第99話 旧アンダレイでの戦い 前編
◆◇◆◇◆◇
アークディア帝国の首都エルデアスから見て南東の方角にアンダレイの遺跡は存在している。
小規模都市アンダレイから少し離れた荒野にあるこの遺跡が、元々はアンダレイという名の都市だったそうだ。
旧アンダレイは城郭都市であり、当時は近くの荒野で隣国との戦が行われる際の前線都市としての役割を担っていた。
それから時代が流れて国境線が変わったことと、老朽化と度重なる戦による損壊が著しいことから城郭都市は廃棄することになる。
そして少し離れたところにアンダレイの名を継いだ都市が新たに建築されることになった。
そんな旧アンダレイは今では遺跡呼ばわりされるほどに風化が進んでおり、現アンダレイから離れた古戦場跡地にあることから都市内を隅々まで探索するような物好きは長いこと現れず、気付けばアンデッドの巣窟と化していた。
古戦場の陰鬱な空気がそうさせるのか、旧アンダレイ含めた荒野一帯の空は常に陽の光が差し込むことが無いほどに厚い雲に覆われていたのも都合が良かったのかもしれない。
城郭都市を解体するにも費用と時間がかかるから長年放置されていたらしいが、こういった廃墟都市の解体って金になるのかな?
「場合によっては一考の価値ありか?」
「どうしたの?」
「いや、アンダレイの遺跡って国的には解体して更地にしたい案件なのかなってね」
横にいたレティーツィアから問われたので思いついたばかりの腹案を説明する。
国の中枢にいる皇女なら現実的な答えをくれるかもしれない。
「そうね……今回みたいに魔物やならず者の拠点にされる可能性もあるし、荒野を開拓する際には邪魔になるから解体できるならした方が良いでしょうね」
「仮にその解体を請け負うとして、国はどのくらいの報酬を出してくれる?」
「私は専門家じゃないから目安がつけられないわね。兄上か宰相にでも聞いておくわ」
「お、ありがとう」
「どういたしまして。それにしても暇ね」
俺とレティーツィア、そしてリーゼロッテの三人の視線の先では俺達以外の五人がアンデッド達を相手に戦闘を行っていた。
遺跡内に入って早々に襲撃してきた集団は、レベル的に俺達にとっては大した経験値にならないので、彼女達だけに戦わせている。
「シルヴィア、マルギット。次は左斜め前方にいる兜を被った大柄の魔人族のアンデッドだ。その周りの奴らも狙ってくれ。レベル的には二人よりも少し下ぐらいだ」
「分かった!」
「了解」
【軍神覇道】の【
探知能力なども含めて有する能力から俺が今回の依頼の指揮を執ることになった。
公私共にこの中で最も位が高いのはレティーツィアだが、戦闘力以外の指揮や探知などの能力は普通レベルなのと、それぞれの関係的にも俺がちょうど良いんだとか。
「カレン、左から来てるぞ」
「『
カレンの身体を起点に放射状に放たれた強烈な光を受けて、横合いから接近していたアンデッド達が灰になる。
「ふははははっ、アンデッドがなんぼのもんじゃーい! 全て灰にしてやるっ、 『
恐れていたアンデッドが普通に倒せる相手だと分かってからのカレンのテンションが高い。
大型魔獣タイプのアンデッド達に向かって光の槍を連射して仕留めていく。
マップと【千里眼】で確認した限りでは人よりも魔物のアンデッドが多く、今襲って来ているのもウルフなどの魔獣やゴブリンなどの人型魔物のアンデッドが殆どだ。
人類種のアンデッドもいるが、生前は冒険者などの戦闘職だったからかまぁまぁ強いアンデッドがちらほらいる。
冒険者だったらいなくなっても一般人ほどは捜されることは無い上に、その一般人よりかは強いから戦力を集める際には最適な獲物だろう。或いは、返り討ちにあった者もいるのかもしれないな。
そんな人型アンデッドはエリンが主に担当し、魔法という高火力を持って魔物型アンデッドはカレンが、エリンとカレンのレベルより高くて自分達よりかはレベルが低いアンデッドはマルギットとシルヴィアが相手をしている。五人の中で最もレベルの高いユリアーネは弓矢を使った遊撃だ。
「ユーリ。奥の方で魔法を発動しようとしているやつと射手を潰してくれ。シルヴィア達の右側だ」
「分かりました」
ユリアーネが弓型
数瞬の内に射られた複数の魔力矢は、瞬く間に後方の人型アンデッド達の眉間に直撃した。
鏃から流れ込んだ大量の光属性の魔力によって、頭部と胴体の上半分が浄化されて灰になって活動を停止した。
