第79話 ゴルドラッヘン商会
◆◇◆◇◆◇
「ーーへえ。中々重厚感があるな」
見上げるような大きさの巨大な金属製の門の先には、アークディア帝国の首都である〈帝都エルデアス〉が広がっている。
多種族国家であるアークディア帝国の心臓部である帝都なだけあって、巨大な正門の検問所に並ぶ人々の種族も様々だ。
大半はこれまでにも各地で見た種族なのだが、中には初めて見る人類種もいる。
聞いたところによると、アークディア帝国内にしか住んでいない人類種もいるんだとか。
魔導馬車の窓から顔を出して外を眺めていると、近くを新聞売りの少年が通りかかったので、彼から新聞を二部購入した。
サッと内容を【速読】し、購入した片方をアリスティアへと手渡す。
「ふむ……アリスティア」
「何ですか?」
「これを」
アリスティアは首を傾げつつも俺が差し出した新聞を受け取ると、一面の記事に目を通す。
「ーーえっ。ダラーム商会のハッサダ会長が自殺、ですか?」
「みたいですね。色々と悪どいことをやっていたようで、国から罰せられる前に自死したようです」
「みたいですね……」
「どうやって露見したかは分かりませんが、取り敢えずは一安心ですかね?」
「はい、おそらくは」
「ここに書いてある日付けを見る限り、亡くなったのは三日前みたいですね」
「ええ。三日もあれば、父が詳しいところまで調べているかと思います」
どこの業界にもお喋りな輩はいるし、大商会の力を持ってすれば、ある程度の内部情報は調べられそうだな。
「護衛を受けた身としては、依頼が終わった後の安全にも関わるのでお聞きしたいですね」
「フフフ、何でしたら商会の、いえ、わたくしの専属護衛になって下さっても良いんですよ?」
アリスティアが此方のソファの方へと移動してくると、俺の隣に座って軽く寄りかかり、腕にくっ付いてきた。
物言いこそ冗談のようだが、俺を見上げてくる表情から本気であることが窺える……まぁ、大胆な色仕掛けに馴れてないのか、若干照れがあるようだけど。
腕に胸が当たって幸せ……って、アリスティアの反対側に座っている人が恐いんだが。
右隣から漂い始めた冷気に、精神的に震えそうになりながらも、しっかりと自分の意思を言葉にする。
「大変光栄なお誘いですが、私には強くなるという目標がありますので、申し訳ありませんが専属護衛のお話はお断りします」
「……どうしても?」
弾力のあるクッションに腕が更に沈む。
その反対側では、俺の脇腹にグリグリと指先が押し込まれている。
「はい。将来的にはSSランク冒険者を目指しているので、現段階で一個人の専属になって足踏みするわけにはいきません」
「……残念ですが、仕方ありませんね。結構、自分の容姿と身体には自身があったんですけど」
「ハハハッ、今の俺には過ぎた宝ですよ。あ、検問が終わりましたね」
良いタイミングで検問が終わり魔導馬車が動き出す。
陽が出ている時間では初めて帝都エルデアスへと足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇
「ーーアリスティアァァア‼︎ 無事だったかぁああ‼︎」
大粒の涙を流しながら突進してきたダンディな口髭の中年男性の抱擁を、アリスティアはスッと横に移動して避けた。
「ただいま戻りました、お父様」
「ーーうむ、無事で何よりだ! ラーナもご苦労だったな」
一瞬、愛娘に抱擁を拒否られてショックを受けたような表情を見せたが、何事も無かったかのように鷹揚な態度で頷いている。
このガタイの良い竜人族の中年男性こそが、ゴルドラッヘン商会の会長であり、アリスティアの父親であるベルン・ゴルドラッヘンだ。
帝都に入ってからは寄り道せずに、真っ直ぐゴルドラッヘン商会帝都本店へと向かった。
そこで待っていたゴルドラッヘン商会の従業員達から無事を祝われつつ、会頭が待っている応接間へと案内されて今に至る。
「君達が戦神の鐘だな。私がゴルドラッヘン商会の会長であるベルン・ゴルドラッヘンだ。我が娘を無事に帝都まで送り届けてくれて感謝する」
「初めまして、戦神の鐘のリーダーのリオン・エクスヴェル名誉男爵です。彼女達がパーティーメンバーで、こちらがリーゼロッテ・ユグドラシア名誉騎士爵。後ろの二人がエリンとカレンです。アリスティアお嬢様をお連れするのが予定より遅れてしまい、申し訳ありません」
