第108話 雷光聖剣ソルトニス



 ◆◇◆◇◆◇



 満足のいくまでハイペリュオルの性能を確かめたヴィルヘルムが戻ってきた。



「リオン! ハイペリュオルは素晴らしい仕上がり具合だったぞ」


「ご満足いただけたようで何よりです。毒などの無効化スキルの検証については如何致しますか?」


「そうだな。リオンがいるうちにそれも試しておくか」


「万が一状態異常になりましたらすぐに治療致します」


「頼んだぞ」


「かしこまりました。こちら対魔物用の各種塗布剤になります」



 アイテムボックスから猛毒、病気状態にする塗布剤が入った瓶を取り出す。

 ヴィルヘルムは、本来は短剣や矢などの武器に塗るそれらを指で掬い取ると、宰相達からの物言いたげな視線を受け流しつつ躊躇わずに舐めた。

 どうやらヴィルヘルムは思った以上に豪快らしい。



「……ふむ。何かが勝手に発動した感じがしたが、今のがそうなのか?」


「はい。今のがハイペリュオルに元々あった能力である【病毒無効】です。【光帝の護り】の呪詛無効効果につきましては、この呪われた剣を持たれてみてください」



 病毒の塗布剤を回収すると、代わりにこれまで蒐集した戦利品の中にあった呪剣をヴィルヘルムに手渡した。



「剣から何かが伸びてきたが、鎧からの光に打ち消されたな」


「少なくともハイペリュオルを着用している間は毒、病気、呪いの三種は問題無く無効化出来るようですね」


「そのようだな。為政者としては普段から装備しておきたいほどの効果だ」



 確かに、装備している間は毒殺とかを心配する必要は無いからな。

 返してもらった呪剣をアイテムボックスに放り込む。



「ハイペリュオルの最終確認はこれで終了です。個人的には問題無いと判断致します」


「うむ。余も同意する。ご苦労だった」


「はっ。続きましては、ソルトニスの最終確認に移らせていただきます」


「そういえば、聖剣ソルトニスには何やら提案することがあると言っていたな?」


「はい。その提案を行う前にお聞きしたいのですが、歴代の皇帝の方々は、このソルトニスをどのくらいまで使えていたのでしょうか?」


「それは能力をということか?」


「はい。元々の所有者である救国の勇者様は十全に聖剣ソルトニスを扱えたのは当然ですが、その子孫である歴代の皇帝、或いは皇族の方々はどの程度まで聖剣の能力を使えたかを知っておきたいのです」


「ふむ……息子である第二代皇帝は一つの能力以外は使えたそうだ。だが、孫である第三代皇帝からは基本能力第一スキルしか発動出来なかったらしい。ソルトニスを損壊させた第七代皇帝にいたっては、基本能力すら発動出来なかったと皇室の記録には残っている」


「第七代皇帝陛下はソルトニスから拒絶はされなかったのですか?」


「ああ。能力こそ使えないが、ソルトニスを振るうことは出来たらしい」


「なるほど……」



 やはり元々の使用者の因子が薄れるにつれて扱えなくなっているみたいだな。



「何か分かったの?」


「レティーツィア殿下。ええ、世代を重ねるごとに皇族の方々の血の中に流れている救国の勇者の因子が薄れていることが分かりました」


「……その因子が【勇者ブレイヴァー】持ちでもないのにご先祖様が聖剣を使えた理由ということ?」


「はい。第七代皇帝陛下の時点で能力が使えなくなったならば、仮に壊れなくても次かその次あたりからは、因子不足で子孫とは認識されずソルトニスに触れることすら出来なくなってたでしょうね」


「……では、余はソルトニスには触れられないのか?」



 伝説の聖剣を使えるどころか触れることすら出来ない可能性が浮上し、ヴィルヘルムの眉間に皺が寄る。



「触れることは出来るかもしれませんが、拒絶される可能性もあります。後のことを考えれば止めておいた方がいいでしょう」


「随分と焦らすわね」


「今のは必要な話でしたので」



 レティーツィアの発言に苦笑しつつ、アイテムボックスから術式陣が刻まれた天板を取り出す。

 術式陣の中央には小さな台座が迫り出しており、よく見れば何かを差し込めるようになっている。



「さて、話を戻しますが、私が陛下に提案したいのは、聖剣ソルトニスの使用者権限の更新についてです」


「聖剣の、使用者権限の更新だと? つまり、それを行うと余も聖剣を使えるということか?」


「ただ使えるというだけではありませんよ。ソルトニスの力を十全に扱えるレベルで使えるようになるということです」


「……そんなことが可能なのですか?」



 絶句するヴィルヘルム達に代わってリーゼロッテが質問をする。

 このことはリーゼロッテにも言ってなかったので気になるのかもしれない。



「普通は無理だな。今回は半壊した状態のソルトニスを俺が修復したことで、俺が聖剣ソルトニスの構成に干渉出来る創造者権限を有するようになったのと、元々のソルトニスの使用者である救国の勇者の子孫である陛下だからこそ出来ることだ」

