは冒険者ばかりで、軍や騎士団の人達はいない。今のところはな」


「本番になったら増えそうね?」


「流石に本番になったら修復業は閉めるよ。そんな余裕は無いからな。ほら、店先に置いてある看板にも書いてあるだろう?」


「あ、本当だ」


「店員も直接その旨を伝えているわね」



 タイミングの良いことに、受付を任せた従業員が武具を持ち込んできた冒険者に説明をしているところに出くわした。

 この冒険者が他の者に伝えてくれるかは分からないが、誰か一人ぐらいは言い広めてくれるだろう。


 ドラウプニル商会の全ての出店ブースを見て回り終えたので、俺に割り当てられた野営場所に移動した。

 要塞内に部屋を用意してくれようとしたが、俺が野営時に使う魔導馬車内の方が断然リラックス出来るので遠慮ーー固辞とも言うーーした。

 世話係という建前で、野営時はマルギットとシルヴィアも同じ魔導馬車内で寝泊まりしているので、ここでも二人はそのまま帯同している。

 アンデッド組織の討伐依頼の際に二人は少し使っただけだが、他の場所よりも快適に過ごせるのは知っているため、車内で寝泊まりすることを希望するのは予想通りだった。

 だが、その説明のためにアドルフだけでなくオルヴァにまで魔導馬車の中を案内することになったのは予想外だった。

 これを過保護と見るか、普通と見るかは人それぞれだろうな……。

 まぁ、結果的にオルヴァと初めて直接話すことが出来たので良しとしよう。

 くれぐれも手を出さないように、と二人から圧をかけられたことに関しては忘れることとする。


 

「ただいまー」


「おかえりー、ってオイ」


「六日も寝泊まりしているから言いたくなるわね」


「だろう?」



 シルヴィアの自分の家のような発言にマルギットも同意している。

 初めの三日間こそお客様感がある雰囲気を出していたけど、後の三日間は車内ではラフな格好をするようになっており、僅かにあった緊張感が無くなっていた。

 車内の空気も甘いような、獣欲を刺激するような、そんな妙齢の女の香りがするようになってきたし……うん、家はまだしも、確かに女の部屋感はあるな。

 道中、フォルモント公爵領の領都に寄った際には、それぞれに割り当てた自室に置く調度品の類いまで買っていたのには呆れたものだ。

 変に緊張するよりは良いけど、これは男として見られていないのか、それとも信頼してくれていると見るべきか。



「……或いは、なっても構わないからか」


「どうかしたのか?」


「夕食は何にするかなっと思ってね」



 身に付けていた金属鎧を外してきたシルヴィアにそう答えつつ、アイテムボックスから食材を取り出していく。



「竜肉が食べたいなー」


「竜肉か。なら、領都で買った野菜と炒めるか」


「それは良いな」


「じゃあ夕飯は野菜炒めにするとして、その前に二人とも風呂に入ってきたらどうだ?」


「そうするわ。行きましょう、シルヴィア」


「ああ、分かった」



 ちょうどマルギットも部屋から出て来たので、二人に風呂に行くよう促す。

 談笑しながら浴室に向かう薄着ラフな格好の二人を見送る。



「何だろう。適切な言葉がある気がする……ああ、アレだ。同棲しているような感じだな、コレは」



 戦時中だということを忘れそうな弛緩した気持ちになりながらも、【化身顕現アヴァター】で分身体を生み出す。

 分身体で竜肉の野菜炒めを作りつつ、本体は帝都にいるリーゼロッテ達の元へと向かう転移魔法の構築を行う。



「……しまった。そういえば、向こうの夕飯も野菜炒めじゃないか」



 使われている肉の違いがあるとはいえ、二つの身体で同じ料理を食べることになるとは……。

 何気に貴重な体験だな、と思い直しながら帝都の自宅へと転移した。

 



 

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