第四章

第78話 報復の夜と新たな剣



 夜空に星が瞬き、月の光が帝都を明るく照らす中。

 とある男の胸中には怒りと焦り、そして畏れの感情が吹き荒れていた。



「……何だと? もう一度言ってくれ」



 そう言って、苛立たしそうに執務机を指先で叩いている中年の男の名はハッサダ・ダラーム。

 領地持ちの貴族向けの武具を主に扱うダラーム商会の会長を務めている中年の人族の男性だ。

 窓の外の雲一つ無い夜空とは正反対な心情を示すように、ハッサダの表情は暗かった。

 そんな上司の前で再び同様の内容を口にするのは気が重かったが、口を開かないわけにもいかない。

 会長であるハッサダ付きの秘書の男は、思わず嘆息を吐きたくなるのをグッと堪えつつ、先ほどと同じ言葉を口にする。



「はっ。再度の暗殺依頼は受けられないとのことです。また、此方からの依頼は今後、完全に断らせてもらうとの返答がありました」


「……一体どういうことだ。一つ二つならまだしも、全ての闇組織から断られるなんてことがあるのか?」


「全てというわけではありません。ただ、それらの闇組織は、どこも此方が到底支払えないような額の依頼料を要求してきておりますので、最初から受ける気が無いのは明白です」


「結局のところ全て断られたということだろうが!」


「おっしゃるとおりです……」



 昔から付き合いのある闇組織の裏切りにハッサダは怒り心頭だった。

 深々と頭を下げて謝罪する秘書には目もくれず、ハッサダは机の上にある酒が入ったグラスを呷る。



「おのれ、ゴルドラッヘンの小娘め。厄介な護衛を雇いおって」


「……暗殺依頼を断った一部の闇組織は、今回の件で実行部隊の半数を失ったようです。これ以上は裏での勢力争いに影響が出るため手を引いたものと思われます」


「チッ。あまりしつこく食い下がったらこっちが危ないか」


「はい。それに、向かわせた暗殺者の全てを返り討ちにできるほどの腕前だとすると、生きたまま捕らえられた者もいる可能性があります」


「……闇組織の奴らもだが、初動でうちの奴らが捕らえられた可能性もあるか」


「その可能性は高いかと」


「くそッ!」



 ダンッ、と握り拳で机を叩くとグラスの中の酒を全て呑み干す。



「報告によればターゲットは帝都に向かって来ているそうです。おそらく数日中には到着するでしょう」


「早いな。もうヴォータムを発っていたか。スタンピードが起こったらしいが、そのまま死んでくれていたら良かったものを……」


「如何なさいますか?」


「……今から手を出すには帝都から近すぎる。暗殺を断られたのもあるから、暫くは様子見だ」


「かしこまりました。他に何か御用はおありでしょうか?」


「いや、今日はもういい。休んで構わん」


「承知しました。では、これにて失礼します」


「ああ」



 執務室から秘書が退室すると、ハッサダは深々と溜め息を吐いた。

 分野違いである大商会ゴルドラッヘンの参入を防ぐためとはいえ、金銭的にも人材的にも痛すぎる損失が出ている。

 娘の方が会長である父親よりも警護は厚くないと考え、闇組織に依頼を出した。

 初めは殺すつもりは無く、警告の意味で襲撃させたのだが、後一歩のところで襲撃は失敗。

 狙われたアリスティアの運が良く、依頼主であるハッサダの運が悪かったが故の結果だった。


 暗殺の魔の手から生き残ったアリスティアが戻ってきたら、より詳細な情報がゴルドラッヘン商会に渡ることになる。

 一人娘の命が脅かされたのだ。ほぼ間違いなく、何かしらの報復があるだろう。

 大商会の持つ影響力を鑑みれば、噂という形で今回のことを方々に広め、真綿で首を絞めるようにダラーム商会を切り崩してくる可能性もある。

 そんな不吉な予感がハッサダの脳裏を過ぎった。

 既に迷宮都市ヴォータムにて発信された噂が帝都に近付きつつあることをハッサダは知らない。

 帝都どころか、ヴォータムを発った商人や冒険者達の口からヴォータムと街道で繋がる各町に噂が既に流布されているとは知らずに、ハッサダは溜まった疲れを解すように首を回した。