先ほどの醜態など無かったかのような態度に、ツッコミを入れたいところをグッと堪えて挨拶を交わし、一応謝罪をしておく。
微塵も悪いとは思っていないが、まぁ、社交辞令というやつだ。
「事情は聞いているから気にしなくていい。ああ、座ってくれ。そっちの二人も座ってくれて構わない」
「ありがとうございます。失礼します」
迷宮都市ヴォータムでのダンジョン・スタンピードが終息後、アリスティアは帝都に向かって早馬を送っている。
早馬に持たせた手紙には、ヴォータムに着くまでの情報とダンジョン・スタンピードについての内容が書かれていたので、当然ベルン会長も知っているわけだ。
ベルン会長とアリスティアの対面のソファに、リーゼロッテ達と共に座る。
秘書であるラーナがアリスティアの背後に立っているのを見て、奴隷であるエリンとカレンも立っておこうとしたが許可が出てるので座らせた。
本来ならば、こんな高級なソファに座ることが出来ない奴隷の身であるエリンとカレンも座ることが出来たのは良かった。
アリスティアの手紙には二人の身分は書かれているはずなので、これはベルン会長の人徳だろう。
一目で奴隷だと分かる首枷は付けて無いのでこのままでも大丈夫だろうが、やはり奴隷の身分から解放出来るなら解放した方が良いのは間違いない。
アークディア帝国の法において奴隷の身から解放されるには、最低でも自らの購入代金と同じ金額を主人に支払う必要がある。
だが、借金奴隷ならまだしも、犯罪奴隷や戦争奴隷がこの正規の手段で解放されることは殆ど無い。
借金奴隷には、その主人が働きに応じた賃金を少ないながらも支払う必要があるが、犯罪奴隷にはそれが定められていない。
主人が国の場合は、大抵は公共事業に従事させられるので、決められた期間を働けば解放されること
主人が個人の場合だと、賃金を支払う必要性も期間も決まってないので、実質終身制だ。
エリンとカレンは、母国で政変が起こり、重職だった父親が罪人に堕とされた。
その連座で二人も罪人に堕とされて犯罪奴隷になったという身の上だ。
なお、各々の母親とは政変前に死別している。
故に、本来ならエリンとカレンには自分を買い戻す資金を得ることが出来ないのだが、俺は二人を冒険者にする際に、依頼の報酬を与えることに決めていた。
二人にとって適正ランクの依頼なら全額を、適正じゃなければ働きに応じた金額を与えている。
俺は女奴隷を侍らせて喜ぶ趣味は無いし、倫理観の欠如した性欲猿でも無いので、購入代金が回収出来るなら解放するのは別に構わない。
ちなみに、連座制による奴隷落ちだと軽犯罪奴隷扱いになり、解放されるには借金奴隷が自らを買い戻す場合と同様に、購入代金と同額の金銭が必要だ。
依頼の達成報酬を渡す話をした際に、解放された後どうするかを聞いてみたところ、行く当ても無いから俺さえ良ければ引き続き一緒にいたいとのこと。
情報漏洩防止に関しては、【熾天契約】で改めて契約を結べばいいため問題無い。
十歳と十六歳の少女達だけで生きていくには、この世界は厳しいとも思うので、二人の望みを承諾した。
今回のアリスティアの護衛依頼は、Eランクであるエリンとカレンからすれば適正ランクじゃないので、働きに応じた金額を渡す予定だ。
元の報酬が高額なため、適正ランクではなくても結構な金銭が得られる。
今回の報酬で、二人の購入に使われた八万オウロにかなり近付くだろう。
せっかくだから帝都で何かしら依頼を受けて、奴隷の身から解放してから神造迷宮がある迷宮都市に向かうべきかもな。
わざと報酬を増やしたりなどして甘やかすつもりはないので、自らの頑張りで奴隷の身からの解放を目指してもらうとしよう。
「ーーさて、まだ話したいことはあるが、私もまだ仕事が残っていてな。最後に私個人からの追加の報酬を支払わせてもらいたい。通常の報酬に関しては、冒険者ギルドの方で受け取ってくれ」
「分かりました」
俺が【並列思考】の一つでエリンとカレンの今後について思案している間も、ベルン会長とは今回の護衛中のことを主旨とした雑談に興じていた。
会話の中では襲撃犯のことには触れなかった。
娘の前で話したくないのか、単純に時間が押しているからかは分からない。
追加報酬については、護衛依頼を受けた際にアリスティアの秘書であるラーナから聞いていたので、そのまま頷いておいた。
