第75話 ヴォータム防衛戦 前編
◆◇◆◇◆◇
迷宮都市の生命線であるダンジョンは、基本的に都市の内側だ。
警備のしやすさやダンジョンまでの移動にかかる時間の解消など幾つもの利点がある。
だが、神造迷宮はまだしも、これが幻造迷宮の場合だと、スタンピード発生時に初動が遅れると都市内部に魔物が溢れ出て、冒険者だけでなく市民にまで被害が出る可能性があるといった欠点もある。
そういった危険性があることから、ヴォータムのようにダンジョンが発生する前から前身となる町がある場合だと、元からいる住民に配慮してダンジョンは町の外壁の外に置かれることが多いそうだ。
しかしこれは、住民の心情に配慮したというよりも、近郊のダンジョンを内包するまで外壁を拡張すると、費用と時間が膨大にかかるから、というのが実情な気がするんだが、言わぬが仏なんだろうな。
そういった理由からか、元からヴォータムという町があった迷宮都市ヴォータムのダンジョンは、都市の外壁の外に存在している。
ダンジョンにいる魔物には人類種を積極的に狙う傾向があり、それはダンジョン・スタンピードで地上に出てきた魔物達にも当て嵌まるため、今回のスタンピードで進出してきた魔物達が一番最初に向かう場所はほぼ間違いなくヴォータムになるだろう。
都市の内側にあろうと外側にあろうとも、迷宮都市が存在する役割の一つは、スタンピード発生時に魔物達が散らばらないように、その動きを迷宮都市へと誘導することにあるのかもしれない。
「ーーそう思いたくなるぐらいに真っ直ぐ向かって来てるな」
外壁の上から眺める視線の先には、数えるのも馬鹿らしくなるぐらいの数の魔物がいた。
数百……最終的には千を超えるだろうか?
少し前に戦ったゴブリンの集団どころか、その前のオークコロニー以上の大群は中々インパクトがある。
サッと周囲を見渡すと、都市を守る衛兵達だけでなく、魔物に慣れているはずの同業の冒険者達までもが、迫り来る魔物の軍勢に気圧されていた。
「ま、無理もないか」
スタンピードの魔物達は、ヴォータムの外壁と外壁からほぼ垂直に伸びている土壁、そしてダンジョンの入り口の四辺で囲まれた長方形の囲いの中にいる。
ギルドでの最終的な打ち合わせ後、魔物達が地上に出てくる前に急いでダンジョンの入り口まで移動し、そこから外壁と同じ高さの土壁を左右に生成しながらヴォータムへと戻った。
これは、以前のゴブリン集団との夜戦時にリーゼロッテに頼んだのと同様に、万が一にも別の場所に魔物達が流れていかないようにするための囲いだ。
人が多い場所に真っ直ぐ向かうという習性から、土壁には見向きもせず真っ直ぐ向かってくると考え実行したのだが、やはり間違っていなかったらしい。
ヴォータムからダンジョンまで続いているため、結構な長さの壁が二つ外壁から伸びている。
その土壁の内側を魔物の大群が行進してきているため、自然と視界に映る魔物の密度が高まっているのも、彼らが気圧されている一因なのかもしれない。
「作戦通り遠距離魔法が使える奴らは前に出ろ! まだ撃つんじゃないよ!」
ギルドマスターであるアニータの声を受けて気を取り直した者達が前に進み出る。
外壁の上やその近くでは放てないような強力な遠距離魔法や範囲魔法を撃ち、魔物の数を減らすのが作戦の第一段階だ。
壁で囲ったことで魔物同士の距離が近くなっており、届きさえすればノーコンでも魔法が当てられるだけでなく、その余波で間近の他の魔物にもダメージが与えやすくなっている。
動きを誘導する以外にも、土壁の囲いにはこういった狙いもあった。
ここでどれだけ数を減らせるかが重要だ。
「……戦術級を使うべきか」
他の冒険者の分を取らないように少し控えめに魔法を放つ予定だったが、思っていたよりも魔物の数が多いので、戦術級魔法を使った方が良さそうだ。
予想を上回ってはいるが、想定外と言うほどでも無い数なので戦術級で十分だろう。
スタンピード自体は一つ上の戦略級魔法を使えば一人でも解決できそうだが、単独で戦略級魔法を行使できると知られるのは、今の段階では止めておいた方がいい。
それに、他の冒険者の活躍の機会を奪うのも良くないしな。
「へえ。本当に人型の魔物ばっかりなんだな。実に面白い」
ヴォータムのダンジョンに出現するのは、二足歩行の人型の魔物が殆どだ。
視界にいるのも、ゴブリンやオーク、オーガなどの鬼種系統の人型タイプばかりで、それ以外だとウルフなどの低位の魔獣タイプが少しいるぐらいか。
「さて、どれを使うか……」
目算で一キロまで近づいて来た壁の内側を占める黒い魔物の波を眺めつつ、どの魔法を放つか思案する。
【聖光属性超強化】があるから聖光属性が含まれている戦術級魔法を使うのが一番効果的だろうか。
聖属性か光属性が含まれている戦術級な多数あるが、両方が含まれているものは少ない。
風塵の戦術級でも良さそうだが、派手さが無いしパッと見で戦果が分かりにくそうだな。
「いや……よくよく考えれば、聖光属性に拘る必要も無いか」