「ふぅ。対策を考えるのは明日にして、オレもそろそろ寝るか、がっ⁉︎」



 椅子から立ち上がろうとした瞬間、背後から何者かに首を掴まれ、何故か一言も声を発することが出来なくなっていた。

 それどころか、全身が石になったかのように硬直し、指一本すら動かせない状態に陥っているのに気付く。


 首を掴まれたハッサダの背後には、顔全体を覆うタイプの白い仮面を被った黒衣の男が立っていた。

 白い仮面の目の部分には、視界確保用のスリットが左右二つずつ空いている以外は、黒一色の格好をしており、こんな格好をした不審者が室内にいたら普通は気付くだろう。

 だが、ハッサダは首を掴まれるその時まで、この黒衣の男が背後にいることに全く気付くことが出来なかった。

 それもその筈、この黒衣の男は、リオン・エクスヴェルがスキル【千変万化】の力で変身した姿だからだ。

 先ほどまでは、【認識遮断】によって攻撃行動を取らない限り他者に認識されない不可知状態になっていたため、ハッサダが気付けるわけがなかった。

 



「ーーハッサダ・ダラーム。オマエはやり過ぎた」


(一体何のことだ⁉︎)



 そう叫びたくても口が動かないことにハッサダが困惑していると、突如として強烈な頭痛に襲われた。

 万力で頭を圧迫されながら、鋭い針を刺された上で脳をかき混ぜられるような激痛と不快感に、ハッサダの精神が一気に摩耗していく。



「ふん。違法奴隷売買にも関わっていたか。出来れば生きたまま司法に引き渡した方が良いんだろうが……証明と手続きが面倒だな。証拠資料を衛兵所に、いや、騎士団の詰所にでも放り込んでおけばいいだろう」



[スキル【価格交渉】を獲得しました]

[スキル【目利き】を獲得しました]

[ジョブスキル【武器商人アームズ・マーチャント】を獲得しました]

[ジョブスキル【行商人ペドラー】を獲得しました]


 

 用が済んだとばかりにリオンが手を離すが、ハッサダはそのまま受け身も取れずに机に突っ伏した。

 記憶を乱暴に読み取られたハッサダの精神が正常に戻るには治療が必要なのだが、それが叶えられることは無い。

 奪った記憶からハッサダの筆跡を真似て遺言状を書き記すと、封をしてからハッサダに魔法を行使した。



「『人形操戯マリオネット』」



 脱力して倒れていたハッサダが、暗黒系上級魔法によって操られ起き上がる。

 操られたハッサダは、懐から護身用の短剣を取り出すと、一切躊躇することなく自らの首筋を掻っ切って自害した。



「これで良し。あとは色々奪ってから去るか」



 リオンは奪った記憶と自らのスキルを頼りに執務室内にある金品と証拠の一部を回収していく。

 用を済ませると、自らがいた痕跡を【偽装の極み】で消し去ってから室内の灯りを消した。

 灯りが消えた次の瞬間には、何の痕跡も残すことなくリオンの姿は消えていた。


 翌日の朝。

 自宅の執務室で自害しているハッサダ・ダラームの姿が屋敷の使用人によって発見される。

 邸内が混乱に陥る中、ダラーム商会が国の認可を得ていない違法な奴隷売買を初めとした複数の犯罪行為に加担しているとして、帝国騎士の一団が衛兵達を引き連れて家宅捜査にやって来た。

 執務室にあった偽りの遺言状には、要約すると『自らが犯した罪が露見したので、責任を取って自害する』といったことが書かれていた。

 騎士団の詰所に匿名で送られていた書類と、自宅から見つかった別の書類からも犯罪に加担していたのは明らかだ。

 ダラーム商会が商売の裏で闇組織と繋がり、犯罪行為に手を染めていることを知っていた者達は、会長であるハッサダが自害したことと併せて、ダラーム商会の終わりを感じていた。