「リオン様が作った属性付与の腕環は素晴らしいですね。魔力矢が光属性になったおかげでアンデッド戦が楽になりました」
「試作品だから燃費が悪いけどな」
「レティと二人の時と違って人手がありますので、これぐらいの燃費の悪さは気になりませんよ」
「それなら良いんだが」
ユリアーネが使う魔弓の魔力矢に属性が無かったからこの程度の魔力消費で済んだが、何かしら属性があったら更に燃費が悪化していただろう。
種族特性抜きで生来の保有魔力量が多い俺や、ユニークスキルの効果で魔力が多いカレンよりかは少ないのだから、無闇矢鱈には使えない代物には違いない。
まぁ、その代わり今みたいな特定の属性に弱い魔物相手には有効な魔導具なのは事実なのだが。
「リオン、敵を倒したぞ。次は?」
「ん、もう倒したか。次はそのまま待ってると左の通路の曲がり角から亜竜種のアンデッドが出てくるから、その相手を頼む。レベルが同じぐらいだからユーリもシルヴィア達の援護に回ってくれ」
「承知しました」
「マルギットがそこだと攻撃しにくいから、シルヴィアは先ずは亜竜種を後方の広場に引っ張り出してくれ」
「分かった!」
程なくして現れた地竜タイプの亜竜種ーー所謂肉食恐竜系ーーのアンデッドをシルヴィアが【挑発】と魔法を放ちながら誘引していく。
広場に入ってきたタイミングで、横合いから飛び出したマルギットが魔槍を振るって亜竜種の長い尻尾を切断した。
マルギットにも属性付与の腕環を渡しており、魔槍には光属性が付与されているためアンデッド恐竜には効果は抜群だ。
元々の魔槍の刃の鋭さも相まって非常に高い攻撃力を発揮している。
マルギットが使っている魔槍ならそのままでも十分だっただろうが、マルギットは魔力を余らせていたからちょうど良いだろうと思い属性付与の腕環を貸し出した。
「はぁっ!」
「ギュオオオ⁉︎」
マルギットの方に振り向こうとしたアンデッド恐竜に対してシルヴィアが剣を振るう。
シルヴィアが使っている魔剣は光属性であり、元よりアンデッドへの効果が高い。
実体の剣先から伸びた光属性魔力の刃ーー光刃がアンデッド恐竜の首筋を切り裂いた。
首が大樹のように太かったため全てを断たれることはなかったが、手痛いダメージは食らったらしくアンデッド恐竜は怒っているようだ。
その鉤爪のような前脚を意外なほどに速いスピードで振り下ろしてきたが、シルヴィアはその攻撃を盾で容易く受け止めてみせた。
マルギットもシルヴィアも、バルサッサの冒険者ギルドの訓練場で模擬戦をした時から思っていた以上に腕を上げている。
アンデッド恐竜の尾を断ち切る動きの鋭さは流石だし、見上げるような巨体から繰り出された攻撃を盾で易々と受け止めたのには正直驚いた。
まだ余裕がありそうだし、脳内の二人の戦力値を上方修正しておこう。
「エリン。もう片方の手を切断」
「はい!」
「そのまま首も斬れ。そしてすぐにその場を離れろ」
「はっ!」
「ギュアアアアッ⁉︎」
シルヴィアに追撃を仕掛けようとしたアンデッド恐竜のもう一方の手を、横合いから飛び出してきたエリンが斬り落とした。
着地してすぐに飛び上がり、シルヴィアが斬ったのとは反対側を斬り裂くと、成果を確認する前に言われた通りにその場から離脱した。その離脱を援護するようにユリアーネがアンデッド恐竜の眼を狙って矢を放つ。
エリンに渡した刀型魔導具〈退魔刀アマツ〉は〈退魔〉、つまりは魔物や魔力への特効を有する刃を持っており、同系統の〈破魔〉よりも少し強力だ。特に瘴気という穢れた魔力に頼った存在であるアンデッドには殊更に効果が高い。
その刃をアマツのもう一つのスキルである【光装闘衣】により身体と武器に光装を纏わせ、それによって身体能力が強化されたことで格上であるアンデッド恐竜にも大ダメージを与えることが出来た。
「あのエリンって子、良い動きするわね」
「才能もだけど、何よりも本人の努力の成果が出てるな」
「リオンとほぼ毎日模擬戦をしてますからね」
「あら、そうなの?」
「ええ。手加減はしてますが、普通に痛打は与えています。少し前までは互いに刃を潰した武器で行っていましたが、今は刃ありの武器で行っていますから裂傷や流血にも慣れてきましたね」
「意外と容赦ないのね」
「実戦で怪我した時に痛みや恐怖で動けなくなると困るからな。だから必要なことだよ」
甘やかして鍛練した結果死んでしまったら元も子もないからな。
