第98話 魔導馬車は空を行く



 ◆◇◆◇◆◇



「私ホラーが苦手なのよ」


「大丈夫大丈夫」


「私って、か弱い幼女よね?」


「大丈夫大丈夫」


「なんだかお腹痛くなってきたわ……」


「大丈夫大丈夫」


「もうっ! ご主人様ったら大丈夫しか言わないんだから!」


「大丈夫大丈夫。あ、リーゼ。そこの塗布液を取ってくれ。その銀色のやつだ」


「これですか?」


「そうそれ」



 ウガーッと一人吠えているカレンの訴えをスルーしながら作業を行う。

 暴れているカレンを膝の上に乗せて抑えているエリンを除いた他の者達は、周りで俺の作業を眺めている。

 これから戦うアンデッド戦においてエリンとカレンに使わせる魔導具マジックアイテムの最終調整を行なっていた。



「リオンって戦闘用も作れるのね?」


「まぁ、昔から物を作ったりするのが好きだったからな。趣味が高じて色々手を出していたら、気付いたらそれなりの物を作れるようになっていてな」


「それなり、ね……」



 現在作業を行なっている魔導馬車内の居間に置かれている家具や魔導具に目を向けながら、レティーツィアが呆れたように呟く。



「空飛ぶ馬車を作れる腕前がそれなりのレベルなら、帝都にいる一流と言われる職人達は全員見習いレベルになるわね」


「リオン様は謙虚なのか傲慢なのか分かりませんね」



 レティーツィアに続いてユリアーネからも呆れの色が入ったツッコミを受けながら作業を続ける。


 現在、俺所有の魔導馬車は空を飛んでいる。

 正確には空を駆けており、目的地であるアンダレイの遺跡に向かって障害物の無い空を真っ直ぐ突き進んでいた。

 魔導馬車の周りには不可視化の結界を張っており、誰かに見られる心配はない。

 そのため今の魔導馬車には御者はおらず、魔導馬車を引く専用ホースゴーレム達による自動運転中だ。

 遊び半分で搭載した飛行機能を使う日が来るとは思わなかったが、そのおかげで地上を行くよりも早くアンダレイの遺跡に着くことが出来る。


 そのため今回の依頼に参加する全員が車内にいる。

 メンバーは、俺、リーゼロッテ、エリン、カレン、レティーツィア、ユリアーネ、マルギット、シルヴィアの合計八名。

 パーティーで換算すると三パーティー合同での依頼になる。

 八名中、Sランクは一名にAランクは四名で、そのAランクのうち二名はSランク相当というちょっと過剰かもしれない戦力が集まっていた。



「こんなところか。エリン、カレン。武器はコレを使え。仕様書はこれだ。ここで使っても問題ない能力だけ使って試しておいてくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


「綺麗な杖。ありがとう、ご主人様」



 エリンには新造の刀を、カレンには戦利品にあった杖を改良した物を渡した。

 エリンには他にも防具を用意する予定だったんだが、術式以外は完成していた刀とは違って防具はまだ完成していなかったので、今回の依頼ではこれまで通りの軍服風ワンピースを着てもらう。



「……聖剣?」



 エリンに渡した刀の刃を見たレティーツィアがそんな呟きを零していた。

 あの刀は聖剣ではないが、聖剣にも使われている術式を使っている。中々勘がいいな。



「レティは聖剣を見たことがあるのか?」


「ええ。アークディア皇家の家宝の中にご先祖様が使っていた聖剣があるの。あの刀からそれと似たような力を感じるわ」



 どうやらアレに使った術式には、聖剣ではと思わせる力の波動のようなものが出ているらしい。

 前世からの相棒であり、未だに出番が無くてネックレス形態にして御守りみたいな扱いになっている星王剣エクスカリバーは別格として、割断聖剣デュランダルどころか幻水聖剣エストミラージュの足元にすら及ばない力しかないんだがな……。

