第57話 着装の腕環
◆◇◆◇◆◇
ランドルムに着いてから三日が経った。
今のところアルムダ伯から連絡は無く、宿泊している高級宿で静かに過ごすことができている。
「ふむ。基盤はこれで良し。後は補助と隠蔽か」
核となる小さな青色の結晶を銀色の台座に嵌め込み固定化を終えると、白い腕環全体を俯瞰し、補助術式と隠蔽術式をどのような構図で刻み込むかを考える。
暫し熟考してみたが、特に別の構図が思い浮かぶことは無かったので、予定通りにいくことにした。
指先から細く伸びた魔力線を制御し、腕環全体に補助の術式回路を描いていく。
台座に嵌め込まれた青い結晶の中の中枢術式を補助する術式回路であるため、一繋ぎの回路の両端は中枢術式と繋がっている。
一言に補助術式と表現したが、その中身は複数の術式の集合体なので、刻み込む術式の量は膨大になり、腕環に刻まれた術式の密度は相当な物になった。
今作っている
動作確認のために魔力を通すと、腕環全体に刻まれた回路が青白く発光するのが確認出来た。
「問題無し、と。次は隠蔽か」
補助術式に魔力を通したまま、術式が崩壊しないように回路全体を掌握して腕環の奥深くに押し込む。
腕環全体に見えていた青白い発光ラインが見えなくなる。
再び魔力を通しても回路が内部に沈められたため先程とは違って発光しないが、ちゃんと補助効果が発動しているのが確認できた。
術式崩壊が起こっていないのが確認できると、空いたスペースに隠蔽術式回路を刻む。
その量と密度は補助術式以上だが、その大半は何の効果も齎さないダミー回路だ。
これは隠蔽術式回路を逆算して、魔導具の能力詳細を隠している隠蔽効果を解除する際の難易度を上げるためのものであり、別に無くても問題無い。
問題は無いが、俺なら隠蔽術式のみを刻んだだけならば逆算して普通に解除できるため、今までに自作した魔導具には全てこのダミー付き隠蔽術式回路を刻んでいる。
その術式回路も押し込むと、再び違うタイプのダミー回路が組み込まれた隠蔽術式回路を刻み、そしてまた奥に沈めていくという作業を数度繰り返す。
重なり連なる術式層の全体図を脳裏にイメージし、実際に魔導具を鑑定・解析する。
最高位ユニークスキル【
ユニークスキル【
少なくとも、この世界に来て間もない頃では、隠蔽された情報を看破することは出来なかったのは間違いない。
[特殊条件〈新規魔導具作製〉〈開発先駆者〉などが達成されました]
[ジョブスキル【
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【偽装看破】を習得しました]
[スキル【隠蔽看破】を習得しました]
……困難だったのがちょっと面倒レベルまで難易度が下がったようだ。
ま、いっか。
取り敢えず完成したので、さっそく試してもらおう。
「それじゃあ、使ってみてくれ」
「分かりました。では、発動します」
以前考えていた『専用の収納空間に収納された装備を一瞬で装着する』能力を持つ白い腕環ーー〈着装の腕環〉を装備したリーゼロッテが、その着せ替え能力を発動させる。
一瞬、身に付けている装備の輪郭がボヤけると、次の瞬間には格好がクラシカルタイプのメイド服姿に変わっていた。
「違和感は無いか?」
「肌に触れていた感覚が一瞬で変わったのが違和感と言えば違和感ですね」
「まぁ、そりゃあな。下着は残っているか?」
「仕様通り下着はそのままですね。それ以外の装備だけが入れ替わったようです」
「ふむ。腰にあった双剣や各部の装身具も含めてセットで登録した装備は残っていないみたいだな。メイド服にも異常は見当たらないな」
間近でリーゼロッテの身体の細部を確認する。
肉眼でもスキルでも魔法でも確認したが、どこにも異常は起こっていないようだった。
空間系の術式が使われているので、下手すれば肉体と装備が癒着したり、混ざり合ったりしてしまう可能性があるからだ。
装備を入れ替える基点となる座標変数に肉体の各部を設定し、肉体とは重ならないように同じ空間系術式で構築した
だから問題無いだろうとは思ってはいたが、世の中に完璧な物は存在しないというのが俺の信条なので、実際にこの目で確かめるまで安心できなかったが、どうやら杞憂だったようだ。
一通り確認を済ませた後は、いくつか試してほしい動作の指示をした後は好きに身体を動かしてもらう。
それでも問題は見つからなかったので次に移る。
「それじゃあ、元に戻してくれ」
「分かりました……問題無いですね」
リーゼロッテの装備がヴィクトリアンなクラシカルタイプのメイド服から、戦闘用装備へと一瞬で入れ替わった。
オークコロニーでの一戦からリーゼロッテの防具は変更されている。
