第72話 露払い
◆◇◆◇◆◇
アークディア帝国が活動拠点であるゴルドラッヘン商会が主に取り扱う商品は、身分に関わらず使用し消費される多種多様な日用品だ。
迷宮都市ヴォータムにある支店の店頭に並んでいる商品もそれは同様の筈なのだが、目の前棚には日用品と判断していいのか分からない品があった。
「これも日用品なのですか?」
支店の査察を済ませた後、店内を案内してくれていたアリスティアに問い掛ける。
「日用品というわけではありませんが、最近になって取り扱うようになった商品ですね」
「ゴルドラッヘン商会が武具を扱うようになったとは知りませんでした」
棚に並んでいる剣の一つを手に取り確認する。
特筆するところの無い普通の鉄製の長剣だ。
この剣以外の武具も同様で、等級は
売り場の一角にある冒険者向けの商品が並ぶ中に置かれており、俺達以外にも数人の冒険者らしき者達が商品を見ていた。
「武具を扱うようになったのは本当に最近ですからね」
「扱う品目を増やしたのには何か理由があるのですか?」
これまでのゴルドラッヘン商会の客層は平民と貴族だ。
冒険者や軍人といった直接的に戦いに関わる者達向けの商品は扱っておらず、それ以外の分野で商いの手を広げていた。
そんな大商会がこれまで手を出していなかった分野に、理由も無く進出するとは思えないので、何かキッカケがあるはずだ。
「理由ですか? うーん、まぁ、ある意味ではリオンさんも無関係では無いんですよね」
「私がですか?」
「昨今、国内外問わずリオンさんのような新進気鋭の冒険者や英雄クラスの冒険者が増えているんです」
「そういえば、SランクやらSSランクやらが増えたんでしたっけ?」
「はい。そういった活躍している方達の影響を受けて新たに冒険者になる人が増え、自然と冒険者絡みの商品の需要と供給も増えてます」
「確かに、古参新人問わず自分も後に続こうと考える者が増えていそうですね」
まぁ、自分の力を過信して魔物に挑む者もいるだろうから、相応に死傷者も増えていそうだけど。
「ええ。我が商会で調べた限りですと、国外で新たなSSランク冒険者が現れてからというもの、帝国では新人冒険者の数が明らかに増えていますね。帝国のSランク冒険者が増えたのも、その影響を受けたものだと商会では分析しています。そして国内でSランク冒険者が誕生したことで、また影響を受けて……といった流れが出来ていますね。冒険者特需、或いは英雄特需と言ったところでしょうか」
へぇ、順番で言えば国外のSSランク冒険者の方が先だったのか。
アリスティアの口振りからすると、少し間が空いてからSランク冒険者が増えた感じだな。
「ダンジョンがある迷宮都市ではそれらの影響が顕著に現れていますので、冒険者界隈に進出する足掛かりとして、まずは迷宮都市にある支店で冒険者向け、特に低位冒険者向けの武具を扱って反応を見ることにしたんです」
「ということは、武具業界に手を出したのは本当に最近なんですね?」
「はい。実際に店頭で商いを始めたのは最近ですが、以前からこの業界に進出するための準備はしていましたので、急な方針転換というわけではないんですよ」
既に構えている支店の店頭に並べるだけだから、楽と言えば楽か。
武具の大量生産に関しても、職人を前もって商会で抱えていたみたいな口振りだし、あとは進出するタイミングだけで、それ以外は準備万端だったわけだな。
まぁ、その結果として、主に武具を扱っている老舗の商会から襲撃を受けることなっているみたいだけど。
「そうだったですね。ところで、戦闘用の
陳列棚にあるのは魔導具は非戦闘用の下級魔導具が少々あるだけで、武具に関しては魔導具ではない普通の品しか並んでいない。
正直言って俺的には残念な品揃えだ。
「わたくしとしても取り扱いたいのですが、既存の魔導武具職人の殆どは何処かの商会や貴族の専属になっていて、そういった方は外部からの製作依頼を受けていないんです。何処とも契約していない職人もいますが、そういった方達は単純に腕が悪いか、元より誰かの専属になるつもりは無い方だったりするので、現状では各店舗に並べられるほどの数は揃えられません」
「なるほど。魔導具が好きなので残念です」
アリスティアから更に詳しい話を聞くところによると、魔導具を一つ製作するにあたって戦闘用は非戦闘用以上に時間がかかるんだそうだ。
俺は前の異世界で培った知識と経験を元に、スキルと魔法を使ってチョチョイと魔導具を作れるが、通常は時間と手間が相応にかかるんだとか。
俺でも