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーふむ。何処もかしこも大捕物だな」



 幾度となくアリスティアを暗殺しようとしていたダラーム商会のトップを始末した翌朝。

 【千里眼】で視える遠方の景色の中では、アークディア帝国の騎士や衛兵達がダラーム商会の会長宅を隅々まで捜査していた。

 ダラーム商会が行なっていた犯罪行為や、闇組織との繋がりを示す決定的な証拠を騎士団の詰所に投げ入れたとはいえ、その日のうちに国が動くのは少し意外だった。

 自害という形で始末したのは、間違いなくハッサダが死んだということを世間に知らしめるためだ。

 いつものように死体を喰手に喰わせたら行方不明扱いになるので、それだとアリスティアが安心出来ない。

 暗殺されたと分かる状況だと、下手したらゴルドラッヘン商会が疑われるので自害という形になったわけだ。

 

 また、アリスティアの命を狙っていたダラーム商会以外にも、騎士達は貴族街にも派遣されていた。

 貴族街に派遣された騎士達の目的は、とある上級貴族を捕縛することだ。

 この貴族は、俺が竜殺しを果たして竜素材を手に入れた際に、配下の者を派遣して竜素材を渡すように言っていたヤツだ。

 竜素材の価値を考えると馬鹿みたいに安い対価で渡すように命令してきた使者を追い返すと、幾度となく暗殺者が送られてきたのだが、それらは全て返り討ちにした。

 単独で竜を討った者を害するには力が足りない。

 その貴族が住まう場所の近くに来たら報復してやろうと前々から考えていたので、ハッサダの暗殺のついでに帝都にいたその貴族への報復もすることにした。


 帝都にある件の貴族の屋敷に忍び込んだ際に、その貴族が隠蔽していた犯罪の物的証拠も手に入れておいた。

 それらの証拠も騎士団にプレゼントしたのだが、ハッサダの犯罪の証拠と合わせて送られているので、今回の出来事は国の方では義賊的な者による仕業だと思われているようだ。


 騎士団の中には件の貴族と昵懇の仲の騎士がいるかもしれないので、仮に証拠を握り潰されてもいいように、侵入出来た騎士団の詰所全てにばら撒いておいた。

 【千里眼】で視る限り、騎士達はちゃんと動いてくれている。

 いつでも暗殺出来たが、簡単に死なせるのもつまらないので、しっかりと国から裁かれてもらうことにした。


 どうせ罰せられたら財産が没収されたりするんだろうから、犯罪の証拠を集めるついでに、屋敷にあった私財の半分ほどを慰謝料代わりに頂戴しておいた……領地に本邸があるようだから、後で慰謝料の追加徴収に転移で向かうべきか?

 この貴族からは五回ほど刺客が放たれたから私財の五割を慰謝料としたが、領地にも私財があるのだし、そこの分の私財も含めた上で五割を徴収すべきだな。

 距離的にも今日中には領地に連絡は届かないだろうし、今晩の内に領地に向かうとしよう。


 そんな欲深いことを考えつつ、魔導馬車の自室にて【千里眼】で情報収集しながら作業を行っていると、リーゼロッテが部屋に入ってきた。

 

 