装備に使われている素材も内包する能力も変わってはいないが、激戦レベルでの実戦で使用した経験からデザインが変えられた。
以前は、スカート部分がフィッシュテール風に前後で丈の長さに差異があるワンピースにケープコートだったのが、アニメや漫画とかでありそうな神官服風のデザインをした、各部を白銀色と蒼銀色で飾られた白基調のホルターネックワンピースと外套になっている。
俺と出逢う前に着ていた神官服風ドレス装備に似ており、足首まであるロングスカートなのは同じだ。
ただし、直接首から広がるノースリーブデザインに加えて、大変立派な胸を固定するような構造と腰の辺りをベルトで締めた結果、ドレスの上半身部分はピッチリとしており、胸部がパツパツになっている。
下半身は腸骨の辺りから前掛けタイプになっており、腰辺りからミニスカート部分があるので下着が見えることはない。
横のスリットからは防虫・防刃対策の黒のタイツに包まれた太腿がチラッと覗いていた。
他にも、二の腕からの長袖タイプの
ふくらはぎぐらいまでの長さがある外套の存在によって地肌が剥き出しの背中と肩部が隠されるため、パッと見の露出は少ない。
だが、長身・爆乳・細く括れた腰・長い美脚の四つの要素が活かされた人目を惹くデザインになっており、ベタな露出が無いのが返ってその魅力を増大させていた。
基本的なデザインはリーゼロッテ自身がしたのだが、ちょくちょく俺に選択方式の質問を投げかけてきて、その選択が反映されているので半分近くは俺もデザインに関わっていると言えなくも無い。
まぁ、つまり俺の好みのデザインというわけだ。
個人的には白基調も良いが、黒基調でも映えそうだと思う。……予備でも作っておこうかな。
「前の装備よりは気にならないか?」
「ええ。この装備なら激しく動いても見える心配は無いでしょうね」
前の装備は動きやすかったがスカートが捲れやすくて気になったらしい。
今の装備ならばスリットなどで動き易さを維持しつつも、以前よりも捲れ難くなっているので、頻繁に真上に脚を上げるわけでも無い限りその心配は無いだろう。
「この着装の腕環は、あと一セットは登録できるんですよね」
「ああ。今のところは全部で三セット分登録できるな」
「それならあと一つは平服にしますか。選んできますので少々お待ちを」
「了解」
リーゼロッテは収納系魔導具である
「……何だろう。凄く時間がかかる気がするぞ?」
イメージとしては買い物で女性の服選びに付き合わされる荷物持ち男の気分だな。
一先ず完成した着装の腕環だが、凡ゆるところで需要がありそうだ。
一般人を装って標的に近づき、仕掛ける際に万全な戦闘装備に切り替えられるのは暗殺者や殺し屋には有用だろうし、逆に御忍びで行動している護衛対象を護る兵士や騎士も、お忍び用の平服から瞬時に鎧甲冑などに装備を変えられるのは大きいだろう。
冒険者なら魔物のタイプに合わせて耐性装備をすぐに切り替えられるといった利点が挙げられる。
販売したら売れるのは間違いない。
ただ、護衛や冒険者が使うなら構わないが、暗殺者などの襲撃側に使われる可能性を考えると販売は無しだ。
主に使われている素材が理由で製作コストが高いので、現状では量産には向かないため、もっと機能を制限したりしてコストを削減する必要もある。
それに加えて、仮に売るにしても最低でもSランク冒険者ぐらいの社会的地位を得た上で、販売数と売る相手を制限する必要があるだろう。
「あとは悪用防止と盗難対策にシリアルナンバーでも入れるか。まぁ、あくまで構想段階でしかないけど。……まだかかりそうだな」
昨日も一昨日もランドルムの冒険者ギルドには大した依頼が無かったので、今日は外出自体をせずに宿屋で待機することにした。
着装の腕環も完成したから特に予定も無い。
わざわざ何か用事を探して時間を潰す必要も無いので、偶には休息がてらダラけても良いだろう。
着装の腕環の製作に使った道具や素材を【無限宝庫】に収納してから程なくして、別室から平服に着替えたリーゼロッテがやってきた。
泊まっている部屋の別室と居間を行ったり来たりして行われるリーゼロッテのプチファッションショーを観覧し、それぞれの衣装の感想を言ったり、スキルを弄ったりしながら、今日一日をのんびりと過ごした。
[スキルを合成します]
[【生命看破】+【鑑識眼】+【審美眼】+【偽装看破】+【隠蔽看破】+【弱点看破】+【暗視】+【物品鑑定】=【看破の魔眼】]
[【糸生成】+【性質変化】=【万能糸生成】]
[【拘束】+【捕縛】=【拘束術】]
[【日光浴】+【夜の住人】=【白夜の民】]
[【森林浴】+【森の住人】=【森林の民】]
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