第109話 吸血鬼主従との約束



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーそれにしても」


「ん?」


「笑顔で見送られたのは今思い返しても不気味ね。リーゼとは付き合いは短いけど、アレは絶対おかしいわ」


「まぁ、リーゼにだってそういう時もあるさ」



 皇妹レティーツィアによる帝都案内。

 見方によればデートに見えなくも無いそんなイベントをリーゼロッテが見逃すわけが無く、今日も案の定付いてくる気満々だった。

 別に連れて行っても構わないんだが、レティーツィアが約束したのは俺だけなので、これで別の女性リーゼロッテを連れて行くのは流石にどうかとも思って遠慮してもらった。

 仮に連れて行っても、レティーツィアは口では文句を言いつつも何だかんだ受け入れてくれるような気もする。

 だが、今日は最近働き詰めらしいレティーツィアの気晴らしも兼ねる予定だ。

 そこにリーゼロッテを連れて行ったら互いに張り合って気が休まらないかもしれない……まぁ、それはそれで楽しいのかもしれないけど、それはまたの機会に取っておいてもらうとしてだ。


 そういったことをリーゼロッテに説明したところ理解はしてくれたのだが、若干不満そうな様子だった。

 そのため、リーゼロッテには以前から決めていたことを伝えたら機嫌が直った。



「しきりに“準備があるから”と言っていたけど、何の準備のことかしら?」


「明日、購入した屋敷に拠点を移すからそれのことだよ」


「……妙に余裕を感じる意味深な笑みだったんだけど、本当かしら?」


「本当だとも」



 ……遠回しに引越した日の夜は一緒に過ごさないかと誘ったとは口が裂けても言えないな。

 今の俺にはSランク冒険者であり名誉公爵、そして皇帝の御用商人という社会的身分や地位がある。

 “色”に手を出すのはこの世界での立ち位置を確立してからと決めていたので、今の俺は条件を満たしている。

 人様から借りている屋敷でのは如何なものかと思っていたので、自宅を購入した今になってからリーゼロッテのアプローチを受け入れた。

 遠回しに誘った意味が無いほどに顔を赤らめながら何度も確かめられたが、その甲斐あってリーゼロッテの機嫌は直った。

 この世界ならではなのか個人的な理由からなのか、今日は何やら色々準備があるらしい。

 俺も今生では初めてな上に、前世では数十年前の若い時の経験が最後だから正直言って緊張している。

 そういった理由からリーゼロッテは笑顔で俺達を見送ってくれたわけだ。



「ふぅん……」



 レティーツィア達から訝しげな目を向けられるのを【無表情ポーカーフェイス】で乗り切る。

 皇妹であるレティーツィアを一人で歩かせるわけがなく、侍女兼冒険者仲間兼親友のユリアーネもこの場にはおり、レティーツィアと共に目を細めて俺に視線を向けてくる。

 吸血鬼主従の視線を逸らすためにカフェの店員に追加注文を頼む。

 このカフェは以前マルギットとシルヴィアを連れて利用したのと同じカフェで、前回と同様に休憩場所として利用中だ。

 午前中は主に帝国の歴史関係の名所を中心に帝都中を見て回ったのだが、皇妹直々に現地で帝国の歴史を解説してもらうという、かなり贅沢な体験をしてしまった。



「闘技場は以前案内してもらったのよね?」


「ああ。そのあと近くの博物館に行ったよ」



 注文した特大パフェを食べながらのレティーツィアからの問いに答えると、俺は再注文した高級緑茶を口に含む。

 このカフェには他の飲食店では見当たらない緑茶がメニュー表にあったので注文した。前回来た時は気付かなかったが、高級と評するだけあって中々良いお値段だ。でも久しぶりの緑茶なので良しとしよう。

 久しぶりと言えば烏龍茶も飲みたいところだ。紅茶も緑茶も烏龍茶も全て同じなのだが、帝国では基本的に紅茶しか見当たらない。自分で茶葉を加工するのもアリだな。



「茶葉ってどこで手に入るかな?」


「加工済み?」


「出来ればね。細かい品種で欲しいんじゃなくて、大雑把に紅茶とか緑茶とかが欲しいな」


「それなら私達が使ってる茶葉のお店に行こうかしら?」


「皇族が使ってる?」


「そうよ」



 それはなんとも格式が高そうな店だな……気軽に飲んで良いやつなんだろうか?

