第69話 助太刀と依頼



 ◆◇◆◇◆◇



『ーーご主人様。少しよろしいでしょうか?』



 ランドルムから帝都へと出発して五日。

 魔導馬車内の共用スペースでカレンの聖光属性以外の魔法スキル習得の勉強をみていると、御者席にいるエリンから連絡用の魔導具マジックアイテム越しに声をかけられた。



「どうした?」


『少し先に別の街道との合流地点があるのですが、先ほどそこを猛スピードで走っていく馬車と、それを追う盗賊らしき者達の姿を確認しました』


「ふーん。こっちには気付いていたか?」


『いえ。気付かれた様子はありませんでした』


「そうか……」



 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを開いて対象の情報を確認する。

 マップ上には確かに、馬車とそれを追う馬に騎乗した盗賊らしき者達を示す光点が表示されていた。

 馬車は、所属に商会名が出たな……というか超有名どころじゃないか。

 盗賊は……おや、こっちも所属に商会名が出たな。

 馬車の方とは別の商会の所属で、盗賊の格好からしても裏仕事専門ってところだろう。

 だから正確には盗賊じゃないんだろうが、まぁ、盗賊扱いでいいか。

 レベルも中々高く、どの盗賊もBランク冒険者程度の力はあるようだ。

 ……心情的にも【第六感】的にも助けておくか。



「俺が先行して助けてくる。後から追ってきてくれ。あ、別に急がなくていいぞ」


『分かりました』


「一応二人も戦闘準備だけはしておいてくれ」



 カレンとリーゼロッテにそう告げて【天空飛翔】を発動させると、扉を開けて魔導馬車の外へと飛び出す。

 空を飛んでいるので街道に沿って進むことなく、目標の馬車へと真っ直ぐ向かってショートカットする。

 ものの十数秒で対象が視界に入ったが、その直後、盗賊の一人が放った魔法が馬車の後輪を一つ破壊した。

 車輪を破壊された馬車は、その勢いのまま傾斜になっていた街道横へと滑り落ちていく。

 御者の腕が良いのか、馬車は横転することなく、街道沿いに生い茂る草木の手前で停車した。

 追っていた盗賊達も街道で馬を止めて下馬すると、馬車を囲むように行動していた。



「……足止め以外で魔法を撃たないってことは、生きたまま捕らえるのが目的か?」



 御者をしていた初老の男性が、御者席から素早く降りると短剣を構えて馬車の扉の前に陣取る。

 それを見ても何ら気にすることなく、坂を降りて馬車を半円状に包囲する盗賊達。

 そんな盗賊達の背後の街道へと静かに降り立ち、目が合った御者の男性に声を掛ける。



「Aランク冒険者のリオンだ! 助けは必要か?」


 

 何と声を掛けようか一瞬考えたが、シンプルに身分と目的だけを告げることにした。



「頼む!」


「承知した」



 盗賊達の半数がこちらに向かってくるのを見つつ、【発掘自在】と【大掘削】を重複発動させる。

 盗賊達全員の足場が一瞬で消失し、底へと落ちていく。



「生かして捕らえた方がいいですか?」


「……いえ。尋問しても素直に答えますまい。連れていくにも邪魔なので、必要ありません」


「では、そのように」



 指を鳴らすと開いていた穴が閉じていき、穴底から聞こえてきた悲鳴もすぐに聞こえなくなった。



「追われていたようですが、これで全てですか?」


「御者をしていたので正確な数は分かりませぬが、他にもいたはずです。ただ、付いていた護衛が敵の数を減らしたはずなので、まだいたとしても数えるほどかと思われます」


「なるほど。護衛の方達は……そうですか」



 その問いに首を横に振る御者の男性。

 マップで馬車が来た方向を辿っていくと、死体が散乱している場所があった。

 【千里眼】で確認したところ、盗賊のような格好をした者達とそれ以外の護衛らしき者達の死体がある。

 辺りをマップで調べても生き残りは双方ともにいないようだった。



「いけません、お嬢様! まだ安全が確認されたわけではーー」


「追手は全滅したのでしょう? でしたら、最低限の安全は確保されているので大丈夫です。それに、いつまでも恩人に礼を示さないわけにはいきません」



 そう言って御者の男性の静止の声を流すと、馬車の扉が開く。

 降りてきたのは妙齢の竜人族の美女だった。

 手入れの行き届いた金色の長髪と竜角に、アクアマリンのような水色の眼、そしてエルフ種のような長耳という種族的特徴だけでも人目を惹くが、造作の整った柔和な顔立ちと抜群なスタイルも合わさって、一度見たら忘れないような印象的な外見をしている。