元々、戦術級魔法の時点で大体が強力で派手なのだ。
それなら使い慣れた属性でいくべきだな。
素材もある程度の量は欲しいし、聖光属性を使うよりかは死体は残るし最適だろう。
思考速度を加速させた状態から現実に戻ってくると、彼我の距離が五百を切っていた。
「魔法の準備を始めろ!」
アニータの声に従って魔法使い達が術式の構築を始める。
それに合わせて、俺も右手を開いて前方へと突き出す。
「満たせーー【
魔法が放たれる前に【強奪権限】の領域系
これで展開した領域内の敵の体力魔力を吸い取り、死んだ敵味方のスキルを根刮ぎ蒐集されるようになった。
「まだだ。まだだぞーー今だ! 撃て!」
アニータの合図を受けて次々と遠距離攻撃魔法が放たれていく。
それらからワンテンポほど遅らせてから俺も【大地魔法】の戦術級魔法を発動させた。
「『
他の魔法使い達が放った魔法の着弾地点よりも更に後方にいる魔物達が、軽い地響きと共に大地から生成された金属槍によって一斉に貫かれ天へと突き上げられた。
この魔法は、認識した敵一体につき一つ以上の金属槍が突き刺さるように生成されている。
結果、魔物の密集地で使ったことで、細くて長い数多の金属槍が大量に生え揃うことになっていた。
その穂先には魔物達が突き上げられており、さながら金属の雑木林といったところか。
「まだ生きてるのがいるな。ーー『
進路上を封鎖している金属槍の排除も兼ねて、金属の雑木林に向かって【雷電魔法】の戦術級魔法を発動させることにした。
瞬時に頭上に形成された魔法陣から雷轟の槍が放たれる。
雷轟の槍が直撃した魔物達は、生きてるのも死んでるのも等しく瞬時に消し炭になっていった。
近くにいた魔物達は、直撃せずとも雷撃の余波だけで黒焦げになっていく。
金属槍に貫かれても生きていたオーガやオークなどのタフな魔物達も、破砕されて宙を舞っている金属片を媒介に、その身を貫いている金属槍にまで雷が伝導してきたことによって、身体の内側から焼かれて絶命していった。
[スキル【暴虐】を獲得しました]
[スキル【剛鬼の拳】を獲得しました]
[スキル【先制攻撃】を獲得しました]
[スキル【鬼気】を獲得しました]
[スキル【鬼ノ眼】を獲得しました]
[スキル【鬼種の命精】を獲得しました]
[スキル【小賢し鬼知恵】を獲得しました]
[スキル【防衛の心得】を獲得しました]
[スキル【命乞い】を獲得しました]
[スキル【死んだふり】を獲得しました]
[スキル【悪臭】を獲得しました]
[保有スキルの
[スキル【鬼種の命精】がスキル【高位鬼種の命精】にランクアップしました]
[スキル【剛鬼の拳】がスキル【戦鬼の破拳】にランクアップしました]
今の二つの戦術級魔法で少なくとも三百近い数の魔物の反応が消えた。
ちなみに、オークなどの素材的に価値がある魔物の死体に関しては、追撃である雷撃が着弾する前に【
流石にこれだけの数を倒すと素材だけでなく、得られる経験値やスキルの数も結構なものになった。
新規スキルは鬼種系統が多く、中々役に立ちそうだな。
まぁ、それはいいとしてーー。
「ーー何をやっている。まだ終わってないぞ!」
「「「お、おう」」」
「後衛陣は外壁に近付く魔物を攻撃し続けろ! 前衛陣は外壁を上がってくる魔物を潰していけ!」
「「「了解‼︎」」」
初撃の魔法で撃ち漏らした魔物達が、外壁に取り付こうとしているのが見えたので、固まっている他の冒険者達に檄を飛ばす。
発動させっぱなしの【軍神覇道】などの効果なのか、冒険者達が俺の指示に従ってキビキビと動き始めた。
「このまま指揮もやるかい?」
「流石に手が足りないので遠慮しますよ。なので、引き続き指揮はお任せします」
「了解した。ーー魔力が残り少ないやつは、今のうちに後ろに退がって魔力を回復させろ! 遠距離攻撃手段が無い近接職は、後方にある予備の弓に持ち替えろ。まだ敵とは距離があるから遠距離攻撃主体でいくよ。弓が使えないやつは、そこに積んである石を投げつけてやれ!」
戦術級魔法二連続行使はアニータも驚いたようで、他の冒険者達のように呆けていた。
仕方なく檄を飛ばした流れでそのまま冒険者達に指示を出したのだが、本職が戻ってきたなら本職に任せるに限る。
現在進行形で殲滅しているのは、あくまでもスタンピードの一部でしかない。
真っ先にヴォータムに辿り着いたのは、殆どがダンジョンの浅い階層の魔物達であり、全体的に弱い個体ばかりだ。
要の魔物が出てくるのは、中層から下層にかけての魔物達と共に地上に出てくることが多いらしい。
マップ上では、タイミングよく中層に出現する魔物が出てきたところだった。
作戦では、スタンピードの要の魔物である黒オーガが確認されたら、此方も動くことになっている。
それまでは下級中級の攻撃魔法を魔物達に適当にばら撒きながら、その時を待つとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます