第110話 地下鍛錬場 前編
◆◇◆◇◆◇
シェーンヴァルト家の別邸から購入した屋敷へと拠点を移してから四日後。
新居の屋敷は四人だけで住むには結構広い上に、俺達が帝都にいない間に屋敷を管理する者も必要なので、近いうちに人を雇う必要があるだろう。
帝都にある奴隷商館で奴隷を購入するか、或いは【
拠点内にある施設や俺達の、特に俺の能力の情報は隠匿したいので、現状では公募は考えていない。
まぁ、公募でも情報漏洩防止の契約に同意出来るならばアリではあるかな。住み込みかどうかは、住まいとの距離次第か。
公募する場合は、ドラウプニル帝都支店を任せているミリアリアに丸投げした方が周知出来そうだ。
そんなことを頭の片隅で考えながら、目の前で行使される攻撃を注視する。
「ーー凍てつけ」
リーゼロッテが持つ杖から放たれた指向性の冷気が、周囲の空間ごと俺を凍り付かせようとしてくる。
迫り来る冷気の壁を、【
視線を上に向けると、冷気に対処している僅かな間に生成されていた氷の礫が、上空から大量に降り注いできていた。
礫一つ一つの大きさは成人男性の頭部ほどあり、それらが時速百六十キロを越える速さで降り注いでくるのはかなりの脅威だろう。
加えて、地面を這うように冷気が再び迫ってきており、前方の地面が凍結していくのが見える。
そういった状況を瞬時に確認すると、すぐさま行動に移った。
「よっと」
上空から降り注ぐ氷の礫も、追加で放たれてくる氷の矢の弾幕も最小限の動きで回避し、凍てつく地面にも触れないように【狩猟神技】で空中を駆け抜けていく。
冷気の位置は地面に接するような低い位置であるため、空中を走る俺には当たらない。
とはいえ、称号〈氷刻の魔女〉を持つ【
そんな冷気の上を行っても俺の動きが鈍らないのは、やはり一番は各種スキルのおかげだろう。
【環境適応】といった防御系スキルに、【氷凍完全耐性】という耐性系スキルが現状では最も役立ってくれている。
素の身体能力でも問題無く動けただろうが、多少は動きを阻害されていたかもしれない。
身体の状態を確認しながら距離を詰めていると、リーゼロッテが自らに許された特殊な魔法を唱えた。
「刻めーー『
称号持ちの【魔女】には、その称号に因んだ〈
幾つの固有魔法が与えられるかは【魔女】の
ーー世界が凍結した。
正確には俺とリーゼロッテを含む範囲内の空間が、一時的に世界から隔離されてその内部の時間を停止させた。
〈氷刻の魔女〉の〈氷刻〉とは、『氷を刻み込む』の意では無く、『氷と
そのため、リーゼロッテが使える固有魔法は自然と氷凍系統と時間系統に属する魔法になる。
今回行使された『凍止する世界』は固有魔法でも特に消費される魔力量が多く、レベル八十台のステータスと俺が製作した
リーゼロッテは固有魔法でしか時間系統は使えない上に燃費が非常に悪いが、『時間が止まった空間内を術者だけは普段通りに動くことが出来る』という効果は絶大だ。
時間停止空間内では魔法が使えないという欠点こそあるが、それ以外は大体使える。
リーゼロッテのために作った〈
以前までは長杖と双剣を持ち替えるスタイルだったのだが、武器を持ち替える分だけ時間が掛かっていた。
リーゼロッテはどちらかと言えば魔法使い寄りの魔法剣士であるため、新しい長杖自体に近接機能を持たせることにした。それがあの竜牙刃になる。竜牙刃が展開した際には、使用者の意思に従って柄の長さを短く出来るため、取り回しに問題は無い。
竜牙刃に使われている竜の牙は、真なる竜種である鉱喰竜ファブルニルグの牙なので、その攻撃力はそこらの聖剣以上だ。
そんな超危険な竜牙刃を携えて接近してくるリーゼロッテを、身体を停止させられたまま待ち構える。
時間停止空間は、その範囲が小規模でも膨大な魔力を消費し続けるため、リーゼロッテでは短い間しか発動することが出来ない。
固有魔法前に幾度と無く魔法を行使していたのもあって、魔力残量に余裕が無いリーゼロッテの動きは早い。
先ほどまでとは逆に自ら距離を詰めると、柄の短くなった氷竜杖アルビオンを振りかぶって俺に攻撃を仕掛けてきた。
ーーこの
「っ⁉︎」
「残念だった、なっと!」
時間が停止した空間内を動いてアルビオンを持つ方の手首を掴み、もう片方の腕も掴み上げて、そのまま地面に押し倒した。
地面に押し倒した際の衝撃で固有魔法が解除され、時間の流れが元に戻る。
観戦しているエリンとカレンからすれば、俺とリーゼロッテが一瞬で移動したように見えていることだろう。
「ふう。俺の勝ちだな」
「……そうですね。私の負けです」
【発掘自在】で作られた大地の刃が、自分の首筋に当てられているのを確認したリーゼロッテが負けを認めた。
「意外と何とかなるもんだな」
「滅多に使わない固有魔法まで使った私としてはショックですね」
「耐性スキルのおかげだな」
「耐性スキルも禁止にするべきでしたか」
「それだと流石に防ぐのは厳しそうだから却下だ」
日課の朝練の後に行なった今回の模擬戦では、俺は自らに剣と魔法を使わないというハンデをつけた。
話だけは聞いていた固有魔法を使ってくる可能性も考慮していたが、それでもハンデをつけて模擬戦に望んだ。
時間停止に対しては、【万能耐性】と【環境適応】頼みな上に、本当に時間停止に対応出来るかは賭けだったが上手くいった。
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【時間耐性】を習得しました]
リーゼロッテとのここまでの規模での模擬戦は初めてだったが、レアな耐性スキルも手に入ったので非常に満足のいく結果になった。
「リオン」
「ん? ああ、悪い。すぐ退くよ」
「いえ。そうではなくて、このまま、その、如何ですか?」
最近幾度となくベッドの上で聞いた声色と眼差しで誘われた……非常に魅力的なお誘いだ。
今の組み伏せている体勢の所為でリーゼロッテのスイッチが入ったようだが、残念ながらここには俺達二人以外にも人がいる。
「ご主人様、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとう。エリン」
圧を感じるエリンの声を聞いて思わず背筋が伸びる。差し出された濡れタオルを受け取ると、そのまま手を取られて半強制的に立ち上がらされた。
身体に付着した土汚れを払ってくれているエリンの頭が良い位置にあったので、なんとなく撫でておく。
先ほどからフリフリ振られていた狼人族の尻尾が、更に勢いよく左右にブンブン振られ始めた。
「……エリン。邪魔をするとは良い度胸ですね」
一人放置されていたリーゼロッテが起き上がってきた。邪魔をされたからかエリンにジトっとした視線を向けている。
「リーゼさんこそ今日は私の番なのにご主人様を誘うなんて、良い度胸ですね?」
「……夜は夜です」
どちらに非があるか自覚はあるらしく、責めるような視線を向けてきたエリンから顔を逸らすリーゼロッテ。
この屋敷での最初の夜はリーゼロッテと過ごした。
二日目の夜も共に過ごしたが、三日目の夜は寝室にエリンを連れてきた。
自分が一番ならば何人いようと構いません、そんなことを告げた後、どうぞごゆっくりとだけ言ってリーゼロッテは寝室を出て行った。
部屋を出て行くリーゼロッテにエリンが深々と頭を下げていたので、無理矢理連れて来られたわけでは無いことを理解した。
前世とは違い、今生では自由に生きることを目標に掲げている。
とはいえ、前世からの慎重な性分はそう簡単に変わることは無いため、この世界での立ち位置を確立するまでは誰かと深い関係になることは避けていた。
だか今の俺はその自らに課した条件を達成しているため、以前からアプローチを受けていたリーゼロッテを新居生活初日に受け入れた。
その彼女が構わないというならば、同じように以前から好意を示してくれていたエリンを受け入れても問題は無いだろう。
こうしてリーゼロッテだけでなくエリンとも深い仲になったわけだが、彼女達の間で取り決めがあったのか、三日目の夜以降は交互に彼女達と一夜を過ごすことになっている。
だから四日目がリーゼロッテで、五日目の今日はエリンの番になるというわけだ。
「……エリン。私は気付いたのです」
「何がでしょうか?」
明らかに形勢が不利なリーゼロッテが何かを言い出した。
「せっかくの逢瀬の時間を変に義務的なルールで縛るのは如何なものか、ということをです」
「……続けてください」
「私が言いだしたことを自ら撤回するのは申し訳ないと思いますが、今日から順番制を無くして各々自由にしましょう。知っての通り、リオンの体力は私達とは桁違いなのですから、二人一緒に相手にしても問題は無いでしょう」
「た、確かにそうかもしれませんね」
先ほどまでの怒気はどこへやら。
リーゼロッテにあっさりと説き伏せられたエリンが、こちらをチラッと見ると、顔を真っ赤にして俯いた……精力旺盛で悪かったよ。スキルは何も使ってないし、初回だから結構手加減したんだがな。
「この先人数が増えたら分かりませんが、現時点では私達二人だけですから私達次第です。リオンと二人っきりになりたい時は、事前に相手に話を通すということでどうでしょう」
「……分かりました。では、今夜は?」
「せっかくなので三人で寝ましょうか。エリン、先ほどは戦闘後の昂り故のことだったとはいえ、申し訳ありませんでした」
「いえ、私もリーゼさんに失礼な態度をとってしまい申し訳ありません。これからは機会が増えそうですね」
「確かにそうですね。一番は家長であるリオンの意思次第ですが、リオンの方からも誘ってくださると私もエリンも嬉しく思います」
「……まぁ、二人がそれで良くて、俺の意思が尊重されるなら反対する理由は無いよ」