それに加えて、【
下級魔導具を複製する際に消費される魔力量は、俺の総魔力量からしたら微々たるモノなので、【複製する黄金の腕環】を使えば大量生産するのは簡単だ。
近いうちに魔導具業界に手を出すつもりだったし、その足掛かりとしてゴルドラッヘン商会に下級の戦闘用魔導具を卸すのも良いかもしれないな。
ま、実際にどうするかはアリスティアの父親に直接会って、その人柄を確認してからになるので、それまでは頭の片隅にでも置いておこう。
「ーーさて、ちょっと外に出てきますので、此処の裏口を使わせてもらっても構いませんか?」
「裏口ですか?」
「店を出る前に宿泊先の宿の周辺や、そこまでの道の様子を確認してきます。万が一、店の入り口を見張っている者達がいたら、私がいなくなった隙に接近してくるかもしれませんので、裏口から外に出たいのです」
後半部分は小声で告げると、アリスティアも納得し店員に裏口まで案内するように指示を出してくれた。
「俺がいない間、リーゼ達はアリスティアの近くにいてくれ」
アリスティアと話している間は、思い思いに店頭に並んでいる品を見ていたリーゼロッテ達を近くに呼び寄せる。
リーゼロッテ達に護衛を任せると、裏口から店の外に出た。
「動きは無し、と」
マップ上に表示されている監視に動きは見られない。
店の裏口がある路地裏まで監視されていたら多少面倒だったが、そうではなかったので難易度が一気に下がった。
「近場から処理するか」
【認識遮断】を発動させて他者からは音も姿も匂いも、魔力反応や気配すらも認識されない状態になる。
その状態で【狩猟神技】を使って空中を駆けると、大通りを挟んで支店の斜め前にある建物の屋上へと移動し、そこの物陰から支店を監視している者の背後へと回り込む。
【
監視者の身体が硬直すると同時に【捕食者の喰手】で影の
瞬く間に影に身体を覆われた監視者から、【
喰手に捕らえた獲物を
そこにいた浮浪者を装った別の監視者を先程と同じ手口で拘束し、喰手で包み込んだ。
次の監視者までは離れているので、捕獲した監視者から情報を吸い上げるまで少し待機する。
[保有スキルの
[ジョブスキル【
続けて、支店の向かい側の建物近くで談笑している二人組の冒険者の男女の元へと不可視化状態のまま向かう。
【看破の魔眼】と【審判の瞳】で所属に間違いが無いことを確認する。
それから大通りを行き交う人々の視界に男女が入らなくなったタイミングで、【告死呪葬の腐蝕侵掌】と【誘拐】を発動させつつ背後から肩に触れ、先程までいた屋上へと転移し喰手で拘束した。
[スキル【親愛】を獲得しました]
[ジョブスキル【
[保有スキルの熟練度が規定値に達しました]
[ジョブスキル【
「さて、後は……宿の近くか」
転移で宿泊予定の高級宿屋の近くの建物の屋上に転移する。
ちょうど宿の予約を頼んだ支店の男性従業員が戻っていくところだった。
彼に意識が向いている目の前の監視者を物音を立てずに処理してから、他の裏組織の監視者達も順番に闇に葬っていく。
「アリスティアは人気者だな」
監視者達から奪った記憶によると、依頼者について直接聞いたわけではないものの、おそらく依頼者はとある商会だろうという情報があった。
まぁ、つまりは道中襲撃してきた奴らが所属している商会なわけなんだが。
これまでに集めた情報によると、どうやら件の商会は主に武具を扱っているようで、衛兵や騎士といった貴族が持つ領軍などが主な顧客らしい。
そんな武具業界に参入してきたゴルドラッヘン商会に対して危機感を抱いているそうだ。
冒険者は主要客層ではないが、冒険者向けの商品を皮切りに、いずれ自分達の客層にまで手を広げてくるのではと商会の上層部は考えている……らしい。
実際のところは分からないが、少なくとも下の者にまで噂が広がる程度には危機感を抱いているのは確かだろう。
「生きたまま捕らえるのは諦めたか」
また、情報によればアリスティアを生きたまま捕らえるのが困難になったからか、条件が生死問わずに変わっていた。
敵方の襲撃ハードルが下がったこと自体は良くない情報だが、事前に知ることが出来たので良い情報でもある。
「問題は、相手方がどこまでやるかだよな」
なりふり構わず命を狙ってくるようなら、場合によっては大元を叩く必要があるかもしれない。
監視を全て排除したから何かしら動きがあるだろうから、より一層警戒するとしよう。
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