第74話 ダンジョン・スタンピード
◆◇◆◇◆◇
最初に気付いたのは、最後の商談へ向かう前に昼食を食べている時だった。
まるで虫の知らせのように【第六感】が警告を発してきたのだ。
今すぐに迫っている危機の類いでは無く、まだ遠い……例えるならば、決闘で鞘から剣を抜いて構えたところ、といった段階だろうか。
昼食を食べている時も、その後の商談中の護衛時でも、【並列思考】によって割いた思考を使って周辺マップを確認したのだが、異常は見当たらなかった。
その日は、結局のところ差し迫った危機では無いということで、迷宮都市ヴォータム最後の夜をいつも通りに過ごして眠りについた。
そして翌日の現在。
ヴォータムを発つ日でもいつも通り早朝の鍛練を済ませた後、朝食を摂っている時に【第六感】が知らせていた警告の理由が判明した。
「ーー
幻造迷宮の特徴の一つである、地上への魔物達の大侵攻現象。
一般的に〈ダンジョン・スタンピード〉と呼ばれている災厄が、このヴォータムのダンジョンでも起こってしまったらしい。
ヴォータムでの用事も昨日で終わり、あとは帝都に向かうだけだったのだが、ままならないものだ。
「はい。先ほど商会の者が知らせてきた情報によりますと、本日の夜明け頃にヴォータムのダンジョン内にて魔物達の地上への大移動が確認されたとのことです」
「なるほど。それで、この騒ぎですか」
食後のお茶を飲みながら周囲を見渡す。
ここの宿の食堂は、一階ロビーに面しており、今座っている席からはロビーを行き交う人々の姿がよく見えた。
高級宿屋に宿泊している者達は裕福な者ばかりだ。
主な客層は貴族や商人であり、そんな彼らには独自の情報網でもあるのか、未だ市中に今回の事態が告知されていないのに、ヴォータムを脱出するために動いていた。
「それで、どうします? 元々今日発つ予定でしたから、少し予定を早めて私達もヴォータムを出るために動きますか?」
「そのことについてお話しをしなくてはなりませんね……」
今にも溜め息を吐きそうな様子のアリスティアに首を傾げる。
何だか様子がおかしいな?
「先ほど商会の者が知らせに来たと言いましたが、その直後に冒険者ギルドの職員の方も来られたんです」
あ、理解した。
先の展開が読めてしまったな。
「……要請ですか?」
「はい。戦神の鐘の皆さんに、正確に言えばAランク冒険者であるリオンさんとリーゼロッテさんへの都市防衛の参加要請ですね」
だろうね、という言葉を呑み込みつつ、マップ上でヴォータムにいる現役のAランク冒険者の数を検索する。
俺とリーゼロッテを除くと……八人か。
一つ下のBランク冒険者もそれなりにいるようだし、戦力的には十分そうなんだが……何か理由があるのかな?
「護衛依頼中なんですが、こういった場合はどうなるんです?」
「依頼主であるわたくしの判断に任せられるそうです」
「それは……なるほど。だからこそ悩んでいるわけですか」
「ええ。命を狙われていなければ悩むことは無いんですけどね。商会のことを考えたら、冒険者ギルドに恩を売っておくのはアリですが、それも命あってのことですから……」
「一人娘ですしね」
「これでわたくしの身に何かあったら商会と冒険者ギルドの仲が拗れるでしょうね」
アリスティアの身を優先するなら市中に話が広がっていない今のうちに脱出するべきだろう。
だが、ゴルドラッヘン商会がヴォータムで築いた繋がりと冒険者ギルドへの貸しなどの、商会の利益を優先するなら防衛参加が第一の選択肢に上がることになる。
ついでに言うなら、参戦せずに脱出した場合だと、戦神の鐘の評判が落ちる可能性があることが問題か。
連日の
よって、ここは参戦一択で構わないだろう。
「参戦するにしても、俺とリーゼのどちらかはアリスティアの護衛に付いていた方がいいでしょうね」
「……人数が減りますが、よろしいのですか?」
「元々俺とリーゼはソロで活動していましたからね。だから折衷案としては妥当でしょう。エリンとカレンは……この状況だと俺の目が十全に届かないだろうから、護衛の方にいてもらおうかな」
「分かりました」
「う、うん。分かった」
護衛の方に回したのは、初のスタンピードで二人とも緊張しているのも理由の一つだ。
「んで、どっちが護衛に付くかだが……リーゼは希望はあるか?」
「私は護衛の方で構いませんよ」
「いいのか?」
「ええ。パーティーのリーダーが参戦した方が、周りに示しがつくでしょうから。それに、そちらの方がリオンも嬉しいでしょう?」
