第97話 教会勢力



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーこれが今回依頼したいモノの資料じゃ。最後まで確認してから質問を受け付けるぞい。ちなみにこの依頼を受けるにせよ受けないにせよ、守秘義務が生じるから気を付けるようにのう」



 各々の自己紹介を済ませた後、ヴォルフガングから促されてギルドマスター付きの秘書が配ってくれた依頼資料に目を通していく。

 【速読】スキルによる補正を受けた持ち前の速読技能によってすぐに読み終わった。

 他の三人が目を通し終えるまでの間、この依頼について熟考する。



「全員確認は終えたかのう?」


「ええ、読み終えました。質問よろしいでしょうか?」


「うむ。何が聞きたいんじゃ?」



 全員が読み終えたタイミングで声を掛けられたので代表して返事をする。



「件の町までは馬車だとどのくらいかかりますか?」


「大体半日といったところかのう」


「結構帝都から近いんですね……」


「うむ。だからこの依頼は緊急性が高くてのう。帝都の安全のためにも早急に事態の解決に動いて欲しいんじゃよ」


「ねぇ、ヴォル爺。これには書かれてないんだけど、派遣された教会の奴らはどうなったの?」


「そんなの全滅にしたに決まっとるじゃろ」


「確定しているの?」


「早馬でこの情報を届けてくれた、随行していたギルド職員の言葉によればな」


「真偽は?」


「事態が事態だから勿論審査したとも。だが、あくまでも本人が見た範囲では、じゃな」



 レティーツィアとヴォルフガングの会話を聞きつつ、再度資料に目を落とす。


 今回の緊急依頼は、近年国内で多発しているアンデッド関連の事件に起因する。

 俺もここ最近アンデッド絡みの依頼を受けたり、少し前には潜伏していたアンデッドを倒したりしたのだが、それらも一連の事件の一部だったわけだ。

 あまりにも事件が多いことから国と冒険者ギルドが調査を行なった結果、一連の騒動は人類種から人為的に高位アンデッドになった者達によって結成された組織によるものだと判明したらしい。

 その組織のアジトは複数あるらしく、国と冒険者ギルドが主体となって動く予定だったのだが、そこに口を出してきたのが教会勢力だ。



「不浄を滅するのは我等の領分だから国は手を出すな、だそうよ。国としても専門家というわけでもない騎士団を派遣するのに消極的な意見もあったから話が通ったのよね」


「だから冒険者ギルドと教会の動きだけが書かれてるんですね」


「ええ。リオンが帝都に来てから暫く私と連絡が付かなかったでしょう? あれはこの件で私がギルド側の戦力として国の東側を中心に飛び回っていたからなのよ」


「なるほど。では西側担当が教会ですか」


「そういうことよ。敵の首魁らしきアンデッドは私が倒したんだけど……本命は西だったのかしら?」


「ギルド側の見解としては、つい先日戦神の鐘の二人に対処して貰った共同墓地の件も奴らの仕業じゃと考えておる。タイミング的にも東西で行われていた掃討作戦を混乱させるために意図的に引き起こされた物じゃろう」



 ふむ。一連のことが繋がってたわけか。

 レティーツィアが帝都に戻って来ていることからも東側のアンデッドの組織絡みの事件は解決したのだろう。



「国とギルドに口を出すわりに共同墓地の時に動きが無かったのは、教会の戦力が出払っていたからなんですね」


「いや、少し違うのう。あの時も帝都の教会にも戦力はあったんじゃ」


「ふむ?」


「ここには書かれてないけど、横から口を出しているのは教会内の革新派の連中なの。だから西側で動いていたのは革新派の神官達だけ。共同墓地の時も保守派というか信仰派、まぁ要するに革新派ではない穏健派の神官達が後詰めで控えていたはずよ。そうよね、ヴォル爺?」


「うむ。〈神塔星教〉の教えを忠実に守っている大半の神官達はまともじゃからのう。ギルド側が失敗した場合のみという条件でも二つ返事で快く引き受けてくれたぞ」



 神塔星教。通称“教会”は、簡単に言えば、世界を見守る神々とその神々が創り出した神造迷宮を崇める宗教組織だ。

 その教義の中には、『必要最低限しか世界に干渉しない神々に倣い、国の政治には干渉せず一定の距離を保ち、人々の生活に寄り添い給え』というような一文がある。

 この一定の距離というのが曲者で、神塔星教内でも解釈や方針の違いでいくつもの派閥が生まれている。革新派やら穏健派やらがそれだろう。

 これまでの話から察するに、革新派という名のタカ派は神塔星教の発言力の強化が目的のようだ。

 一方の穏健派だが、こちらは現状維持というか教義を忠実に守り、各々が信仰する神の教えのために生きるのが目的と言えるだろう。

 戦神ならば戦いのために、魔導神ならば魔法のために、といった具合に信仰対象の神ごとに目的に違いがあるようだ。

 だから穏健派は国や民からの要請が無い限りは、自発的にアンデッド退治に動いたりはしないらしい……まぁ時と場合によるようだが。


 アークディア帝国において共同墓地は国の施設であり、そこの警邏は冒険者ギルドの領分だ。

 故に神塔星教が共同墓地に関わるのは、そこに埋葬される死者の遺族などから葬儀の依頼を受けた時のみになる。

 アンデッドが発生していても勝手に立ち入らないあたり、この世界で最も大きな宗教勢力は理性的らしい。或いは、頭が固いと言ってもいいかもしれない。

 まぁ、少なくともアークディア帝国の神塔星教に関してはだが。

 懸念事項だった革新派も資料によれば壊滅したようだし、不謹慎だがこれまで以上に過ごしやすくなりそうだ。

 

 

「なるほど。っと、話を戻しますが、その帝都から馬車で半日の距離にある町に人間からアンデッドになった者達のアジトがあるわけですよね。町中に建ち並ぶ家屋にいるとは思えないのですが……」


「む? おお、そういえばリオン殿たちはこの国の生まれではなかったのう。この町はそれなりに有名なんじゃが、知らないなら予測はつかんか」


「この〈アンダレイ〉の町から少し離れたところに有名な大きな遺跡があるのよ。だから奴らがいるのは十中八九そこでしょうね」


「遺跡ですか?」


「ええ。アンダレイは古戦場の近くにある町なの。遺跡というのもその時代にあった都市の廃墟のことよ」



 どうりでマップで確認してもアンダレイにアンデッドを示す光点が表示されないわけだ。

 アンダレイ近辺が映るまでマップを拡大してから探してみると、少し離れた場所にアンダレイ以上の規模の大きさの遺跡があった。

 遺跡には大量のアンデッドがいたが、その中には生前は革新派だった者達もいる。

 アンダレイの町にも神官がいたが、ステータスを見るにアンダレイにある神塔星教支部に所属している神官のようで、派遣された革新派とも無関係みたいだ。

 革新派の生き残りがいないか探してみたが、少なくともアンダレイ周辺には見当たらなかった。

 


「では直接その遺跡に向かえば良さそうですね」



 資料には目撃されたアンデッドの情報も書かれているし、わざわざアンダレイに寄る必要も無いだろう。



「そのあたりは任せるぞい。質問は以上かのう?」


「アンデッド達の遺品や装備品はどうするのかしら?」


「組織の情報に繋がる物があるかもしれんから、一旦ギルドの方で引き取らせて貰おうかの」


「分かったわ」


「アンデッド由来の素材に関してはどうなのでしょうか?」


「素材については従来の扱いと同じで構わないじゃろう」


「討伐した者に一任されるということですね?」


「うむ」


「分かりました」



 マップ上に表示されているアンデッドの情報を見ながら大事なことを確認しておく。

 四人で依頼を受けるから素材の全ては獲得出来ないだろうが、言質は取ったので後から国やギルドから取り上げられることは無いだろう。

 ふむ。マップを見る限りレベルがちょうど良いな。



「そういえば、この依頼を受けるのは自分達四人だけですか?」


「そうじゃが、増やすか?」


「せっかくなので私のパーティーメンバーの残る二人も参加させようと思いまして」


「確か、先日Dランクに上がったばかりじゃったかのう」


「はい。普段から鍛練を見ていますので今回の依頼に挑む最低限の強さはあります」


「うーむ。本当はAランク以上でなければ駄目なんじゃが……Dランクだから報酬金は同額出すことは出来んが、それでも良いなら許可しよう。責任を持って面倒を見るんじゃぞ?」


「勿論です。ありがとうございます」



 個人的な意見だが、準備さえ整えばアンデッドはレベル上げには最適な魔物だ。

 アンダレイの遺跡にいるアンデッドの半数はレベル三十よりも下なので、装備をアップグレードしてやればエリンとカレンのレベル上げにはピッタリの相手だ。

 以前の共同墓地の時は二人を参加させられなかったからなぁ。

 特にアンデッドを嫌がっていたカレンはアンデッド戦に参加させたかったし……あ、そうだ。一応確認しておかないと。



「アルヴァール様、人数が増えますが構わないでしょうか?」


「構わないわよ。あと、言うのを忘れていたけど、ヴォル爺達は私の正体を知ってるから普通にして大丈夫よ。それと冒険者の時の私とは楽に話すようにって言ったでしょう?」


「それは分かってるんだが、周りの目がある時はちょっとな……」


「公的な場以外ではレティと呼んで貰おうかしらね。ユーリは愛称と同じだけど、どうする?」


「もっと仲を深めてからと考えていましたが仕方ありません。公私での呼称の切り替えが面倒でしょうし、お二方とも私のことはユーリとお呼びください」


「リーゼロッテも私のことはレティと呼んでいいわよ」


「そうですか。では私のことはリーゼと呼ぶのを許しましょう」


「あら、光栄ね」



 二人とも背筋が凍るようなイイ笑顔だなぁ……。



「仲が良いのう」


「リーゼ様もレティも楽しそうです」


「まぁ……笑顔ではあるな」



 さて、エリンとカレンに連絡するか。マップで位置を確認して……おや、ギルドに知り合いを示す光点が入ってきた。

 どうやらマルギットとシルヴィアのようだ。【千里眼】で様子を確認する限りでは今から依頼を受けようとしているみたいだ。

 前衛タイプの二人が加わってくれればパーティーバランスが良くなるし、二人も依頼に誘ってみるか。



「ギルドマスター。Aランク以上の戦力なら良いんですよね?」


「ふむ? まぁ、そうじゃな。報告によればアンデッドの数が多いようだからのう。アンダレイに被害が及ぶ前にすぐに向かってもらう必要があるが、それでも良いならAランク以上の戦力が増えるのは一向に構わんぞ」


「それでしたら、今ちょうど下のロビーに知り合いが来ているようですので、ここに連れてきても構いませんか? 相手が依頼を受けるかは分かりませんが」


「Aランクなんじゃな。戦力が増えるのは大歓迎じゃ。連れてきてくれ」


「ありがとうございます。では、ちょっと行ってきます」



 【並列思考】で『念話テレパス』を発動させてエリンとカレンに連絡を取りつつ、ギルドにやって来たばかりのマルギットとシルヴィアを勧誘しに一階のロビーへと向かった。

 なんだかんだで一緒に依頼を受ける機会が無かったからちょうど良い。

 それに、マップに表示されている敵の戦力を考えれば、人数が増えるのは良いことだろう。


 


 

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