第56話 ギルドでの牽制
◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに入ると、そこにいた者達の一部が俺達に視線を向けて硬直していた。
その視線が真っ先に向かったのはリーゼロッテだ。
彼女の神秘的な美貌に見惚れているようで、大小の違いはあれど老若男女問わず魅了されているようだった。
先ほど通った一般人の多い蚤の市では、【
リーゼロッテに向かった視線が自然と同行者である俺へと向けられると、これまた再度身体の動きを硬直させていた。
目を合わせずに【
そういった者達のランクは高いようで、何となく俺の力を感じとっているみたいだ。
とはいえ、誰もが勘が良いというわけではない。
アルグラートでは行儀の良い冒険者達が多かったが、他の場所の冒険者達も行儀が良い者達ばかりだとは思っていない。
俺は、物事の一部だけを見て全体を理解した気になるほど安直でも愚かでもないつもりだ。
俺一人で行動するならまだしも、リーゼロッテという絶世の美女が傍にいれば、それだけ何かしらのアクションが起こる確率が上がるのは自明の理だろう。
リーゼロッテと行動すると決めた時から容易に予測できたことなので、それ自体は別に構わないのだが、一つ一つ対処するのは面倒なのも事実だ。
よって、事前に回避できるなら回避した方が良いので、相手側に躊躇わせる、または回避させる方向で対策を取ることにした。
対人関係で有効そうな【
これで最終手段である武力による排除を行うことは減るだろう。
個人的には降り掛かる火の粉は全て排除したいところだが、それに伴う不利益が大きいと判断したので穏便に済ませるようにしている。
まぁ、結局のところは
「お、スゲー美人じゃねぇか。見かけたことねぇからランドルムは初めてだろ? 俺様が案内してやるよ。こっちに来な」
ーー例えばこういう粗野で下劣な輩は排除対象である。
声を掛けて来たのは長剣革鎧装備のチャラ男系イケメン冒険者。
どうやらリーゼロッテしか視界に入っていないらしく、横にいる俺に気付かない、或いは意図的に無視していると思われる。
チャラチャラした風貌と態度、そしてリーゼロッテの身体へと向けられる下卑た視線から何が目的で声をかけてきたかは一目瞭然だ。
周りの冒険者は誰も止める様子が無い。
それどころか何も見ていないとでも言うように目を逸らしている。
もしかすると日常茶飯事の光景なのかもしれないが、何か様子がおかしい気がする。
まぁ、肝心のリーゼロッテの方はチャラ男冒険者のことなど眼中に無いんだが。
見た目も仕草も言動も全てが軽薄な男からの誘いを、リーゼロッテは完全に無視するだけでなく、一瞥すらせずに歩き去っていく。
あまりにも自然とガン無視する様に、チャラ男冒険者はおそらく聞こえていなかったのだと思ったらしく、自信満々だった笑みを若干引き攣らせながら、呼び止めるためかリーゼロッテの肩を乱暴に掴もうとしていた。
「おい、オレの話を、グッ⁉︎ ガッ……アッ……」
背後に振り返り、チャラ男冒険者と目があった瞬間、軽く殺気を向けた。
視線を合わせさせるために殺気をむけると、【虚脱の魔眼】と【静止の魔眼】でその場に押し留め、駄目押しに【威圧】に加えて軽く【死の威圧】も重複発動させる。
自らよりも生物的上位者から殺気+αを向けられたチャラ男冒険者は、顔色を青から白へと変えていき、歯の根が合わないかのようにガタつかせてから、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「悲惨ですね」
「手を失うよりは良いだろう?」
リーゼロッテは、チャラ男冒険者が触れてくる場所に不可視の氷凍属性の魔力を集めて待ち構えていた。
あのまま触れていたら、運が良くて腕部凍結、悪くて全身凍結だっただろう。
「いえ、私が言いたいのはアレではなく周りのことです」
「ん?」
周囲に視線を向けると、チャラ男冒険者が侍らせていたパーティーメンバーらしき色んな意味で軽そうな女達までもが倒れていた。
近付いて顔を覗き込んで見たところ、死んではいないが女性としては筆舌にし難い表情で気絶していたのでソッと離れる。
他にも、偶々近くにいた他の無関係な冒険者達も顔色を悪くしているのが見えた。
状況から察するに、俺の殺気諸々の余波を受けてしまったようだ。
「ふむ。出力が強すぎたか」
この様子を見るに、低出力で発動したとはいえ【死の威圧】はいらなかったかもしれない。
威圧系スキルはその強弱を調節できるのだが、レベル一とか三とか数字で指定はできず、自分の感覚で出力を調節するしかない。
それに加えて、相手個人の抵抗力も関わってくるため、調節するにあたっての明確な指標が無く、今回のような事態に陥るわけだ。
まぁ、相手を死なせずに動きを止められたらいいと思って使ったので、狙った通りの結果を出せたことには間違いない。
