第81話 商談とモデルルーム



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーほう。これは凄い! 本当に中が広いぞ!」


「言った通りだったでしょう、お父様」


「ああ。リオン殿、これは素晴らしい技術だな!」


「恐縮です、ゴルドラッヘン会長」



 興奮した様子のベルン会長を案内したのは内部の空間が拡張された大箱の中だ。

 大箱内には箱外の室内と同規模の洋式の部屋が広がっている。


 先程、高級料理店の個室にて俺とリーゼロッテ、そしてベルン会長とアリスティアの計四人で会食を行った。

 前日に用意した礼服を着て訪れた高級料理店で出された料理は、宿泊している高級ホテルのレストランの料理と遜色ないか、上回るような逸品ばかりで、食材だけでなく、料理人の腕が超一流であることが窺えた。

 ただ、舌は満足したのだが、腹に関しては一品一品の量が少ないため、非常に悲しみを帯びている……後で夕食前に間食しようかな。


 昼食を終えてからは、本日の主目的である商談に移る前に、ベルン会長に情報漏洩防止のために用意した魔導契約書ギアス・スクロールにサインをしてもらった。

 無事に契約が結ばれたのを確認すると、早速とばかりにアリスティアが父親であるベルン会長に、紹介したいメイドイン俺な魔導馬車の説明を始めた。

 娘から聞かされた話は余程荒唐無稽な内容だったのか、アリスティアの話を信じられないらしく、ベルン会長の反応はあまり芳しくは無かった。

 まぁ、得てして今までに無い新しい技術という物はすんなりとは受け入れられない物だ。

 だから、この反応は予想の範疇だった。


 そんなベルン会長の不信感を払拭すべく、一言断りを入れて個室の一角へ、事前に用意した携帯鍛冶場のモデルルーム版である大箱を【異空間収納庫アイテムボックス】から取り出した。

 この高級料理店の個室の広さは前もって調べておいたので、問題無く大箱を設置することが出来た。

 その中に案内した結果が、先程のベルン会長の反応だ。



「いくら娘からの話とはいえ、正直信じられないような内容だったが、こうして実物を見せられたら信じざるを得ないな」


「そう仰るのではないかと思い、こうして見本を用意させて頂きました。此方に置かれてあるのは、アリスティアお嬢様からの要望にあった、馬車内の設備と家具の見本になります。どうぞこちらの方も御覧ください。一つ一つ解説させて頂きます」


「ああ、是非とも見させて貰おう」



 ベルン会長がアリスティアを伴ってそれぞれの商品を見て回る横で、その解説を行なっていく。

 このモデルルームに並べられている物の一部は、俺の魔導馬車に積まれている物の下位互換品だ。

 使われている素材的に金さえかければ用意出来るような物ではなく、他者に売却することも考えて、生産性とコストの問題から性能を下げた品にした。

 俺の魔導馬車に積まれたオリジナルを使用したことがあるアリスティアがいるため、性能の差異を誤魔化すことはほぼ不可能だろう。

 なので、オリジナルとの性能の違いについても説明しておく。

 まぁ、その商品の使用用途を考えると、下位互換の品でも充分すぎるほどの性能なのだが。

 今紹介しているバスタブもそういった商品の一つだ。



「このバスタブの材質には聖癒石が使われています。特殊な技術を用い、バスタブ内部に一定量のお湯が張られることによって、湯船に浸かっている者の疲れと小さな傷を癒す特殊な波動が、バスタブ内のお湯に伝播するようになっております。即効性はありませんが、軽度の精神的な疲労や擦り傷などを治癒することが可能です」


「なんと、聖癒石が使われているのか。アレは加工すると効果が失われる魔法鉱石だったと記憶しているが……」


「はい。空間拡張と同様に秘匿技術になります」


「ふむ、なるほど。実際に試すのは……流石に無理か」


「手を入れるだけでも実感出来るかと思われます。少々お待ちを」



 バスタブに備え付けられている水生成の魔導具を操作してお湯を張る。

 癒しの効果が発動する最低限の量のお湯が貯まると、ベルン会長が袖を捲って手を湯船に浸けた。

 手をお湯に浸けた瞬間、動作確認用の白いランプが仄かな光を発する。



「お、おお。これは……じんわりとした力が伝わってくるぞ。身体の内側から暖かくなるような……これが癒しの波動か。これは自動的に発動するのだな?」


「はい。一定量のお湯が張られている状態で、人が湯船のお湯に触れている間だけ発動するようになっています。ですので、故障でもしない限りは、人がいなければ発動しないので付けっぱなしによる魔力の無駄遣いも起こりません」


「なるほど。この魔導具の魔石規格と魔力コストは?」


「アークディア帝国をはじめとした殆どの国々で採用されている共通規格の大型魔石を一個使用しています。毎日一度使用し、毎回十分間発動させると仮定して、魔石内の魔力が枯渇するのは大体二ヶ月前後です」


「ほう。良くて一ヶ月ぐらいかと思ったが、二ヶ月もか。効果の割りには結構保つのだな。何か秘密が?」


「ええ、まぁ。ちなみに、大型魔石は最大で三つ取り付けることが可能ですので、最長では六ヶ月、約半年ですね」



 バスタブ型魔導具の動力部を開けると、そこには大型魔石が一個だけセットされており、すぐ横には何もセットされていない窪みが二つあった。

 魔力効率が良いのは、使用素材も理由の一つだが、当然使われている技術や術式にも秘密があり、こちらが魔力効率が良い主な理由だ。

 動力部にはこれでもかと偽装処理が施されており、それらの重要な情報は完全にブラックボックスと化している。



「ふむ。この技術を広める気はないかね? 商業ギルドに顔は効くから、特許申請も楽に通るぞ?」


「今のところは、売却することも誰かに教授することも考えてはいませんので、申し訳ありません」


「そうか……もし、気が変わったらいつでも言ってくれ。その時は力になろう」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


