第52話 ジョブスキルとメイド



 ◆◇◆◇◆◇



 リーゼロッテの持つユニークスキル【忠義ザ・ロイヤリティ】の内包スキルの一つに【主従兼能】というスキルがある。

 このスキル効果は、『【忠義】の保有者が仕える対象に定めた存在と絆を深めるほど、互いのスキルを共有できる』というものだ。

 互いのスキルを共有とは言うが、正しくは任意のスキルのレンタルと言っていいだろう。

 貸し出している間は、そのスキルが使えなくなるというわけではないため、共有でも合っているとは思うが、感覚的にはレンタルの方が近い。

 絆の深度ーーリーゼロッテが言うところの絆レベルの数値と、相手から借りることができるスキルの数が同じであり、一度スキルを選択すると再選択するのに一時間待つ必要がある。

 また、【忠義】と同種である他のユニークスキルを借りる際は、その内包スキル単位でしかスキルを借りることは出来ない。

 他にも、リーゼロッテ側が借りることが出来るユニークスキルは、【忠義】のランクである〈特異権能エクストラ〉級までなどの制限もある。


 リーゼロッテとユニークスキルによる特殊な主従契約を結んでから然程時間は経っておらず、現在の絆レベルが零から一になったのも今日の朝方だ。

 互いに相手から借りれるスキルは一つだけだが、それは固定ではなく一時間経てば変更が可能なので大した問題ではない。

 この借りるスキルだが、これは相手に貸し出しても良いと判断したスキルのみが集められた一覧表が相手の脳裏に浮かぶようになっており、その中から選択するという仕様になっている。

 俺がリーゼロッテから借りたのは、【成長深化】というユニークスキル【傲慢ザ・プライド】の内包スキルの一つだ。

 【成長深化】は俺が保有する【超成長】と似た効果を持つ成長系スキルであり、【超成長】とは効果が重複するため、現状一つしか選べないならばこのスキル一択だろう。

 では、リーゼロッテが選ぶのは【超成長】一択かと言うとそうではない。

 リーゼロッテが現時点までで選んだスキルは二つあり、状況に応じて付け替えている。

 一つは俺と同じ選択と言える【超成長】だが、もう一つは【料理人コック】だった。


 昨日一昨日と、夕食の準備において料理の【指導】を付きっきりで行った結果、普通に飲めるぐらいにはスープ料理を作ることが出来るようになっている。

 今日はリーゼロッテ一人で最初から調理をしているのだが、料理への意気込みからか、調理前に【料理人】に変更していた。

 一部の高位ジョブスキルや特殊ジョブスキルにはユニークスキルのように内包スキルがあるが、【料理人】のような低位の生産職にはそのようなモノは無く、ジョブスキルには必ずある職業絡みの行動を補正する効果と、一部の能力値パラメータを増大する効果の二つだけだ。

 そのため、【料理人】を持っているからといって劇的に調理技術が上がることは無い。

 補正効果についてだが、例えるなら、素の技量に一から十までの振れ幅があるところに、ジョブスキルの補正効果が加わることによって、八から十の力を発揮できる安定性が得られるようになる、というものだ。