Bランク冒険者ぐらいなら気絶させられるほどの力があることも分かったから良しとしよう。
「私としては氷像にしても構わないと思うんですけどね」
「まぁ、気持ちは分からないでも無いけどな」
似たようなことは今までに何度もあったそうだが、だからと言って慣れるわけでは無いのだろう。
それでも現状では反撃で部位欠損や命を奪うレベルの干渉をしてきたわけでは無いため、正当防衛とはいえさすがにやり過ぎだ。
もっとも、向こうが殺意を持って逆恨みして襲撃してきたならば、同じ殺意を持って討伐させてもらうが。
……気絶する前にしっかり俺を印象付けられたから、狙われるとしたら俺だろうし、仕込みもしておいたので抜かりはない。
リーゼロッテを連れて受付カウンターの一つに並ぶと、既に並んでいた者達が一斉に場所を空けた。
「……いいんですか?」
「「「ど、どうぞ」」」
周りの反応に若干釈然としないものを覚えるが、変に絡まれるよりは良いかと思い直す。
涙目な受付嬢に用件を告げる。
「リ、リッチを倒したんですか⁉︎」
告げられた内容に受付嬢が悲鳴染みた声を上げる。
その発言内容に元の雰囲気を取り戻しつつあったロビーがざわつきだす。
「ええ。コレが討伐証明になります。あと、一応リッチの遺灰もあります」
ロビー中に聞こえるほどの大声で叫び、勝手に情報を漏洩する受付嬢に軽くイラッとしつつも、【
ま、それほどまでに衝撃的な内容だったから仕方がない、と思うことにしよう。
【
この受付嬢では対応できるレベルを越えている案件なのか、すぐさま別のギルド職員がやって来てギルドマスターのところまで案内された。
「ーーリオン殿、リーゼロッテ殿。うちのギルドの者が迷惑をかけたようで大変申し訳ない」
対面のソファに座った、ランドルムのギルドマスターである人族のロウスが深々と頭を下げている。
年齢のわりには薄くなった頭頂部と、優しそうな顔立ちに疲れが見え、何となく苦労人という言葉が脳裏に浮かんだ。
「いえ、お気になさらないでください。私達も仕方ないとはいえ、多少やり過ぎた感はありますので、この辺りを落とし所として頂けると嬉しいです」
「こちらとしても願っても無いことだ。あの男にはこちらも困っていてね。今回のことで大人しくなってくれると良いんだけど……」
「随分と自分に自信があるようでしたね。誰も止める様子がありませんでしたが、何者なんです?」
「あの男、名前はニンベルというんだが、ニンベルは隣のメイザルド王国の高位貴族の三男坊でね。実家の後ろ盾とランドルムでは最高位のBランク冒険者という地位にいる傍若無人な男さ」
そういやマップで検索してもランドルムにAランク冒険者がいなかったな。
レベル的には、目の前にいる元Aランク冒険者であるロウスのようにAランク相当の者はいるみたいだが、俺とリーゼロッテを除いて現役の冒険者にはいないようだった。
「実家の後ろ盾とは言いますが、隣国ですよね? しかも帝国よりも立場が下の国の貴族の力がそんなに役に立つのですか?」
「国同士の関係はその通りなんだが、ランドルムは隣国との交易地だから、こちらに落ち度が無くても逆恨みされて交易を止められる可能性がある。普通ならあり得ないんだが、向こうの親は高位貴族で発言力も影響力もあるようでね。そんなことになったらランドルムの経済に甚大な被害が出てしまう。だから追放できるような犯罪を犯さない限りはギルドも強く手が出せないんだよ」
貴族の三男坊とはいえ、Bランク程度の一介の冒険者が原因で交易ルートの一つが潰されるような事態になるなら、普通に帝国が対処すると思うんだがな。
まぁ、その時は領主であるアルムダ伯は統治力不足とか言われて今の既得権益を奪われる可能性があるから、付け入る隙が生まれるまでは現状維持しかないってところか。
ギルドも領主とは一連托生な部分もあるから、強く出れなくて今に至るわけだ。
「それらのことを理解した上でランドルムを拠点にしているなら面倒な相手ですね」
「ああ、全くだよ。さて、この話はこのあたりにして、リッチの件について話してもらえるかな」
「分かりました。私達が遭遇したのは伯爵領に入った日の夜でしてーー」
それからロウスにリッチと宿場町の近くに発生していたアンデッドの一団、そしてリッチが使役していた元冒険者達の話をした。
その後、リッチの討伐証明部位の確認が取れたので討伐報酬を受け取り、少し雑談をしてからギルドを後にした。
帰り際にロビーを通ったが、チャラ男冒険者ことニンベルとその仲間の姿が見当たらない。
マップで確認したところ全員宿屋にいることが分かった。
醜態を晒したニンベル達がどう動くかは分からないが、再び関わってくるならばその時はその時だ。
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