第73話 護衛の合間の休日
◆◇◆◇◆◇
「ーーハッ!」
短く鋭い呼気と共に振るわれた白刃を、折れないように魔力を纏わせた模擬刀で受け止める。
そのまま鍔迫り合いになるかと思いきや、手首と足の動きだけで素早く刃を翻すと、手首を狙ってきた。
刃の無いこちらとは違い、向こうは刃がちゃんと付いている実際に使用している刀なので、普通ならこの身を斬り裂くことが出来るだろう。
しかし、俺の素の肉体の耐久力の高さに加えて、各ジョブスキルによる能力値補正、そして【物理攻撃軽減】と【物理攻撃完全耐性】の二つの耐性スキルがあるため、直撃したとしてもこの程度の攻撃力ならば微塵もダメージを負うことは無い。
故に、わざわざ避ける必要は無いのだが、それでは互いに鍛練にならないので攻撃を防ぐために動くことにする。
手首に迫る刃の腹を刀で強く弾き返すと、その勢いで流れた身体に蹴りを入れた。
実戦形式の模擬戦なので、死なないように手加減はするが、相手が女性だからと言って攻撃を遠慮したりはしない。
痛みと攻撃に慣れることで、実戦で攻撃を受けた時の対処を学ぶ目的もあるため、制限した能力の範囲内で反撃できるところは狙っていく方針だ。
「カハッ⁉︎」
身に纏った防具越しにミシッという音を立てながら、横っ飛びに華奢な身体が吹き飛んでいく。
そのまま成す術もなく地面を転がっていくかと思ったが、途中で地面を叩いて跳ね上がり立ち上がった。
「お、良い動きをするようになったな」
「ーーっ、ケホッ、ありがとうございます」
勇者の血もあるんだろうが、一番は本人の努力がカタチを成しているんだろう。
顔に土汚れを付けたまま再度刀を構えるエリン。
真面目な顔をしているが、後ろの方で黒い狼尻尾がパタパタと左右に振っているのが見える。
褒められて嬉しいからだろうが、結果的に雑念が混じっているな。
まぁ、褒めるところはちゃんと褒める方針だし、尻尾の動きは今に始まったことでは無いのでいつも通りスルーしておこう。
というか、ああやって喜べるあたり精神的には余裕があるようにも見えるな。
「ハァッ!」
レベルに見合わない動きと足捌きでエリンが距離を詰めてくる。
腰だめで突進してくる動きに合わせて、牽制がてら横薙ぎに刀を振るったが、動じることなく地を這うように体勢を低くして回避した。
頭上を刀が通った直後、飛び上がるようにして立ち上がりながら、下から上へと斬り上げてきた。
眼下から迫る斬撃を、片足一歩分だけ退くことで半身をズラして避ける。
その体勢のまま刀の柄頭で胴体を強打しようとしたが、咄嗟に腕でガードされた。
「ウッ、アッ……!」
籠手越しにバキッという何かが折れたような音が聞こえた。
咄嗟の判断は中々だが、身体の方が耐えられなかったか。
脱力したように垂れ下がる左腕はそのままに、エリンは右手だけで刀を構えてくる。
まだやる気はあるようだが……。
「ま、ここまでだな」
「……はい」
右手から刀が地面に溢れ落ちる。
体力が限界を迎えたエリンは、そのまま地面に崩れるようにして座り込む。
骨折のダメージが止めを刺すように残りの体力を削り切ったからだ。
模擬戦用の刀を鞘に納めると、疲労困憊のエリンに対して、『
骨折や切り傷が治るだけでなく、身体中に付いていた砂や土汚れも消え去る。
動ける程度には体力が回復し、目に見えて状態が良くなったエリンが立ち上がり深々と頭を下げてきた。
「ありがとうございました、ご主人様」
「ああ。お疲れ様、エリン」
朝の鍛練にエリンとの模擬戦の時間を作るようになってから少し経つ。
まだまだ粗は目立つが、ゴブリンとの夜戦時と比べて、随分と動けるようになった。
冒険者ランクは下から二番目のEランクだが、Dランク上位ぐらいの戦闘力はありそうだ。
鍛練が終わったので身体に発動させていた高重力場を解除していると、カレンの魔力操作を指導していたリーゼロッテがいつの間にか傍にやって来ていた。
自分の朝の鍛練後に、そのままエリンと模擬戦をやっているため、今の俺は上半身裸のままだ。
リーゼロッテに拭かれることに慣れてしまっている自分がいることに気付き、ちょっとだけ複雑な気持ちになった。
エリンにも濡れタオルを渡すと、リーゼロッテは俺の身体を拭き始めた。
「リオン。二つ報告があります」
「うん?」
「【主従兼能】の絆レベルが上がりました」
「……あ、本当だ。枠が増えてるな。いつ上がったんだ?」
スキル自体はリーゼロッテの物だからか、変化があっても通知が無いので言われるまで気付かなかった。
「リオンの身体を拭く準備をしていた時ですね」
「ついさっきか……本当に効果あったのか?」
リーゼロッテのメイド服姿自体はとても眼福なんだけど、こういった奉仕をされるのは普通に恥ずかしいんだが?