 

「無制限に使用者を変更出来るわけでは無いのですね」


「そういうことだ」



 あ、そうだ。これはヴィルヘルム達に言っておかないとな。



「こんな荒技が出来るのは一度だけです。これは聖剣自らの使用者の認識を誤認させるようなやり方ですので、二度目は十中八九通じないでしょう。その聖剣の創造者権限を得るには半壊以上の状態から復元する必要もありますし、一度でも拒絶されると誤認させることが出来なくなりますので、かなり条件が厳しいのだとご理解ください」


「だから魔力を通すなと言ったのだな?」


「はい。血の中に流れる本来の使用者の因子を元に誤認させるのですが、その前に接触してしまうと因子がある分、一度拒絶した存在として正確に認識してしまいますので誤認させるのが不可能になるのです」


「ふむ。ということは、余だけでなく余の子孫も使えるということになるのか?」



 お、理解が早い。



「その通りです。誤認とは申しましたが、どちらかと言うと更新という言葉の方が正しいかもしれません。一度しか出来ない方法ではありますが、正式な使用者になった陛下から数代に渡ってソルトニスを使用することが可能になるでしょう」


「デメリットはあるのか?」


「そうですね……現時点では、救国の勇者の子孫であれば拒絶されずに使える者がいるかもしれない状態なのですが、更新をしてしまうと、陛下以外の者は救国の勇者の因子抜きに本人に適性でも無い限りはソルトニスを使える可能性が無くなります」


「つまり、子がいない余が死ぬと使える可能性がある者がいなくなるわけか。同腹であるレティは使えないのか?」


「父母が同じでも種族が違いますし、陛下を基準に更新しますのでおそらく不可能でしょう。例えるなら、救国の勇者の同腹の兄弟ならばソルトニスが使えると言っているようなモノですから……」


「それは、確かに無理そうだな。さて、どうしたものか……」



 使用者の更新を行うと、救国の勇者の血統による限定使用が出来なくなると知って悩んでいるようだ。

 更新した場合、ヴィルヘルムには子がいないので、今度の戦争で死んでしまうとソルトニスを使える者がいなくなってしまう。

 だが更新しなかったら、仮にヴィルヘルムが死んでも他の救国の勇者の子孫の中にソルトニスを使える者がいるかもしれない。

 ただし、使えても拒絶されない程度でしか無いと思われるので、ソルトニスはただの斬れ味が凄く良い剣でしかないだろう。

 さて、どうするんだろうな。



「大丈夫よ、兄上」


「レティ?」


「万が一のことが起こらないために周りに護衛がいるんでしょう? だから兄上は死なないわよ」



 ヴィルヘルム以外の者達には見えない位置でレティーツィアが俺にウィンクをしてきた。期待が重いが、まぁ依頼だし全力で護るとも。



「……レティの言う通りだな。此度の戦に勝つために護衛含めて準備をしているのだ。ならば悩むことは無かったか。そういうわけだ。頼んだぞ、リオン」



 その言葉には、聖剣の更新のことだけでなく護衛のことも含まれているんだろうな。

 周りには俺がヴィルヘルムの護衛をすることを知らない者もいるため、二人ともこんな言い方をしているようだ。

 


「かしこまりました」



 自然と漏れた苦笑のまま頭を下げてから作業に移る。

 作業と言っても術式陣が刻まれた天板の中央の台座にソルトニスを突き刺す。俺はソルトニスの創造者権限を有しているので問題なく触れる……まぁ、〈星剣の主〉の称号がある時点で聖剣は全て扱えるんだけど。

