第68話 アイテムボックス
◆◇◆◇◆◇
ゴブリン達による夜襲を迎撃してから一夜が明けた早朝。
日課である鍛練を行なっていると、仲間内で唯一まだ寝ていたカレンが起きてきた。
「朝から何かブォンブォン鳴ってると思ったら、ご主人様か」
魔導馬車から降りて来たカレンの声を【
どうやら風切り音が馬車の中まで届いていたみたいだ。
今度から気をつけよう。
「……ゴクリ。ご主人様って着痩せするタイプなのね。イケメンが上半身裸で筋肉質とか……っと、ヨダレが」
俺に聞こえているとは一切思っていない、煩悩に塗れた幼女らしからぬ呟きを漏らしながら、カレンは魔導馬車の前に置かれたテーブル横に立っているエリンの傍に近寄っていく。
「おはよう、エリンお姉様。アレって何やってるの?」
「おはよう、カレン。見ての通り鍛練よ」
「それは分かるんだけど……何かおかしくない?」
「そう?」
カレンの疑問が本当に分からないのか、視線を此方に向けたままエリンが首を傾げる。
「いや、だって、あの手に持ってる剣? の大きさ、おかしいでしょ?」
「まぁ……大きいわね。ご主人様の身体の倍ぐらい?」
「あんな鉄塊みたいな剣を普通にブンブン振ってるのは思わず目を疑うんだけど……」
「さっきリーゼさんから聞いたけど、鍛練中は重力を操作して自分の身体を凄く重くしているそうよ」
「……どこの戦闘民族よ」
カレンのツッコミを聞きながら、アダマンタイトなどの重い魔法金属を複数使って作った合金製の大剣である〈鉄塊剣〉を振るい、想像の中の敵と戦い続ける。
大体毎朝行っているこの鍛練では、パッシブスキルはそのままだが、アクティブの強化スキルは使っていない。
これは自らを鍛えるためでもあるが、スキルや
上半身裸なのはその方が身が引き締まる気持ちになるのと、空気の流れの感じ方の違いを文字通り肌で感じるために脱いでいる。
まぁ、多少変化した程度なら自然と調整できるので、主な目的は鍛練であることは間違いない。
その鍛練にしたって、毎日必ず行っているわけでは無いあたり、我ながら自由にやっていると思う。
鍛練の最後を締め括るように想像上の敵を真っ二つにすると、自らに懸けていた高重力を解除し、鉄塊剣を【無限宝庫】に収納する。
「ふぅ……ああ、ありがとう」
エリンよりも近い位置で見学していたメイド服姿のリーゼロッテが、スススッと滑るように近づいてきて濡れタオルを差し出してきた。
受け取った濡れタオルで顔を拭いていると、リーゼロッテが自分自身の能力で冷やしたタオルを使って俺の身体の汗を拭き取っていく。
別にリーゼロッテに拭いてもらう必要性はないんだが、「これもユニークスキルの絆レベルを上げるためです」、とアルグラートを発って間もない時の鍛練時に鼻息荒く言われ、そのままなし崩し的に押し切られて今に至る。
まぁ、絶世の美貌のクールなハイエルフのメイドさんに身体を拭かれていると考えれば……特に断わる理由は無い。
急ぎの場合は魔法でさっさと清めるけど、そうじゃなかったらリーゼロッテに好きにやらせている。
それでも、下半身まで拭こうとしたのは流石に止めたけど。
元々そこまで汗掻いているわけではないので、軽く火照った体を冷やすだけでも十分気持ちいい。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、ご主人様」
「おはよう。二人とも疲れは取れたか?」
昨晩の戦闘後、二人は汗と土汚れを洗い流すと速攻で眠りについた。
早くに寝たからか、まだ朝日が昇って間もない今の時間帯に二人とも目が覚めたようだ。
俺は【安楽休眠】のおかげで快適な眠りと目覚めが得られるので、体調はいつも良好だ。
リーゼロッテも夜寝る時は【安楽休眠】を俺から借りているので俺と同じく良好である。
「うーん、まぁまぁ?」
「大丈夫です」
「今日から御者席に座ってもらうけど、体調が悪かったら休んでいいから、ちゃんと遠慮なく言うように」
「うん、分かった」
「分かりました」
「それじゃ朝食に……リーゼ、もういいよ。ありがとう」
「……磨きが足りません」
執拗に人の肌を冷やし拭こうとするリーゼロッテを止めて、【
「やっぱりアイテムボックスって便利よねぇ……」
取り出したシャツを着て椅子に座ると、反対側に座ったカレンがしみじみと呟く。
まぁ、【異空間収納庫】のスキルを有り難むのは、男性よりも女性の方だろうな。
小物だったり着替えだったり女性の方が多いイメージがあるし。
……習得方法ってあるのかな?