 そんな少々の悩みを抱きつつ、予定の店に向かう前のカフェでの小休憩を切り上げ、皇族愛用の茶葉の店に寄り道して茶葉を購入した。

 その店には紅茶や緑茶だけでなく、名前は違ったが試飲したら完全に烏龍茶やプーアル茶な茶葉もあったので全て購入しておいた。



「嬉しそうですね。お好きなのですか?」


「昔はよく飲んでたからな……また飲めるようになれて嬉しいよ」



 ユリアーネに返事をしながら、迷宮秘宝アーティファクト〈湧き出る魔法の水筒〉に入れて貰った烏龍茶をグビリと一飲みする。うん、この仄かな苦味が良い。肉料理の時に飲むと口の中がスッキリとするだろう。

 前世から食事の時は水よりお茶派だった。水を飲むのは外食の時ぐらいだ。

 これまでは水か酒、或いは紅茶なのが殆どだったから地味に辛かった。

 水も精霊水などの綺麗な水が手に入るまでは果実水で誤魔化していたほどだ。



「次に向かうのは魔導具店ね。皇族や公爵家などの上級貴族の一部が客層の完全予約制の店よ」


「随分と小規模な客層だけど、それで経営はやっていけるのか?」


「魔導具の中でも高額な物を扱っているから、その分だけ利益も大きいから大丈夫なのよ」



 つまり、安く仕入れられるルートを確立しているということか?

 高額な魔導具ということは、神迷宮都市などの迷宮都市のダンジョンから産出される魔導具だろうから、そのあたりの市場にコネでもあるのかもしれない。


 到着した魔導具店は意外にも飾り気の無い無骨な外観をしていた。だが、不思議と品の良さが感じられる。

 高レベルの警備員達が護っている入り口に近付くと、店の中から礼服に身を包んだ老紳士が現れた。

 【情報賢能ミーミル】でステータスの所属欄を視るに、どうやらこの魔導具店の支配人のようだ。

 レティーツィアが代表して話をしているが、どうやらレティーツィアが今日予約していたらしい。そういえば馬車の中でここは完全予約制の店だと言っていたっけ。自己紹介を受けたが、まぁ老支配人でいいだろう。

 魔導具店で完全予約制ってどうなんだろう……っと思いもしたが、まぁそういう店もあるんだと納得し深く考えないことにする。



「〈賢魔剣聖〉の名を贈られるほどの御方であらせられるエクスヴェル様にご来店頂けるとは光栄に存じます」


「いえ、それほどの者では。今日はよろしくお願いします」


「はっ、かしこまりました。それでは、ご案内させていただきます」



 老支配人の案内で店内を進む。

 一階のロビーを抜けて絵画や彫像が飾られている回廊を歩いていく。

 展示物の幾つかには範囲型警報系魔導具が仕込まれており、所定の手順を踏むかマスターキーのような魔導具を使って一時的に機能をオフにしなければ警報が鳴る仕組みをしている。

 術式から足止め用の機能ーーたぶんデバフ系ーーもあるようで、対策はしっかりとしているらしい。


 やがて辿り着いた広い空間には、様々な種類の魔導具が展示してあった。

 入り口に近いところにあったのは生活系の魔導具らしくーー

 中に入れた液体を高山の雪解け水レベルにまで浄化し、これさえあれば必ず安全な水が飲める〈穢れなき清水差し〉。

 肌の健康状態を常に良好に保ち、必要以上の肌焼けやシミが出来るのを防ぎ、着用者をいつまでも美しく魅せる〈美肌麗賛環美ビューティーフル・リング〉。

 空腹感や眠気、排泄といった生理現象を抑制し、心身の疲労感も軽減してくれる〈生命維持の腕環サステナンス・ブレスレット〉。

 上に載せた物や包んだ物の温度を常に保ち続け、腐敗するのも防いでくれる〈保温防腐のマット〉。

 ーーなどといった品々が並んでいた。

 似たような機能の魔導具はこれまでも見たことはあったが、ここにある物の方が効果が高く、その殆どが迷宮産であるアーティファクトだった。

 