 まぁ、聖気の無い聖剣未満の刀とはいえ、人類種や魔物などの魔力持つ存在への特効はちょっとはあるから、その特性が聖剣だと勘違いさせたのだろう。

 破魔術式に聖剣術式の一部を付け加えたのは蛇足だったかもしれない。



「聖剣ほど大層な代物じゃないさ。本物と比べれば魔力に対する優位性は、大人と赤子ほどの力の差があるからな」


「確かに弱々しいけど……聖剣に詳しいのね?」


「俺の趣味は魔導具蒐集だからな。そういう知識も持っているんだよ」


「そう……」



 レティーツィアの視線が俺の腰に帯びているデュランダルへと向けられた。

 その視線を受け流しつつテーブルの上を片付けてから、先ほどから黙ったままの二人に声を掛ける。



「それにしても、マルギットとシルヴィアはさっきからずっと静かだな?」


「だって、殿下の前だし」


「楽にするのは難しいわよ」



 コソコソと小声で抗議してくる二人の気持ちも分からないでもない。

 上級貴族の出である二人とこの国の出身では無い俺とでは、レティーツィアとの対話は心理的なハードルの高さが異なるんだろう。

 今のレティーツィアは普段発動している容貌の認識阻害を解除しているため、より一層レティーツィア皇女としての一面を強く感じられるからな。



「そんなに気にしないでいいのに。二人とも何度も話したことあるじゃない」


「確かにその通りなのですが……」


「冒険者として接する際の距離感が測りにくく…….」



 マルギットはまだしも、皇族に対して隔意があるっぽいシルヴィアまでもが緊張しているのは正直意外だった。

 隔意があるのはあくまでも一部の皇族に対してのみということなのかねぇ?

 レティーツィアの興味が上手い具合に二人に向いた隙にその場を離れてエリンとカレンの元へ向かう。

 リーゼロッテが見てる前でそれぞれが刀と杖の能力を発動させている。



「どうだ?」


「発動もスムーズですので問題無いかと」


「それは良かった」



 エリンの身体が淡い光に包まれている。その横ではカレンが光源を生み出しては消してを繰り返している。



「カレン。『光球ライトボール』をエリンに放ってみてくれ。エリンはそのスキルをそのまま維持だ」

 

「分かったわ。エリンお姉様、いい?」


「いつでもいいわよ」


「じゃあ、『光球』」



 杖の先から即座に生み出された光球がエリンへと放たれ直撃した。

 杖によって強化されたゴブリンの身体程度なら容易く爆散できるほどの破壊力がある。

 そんな光球の一撃を受けてもエリンが纏っている光の衣は微塵も揺らぐことは無かった。



「うん、良い感じだな。エリン、衝撃はあったか?」


「当たったことが分かる程度にはありました」


「それくらいなら良い。身体能力が強化されてるのは感じるか?」


「分かります。いつもよりも速く振ることができますので」


「そうか。じゃあ、これを斬ってみようか」



 そう言って鋼鉄のインゴットをエリンに向かって放り投げる。

 間髪入れずに放り投げたのだが、エリンは一切慌てることなく鋼鉄の塊を刀で両断した。

 ゴトッと落ちたインゴットの断面はツルリとしており、今の斬撃の鋭さを物語っていた。



「問題無いみたいだな。カレンは魔法発動の際に違和感はあるか?」


「無いわ。良すぎて元の杖に戻った時が大変そうだけど」


「ん? ああ、その杖と刀は前祝いだよ。今回の依頼で奴隷から解放できる分の金額が貯まるからな」


「本当っ!」


「ああ。だからアンデッド退治を頑張ってくれ」


「任せて! ありがとうご主人様!」



 抱きついてきたカレンを受け止めると、ソワソワしてるエリンを手招きする。



「……ありがとうございます、ご主人様」


「どういたしまして」


「そしてこれからもよろしくお願いします、ご主人様」


「ああ。こっちこそよろしくな、エリン」



 カレンに続いて抱きついてきたエリンを受け止めて言葉を交わす……こうして抱きつかれると、エリンの身体のエロさが分かるな。あと、二人の狼耳と狐耳に尻尾が動いているのが近くで見えて可愛い。



「……長すぎでは?」



 背後からの呟きにカレンがバッと離れる。中々の素早い反応だな。

 一方のエリンは、今の声が聞こえても動じずにスリスリと俺の胸に頭を擦り付けつつ匂いを嗅いでいる。



「エリンお姉様、強くなったわね……」



 どちらかというと単に慣れただけじゃないかな?



