第58話 違法奴隷



 ◆◇◆◇◆◇



 この世界には奴隷制という国から認められた社会制度が存在している。

 何かしらの犯罪を犯して捕まった犯罪者が刑罰として身分を堕とされる犯罪奴隷。

 お金が無くなり、自らの身を売るのと引き換えにお金を得た借金奴隷。

 奴隷には大きく分けてこの二つのタイプあるのだが、殆どの借金奴隷は自分自身の意思で奴隷の身になっている。

 この借金奴隷には人権があり、衣食住は保証され、住み込みで働くことになる。

 主からの暴力も禁止だし、同意のない性行為も当然ながら禁止だ。

 これらを破った場合は主人の方が罰せられ、そのまま犯罪奴隷落ちになることもあるらしい。

 そして、借金というからには、その借金を返しきれば奴隷の身から解放されることが可能だ。


 一方の犯罪奴隷だが、こちらは更に重犯罪奴隷と軽犯罪奴隷に分けられる。

 そのうち人権といったモノが無いのが重犯罪奴隷だ。

 借金奴隷とは異なり、衣食住の保証は無く、暴力は禁じられておらず、同意のない性行為も全て認められる。

 あからさまに殺そうとした場合ーー公衆の面前で残酷に殺すなどーーは、国から咎められる可能性があるが絶対ではなく、それら全て含めて罰とされているため、このあたりの判断は国次第だ。

 いわゆる終身刑の一つとして扱われているため、当然何をしても奴隷の身分から解放されることはない。

 その罪自体が冤罪でも無い限りは、その命が尽きるまで犯罪奴隷のままだ。


 そんな重犯罪奴隷に比べれば、軽犯罪奴隷の方は前世のマンガやラノベなどでイメージする奴隷に近いだろう。

 主人の所有物と見なされ、他の者は基本口出しができず、最低限の人権はあるので主人も重犯罪奴隷に対するように好き勝手にすることは出来ない。

 功績を立てたり、国から恩赦が出れば犯罪奴隷の身からの解放も可能だ。

 衣食住は保証され、住み込みで働いたり、主人からの理由無き暴力も禁止などは借金奴隷と同じだが、同意のない性行為などは禁止行為になっておらず、奴隷側に拒否権は無いらしい。

 衣食住云々も借金奴隷に比べれば低い扱いであるため、あくまでも重犯罪奴隷よりはマシといった程度の扱いなのだろう。

 犯罪者とはいえ同じ人類種なので値段は高く、早々使い捨てられる者はいないが、こればかりは購入した主人次第と言ったところだ。

 さて、何故この世界での奴隷制のことを振り返っているかと言うと、今回依頼された内容に関わることだからだ。



「ーー違法奴隷商の拠点捜索ですか」



 手元の資料を読みながら思わず眉間に皺が寄る。

 俺達が冒険者ギルドを通して呼び出された先は領主邸だった。

 通された応接間にて領主であるアルムダ伯と冒険者ギルドマスターのロウスから、今回の指名依頼の説明を受けていたのだが、現時点で判明していることが纏められた資料によれば、どうやら違法奴隷に関する依頼らしい。



「ああ。資料に書かれているように、このランドルムの何処かに小国家群に輸出する違法奴隷達を一時的に監禁している拠点があるらしい。ドルタ様からの手紙に書いてあったが、リオンは高い探索能力があるそうだな?」


「一般的な斥候職などよりは高いつもりですね」



 ドルタ様ことヴァイルグ侯からの手紙の内容は知らないが、おそらくオークコロニーのことが書かれていたのだろう。

 いや、相手が人であることを考えると、アルグラートに着いて間もなく受注した依頼で潰した大盗賊団のことかもしれない。

 アルグラート外にアジトがあった大盗賊団だけでなく、アルグラート内にいた大盗賊団の協力者や別働隊の居場所を密告したりもしたっけな。



「その力を貸してほしい。恥ずかしながらドルタ様の手紙で違法奴隷のことを知ってな。手紙に書かれていた情報を元に調査したところ、いくつかそれらしい痕跡を発見したが、拠点と思わしき場所は発見出来なかった」



 違法奴隷とは、その名の通り違法な手段で奴隷にされた者達のことだ。

 無実なのに犯罪者にされたり、直接的に誘拐されたりなど、正規な手続きと理由以外で奴隷にされている。

 国に認可された奴隷商ではない違法な奴隷商によって隷属されており、解放する気が無いので扱いは犯罪奴隷並み。

 つまり碌な目に遭わないわけだ。

 どうやらランドルムに帝国内から攫った違法奴隷達を集め、ある程度の数が集まったら違法奴隷商達によって一斉に隷属化状態にしてから他国に出荷しているらしい。

 ランドルムから少し北にあるコルイという町で国内で集めた者達を引き渡していることが判明しており、そちらの方はヴァイルグ侯が手勢を率いて、違法奴隷商に協力している商会共々捕縛しに向かっているとのこと。