 身長はリーゼロッテの方が多少高いが、それ以外の身体付きに然程違いは無いものの、胸元が開いた衣装や全体的な色合いの違いもあって感じる印象は結構違う。



「ゴルドラッヘン商会の娘、アリスティア・ゴルドラッヘンと申します。この度はわたくし達の窮地をお助け頂き感謝致します」



 一定以上の規模の商会主ともなると、箔付けも兼ねて国から家名を得る慣習があるらしい。

 家名だけなので当然ながら爵位は無いが、国から家名を名乗る認可が出るほどの資産と影響力がある、成功した商家の証なんだとか。



「冒険者パーティー〈戦神の鐘〉のリーダーを務めております、Aランク冒険者リオン・エクスヴェル名誉男爵と申します。偶然通りかかり助太刀させていただきましたが、ご無事なようで何よりです」



 冒険者プレートを提示しつつ、不躾にならない程度に目の前の女性を観察する。

 このアリスティアという美女は、生来の種族的な身体性能スペックの高さを抜きにしても、それなりに戦闘経験があるように感じられる。

 レベル的には先ほどの盗賊達より低いCランク相当だが、竜人族の能力値の高さを考えると、Bランクにギリギリ入るぐらいか。

 御者の男性と車内でアリスティアと共にいたお付きの女性は、それぞれ人族とダークエルフで、レベルだけで判断するなら人族の御者の男性はBランク中位ぐらいだ。

 一方で、お付きのダークエルフの女性はアリスティアの護衛も兼ねているのか、Aランク下位ぐらいのレベルがあった。

 まぁ、それでも今回対峙した盗賊達を全員相手するとなったら負ける確率が高いので護衛は必要だろうな。



「そのお名前は……もしかして最近北のヴァイルグ侯爵領で竜殺しを果たしたというアノ?」


「はい。おそらく私のことかと思われます」


「そうでしたか。姓と爵位を得たということはAランクに昇級したのですね。おめでとうございます、エクスヴェル男爵様」


「ゴルドラッヘン様。どうぞ、私のことはリオンとお呼びください。アークディア帝国屈指の大商会の御息女である貴女様から様付けで呼ばれるほどの者ではありませんので」


「わたくしもそこまで言われるほどの者ではないのですが……それに、竜殺しは偉業と言っても過言では無いことだと思いますよ?」



 まぁ、俺もそう思うけどね。

 この遣り取りはお互いどれくらいの距離感で接すればいいかを探っているだけだし。



「恐れ入ります、ゴルドラッヘン様」


「……では、リオンさんと呼ばせていただきます。その代わり、わたくしのことはアリスティアと呼んでください」


「ゴルドラッヘン商会の御令嬢の名を私如きが呼ぶわけには……」


「恩人に対してわたくしだけが名前で呼ぶのは心苦しいんです。だから、ね?」



 アリスティアが困ったように念押ししてお願いしてくる。

 ま、ここまで言わせたなら大丈夫だろう。

 決して美女からのお願いに負けたわけではない。



「それでは、アリスティア様と」


「アリスティアとお呼びください」


「では、アリスティアさん」


「アリスティアでお願いします」


「……アリスティア」


「はい! よろしくお願いしますね、リオンさん」



 天真爛漫な笑みの中に思った以上の押しの強さに、顔が引き攣りかけるのをグッと堪えて苦笑する。

 伊達に大商会の一人娘じゃないらしい。

 そんなことを考えてたタイミングでウチの馬車がやって来た。



「アレは私の馬車ですので、警戒しなくて大丈夫ですよ」


「リオンさんは馬車をお持ちなんですね」


「ええ。あの馬車で帝都に向かっている最中です」



 アリスティアが口を開こうとしたタイミングでリーゼロッテが降りてきた。

 その後ろからカレンも出てきたが、御者席から降りたエリンと共にリーゼロッテの少し後ろに控えている。



「終わったようですね、リオン」


「ああ、敵は全員仲良く土の下だ」



 正確には、後で喰手達に食わせるために、圧死させてすぐに死体は【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で【無限宝庫】に回収済みだ。



「ご紹介します。私の仲間のリーゼロッテ・ユグドラシアです。後ろにいるエリンとカレンは奴隷の身ですが、私の大事な仲間ですのでよろしくお願いします」



 後になって分かって問題になるより良いと判断して、二人が奴隷であることを明かしたが、三人からは奴隷と聞いてもそこまで大きな感情の動きは無かった。

 奴隷に対して特に思うことは無いようだ。

 リーゼロッテ達にもアリスティア達を紹介し終えると、アリスティアから提案を受けた。



「リオンさん達は帝都に向かっているのでしたよね?」


「ええ、そうですよ」


「よければ、わたくし達もそちらの馬車にご一緒させて貰えないでしょうか?」


「と、言いますと?」


「ご覧のようにわたくし達の護衛は全滅し、馬車も後輪周辺が完全に破壊されていて修理するにも時間がかかる状態です。敵が再び来ないとも限りませんし、わたくし達だけで帝都の商会本店へ向かうには不安が残る状況なので、戦神の鐘の皆様に帝都本店までの護衛の指名依頼をお願いしたいのです」