「エリン」


「……失礼しました、リーゼさん」



 最後に一度深呼吸をしてから静々と離れるエリン。

 


「リーゼは嫉妬するようになったよな」


「そんなことはあります」


「そんなことはありません、じゃないんだな」


「自覚はありますので。帝都に来てからのリオンの交友関係が原因なので私は悪くありません」



 リーゼロッテはそう言って、こちらの方を興味深そうに見ていたレティーツィア達の方を見る。

 確かに帝都に来てからは美女との交流が増えた気がしないでもない。俺が言うのもなんだが、そりゃ嫉妬心も生まれるか。



「リオン。私には何かプレゼントはないのですか?」


「二人のアレは奴隷解放の前祝いだぞ」


「それはそれです」



 人目を憚らずリーゼロッテが背中にくっ付いてきた。何がとは言わないが、やっぱりエリンよりもデカいな。

 しかしプレゼントか。何がいいんだろうか?



「希望とかあるのか?」


「杖でも双剣でもいいですよ」



 意外にも戦闘用を欲してきた。てっきり指環とか言ってくるのかと思ったよ。



「杖も双剣も故郷から持ってきてるのがあるじゃないか」


「そっちは予備に回します。私もリオンが作ってくれた武器を使いたいです」


「んー、じゃあ何か考えとく」


「期待していますね」



 自分のために作ってくれると分かったからか、素直に離れてくれた。



「なんというか、愉しそうな関係性ね?」


「そう見えるか?」



 楽しそうではなく、愉しそうと聞こえたのは気のせいでは無いだろうな。個人的にも愉快なやり取りだと思う。



「ま、それはさておき。そろそろアンデッドの索敵範囲に入りそうだから下に降りようか」



 ひたすら真っ直ぐ進ませていたホースゴーレム達に、思念で地上に降りるように指示を出す。



「あら。アンデッドの索敵範囲が分かるの?」


「帝都に来る前にアンデッドと戦った時の経験から大体は。あとは探知能力で正確なところをといった具合だな」


「ふぅん? 優秀な探知能力があるのね」



 魔導馬車の高度が下がっていくのを感じながらマップを確認する。

 ふむ。アンデッド達がこちらに気付いた様子は無いな。



「もう着いたんだな」


「地上を半日が、空なら二時間足らずか。空を行くと早いのね」



 本来この人数で動いた場合は、日中はアンダレイまでの馬車での移動に使って、実際に討伐に動くのは明日の予定だったからな。

 たぶん今日中には帝都に戻って来れるだろう。



「そういやシルヴィアとマルギットは空は初めてか?」


「ああ。私もマルギットも飛行魔法は使えないからな」


「飛空艇に乗る機会も今まで無かったからね」


「飛空艇か……」



 そういえば帝国には飛空艇があるんだったな。

 数が二隻しかなくてあまり普及してないようだけど。

 これまでに調べた情報によると、飛空艇を建造できる技術者と資料を流行り病や事故とかで失った所為で、新たに飛空艇を建造することが出来ないんだとか。

 既に見本である飛空艇があるんだから建造出来そうなもんだが、何か出来ない理由でもあるのかねぇ?


 ま、それは追々調べるとしよう。

 森の中に着陸した魔導馬車を停車させて外への扉を開く。



「さて、じゃあ行こうか」

 


 楽しい愉しいアンデッド退治の始まりだ。



 

 

 

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