朝食を配膳してくれているリーゼロッテとエリンを後目に、ユニークスキル【
次の瞬間、脳裏に流れてきた情報の洪水を【
叡智の流入が終わると、その対価として強烈な睡魔に襲われるが、持ち前の精神力で耐えて、その隙に【不眠不休】を発動させて対価を無効化した。
なお、一連の作業の間は【
「まぁ、手に入れる方法が無いこともないみたいだけどな」
「確か、レベルアップ時に後天的に運良く得られる以外だと、祖父母や両親に同スキル保有者がいたら稀に生まれながらに保有しているの二つのパターンしか取得方法はなかったと記憶していますが?」
俺の前にだけ追加で昨晩の夕食時に作り置きしておいたステーキが山盛りに積まれた皿を置きながら、リーゼロッテが疑問を呈してきた。
「基本的にはそうなんだけどな。あ、いただきます」
「「「いただきます」」」
この世界では食前の祈りの一種として「いただきます」がある。
神への祈りよりも簡素なので、特に厚く信仰している神が無い者が、大自然や自らの一部になる食物に感謝を示すために使う作法という扱いだ。
前世から無神論者だった俺はまだしも、他の三人も特に神への信仰は無いらしい。
……一応、胸の内では加護にある狩猟神、戦神、魔導神の三柱には祈っておくか。
「ーーそれで、習得方法とは?」
俺の食事が半ばほどまで済んだあたりで、リーゼロッテが先ほどの話を掘り返してきた。
「なんだ。リーゼも気になるのか?」
「それはそうでしょう。何せ、【異空間収納庫】のスキルがあれば、持ち運びする荷物を減らせますし、盗難の心配がありません。旅をする者達や戦う者達にとっては垂涎もののスキル筆頭ですから」
「んー、そっかー」
「……何か問題が?」
煮え切らぬ様子の俺を見て、リーゼロッテは何か理由があると判断したようだ。
あながち間違ってはいないが、そこまで深刻な内容ではない。
「いや、方法は簡単なんだが、ちょっと面倒くさい習得方法かな。時に質問なんだがな、リーゼ。一般的にスキルを発現させるには、どんなことが必要になる?」
「そうですね……その習得したいスキルに倣った動きなどを行って経験を積む、でしょうか」
「そうだな。一部の例外を除けば、スキルは経験を積むことで習得することができる。では、エリン。【異空間収納庫】とはどんなスキルだ?」
「えっと、私達がいるこの空間とは異なる空間である異空間にアイテムを収納し、取り出すことができるスキル、です」
「ふむ。それでも合ってるが、より正確に言えば、自分専用の収納空間を異空間に形成し、そこに接続してアイテムの出し入れができるスキルだな」
「自分専用、ですか?」
「ああ。実際、このスキルで作られた収納空間は、その者の肉体と関連付けされているのを確認しているから、自分専用なのは間違いないと考えている」
エリンの答えを添削してから、切り分けたステーキを口に運ぶ。
これはランドルムの町で売られていた牛系の魔物の肉で、竜肉ほどではないが中々美味だ。
昨夜までのゴブリンと同様に、今生において牛系魔物とは未だ遭遇していないため、肉屋で売られているのを見て、思わず丸々一頭分買ってしまったが、これは当たりだったな。
【
【異空間収納庫】に入れていたから、現実空間より多少遅く時間が流れたことによって良い熟成具合に仕上がっている。
収納空間内に生物は入れないから虫の心配も無いので衛生面も完璧だ。
【
【怠惰】がランクアップすれば【堕落な管理者】も性能が上がり、【無限宝庫】に干渉して強化できるようになる気がする。
そうすれば、収納空間内の時間を弄れそうなんだが……ランクアップするのは一体いつになることやら。
まぁ、現状でも【
使える手が増えるに越したことは無いので、頑張ってランクアップを目指したいところだ。
「では、カレン」
「う、うん」
順番的に自分にも質問が来るのは分かっていたようで、緊張した面持ちでカレンが返事をする。
「そんな専用の収納空間を発現させるために必要な経験とは一体何だ?」
「……私だけ難しくない?」
「気のせいだ」
ホントホント。キノセイダヨ。
「何か腑に落ちないけど……。うーん、自分専用の収納空間の経験でしょう。行動を倣おうにも、その専用の空間を得るために積むんだから……無理じゃない?」
「ヒントは昨晩のカレン」
「えっ」
「……言っておくが戦いのことだぞ」
「寝ることが答えかと思ったわ。えーと、うーん。あ、分かった! 私も【聖光魔法】のスキルを得るために光を操る
ドヤ顔で無い胸を張る銀髪狐耳美幼女。
そんなドヤ顔カレンに答えを告げる。
「一応正解」
「一応?」
「まぁ、さっきのヒントから考えれば文句無しの正解なんだけどな」
「じゃあ、合ってるのね」