「アーティファクトが多いようですが、やはり国内の迷宮都市から産出した物ですか?」


「半分以上が国内産ですが、残りは国外から仕入れた物になります」


「なんと。ここには国外の迷宮の物もあるんですね」



 どうやら国外にも伝手があるらしい。

 本来であれば、希少なアーティファクトが国外に持ち出されるのは国としては防ぎたいはずなのに、実際にはこうして他国のダンジョン産のアーティファクトが目の前にある。

 完全予約制とはいえ、他国産であることを隠しもしないということは盗品などの類いでは無く、正規の手続きを踏んで入手したのだろう。

 或いは他国のダンジョンに潜ってアーティファクトや魔導具を手に入れ、帝国に持ち帰り売却するようにこの店と契約している冒険者がいるのかもしれないな。


 生活系の魔導具のエリアが過ぎると、次は本命である戦闘系魔導具のエリアだ。

 この剣で傷付けられると、その傷痕は時間経過で更に悪化していく〈拡傷呪刻の身蝕剣デッドリーウーンズ〉。

 それぞれ効果の異なる四色の炎を生成・操作することが出来る〈四炎操演杖〉。

 着用した者に飛行可能な一対の光の翼が生えるなどの能力がある、美しい白亜の全身鎧〈光翼の白麗鎧〉。

 使用者次第では地形を変えるほどの冷気を操ることが出来る、シンプルなデザインの青白い長槍〈極寒の冷王槍〉。

 触れた魔法を無効化する能力を持つが、その対象は敵味方問わずという欠点がある杖術用の杖である〈魔壊杖レベントイン〉。

 一定以上の身体能力が無ければ発動しないと言われている、チャンピオンベルト風の身体強化系アーティファクト〈ヘランヴォルスのベルト〉。

 他にも色々あるが、特に気になったのはヘランヴォルスのベルトだ。

 デザインは趣味ではないが、強化能力による身体強化率がかなり高かった。これは能力剥奪目的で買おうと思う。

 デザインを変えるか、これを素体にしたベルト型魔導具を作るのも良さそうだ。


 他には〈貧者の宝箱〉のように、戦闘系では無いが生活系とも言い切れない微妙なラインのアイテムもこのエリアに置かれていた。

 この貧者の宝箱は、『不要物を中に入れて蓋を閉じると、同じ重量分の価値あるアイテムを排出する』というランダム性の強い能力が一つあるだけのアーティファクトだ。

 老支配人によると、排出されるのは大半が一般コモン級で、偶に希少レア級が出るぐらいの確率らしい。

 偶に希少級が出るぐらいの性能しか無いため、アーティファクトにしては意外と安い。

 おそらくこの能力は、使用者の幸運値に左右されると思うので、多数の運気系スキルによって強化されている俺が使えば、かなりの頻度で希少級以上のアイテムを排出出来そうだ。これも買いだな。



「……そんなに買って大丈夫なの?」


「全部で十個ぐらいだぞ?」


「数じゃなくて金額よ」


「ああ、そっちか。まぁ、冒険者業以外にも色々やってるからな。これだけ使ってもまだまだ貯蓄はあるから大丈夫だよ」


「それなら良いんだけど」



 あまりにも爆買いした所為でレティーツィアを心配させてしまったようだ。

 先日は一日で今回の十倍近い金を使ったと知ったら、レティーツィア達は一体どんな反応をするんだろうな。

 この店ではツケ払いが出来ないので支払い方法は現金一括のみだ。

 だから複数の魔導具を纏めて購入すると一気に桁が上がり、一度に支払うのが難しくなる。

 大量の貨幣を持ち歩くことの危険性の面からも、多くても二、三個の魔導具を購入する客が殆どなのだと老支配人が教えてくれた。

 


「エクスヴェル様。よろしければ此方をご購入なさいませんか?」



 購入した魔導具の数々を収納空間に収納し終えると、老支配人が一枚のチケットを差し出してきた。



「これは?」


「こちらは春先にエドラーン国にて行われる大陸オークションのVIPチケットでございます」


「大陸オークション?」


「私達がいるこの大陸の各地から集められた品々によって開かれる、年に一度のオークションでございます。これは毎年購入されていた方のために手配した物だったのですが、その方は購入するのが不可能になりましたので、代わりに必要とされる方を探していた次第でございます」


「……ここ以上の魔導具が集まるのですね?」


「はい、間違いなく。過去に何度か伝説レジェンド級が出品されたこともございます」


「誰が購入したかバレるのでは?」


「VIPには正体を隠す仮面型魔導具が配布されますのでご安心ください……と言いたいところですが、様々な者が集まりますので、滞在中は身の回りには気を付けた方がよろしいでしょう」



 なるほど。そういう場所か。



「如何でしょうか?」


「購入します。今後も継続するとなると、手配はここで?」


「承っております」



 他国への伝手ってやつだろうな。



「ではお願いします」


「承りました」



 聞くところによると、VIPチケット一枚で十人まで同行者を連れていけるらしい。流石はVIPと言うべきか。

 大陸オークションについての説明後、VIPチケット分の代金も支払ってチケットを受け取ると、老支配人に礼を言って店を後にして馬車に乗り込んだ。



「大陸オークションか。私も興味はあるのよね」


「レティは行ったことは無いのか?」


「最近まで兄上が殆ど寝たっきりだったから、妹である私が帝国を離れるわけにはいかなかったのよ」


「それもそうか。なら、今回は大丈夫そうだな」


「あら、誘ってくれるの?」


「ああ。他にも同行者がいても良いなら一緒に行かないか? 勿論、ユーリも一緒にな」


「嬉しいわ。でも、そのためには春先までに隣国との戦を終わらせないとね?」


「帝都に残る私達には出来ることが限られていますので、リオン様には頑張って頂かなければなりませんね」



 確かに戦争真っ只中で他国に遊びには行けないよな。

 ユリアーネの言う通り俺の頑張り次第では早く終わらせることが出来そうだ。



「それじゃあ、二人のためにも頑張ろうかな」



 当初の予定よりも巻きで隣国には負けてもらわないとな。

 そのために出来ることがないか考えてみるとしよう。



 


 

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