「ーー失礼します。首尾はどうでしたか?」


「勿論、大成功だ」



 唯一俺が昨夜何をしてきたかを知っているリーゼロッテに上手くいったことを伝える。

 誘拐・暗殺を依頼していたハッサダを始末したので、アリスティアの安全は最低限確保された。

 残されたダラーム商会の中には、裏の仕事に関わっていた者達がまだいるだろうが、ハッサダがいないし、国による捜査が入るから問題無い。

 ハッサダから依頼を受けていた複数の闇組織もマップで拠点を見つけては襲撃し、幹部陣を始末していった。

 無闇矢鱈に壊滅させるのも問題があるだろうから組織自体は残している。

 残党連中は脅しておいたから、ゴルドラッヘンの者達に被害は及ばないだろう。

 状況的にも自分達を襲撃したのは、ゴルドラッヘン商会の会長から依頼を受けた裏の者と思っているはずだ。

 ここ数日は【千変万化】で姿を変えて夜遅くまで動き回ることになったが、非合法な組織なだけあって、多くの裏情報と金が手に入ったのは僥倖だったな。



「それで? 部屋を出てすぐに戻ってきたが、何かあったのか?」



 リーゼロッテが淹れてくれた紅茶を一口飲んでから質問した。



「カレンが朝食後に食器を洗っていたのですが、その時に洗い物の水を被ってしまったので、浴室を使わせてもいいでしょうか?」


「……何でそんなことになったんだ?」


「持っていた食器が手から滑り落ちて、桶の水が盛大に跳ねて……といった感じですね」


「目に浮かぶ光景だな……まぁ、いいや。使っていいぞ。風邪ひくから、しっかり髪は乾かせよ」


「伝えておきます」


「出発準備は終わってるのか?」


「はい。カレンが浴室を使っている間に出発しようと思いますが、構いませんか?」


「ああ。出発するようエリンに伝えてくれ」


「分かりました」



 そう言って退室するリーゼロッテを見送ると、途中だった作業の続きを行う。



「ーーあとは、これに浸けて固定化処理をして……次はこっちに浸けて確認……よし、問題無し。完成だ」



 製作を始めてから三日もかかったが、ついに満足のいく完成度の剣が出来た。

 先日の黒オーガ戦で相性の問題から力不足だった魔剣ヴァルグラムに代わる新たな相棒だ。



「銘は……〈不滅なる幻葬の聖剣デュランダル〉だな」



 控えめな金飾が施された黒い柄と紫紺色の宝珠が四つ嵌め込まれた鍔、そして白銀色の剣身を持つ聖剣を掲げる。

 このデュランダルはヴァルグラムよりも格上である伝説レジェンド級の上位だ。

  叙事エピック級の幻水聖剣エストミラージュを基礎として、ヴァルグラムの素体にもなった〈拒絶する裂覇の剣リジェクティル〉、鬼帝剣オルガンディアなどの幾つかの刀剣、後は鉱喰竜ファブルニルグの竜牙に黒オーガの金剛角などの素材も使用し、ユニークスキル【造物主デミウルゴス】の【万変創手】と【物質創成】の力で加工・製作した。

 聖剣エストミラージュを解析して聖剣の構造は把握していたが、それでも実際に製作するのは初めてなので思ったより時間がかかった。

 エストミラージュを素体に使用しなかったら、完成するのにまだ時間がかかっていただろう。

 この聖剣を報酬でくれたヴァイルグ侯には感謝だな。

 ヴァルグラムのような魔剣ではなく聖剣にしたのは、今の俺の力や名声に人脈ならば、聖剣を扱っても問題無いだろうと判断したからだ。

 あとは、オーバーキル過ぎるエクスカリバー以外で、普段使いできる使い勝手の良い強力な剣が欲しかったというのも理由の一つだな。



「【聖剣士セイクリッド・セイバー】なんてジョブスキルがあるんだから、聖剣を使っても【勇者ブレイヴァー】持ちだと決めつけられない……はずだ」



 まぁ、積極的に使うわけじゃないし、パッと見では聖剣か魔剣かは分からない。

 もし聖剣だとバレたとしても、【聖剣士】だから使えると話せばいいだけだし、たぶん大丈夫だろう。

 気を取り直して、剣のデザインに合わせて作った金飾の黒鞘にデュランダルを納めると、そのまま左腰に佩いておく。

 デュランダルの性能自体は、切り札である星王剣エクスカリバーの下位互換でしかない。

 だが、伝説級の上位という今生では未だ見たことが無いほどに高い等級なので、能力は大半の武具の追随を許さないほどに強力だ。

 これから活躍してくれるに違いない。

 自室の作業机の前から立ち上がったタイミングで魔導馬車が動き出した。

 用も済んだし、俺もリーゼロッテ達がいる共用スペースに移動するとしよう。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る