「間違いなく効果があります」
「……そっか」
「はい。護衛依頼を受けてからは混浴が出来なかったので時間がかかりましたが、漸く上がりました」
護衛依頼中は、リーゼロッテとの混浴は控えていた。
別にエロいことはシテないけど、傍から見たらそう見えなくもないだろうし、護衛対象であるアリスティア達に配慮して別々に入っていた。
混浴時には背中を流してくれていたので、その奉仕分があったら、もっと早く上がっていただろう。
背中を流してくれること自体は良いんだが、混浴は俺の自制心が試される。
湯着を着ていても分かる身体のラインに、水面に浮かぶ双子島や谷間が……うん、うなじも素晴らしい。
【復元自在】で自分の肉体と精神の状態を元に戻し続ける必要があるのが難点だが、絶景がそこにはあった。
自分で着用するように言ったのに、湯着が邪魔だと思ってしまうのは仕方の無いことだ。
一人でのんびりと湯船に浸かれるのは良いが、あの絶景が無いなら無いで物足りなく感じるあたり、我ながら身勝手だと思った。
「増えた一枠は何を選ぼうかな……それで、もう一つの報告ってのは?」
混浴時のことを思い出して悶々としてきたのを振り払って尋ねる。
「監視している者はどうしますか?」
「ああ、それ? 勿論、こうする」
指を鳴らすと地面から金属槍が生成され、少し離れた場所の草藪にいた監視者の身体を真下から貫く。
マップ上の詳細情報で裏組織の者だということは既に分かっている。
遠くから「ぐぼっ⁉︎」という声が聞こえたそのすぐ後にスキルを獲得したが、残念ながら新規スキルは無かった。
その後、【
「やはり気付いていましたか」
「気配を消すのが下手な輩だったし当然気付くとも」
「裏組織も人材不足なんですかね?」
「目に付いたのは消しまくったからな……」
出て来なければやられなかったのにな。
ヴォータムに着いてから何人潰したかは、正直言って覚えて無い。
「そういえば、今日は何も予定は無いんでしたっけ?」
「ああ。外出予定も無いそうだから、今日は宿で待機だな」
昨日一昨日と支店を視察したり、取引先と商談したりするアリスティアの護衛をしていたが、今日はそれらの予定が無いため一応休みだ。
休日ではあるが、アリスティアが外出する際には護衛に付く必要があるため、完全な休日というわけではない。
「ねぇ、ご主人様。今日って自由行動なの?」
「目が届く範囲限定でな。アリスティア達から離れ過ぎるわけにはいかないから、基本的には宿の敷地内にいる必要がある」
「やっぱり護衛依頼中だからダンジョンは行けないかぁ。なら今日は一日部屋で魔法スキルの勉強でもしようかな。ご主人様達のご予定は?」
「俺は部屋で製作作業をする予定だな」
「私はリオンの傍にいます」
「あ、うん。リーゼさんはそうよね……エリンお姉様は?」
「私も新しい魔法スキル習得の勉強をするつもりよ。一緒にする?」
「うん!」
エリンの保有している魔法スキルは、生まれながら持っていた【風塵魔法】だけだ。
エリンは魔法職系ジョブスキルのランクが低いのもあって使える魔法は少ないが、『
ただ、現状では純粋に身体を強化する魔法や強力な攻撃魔法は使えないので、新たな属性の魔法スキルの習得を試みることにしたらしい。
既存のジョブスキルのランクアップや新たな魔法職系ジョブスキルの習得を狙うよりも、新たな属性魔法スキルを得るのに取り組む方が効果的だろう。
「ちょうどアリスティアも起きたようだし、部屋に戻ろうか」
マップ上に表示されているアリスティアの情報から、睡眠状態が消えたので起床したのが分かった。