 ソルトニスの設置が済むと、台座にあるスイッチを押して自作の天板型魔導具マジックアイテムを起動させた。

 天板が起動したことで台座の一部が開き、透明な宝玉が露出する。



「そこの宝玉に陛下の血を付着させてください。一滴で構いません。次に、宝玉が血を吸収したのを確認してから宝玉に魔力を注いでください」



 差し出した針を受け取ったヴィルヘルムは、刺した指から浮き出た血を宝玉に押し付けた。

 数秒ほどかけて宝玉が血を吸収したのを確認後、宝玉に魔力を注いだ。



「下の術式陣が光ったら魔力を注ぐのは止めて天板から降りられて大丈夫です」


「うむ、分かった」



 程なくして天板の術式陣が光り出したのでヴィルヘルムが天板から離れる。

 代わりに台座に近付き、下の術式陣の動きを見ながら起動スイッチの横にあったボタンを操作していく。

 一分ほど操作を続けると、全ての術式陣が虹色の光を放ち、その光が収まると天板も機能を停止させた。



「……成功したのか?」


「はい、無事に成功致しました。どうぞ、ソルトニスをお受け取りください」


「もう触れても大丈夫なのか?」


「問題ありません。今日から聖剣ソルトニスの主は陛下です」



 緊張した面持ちでソルトニスの柄に触れ、何も起こらないのを確認するとしっかりと柄を握り、台座から引き抜いた。



「おお……」


「陛下、魔力を」


「おっと、そうだったな」



 ヴィルヘルムが注いだ魔力を受けて、使用者だと認識したソルトニスが仄かな輝きを放つ。

 その輝きが消えた後には、存在感の増したソルトニスの姿があった。

 


「能力は分かりますか?」


「ああ、全て理解出来るぞ。一つ以外はここでも試せそうだな」


「そういうことならば相手を用意しましょう」



 指を鳴らすと、修練場の土の地面が隆起して大きな人型を模っていく。

 魔法で生み出した即席の大地魔像アースゴーレムだ。それを離れたところに数十体生成した。

 【眷属作成】によって生み出した眷属ゴーレムや、コア含めて時間をかけて製作した騎士ナイトゴーレムなどよりは弱いが、ヴィルヘルムの練習相手にはちょうど良いだろう。

 コアが無いので術者である俺の魔力を絶えず消費し続けるが、消費量よりも自然回復量の方が多いので問題無い。

 問題なのは、ソルトニスの破壊力に修練場が耐えられるかどうかだが、念の為修練場の壁や天井に沿って障壁と遮音結界を張っておく。



「ソルトニスの能力が問題無く使えるかを試す相手として、アレらをお使いください」


「うむ。これは壊し甲斐がありそうだな」



 俺の言葉を受けて、ヴィルヘルムが近くのアースゴーレムへと駆けて行く。

 剣身から雷を迸らせながら振るった斬撃がアースゴーレムを一刀両断し、斬撃と共に放たれた白銀色の雷撃が周囲のゴーレム達を蹂躙する。

 見る限りではソルトニスも大丈夫そうだ。今日中に報酬を貰えると嬉しいんだが、流石に難しいか?



「宰相閣下」


「ん? 何でしょうか、エクスヴェル卿」



 呼び方がエクスヴェル殿からエクスヴェル卿に変わっている。名誉公爵になったからだろうか?



「これで依頼は完了なのですが、報酬は今日受け取れるのでしょうか?」



 今更だが、この場にいることから宰相も今回の依頼の報酬について知っているはずだ。

 許可を出すのは皇帝であるヴィルヘルムだが、内容的には宰相の領分だろうし尋ねてみる。



「今日は元々修復の進捗状況を尋ねるだけのつもりでしたからな。ですので、まだ報酬の用意が出来ておりませぬ」


「やはりそうですか……」



 まぁ、予想通りだな。報酬を受け取るために、後日登城する必要があるか。



「ねぇ、宰相。報酬は明日か明後日には用意出来るかしら?」


「明後日までにはご用意出来るかと思われます」


「リオンさえ良ければ、明日か明後日に以前約束していた帝都案内をしようと考えていたのよ。だから、今回の報酬はその時に私が持っていけばちょうど良いでしょう?」



 レティーツィアが言う約束とは、レティーツィアと初めて会った時にした約束のことだろう。

 帝都で再会したら帝都を案内するという約束だったのだが、帝都に着いても中々レティーツィアと連絡がつかず、再会してからもなんやかんやと互いに忙しくて実現出来ないでいた。

 既にマルギットとシルヴィアの二人に案内して貰っていたし、正直もう流れたのかと思っていたが、どうやら忘れていなかったようだ



「そういうことでしたら、明日にはご用意致します」


「お願いね。リオンは明後日は時間はあるかしら?」


「大丈夫ですよ」


「良かったわ。じゃあ明後日の朝に馬車で迎えに行くから、その時に報酬を渡すわね」


「よろしくお願いします」



 今回の分の報酬はレティーツィアが持ってきてくれるそうなので、登城する必要は無さそうだ。

 その後、明後日の予定を立てながら、アースゴーレムを使ってヴィルヘルムの練習相手を務め続けた。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る