スキル的に、という言外の言葉が聞こえた気がしたのは、気のせいでは無いだろう。
「……まぁ、数が多いから戦い甲斐がありそうだな。ということで、護衛には彼女達が付きます」
「分かりました。それではギルドの方に連絡をしなければなりませんね」
そう言って宿の従業員を呼ぶと、冒険者ギルドへの言伝を頼んでいた。
「おや? ギルド職員を此処に呼ぶのですか?」
「ええ。命を狙われている状況下で、自分の護衛を減らしてまで協力するのですから、やっぱり直接言葉を伝えたいですからね」
ふふふ、とアリスティアが黒い笑みを浮かべている。
なんとなくだが、ギルド職員に何か
スタンピードが起こってギルドが忙しい中、これからやってくる哀れなギルド職員に合掌したくなったよ……。
◆◇◆◇◆◇
「皆、よく集まってくれた。知らない者もいるから先ずは簡単に自己紹介をさせてもらう。私は此処ヴォータムの冒険者ギルドのギルドマスターを任されているアニータだ。此度のスタンピードにおける冒険者側の総指揮を任された」
冒険者ギルド前の広場では、ギルドマスターが急遽設置された壇上に立って、集まった眼前の冒険者達に声をかけていた。
外見年齢が三十代ほどのドワーフの女性で、現役を引退してなお力強さが感じられる筋肉質で逞しい身体付きをしている。
この世界のドワーフは矮躯では無く、ギルドマスターであるアニータは上背もあるので、女戦士と言ったイメージがピッタリな女傑だ。
一目見てドワーフだと分かる種族的特徴は、横向きに先が尖った耳ぐらいか。
そんな彼女から現在進行中のダンジョン・スタンピードについての説明が行われている。
「ーー斥候からの情報によれば、先頭集団がダンジョン外に出てくるのは今日の昼頃。つまり、あと約三時間後には魔物共が地上に出てくる」
ダンジョンの中は地上とは異なるエリア扱いな上、ダンジョンに入る予定もなかったのでマップ解放のために動いていないため、今の【
そのため、現在の魔物達の具体的な位置と勢力は不明のままだ。
「ダンジョン・スタンピードについて詳しく知らず不安になっているやつのために説明しておくが、地上に侵攻してくる魔物共の中には、このスタンピードの旗頭とでも言うような魔物が存在している。その旗頭の魔物さえ倒せばそれ以上のスタンピードは止まり、あとはダンジョン外に出ている魔物を倒し尽くせば終わりだ」
アニータの言葉に冒険者になったばかりの新人や低位冒険者達が、希望が見えたようで色めき立っている。
一方で、それ以外の中堅どころのベテラン勢や高位冒険者達は渋い顔のままだ。
「この旗頭となっている魔物だが、スタンピードの要になっているぐらいだから、決して楽に倒せるような魔物じゃない」
水を差すかのようなアニータの言葉を受けて、低位冒険者達の口数が再び減っていく。
「これまでに世界各地で起こったダンジョン・スタンピードの情報を参考にすると、この要となる魔物は、ダンジョンのボス級魔物が当て嵌まるそうだ。だから、今回のスタンピードの要になっているのも、このボス級魔物だと思われる」
このボス級魔物とは、ダンジョン内の特定エリアや、階層間を繋ぐ要所、そして最深部の部屋などを守護する強力な魔物のことを言う。
ダンジョンの加護とでも言うような強化を受けており、通常の同一種よりも強いらしい。
そんなボス級魔物を倒せばスタンピードは止まるようだ。
「倒すべきボス級は一体だけか?」
「この要の数に関してはダンジョンの規模によるらしい。全てのボス級魔物が出てこないのは、スタンピードとは別にダンジョン自体の防衛力が必要だからとも言われているが、詳しくは分かっていない。ここのダンジョンの規模なら一体だと思われる」
高位冒険者の一人からの質問の答えを聞き、若干弛緩した空気が流れる。
まぁそれも、次のアニータの言葉を聞くまでだが。
「……斥候からの報告では、集団の中に黒いオーガの姿が確認できたそうだ」
話に聞いたところによると、この黒いオーガというのがこのダンジョンで最も強い個体なんだそうだ。
最も強いからといって最深部のボスというわけではなく、中堅ぐらいの冒険者が到達できるぐらいの階層の一部のエリアを守っているエリアボスらしい。
そのエリアでは換金率と需要の高い魔法金属が採掘出来るのだが、この黒いオーガがいるせいで滅多に採れないとのこと。
強さに関しては、Aランク冒険者四人のパーティーが全滅するほどの強さで、討伐実績はこれまでに二回だけ。