最近は軽い威圧にも耐えられるようになってきてるし、今後の成長が楽しみだ。
カレンはまだ身体が出来上がってないから直接的なダメージを与えるのは保留している。
今回のレベル上げで能力値が強化されるだろうから、それ次第では予定を早めても良いかもしれない。
二人だけで依頼を受けさせた時に何度か怪我はしていたから、既に痛みや恐怖に対する耐性は多少はついているはずだしな。雑談を兼ねてカウンセリングをした際には平気そうだったので、たぶん大丈夫だろう。
「リーゼは教えたりしてないの?」
「魔法を見るぐらいならしてますが、正直言って人に教えるのは苦手です」
「私も自分に出来ることを人に教えるのは苦手ね」
どうやら感覚派なところまで二人は似ているらしい。
俺は理論と感覚の両方だから二人の言わんとすることも分からないでもない。
「まぁ、人に教えるのには向き不向きがあるからな、っと」
聖剣デュランダルを鞘から抜いて真横の通路へと斬撃を飛ばす。
放った斬撃は、直後に現れた別のアンデッド恐竜の首筋へと吸い込まれると抵抗無く首を両断した。
竜種の耐久性と膂力を活かすためかアンデッド化は限定的らしく、聖気を帯びた飛ぶ斬撃を受けても全てが灰にはなっていない。
半分以上の体皮と全身の骨、爪や牙などの肉体の一部は形を保ったままその場に残っていた。
残った肉体の腐敗もそこまで進んでいないようで、鮫肌のような体皮も綺麗なままだ。
[スキル【擦り削る竜鎧皮】を獲得しました]
[スキル【強靭なる狂竜の顎】を獲得しました]
「ユーリ達が戦っている相手の同種が一撃ね」
「二人も出来るだろ?」
「どうかしら。少なくとも今みたいに飛ばした斬撃で一撃というのは難しいわね」
「魔法なら可能ですが、その場合は周りの地形は派手なことになるでしょう」
「ふむ。リーゼは魔法寄りだから分かるけど、レティもそうなのか?」
「私は魔法と剣だったら剣寄りだけど、正確にはスキル主体になるわ」
「なるほど」
「リオンの剣術って自前? それともスキル由来?」
「自前だね」
前の異世界でも最初から並み以上に使えたからなぁ。あとはそのまま実戦で鍛え上げ続けて今に至る。
過去を振り返りつつ、【
「ふーん。ならリオンの剣士系スキルは最上位の【
「……そう見えるか?」
「否定はしないのね」
「肯定もしてないけどな。何故そう思ったかを聞いても?」
「経験からかしらね。通常の最高位は
なるほど。経験から導き出されたらステータスの情報をいくら偽装しても意味が無いな。
「あとは勘ね」
勘と言われたらどうしようもないな。
「バレないように軽く斬撃を放ったのにな」
「逆にそれでバレたのでは?」
「リーゼの言う通りよ。軽く放ったのにあの斬撃だったんだもの。剣術や斬撃を強化するスキルを使ったなら分かるけど、自前だって言うから普通に分かったわね。嘘をついてる様子も無いし」
レティーツィアの口からヴィルヘルム皇帝とかに情報が伝わるだろうし、偽装ステータスも【剣聖】は表示しとくか。
「他者のステータスを見る手段がある以上、ステータスを偽装して手札を隠すのは効果的よ。でもリオンみたいに戦いに積極的で、世間から注目を集めていたらバレるのは時間の問題だったと思うわ」
「耳が痛いな。ま、バレたらバレたで別に構わないんだけど」
この世界に来て以降、実績を積み重ねてきたので【剣聖】がバレたところで大したことはない。
ある程度の手札を明かしておいた方がかえって動きやすそうだ。
「エリン達も終わりましたね」
「迎撃に出てきたアンデッドも全て倒し尽くしたな。休憩がてら一旦集まろうか」
倒れ伏したアンデッド恐竜の近くにいるエリン達の元へと向かう。
このあと主に戦うのは俺達三人になるだろうが、まだ遺跡内にはアンデッドがいるので今のうちに彼女達を少し休ませることにする。
その間、周りに散らばっているアンデッドの死骸やその破片を一箇所に集めてから浄化を行っておく。
浄化が済んだモノから有用な物を剥ぎ取ると、死骸を焼いてから【発掘自在】で地面を操作して埋めておいた。
取り敢えず後始末はこれで良いだろう。
遺跡の中央にはここの首魁らしき高レベルの人型アンデッドがおり、何やら儀式を行い迎撃の準備をしているようなので今から楽しみだ。
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