「その違法奴隷達を見つけて解放すればいいのですか?」


「いや、予測される犯罪組織の規模を考えると、市内の拠点は一箇所ではないだろう。被害者の保護は最優先だが、敵を逃すわけにもいかないから一斉に検挙する必要がある。だから、拠点の場所が分かったら先ずは報告してもらいたい。その情報を元に作戦を練ってから動くことになる。襲撃する際には戦神の鐘にも参加してほしいのだが、どうだろうか?」



 そう言って提示された報酬を確認しながら、【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】でマップ検索を行う。

 奴隷商で検索……複数該当。

 ステータスの所属欄にアークディア帝国という表記が無い違法奴隷商を赤色でマーキングする。

 続いて奴隷で検索……多数該当。

 その中にステータスの所属欄で違法奴隷の表記が確認出来る者達がいたので、所属:違法奴隷で再検索し全てをマップ上で青色でマーキングする。

 あとは違法奴隷商や違法奴隷達の周りにいる犯罪組織の者達のステータスから犯罪組織の名をピックアップし、所属欄でマップ上を再検索し黒色で全員をマーキングした。

 犯罪組織のメンバーで高レベルの者や幹部などの要注意人物達に関する情報を脳内で纏めていく。

 【高速思考】と【並列思考】を駆使して脳内資料を粗方纏めると、作業に割いていた分の思考を現実へと向ける。



「侯爵様もそうでしたが、私の望みをよくご存知のようで。何と言いますか、私も有名になったものです……」


「強者の情報を集めるのは領主として当然のことだぞ、竜殺し殿?」



 こちらを揶揄うようなアルムダ伯の物言いに自然と苦笑いになる。

 強者云々は嘘では無いだろうが、おそらく強者イコール要注意人物という意味も含まれているんだろうな。



「報酬は伯爵家所有の魔導具マジックアイテムを任意で各自一つずつと、別途冒険者ギルドを通して報酬金が支払われ、違法奴隷商並びに関連犯罪組織摘発の成果次第では更に追加報酬ですか」



 チラッと隣に座るリーゼロッテを見ると小さく頷きを返してきた。

 事前に言っていた通り判断は俺に任せるらしい。

 依頼を受けるかどうかの判断を下す前にもう見つけてしまったので、少なくとも成功は約束されている。

 まぁ、最低限の報酬は約束されているので構わないだろう。

 それから幾つか確認を取ってから指名依頼を受諾した。

 依頼受諾は同席しているロウスがギルドマスターの権限で素早く処理してくれたので時間は掛かっていない。

 そのつもりで同席し、前もって書類を準備してきていたので当たり前なのだが。



「ではさっそく捜索して参りますので、これにて失礼します」


「ああ、頼んだぞ」



 アルムダ伯達に断りを入れてから領主邸を後にする。

 領主邸を出て少ししてから路地裏へと入り、歩みを止めることなく進んでいく。



「リーゼ。俺から借りているスキルを【認識遮断】に変えてくれ。それぞれの場所を直接確認しに行く」


「分かりました。もう全ての拠点が分かったのですか?」


「ああ。アルムダ伯と話しながらマップでな」


「犯罪者の天敵みたいなスキルですね」


「俺もそう思う。それじゃあ行こうか」



 お互いの姿が不可視状態になる。

 視覚情報だけで無く、俺達が発する音も匂いも魔力までもが他者は認識出来ないように遮断されており、他の者達がこの状態の俺達を見つけることはほぼ無理だと思う。

 普通なら俺達もお互いを認識出来ないのだが、ランドルムに着く前に行った検証の結果、お互いのみを認識の遮断対象から外すことに成功している。

 試しにユニークスキル【忠義ザ・ロイヤリティ】による主従の繋がりを意識した状態で発動してみたところ上手くいったのだ。

 それでも目を離したら見失ってしまうほどに薄っすらとしか認識できないので、気を抜くことはできない。

 ふと思い付き、先日合成してできた【看破の魔眼】を発動させてみると、リーゼロッテの姿がはっきりと見えるようになった。

 どうやらリーゼロッテを見失うことだけは無さそうだ。

 準備が整ったのでさっそくランドルムの各所を回っていった。

 マップで集めた情報の裏付けが取れ次第領主邸に戻るとしよう。

 その後はクズどもの殲滅だ。慈悲は無し。



[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]

[ジョブスキル【隠密師ハーミット・ロード】がジョブスキル【隠密頭ハーミットリーダー】にランクアップしました]


 

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