その二回に関しても被害は甚大だったようで、他の場所で件の魔法金属が入手不可でもない限り誰も近寄ろうとしないんだとか。
そんな悪い意味で有名な強敵を倒さなければスタンピードは収まらないと聞き、低位冒険者だけでなく高位冒険者達にも絶望感が漂い始めた。
「Aランク殺しの黒オーガを倒す必要があると聞いて皆が悲観的になるのも分かる。だが安心しろ! 運の良いことに、このヴォータムには黒オーガを倒せる人材が滞在していた!」
あ、はい。壇上に上がるんですね。
内心の気恥ずかしい気持ちが顔に出ないように【
常時発動している【
俺は壇上に立っているだけで良いそうなので、あとは泰然とした態度でいれば大丈夫だろう。
「彼の名はリオン・エクスヴェル。名誉男爵位を持つAランク冒険者だ。ヴォータムには商会の要人護衛の依頼でやってきていた。今朝方にはヴォータムを発つ予定だったところを無理を言って参戦してもらった」
重複発動させたスキルの効果か、目の前の冒険者達が凄く静かになった。
少し騒ついてくれていた方が緊張しないんだけどなぁ……。
「彼の名を聞いてもピンときていない者が殆どだろう。だが、これは聞いたことがあるはずだ。二ヶ月ほど前に、北のヴァイルグ侯爵領に竜が現れたことを。そして、その竜を一人で討伐した者がいることを……そう。それがこのリオン・エクスヴェルだ」
うん、静かすぎてよく演説が響き渡るなー。
冒険者以外にも遠巻きに集まっている街の人達にまで聞こえてるし。
まぁ、裏の目的には沿うんだけど。
「本来ならば、彼は護衛依頼を頼んだゴルドラッヘン商会の御令嬢であるアリスティア様の護衛に付いていなければならない。だが、アリスティア様は、他の商会の者に命を狙われている中、このヴォータムを守るために自らの護衛から一時離れる許可を出してくださった。私達のためにだ!」
「「「おお……!」」」
アニータの発言に大衆は感じ入ってるようだ。
俺が護衛を離れて参戦するにあたって、アリスティアは冒険者ギルドに条件を出していた。
頻繁に命を付け狙われてストレスが溜まっていたようで、「参戦ついでにゴルドラッヘンの名を上げて、相手の商会の名を貶めてやります」と黒い笑みを浮かべていたのを思い出し、何も知らない大衆の姿に微妙な気持ちになった。
「ゴルドラッヘンの従業員の奴が言ってたんだがよ、アリスティア嬢の命を脅かしているのは、帝都で領軍向けの武具を卸している大商会らしいぜ」
「それって、あそこだよな?」
「帝都で領軍向けの武具を扱う大商会っていやぁ、あの商会だろうよ」
商会とギルドによる
ちなみに、この仕込み自体は俺の案だったりする。
どうせやるなら確実に噂を広げたいからな。
「Aランク殺しの黒オーガは成体の竜より強いか? 否、断じて否だ! 単独での竜殺しは、それだけでSランク相当だと言われている。つまり、私達にはSランク冒険者がついていると言っても過言ではない! 故に、恐れるな! 戦え! 私達でこのヴォータムを守るのだ!」
「「「おう‼︎」」」
演説が終わり、アニータと共に壇上を降りる。
代わりにギルド職員が上がって各冒険者達の配置などについての説明を始める。
その声を背後にアニータと俺は冒険者ギルドのギルドマスターの執務室へと向かった。
「ーー見せ物にしてしまって悪かったね」
「依頼主の意向ですからね。必要なことだと分かっていますので、お気になさらず」
アニータの向かいのソファに腰を下ろしてから肩を竦める。
今回の演説における俺とギルド、正確にはアリスティアとアニータの思惑は一致していた。
アリスティアはゴルドラッヘン商会と自分の名声を高めると同時に、敵対している商会にダメージを与えたい。
アニータは黒オーガを倒せる戦力と、黒オーガが要の魔物と聞いて及び腰になるであろう冒険者達の支柱になるような人材が欲しい。
それぞれの要望を叶えるために用意されたのが、先ほどの演説の場と俺である。
演説前に大まかな作戦の打ち合わせは済んでいる。
今からするのはその最終確認だけだ。
そしてそれもすぐに終わった。
「改めて言うまでも無いことだろうけど……頼んだよ」
「ええ。勿論です。任せてください」
やれるだけの事はやったので、後はなるようになるだろう。
[スキルを合成します]
[【魔装刃】+【魔装鎧】=【魔装術】]
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