「ああ。効率はかなり悪いから、後天的に取得できる確率はゼロに近いけど」
「そんなぁ」
「リオンのその言い方ですと、後天的に習得できる効率の良い方法があるようですね」
「あるけど、確率が低いことには変わりないんだがな」
【異空間収納庫】の出し入れ口である黒穴を生み出し、そのままにする。
「このスキルは先ほども言ったように、専用の収納空間を作るスキルとも言える。ならばそのスキルを得るための経験は、専用の収納空間に触れる経験でなければならないよな」
俺が言っている意味が分かった三人がハッとするが、その中でリーゼロッテだけが生じた疑問に首を傾げる。
「ですが、その黒穴には他者は触れられなかったはずですが……」
「デフォルトでは他者による干渉は不可能だが、実はスキル保有者が意識して許可を出せば触れるし、中身の物も取り出せる」
「えっ、本当ですか?」
「やってみるか?」
「はい……あ、本当に手が入りました」
黒穴に手を突っ込んだリーゼロッテの手首から先が消えた。
「味変したいからステーキソースを取ってくれ」
「んー、コレですか?」
「それそれ」
受け取った自作のステーキソースをかけて、〈暴食〉の欲望を満たしながら美味しくいただく。
シンプルに塩胡椒も良いが、ステーキソースも捨てがたい。
「収納系魔導具に手を突っ込むより、他者の物とはいえ、既にある【異空間収納庫】に手を入れて物を出し入れする方が、よっぽど経験を積めるぞ。まぁ、空間系の才能が全く無かったら、幾らやっても発現しないという落とし穴があるんだけどな」
「これは大発見ですね。この情報を公開すれば富と名誉が得られるのでは?」
そう言いながらステーキソースが入った容器を何度も出し入れするリーゼロッテ。
その後ろには、いつのまにか順番待ちのように食事を終えたエリンとカレンがいた。
「うーん、公開しても、それが事実かどうかを証明する手立てが無いんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「だって、それがいつ生えたスキルかなんて周りには分からないだろ?」
「……それもそうですね。ずっと共に行動していたり、習得する以前のステータスの記録が無い限り証明のしようがありませんか」
「そういうことだ。あと、単純に色々面倒くさいことになる気がするのが大きな欠点だな」
「国の内外が騒がしいことになりそうです」
「だろ? だから、この方法と情報の口外を禁じる。周りに人目が無い時限定だが、朝と晩の食後の時間の数分ぐらいなら好きに使っていいぞ」
「やった! ありがとう、ご主人様」
「ありがとうございます、ご主人様」
「有り難く使わせてもらいます」
「うん。いつ生えるか知らないが頑張れ」
異空間にある収納空間に手を入れるという初めての経験にはしゃぐ女性陣の声を聴きながら、俺はステーキの山を消化していった。
ま、はしゃぐのは今だけで、すぐにただの作業になってしまって静かになるんだろうけど。
三人の誰かが発現すれば、女性関連の荷物は全部押し付けようかな。
いや、俺の方でも予備を持っていた方がいいのか?
でも女性物はな……現状でも殆ど預かってるし今更か。
とはいえ、女性物は女性が持っておくに越したことはないだろう。
今の段階から収納系魔導具を渡しておくべきか……でも、自衛力が低い段階で高価な魔導具を渡すのは危険な気がするし、やっぱり保留だな。
基礎レベルが上がれば【異空間収納庫】の容量も増えるから、自衛のことも考えてカレンとエリンのレベル上げを積極的にしておくべきか。
昨晩のような二人のレベル上げに良い獲物がいるといいんだけど……どこかにいないもんかね?
朝食後、三人と雑談したり、出発の準備をしたり、スキルを合成したりしつつ、出発するその時まで【並列思考】を使って近場のマップをチェックし続けた。
[スキルを合成します]
[【疾風馬脚】+【獣満馬力】+【生存本能】=【覇獣の戦闘本能】]
[【豪怪膂力】+【鬼種の剛体】=【豪鬼剛体】]
[【威圧】+【死の威圧】+【王の威圧】=【死王の暴圧】]
[【防御体勢】+【堅守】+【受け流し】+【姿勢制御】=【守護の構え】]
[【生への執着】+【回復特性】+【魔力喚起】=【超回復特性】]
[【超直感】+【戦場の勘】+【野生の勘】=【第六感】]
[【骨加工】+【骨結合】=【万骨成形】]
[【採掘】+【穴掘り】=【大掘削】]
[【悪質な手癖】+【器用な手先】+【悪戯】+【窃盗】=【悪辣器用な手癖】]
[【集団生活】+【八方美人】+【生活の知恵】=【集団生活の心得】]
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