「うむ。では、次の商品を紹介してくれ」


「かしこまりました。次に紹介するのはーー」



 それからも生活用魔導具マジックアイテムや家具をベルン会長に紹介していく。

 中にはアリスティアに詳細を説明していない物もあったので、ベルン会長だけでなくアリスティアにとっても新鮮な情報だったようだ。

 プレゼンしたのは全部で十にも満たない数だったが、解説したり体験したりしていたら、大箱の外へと出た頃には二時間近くが経っていた。



「ーーでは、個人的に購入する各種生活用魔導具に関しましては、以上の価格で全て一括で支払わせて頂きます。商会に卸す一部の魔導具につきましては、前述の品の納品時に詳細を詰めさせていただきたく思います」


「分かりました」



 人数が限られているので、父親付きの秘書の代わりに進行役を務めるアリスティアの言葉に頷く。

 治癒バスタブ(仮称)をはじめとした生活用魔導具の売買に関しては、ゴルドラッヘンの親子が私的に使う分だけを売却することにした。

 商会に卸すことに決めたのは一部の魔導具だけだが、まだ正確な価格が付けられないため、次回以降の商談時に持ち越しになった。



「ボードゲーム型魔導具である〈エヴォルヴ〉につきましては、後日商業ギルドへと赴き、商品の商標登録並びに使用されている技術の特許申請を行います。その後、契約に則りエヴォルヴの生産と販売をゴルドラッヘン商会に委託する、で双方お間違いはありませんか?」


「間違いない」


「ええ。間違いありません」



 生活用魔導具はまだ実際に使用してその価値を正確に見定める必要があるが、ある意味生活用とも言える、娯楽用に使ったチェスに似たボードゲーム型魔導具であるエヴォルヴについては、この場での本契約が決まった。

 このゲームの特徴の一つとして、盤上の駒は条件を満たすとランクアップし、駒の色が変わり性能が上がるというのがある。

 そのため、進化や発展などを意味するエボルブから名前をつけた。

 他の案では、内容をそのまま表した〈戦場の昇級者ウォーアッパー〉や、〈昇級する戦場ランクアップウォー〉とか、〈昇級者達アップグレーター〉とか余り変わり映えしないのしか思いつかなかったので、言い易さと短さからエヴォルヴに決めた。

 シンプル過ぎる気もするが、変に凝るよりは良いだろう。


 申請しに行く際には商業ギルドにも登録せざるを得なくなるが、面倒なアレコレはゴルドラッヘン商会の力で免除してくれるとのこと……遠回しに聞いたが違法なことでは無いらしい。

 大手商会の後ろ盾の有無で解決する程度の面倒事なんだとか。

 ベルン会長曰く、このようなボードゲーム型魔導具は今まで無かったそうなので間違いなく売れるらしい。

 エヴォルヴで稼いだ金は、取り敢えず冒険者ギルドの方の口座に入金して貰うことにしている。


 商業ギルドも冒険者ギルドと同様に各国に存在しており、本部同士は国を跨いで繋がりがある国際的な組織だ。

 ギルドに登録して口座に金を預け入れていれば、理論上は何処の支部からでも預金を引き出すことができる。

 まぁ、大金を取り扱っているのはセキュリティ的にも、帝都などの首都や大都市にあるギルドだけなので、実際には何処の支部でも引き出せるわけではないんだけど。

 神造迷宮がある迷宮都市は大都市なので、大金は引き出せるし、セキュリティも帝都レベルかそれ以上らしい。

 商業ギルドよりは冒険者ギルドの利用が多いのは当然なので、冒険者ギルドの方の口座にしたわけだな。


 正直いくらぐらいの稼ぎになるか分からない。

 エヴォルヴは暇潰しに作ったゲームだ。

 地味に無機物の色を一時的に変える新技術などが使われているが、個人的には大したものではないので、予想が付かないのが正直なところだ。


 魔導馬車自体の購入交渉については、ベルン会長が実物を観てからというので、これもまた次回以降に持ち越しになった。

 どうせなら売却する商品自体を見せようと思うので、ベルン会長とアリスティアに馬車の要望を聞いておく。

 アレやコレやと二人から要望を聞き、試作品の図案を形にしていると、あっという間に夕暮れ時になった。


 時間になったので今回の商談をまとめつつ、昼前から帝都の外でギルドの依頼をこなしているエリンとカレンに対して、そろそろ帰ってくるよう『念話テレパス』で伝えた。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で見つけた依頼対象の場所を大まかに教えただけだったが、【千里眼】と『念話』で確認したところ、ちゃんと目的の物を採取し、討伐対象の魔物を倒すことが出来たようだ。

 今から帰るなら途中で合流出来そうだな。



[経験値が規定値に達しました]

[スキル【高速演算】を習得しました]

[スキル【並列演算】を習得しました]



 ここ最近は頭を使うことが一気に増えたからか、かなりレアなスキルが手に入った。

 魔法行使や製作作業など様々なところで役に立ちそうなスキルだ。

 それから次回の商談の日取りを改めて確認してから、転生後初めての商談を終わらせた。


 さて、昨日、服選びからホテルに帰ってくると、シルヴィアから手紙が届いていたので、明日はシェーンヴァルト家に窺うことになっている。

 シルヴィアだけでなくマルギットともシェーンヴァルト邸で会うことになったので、明日は女性比率が凄そうだ……今更か。

 レイティシアからの連絡はまだ無いが、次の商談もあるから暫くは忙しくなりそうだ。

 今なら時間に都合がつくから、今晩のうちに隠れ魔導具店にでも行っておこうかな?



 

 

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