これからは肉欲に溺れ過ぎないよう、より一層気を付けないとな。
あとは、引っ越し初日にこれまでの戦利品の中にあった、
ーーそれはそれとして。
「ところで、カレンは何をやってるんだ?」
「えっ? ご主人様がロリコンになるように念を送ってるの」
先ほどから謎のポーズを取りながらブツブツ言っていたカレンに尋ねたところ、そんな馬鹿みたいな答えが返ってきた。
「ふふふ……私だけ幼いからという理由で仲間外れなのよ……普通そこは流れで受け入れてくれるもんじゃない? なのに、ロリはノーサンキューってどういうことよ!」
「どういうことって、俺がロリコンじゃないってことと、すぐに流されるような男じゃないってことだろ?」
「くっ、ウチのご主人様がチョロくない件について!」
「何を言ってるんだお前は……」
出会ったばかりの頃と比べれば背も伸びているが、まだ漸く美幼女から美少女になった程度でしかない。
幾ら前世持ちで中身は大人でも顔も身体も幼いので、悪いが現状では守備範囲外だ。
地面に四つん這いになって慟哭しているカレンを再び放置し、めちゃくちゃな状態になっている地下鍛錬場を【復元自在】で元に戻していく。
リーゼロッテとの模擬戦は十分ほどの時間だったが、屋敷の敷地内の地下に作った鍛錬場の地面は酷い有り様だった。
俺は基本的に地面を操作したり、【森羅万象】による雷撃や炎弾などの小規模な攻撃が殆どだったが、リーゼロッテはアイスゴーレムの軍団を嗾けたり、氷剣山を発生させたり、大量の氷の礫を降らせたりと派手にやっていた。
それらによる攻撃痕があちこちに残っており、念には念を入れて特別頑丈に作っておいて正解だったと心から思った。
見た限りでは空間拡張も防諜用結界も問題無いようだ。
引っ越した翌日から丸三日の時間をかけて地下に鍛錬場を作り、高価な魔法金属や竜骨なども使って壁や結界を補強した甲斐があった。
「さて、チェックも終わったし、屋敷の大改装とかで忙しくて出来なかった剥奪をやっておくか」
[アイテム〈
[スキル【美肌保質】を獲得しました]
[スキル【体皮保護】を獲得しました]
[アイテム〈
[スキル【
[アイテム〈保温防腐のマット〉から能力が剥奪されます]
[スキル【保温】を獲得しました]
[スキル【腐蝕無効】を獲得しました]
[アイテム〈四炎操演杖〉から能力が剥奪されます]
[スキル【四質炎換】を獲得しました]
[アイテム〈極寒の冷王槍〉から能力が剥奪されます]
[スキル【氷結侵撃】を獲得しました]
[スキル【地形改変:氷雪】を獲得しました]
[アイテム〈魔壊杖レベントイン〉から能力が剥奪されます]
[スキル【
[アイテム〈ヘランヴォルスのベルト〉から能力が剥奪されます]
[スキル【一騎当千】を獲得しました]
[スキル【英勇心体】を獲得しました]
[スキル【理外の筋力】を獲得しました]
[アイテム〈貧者の宝箱〉から能力が剥奪されます]
[スキル【貧質宝換】を獲得しました]
[アイテム〈
[スキル【武闘精錬】を獲得しました]
[スキル【疲労軽減】を獲得しました]
[アイテム〈魔獣殺しの首狩り剣〉から能力が剥奪されます]
[スキル【獣種殺し】を獲得しました]
[スキル【首狩り】を獲得しました]
うむ。〈強欲〉が満たされるのを感じる。中々の逸品だったな。
「これが話に聞いてたご主人様の能力?」
視線を上げると、慟哭状態から戻ってきたカレンがこちらの手元を覗き込んでいた。
「ああ。見せるのは初めてだったな」
少し前にエリンとカレンを奴隷の身から解放した際に、二人にはある程度の情報を明かした。
俺のこの能力剥奪もその一つだ。
「カレン。なんか魔法を使ってみてくれ」
「えっと、『
「ふむ。【魔法消去領域】はちゃんと発動しているみたいだな。今のは元々はこの杖の能力だ」
「へぇ。本当に魔導具の能力を奪えるんだ。強欲スキルってチート感があるわね」
「まぁな。でも強力な分だけ大罪系スキルにはデメリットがあるんだけどな」
「そうなの?」
「ああ。大罪系の中でも強欲系には更に別のデメリットがあるから、常人だったらすぐに狂ってるだろうな」
「……ご主人様は大丈夫なの?」
「俺は克服、というか完全に支配したのもあって大罪系のデメリットは最小限になっている。強欲系のデメリットの方は最初から俺には通じてないから大丈夫だよ」
調べた限りではこの世界の大罪系能力のデメリットも前の異世界と同じのようだ。
身近にいる俺以外の大罪系保有者であるリーゼロッテでもそれは確認済みだ。
「さて、朝食前にエリンとカレンにはこの鍛錬場で試してもらいたいことがあるから、二人は装備を再確認するように」
「はーい」
「分かりました」
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