アリスティアとラーナの部屋は角部屋で、俺達が泊まっている部屋の隣になる。
護衛と交流も兼ねて、一応のオフ日である今日も食事は一緒に摂ることになっているため、朝食時に今一度今日の予定を尋ねておこう。
宿屋の庭から部屋に戻った後、アリスティア達と共に宿の食堂で朝食を摂り、予定に変更が無いことを確認した。
予定通り、アリスティアは今日一日部屋で商会の書類仕事をするらしい。
ラーナはアリスティアの護衛兼秘書なので、当然ながらアリスティアの仕事の手伝いだ。
此方の予定も伝えてからそれぞれの部屋へと戻った。
「さて、と。この辺でいいか」
泊まっている広い部屋の居間の一角に移動し、【
取り出したのは、三畳ほどの広さがありそうな灰色の大きな箱だ。
「何コレ?」
「ある程度のスペースさえあれば、どこでも鍛治ができる携帯鍛冶場だな。この中にいるから、何か用があったら呼んでくれ」
カレンの疑問に答えてから扉を開けて、リーゼロッテと共に携帯鍛冶場の中に入った。
この箱の中にも魔導馬車と同様の空間拡張術式が使われており、内部は外から見た箱の三倍ほどの広さがある。
この空間の中からもアリスティア達の周辺の索敵は可能だ。
駄目押しにマップを開いて、【並列思考】で常に警戒しておけば問題あるまい。
「いつの間にこんな物を……」
「昨日寝る前に作った」
基本的にスキルと魔法を使って製作する俺に鍛冶場などの作業場は必要無い。
それなのに簡易的にとはいえ鍛冶場を作ったのは、一般的な手法で作った場合にかかる時間を測るためだ。
もし、ゴルドラッヘン商会に武具タイプの
生産職を本業にするつもりは無いので、作れる数の最大値を発揮する必要は無いだろう。
そして魔法とスキルを使って製作していることを公開する気も無いので、この手法による製作時間は計算に含めるわけにはいかない。
結果、一般的な普通の手法による製作時間を把握しておく必要があるわけだ。
「まずは……全力の鍛造からだな。オーソドックスな鋼鉄製長剣でいいか」
この鍛冶場には一般的な炉は無く、火種に魔法を使うお手製の炉型魔導具がある。
一般的な手法だからといって魔法や魔導具を全く使わないわけでは無い。
金床やハンマーなどの道具も予め作っているし早速作業に取り掛かろう。
それから暫しの間、空間内に金属を打つ音が鳴り響く。
「ふぅ、こんなところか。品質は……最高品質だな。リーゼ、どのくらいかかった?」
「大体……十五分ぐらいですね」
手元の懐中時計型の魔導具を見ながら答えるリーゼロッテ。
何というか、早いっちゃ早いが、個人的には微妙なタイムだ。
「それじゃあ、色んなパターンで作っていくから、時間を測っておいてくれ」
「分かりました」
それから、品質が高品質になる程度に手を抜いて早く作るパターンや、時間のかかる工程だけスキルを使うパターンなど、一部条件を変えて作業を行っていく。
他にも鍛造ではなく、大量生産向きの鋳造でも製作してみたりなどもした。
途中、昼食を挟んでからは、製作した長剣を魔導具にする作業を行い、その作業にかかる時間も調べた。
この作業に関しては工程的にも手の抜きようが無いので、いつも通りの手順と速さで術式を刻んでいく。
夕食時には、長剣以外の幾つかの武具のデータも集まったので、商談時には参考に出来るだろう。
[経験値が規定値に達しました]
[ジョブスキル【
鍛冶場を使った製作作業の経験によって【鍛治師】も習得することが出来たし、実に有意義な休日だった。
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