「なるほど。状況は理解しました。指名依頼の具体的な内容をお聞かせ願いますか?」



 三人だけで戻れないわけではないだろうが、襲撃がこれで終わりとは限らないし、新たな護衛は必要だろうな。

 それに、大商会と縁を結んでおくのは悪くない。

 安易に商人と縁を結ぶことはしてこなかったが、ゴルドラッヘンほどの大商会が相手ならデメリットよりもメリットの方が上回るのでアリだろう。

 貴族とは関わりが出来てるし、先々を見越して今のうちに商人とも関わりを持っておくか。


 まぁ、それはそれとして。

 指名依頼の交渉では、大商会との縁やコネなどは考慮せずに、ちゃんと報酬の交渉はさせてもらうとしよう。

 それから、アリスティアと依頼内容や報酬などについて詳細を詰めてから、アリスティアが商売道具として持ち歩いていた高位の魔導契約書ギアス・スクロールを使って契約を結んだ。

 現在地から帝都までの道のりと、こちらの馬車への同乗と護衛を考えてもかなり破格の報酬が貰えることになった。


 大商会の一人娘であるアリスティアは、現時点でも商会内で結構な権限を持っているようなので、この場で契約を交わした報酬に関しては確実に貰えるだろう。

 お付きの女性ーーアリスティア付きの秘書らしいーーによれば、帝都に着いたら商会長からも別途報酬があるだろう、とのこと。

 つまり、ここから更に増える可能性があるわけか……流石は大商会というべきか。


 そこまでの報酬が期待できるならば、俺も相応の配慮をしようと思い、ひとっ飛びで元いた護衛達の遺体を回収してきた。

 その際に、盗賊達の死体は【暴食ザ・グラトニー】の喰手に喰わせて処分しておいた。

 話によれば死んだ護衛達は商会内の警備部門の者達なんだそうだ。

 遺族の元に帰せるなら帰すべきだと思うのはアリスティアも同じだったようで、二つ返事で了承してくれた。

 リーゼロッテ達がいなくてソロだったら挙げられない提案だっただろうな。

 なお、回収してきた遺体は、御者の男性が帝都本店へ今回の襲撃の報告がてら先行するので、商会所有の収納系魔導具に入れて一緒に持っていくそうだ。

 帝都へ先行する際には、一頭でも箱馬車を力強く牽引していた大柄で特別な品種の馬である戦闘馬ウォーホースを使うそうで、あの逃走劇からすぐに動けるあたり、人馬共にかなりタフな身体をしている。

 壊れた馬車は俺の方で収納しておくよう頼まれたので【異空間収納庫アイテムボックス】に収納しておいた。



「それでは戦神の鐘の皆様、帝都までの護衛等よろしくお願いします」



 先立って帝都へ向かう御者の男性に直筆の報告の手紙を渡してから見送ると、アリスティアは俺達にそう告げた。

 同行者が二人増えたが、帝都までの道のりは一体どうなることやら。

 何事も無く着くといいんだが……これまでの経験とアリスティアが他の商会から襲撃を受けたことを考えると、たぶん無理なんだろうな。

 ま、俺はスキルと報酬が手に入るから構わないんだけど、なんとも刺激的な道のりになりそうだ。


 そういえば、何かを忘れてるような……?



「えぇ⁉︎ 何ですか、この馬車の広さは⁉︎」



 魔導馬車の中を見たアリスティアの驚く声が聞こえてきた。

 ……そういや普通の馬車に空間拡張術式は施されて無いんだったな。

 他では聞いたことが無いし、この様子だと大商会の一人娘であるアリスティアも初見だったようだ。

 うっかり大商会のお嬢様の前で披露してしまったが……まぁ、タイミング的にも魔導馬車を普通の馬車と交換する暇は無かったから、うん、不可抗力というやつだな。

 それに、生活レベルを下げるつもりは初めから無かったから、こうなるのも必然か。

 さっき結んだ契約書の中に、『俺の許可無く俺達の能力と所有アイテム、そして個人情報を第三者に教えない』、といった内容を入れておいたから大丈夫だろう。


 今回の護衛依頼は、アリスティア達に魔導馬車の使い方の説明をすることから始める必要がありそうだ。

 色々聞かれそうだなぁ、と嘆息しながらアリスティア達の元へと向かうのだった。




 

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