第82話 魔導具店〈斜陽の月〉




 ◆◇◆◇◆◇



 日中にあった活気が消え去り、大通りを歩く人影も数えるほどしかなくなった時間帯に、泊まっているホテルを抜け出した。

 【千変万化】で変装した上で、黒いフード付きのマントを羽織り、夜の帝都を歩いていく。

 フードを深く被って顔を隠すだけでなく、【認識遮断】と【偽装の極み】も発動させているため、すれ違う者達は誰も気付かない。

 奪った情報の中にある道筋を進んでいくと、路地裏の一角に一つの古ぼけた小屋を見つけた。

 入り口の扉には奇妙な紋様が描かれており、一見したらただの落書きだ。

 実際には紋様術と呼ばれる技術で描かれた紋様であり、軽い人避けの効果がある。

 そんな人避けの効果を無視し、【認識遮断】の効果を切ってから扉を開け、小屋の中に入る。



「な、なんじゃオマエは! ここはワシの家じゃぞ⁉︎」



 そこには掠れた声で叫ぶ浮浪者の老人がいるだけで、小屋の中は僅かな生活感が漂う以外は廃墟然としていた。



「下に用がある」



 そう言って老人に銀貨と銅貨を一枚ずつ投げて渡す。

 すると、老人は慌てる浮浪者のフリを止め、冷静に投げられた二枚の硬貨を慣れた動きで受け取ると、近くの床を決まった間隔で五回叩く。

 すると、壊れたタンスの陰になって見えなかった部分の床がスライドして地下への入り口が開いた。

 そのまま再び寝転がる老人を一瞥してから地下へと降りて行く。



「ほう……」



 地下に降りた先に広がる光景に、思わず感嘆の声が漏れた。

 奪った記憶からこの景色は知っていたが、それでも思わず驚いてしまう。

 入り口があった地上のボロ小屋とは打って変わって、その地下には煌びやかで清潔感のある空間が広がっていた。

 何となくだが、イメージとしてはバーが近い。

 取り扱うのは酒ではなく魔導具マジックアイテムだが、店主らしき魔人族の男性の格好もあんな感じだった。



「いらっしゃいませ」


「ああ。一応確認するが、ここが〈斜陽の月〉で間違いないか?」


「はい。間違いありません。私が鑑定士兼店主でございます。どうぞ、店主とお呼びください」



 まぁ、普通名前は明かさないか偽名だよな。店主は前者か……というか呼称が店主って、そのままじゃないか。

 俺にはレベルも本名も見えているが、この強さなら大抵の危機は乗り越えられるだろう。



「そうか。では店主よ。この店にある魔導具で価値のある物を上から順に見せてくれ。気に入った物があったら購入したい。あと、これらの金貨はどれも使えるか?」


「失礼ながら、拝見させていただきます」


「ああ」


「……はい。これらの国の金貨はどれも使用可能です」


「ここには出してないが、帝国金貨は西も東も使えるな?」


「勿論でございます。では、当店オススメの商品を持って参りますので、少々お待ちください」



 手元のベルを鳴らすと奥の方から大柄の人族の男が出てきた。

 その男に店番を任せると店主はバックヤードへと引っ込む。

 少しして、店主は一つの魔法の小袋マジックポーチを持ってきた。

 どうやらあの中に入れてきたようだ。



「それでは御覧ください」



 そう言って、小袋から取り出した魔導具の数々をカウンターに並べていく。



「ふむ。店主よ。これらは本当に価値のある物なのだな?」


「と、言いますと?」


「ここにあるのは見栄えこそ良いが、良くて宝物プレシャス級程度だ。もし、これらが本当にオススメだと思っているようなら、店主の目利きを疑わざるを得ないな」


「……失礼しました。お客様を試すような真似をしてしまい申し訳ありません」


「ま、色んな客がいるだろうからな。気にしてないから今度こそオススメを見せてくれ」


「ありがとうございます。本当にお見せしたいのは此方の品々になります」



 カウンターに並べていた魔導具を手早く回収すると、別の魔法の小袋から先程とは異なる魔導具が並べられた。



「ふむ。さっきのよりは価値がありそうだが……」



 含みのある言葉を零すが、店主は微笑を浮かべるだけだった。

 【黄金探知】などが、目の前の魔導具以上の物が店の奥にあることを教えてくる。

 一見さんにはこれ以上は無理ってことかな?



「ま、次回に期待しよう」



 正解だったのか、店主は無言で恭しく頭を下げた。



「では、これらの品の説明をさせていただきます」



 カウンターに並べられた魔導具の説明を聞いていく。

 その際に魔導具の入手経路について濁して教えてくれた。

 おそらく使用にあたっての注意点のようなものだろう。

 中にはとある貴族の失われた家宝とかもあるとのこと……。

 それらの解説を聞いた後に、表にある魔導具店では扱わないような魔導具を数点購入する。

 これで頭にあった合成案の最後のピースが埋まるだろう。

 先程仕舞った見栄え重視の魔導具の中には、素材として使える物があったので、それもついでに購入してから〈斜陽の月〉を後にした。


 転移を使って、皆が寝静まったホテルの部屋へと戻ると、誰もいないリビングで購入してきたばかりの魔導具を複製し、その複製品から能力を剥奪した。



[アイテム〈闇の隠者〉から能力が剥奪されます]

[スキル【闇纏】を獲得しました]

[スキル【暗黒操作ダークネス・コントロール】を獲得しました]

[スキル【暗黒属性強化】を獲得しました]


[アイテム〈雷轟虎の籠手〉から能力が剥奪されます]

[スキル【雷轟掌撃】を獲得しました]

[スキル【雷光瞬身】を獲得しました]

[スキル【雷電属性強化】を獲得しました]


[アイテム〈暴風竜の籠手〉から能力が剥奪されます]

[スキル【暴風掌撃】を獲得しました]

[スキル【疾風走破】を獲得しました]

[スキル【風塵属性強化】を獲得しました]


[アイテム〈炎滅爆弾〉から能力が剥奪されます]

[スキル【炎滅爆弾】を獲得しました]


[アイテム〈白牙刀〉から能力が剥奪されます]

[スキル【閃光魔刃】を獲得しました]

[スキル【鋭刃維持】を獲得しました]



 この感覚は……やはり最後のピースだったか。

 さぁ、合成だ。



[スキルを合成します]

[【雷光瞬身】+【疾風走破】=【疾風迅雷】]

[【炎滅爆弾】+【爆裂四散】+【自爆】=【紅蓮爆葬】]

[【炎熱操作フレイム・コントロール】+【水分操作ウォーター・コントロール】+【大気操作エアリアル・コントロール】+【岩土操作アース・コントロール】+【光子操作フォトン・コントロール】+【暗黒操作ダークネス・コントロール】+【氷凍操作アイス・コントロール】+【雷光操作ライトニング・コントロール】+【金属操作メタル・コントロール】+【重力操作グラヴィティ・コントロール】+【植物操作プラント・コントロール】+【虚影操作シャドウ・コントロール】+【気温調整】+【湿度調整】=【森羅万象ワールド・ルーラー】]



 よし、良いのが出来た。

 特に本命の【森羅万象】は、格で言えばユニークスキル級だ。

 元のスキル単体よりも強力な能力行使が出来るので、これから頼りになりそうだな。



「ーー成功しましたか?」


「おぉっ、びっくりした。起きてたのかリーゼ。ああ、良いのが出来たよ、って相変わらず刺激的な格好をしているな?」



 背後から声をかけられて振り返った先には、ネグリジェ姿のリーゼロッテがいた。

 肌の露出が多い上に妙に透け透けなデザインなため、曝け出された肩や胸元に瑞々しい生足が暗い室内では良く映えている。

 初見ではないのに、何度見ても反射的に目が追ってしまう……これが本能か。



「リオンを誘惑しようかと思いまして」


「お、おお。そうか。ありがとう?」



 思わず疑問形になってしまった。

 合成の結果に内心浮かれていたところに不意打ちを喰らい、僅かながら動揺しているようだ。



「明日、いえ。もう今日ですね。今日の予定では、シェーンヴァルト家に行くんでしたか」



 リーゼロッテは抜け殻になった複製品を手に取りながらそう呟いた。

 前屈みの体勢で複製品を見てるので、上も下もあと少しで見えそうになっている。

 一瞬、注意してやるべきかとも思ったが、さっき誘惑云々言っていたから別に良いか……ふむ、両方黒か。エロいな。

 【復元自在】が無ければ危なかったかもしれない。



「ああ。その予定だが、何か問題が?」


「問題ではありませんが、会うのは久しぶりだと思いまして」


「誰と?」


「オリヴィアです」



 確か、シルヴィアの母親だったか。



「そういえばシェーンヴァルトって元王族か。それならリーゼと顔見知りでもおかしくないか」


「ええ。もう百年以上会っていませんが」


「ふーん。仲は良かったのか?」


「良い方だったと思います。娘ができていたのは知りませんでしたけど」


「ま、頻繁に会っていないなら、そんなもんだろ。……歯切れが悪いが、何かあるのか?」



 言いたいことがあるけど言い難い、そんな雰囲気のリーゼロッテの様子に気付いたので尋ねてみる。

 複製品を弄っていた手を止め、此方をジッと見据えてきた。



「ん、どうした?」


「オリヴィアは……いえ、止めておきます」


「え、気になるんだが……」


「リオンにとっては良いことですよ。リオンにとっては」



 それだけ言うと、リーゼロッテは「おやすみなさい」と告げて先に寝室へと去っていった。



「意味深だな……ま、行けば分かるか」



 気にはなるが、考えても答えは出ないので、テーブルの上を片付けてから俺も寝室に向かい、すぐに眠りについた。



 

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