「先ずは、うちの不動産部門で扱っている屋敷を譲渡ーー」
「えっ」
「ーーしたいところだが、内装や外観、立地など好みが分からないので、一旦保留にしておいた。取り敢えず、予め話を通してあるホテルに、今回帝都に滞在している間は好きなだけ泊まってくれ。宿泊費は気にしなくて良い」
「ありがとうございます」
まさか屋敷を報酬で渡そうとしていたとは思わなかった。
思わず【
流石は大商会。スケールが違う。
「次に、リオン殿は希少な
ベルン会長が懐の
「リオン殿から見て右の魔導具から、私が分かっている範囲で説明していこう」
ベルン会長から追加報酬の魔導具の説明を聞いていく。
なるほど。確かに希少な魔導具だ。
俺が所有している魔導具の中に同系統のアイテムはあるが、これらと同一の物は無い。
「本当に頂いてもよろしいのでしょうか?」
「勿論だ。私の感謝の気持ちを示した物なのだから、是非とも受け取ってくれ」
「分かりました。有り難く頂きます」
一言断ってから【
「ところで、リオン殿」
「はい?」
「娘の手紙に書いてあったのだが、リオン殿は何やら凄腕の職人らしいな」
追加報酬を受け取った後、控えの書類に依頼完了のサインを貰った際にそんなことを聞かれた。
「まぁ、物作りもしますね」
「そうか。手紙には、契約で詳細は明かせないが、情報漏洩防止の契約を結んででも商談をすべきだと書かれていてね」
ベルン会長がチラッとアリスティアの方に視線を向けると、それに気付いたアリスティアがコクリと頷いた。
「明後日の昼からなら時間を空けられるのだが、良ければ商談の時間を貰えないかな?」
「契約書による情報漏洩防止については?」
「娘の目を信じて契約させてもうよ」
「分かりました。では、明後日は此処に伺えばよろしいでしょうか?」
「いや、時間帯もちょうど良いし、せっかくだから何処かで食事をしてから商談をしようじゃないか。今からでも予約出来るはずだが、まだ確認出来ていないから、詳細が決まり次第ホテルの方に連絡を入れよう」
うーむ。食事か。たぶん高級なところだよな。
しかも、大商会の会長が使うようなより格式の高い場所だろう。
普通の高級レストランならまだしも、ちょっと勝手が違いそうだ。
「そのような場所で何か気を付けるべき点はありますか?」
「ふむ。商談で偶に使っている個室で行う予定だから、テーブルマナーは気にしなくて良い。ドレスコードは気を付けて貰いたいが……そうだな。せっかくだからそれも追加報酬に加えよう。明後日なのでオーダーメイドは間に合わんが、既製品を手直しするぐらいは出来るだろう。明日は時間はあるかな?」
「今のところはあります」
「では、明日。この店に来てくれ。話は通しておく。明後日の同伴者は一人までだが、明日は全員分を贈らせてもらうよ。好きに選んでくれ」
幾つもある運気系のスキルの効果もあるんだろうが、スゴい大盤振る舞いだ。
相手からの好感度の稼ぎ方を知っているとでも言うべきか。
流石の観察眼と人心掌握術?だな。
スーツは以前自作したのが一着あるけど、貰える物は貰っておく主義なので有り難く頂いておこう。
「ありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
店の名前とそこに行くまでの手書きの地図を受け取る。
俺に続いてリーゼロッテ達も頭を下げながらベルン会長にお礼を言った。
「うむ。では、明後日また会おう」
どうやら本当に時間が押していたらしい。
ベルン会長は部屋の外にいた専属の秘書らしき初老の男性に促されて、応接間を足早に出て行った。
「それでは皆様。此度は本当にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願い致します」
「此方こそ。機会がありましたら、またよろしくお願いします」
六階建てのゴルドラッヘン商会本店の入り口まで見送りに来てくれたアリスティアとラーナに別れを告げて、商会を出る。
さて、宿泊するホテルに行く前に、先に依頼報酬を受け取りに冒険者ギルドかな。
連絡もしなきゃならないし、ついでにエリンとカレン向けの依頼があるかも見とくか。
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