 だから、素の技量の振れ幅が大きい料理初心者であるリーゼロッテにとって、失敗する可能性が下がるジョブスキルの存在は確かに有用かもしれない。



「ーー美味いな」



 今回リーゼロッテが選んだのは、オウカボと呼ばれるカボチャ似の野菜を使ったオウカボスープだ。つまりカボチャスープだな。

 個人的には工程が面倒くさい類いのスープなんだが、このオウカボスープの味は甘く滑らかな舌触りをしており、素人の所感ではあるが文句無しに美味いと言える完成度だった。



「本当ですか?」


「うん。本当に美味しいよ。この短い間に腕を上げたな」



 ジョブスキルがあっても素の技量が無ければこの完成度は得られない。

 プロからすればまだまだだろうが、俺たちは料理の素人なのでこのレベルでも十分すぎる。美味しいのは本当だからな。



「リオンのおかげです。故郷で習った時はこう上手くはいきませんでしたから」



 それはおそらく、周りの者達がリーゼロッテにワザと間違った教え方をしたんじゃないかと考えている。

 確かに不器用ではあるけど、料理が出来ないレベルの不器用さではない。

 簡単な料理なら教えれば普通に作れることは昨日までの二日間で分かっている。

 となると、傅かれる側であるリーゼロッテが料理をするのを問題視されたのかもしれない。

 普通に考えれば特に問題は無いはずだが、国が違えば常識も変わるので有り得ない話では無いだろう。

 他にも、リーゼロッテの作った料理を巡って争いが起こる可能性があるからとか、突拍子も無い想像も頭をよぎったが、さすがにそれは無いか。

 勿論、リーゼロッテに教えた者の腕前が偶然悪かったという可能性もあるが、まぁ、無いだろうな。

 どれが真実かは分からないが、別に態々指摘するようなことでも無い過去のことであるため、このまま黙っておくことにした。



「この味が安定して出せるなら、スープ以外も普通に作れそうだな。……ところで」


「何でしょうか?」


「何でメイド服に着替えてるんだ?」



 料理のために魔導馬車内に引っ込む前の格好とは違い、リーゼロッテの服装がメイド服に変わっていた。

 以前、リーゼロッテを助けた時に着替えとして貴族の屋敷から適当にメイド服を拝借したのだが、その時のとはデザインが違うので別物だと思われる。

 おそらくアルグラートで購入したんだろうが、何故購入したんだろうか?



「【料理人】スキルでふと気付いたのです。私の【主従兼能】もジョブスキルのような物だと」


「どういうことだ?」


「スキル上での擬似的な主人と従者というロールは、ある意味職業のような物と言えなくもありません。その絆レベルについても、ジョブスキルの熟練度レベルであり等級みたいな物ではないかと考えました」


「ふむ。確かに絆レベルが上がると効果が上がる点は、ジョブスキルのランクアップに近しい物があるな」


「はい。ですから、ジョブスキルのレベルを上げるにはその職業に即した行動の経験が必要なように、絆レベルを上げるには従者らしい行動が必要だと判断しました」


「絆レベルの上げ方はスキルから伝わってこないのか?」



 今のリーゼロッテのレベルなら保有しているユニークスキルの使い方は本能的に理解できる筈だ。

 話を聞くに上げ方は分かっていないようだが一応聞いてみる。



「共に過ごした時間と経験が関係することしか分かっていません。経験というのがどのような経験のことを言っているか分かりませんでしたが、ジョブスキルを参考にした次第です」


「だから形から入るというわけか」


「そういうことです」


「騎士とかじゃないんだな?」


「騎士よりもメイドの方が分かりやすいですから」


「……なるほど?」



 騎士と言っても国や場所、状況によってその姿は異なるうえ、冒険者の中には騎士じゃないのに騎士っぽい格好をしている者もいたりするため、格好の基準は結構曖昧だ。

 それに、騎士が仕えるのは王や貴族というイメージがある。

 普通の貴族ならまだしも、騎士が俺みたいな流浪の名誉貴族に仕えているイメージは湧かないが、メイドならば仕える対象は王侯貴族に限らないし、身の回りの世話的な意味でも傍にいてもおかしくないだろう。

 あとは、リーゼロッテが言うように一目で分かるという点では納得だ。

 メイドも従者に含まれるんだっけ、とか、実際の効果の有無をどうやって確かめるんだ、とか色々気になる点はあるが、眼福だし、本人が納得しているから別にいいか。



「まぁ、以前の私のメイド服姿を見たリオンの反応が良かったのが大きな理由なんですけどね。ーー如何でしょうか、ご主人様」


「……似合っているよ、ホントに」



 ロングスカートの裾を摘み、軽く持ち上げながら一礼すると、揶揄うような微笑を浮かべたまま感想を求めてきたので正直な感想を伝えた。

 リーゼロッテ救出後に、ボロボロになっていた服の代わりにメイド服を着ていたリーゼロッテに対する俺の反応のことを言っているのだろう。

 アレは腕に当たる胸の感触も含めての反応だったんだが、リーゼロッテのメイド服姿に魅了されたのは事実なので反論の言葉を呑み込む。

 スカートの丈が短い軽薄な感じのなんちゃってメイド服は趣味じゃないが、リーゼロッテが着ているのは以前拝借した物よりもシックで品の良いデザインでありながらも、女性受けを意識したのか、控えめながら所々にフリルが飾られていた。

 魔導具マジックアイテムではないが、凹凸のある身体付きでありながらも、スラリとした長身と神秘的な美貌を持つリーゼロッテに良く合った衣装だと思う。



「それにしても、前のメイド服なら分かるが、何で新しいのを買ったんだ?」


「単純にサイズが合っていなかったからというのもありますが、一番の理由はリオンを誘惑するための特別な衣服が欲しかったからです」


「……」



 思わず絶句したが、どこかリーゼロッテらしいと納得もしてしまった。

 クールで神秘的な見た目をしているが、アッチ方面では外見を裏切る積極性を発揮することを、この短い付き合いの中で実感しているからだ。



「アルグラートに滞在している間に手に入れたかったので、大金を積んで急ぎで作らせました」



 てっきり既製品かと思ったら、まさかのオーダーメイド。

 その情熱と積極性に思わず震えそうだ。

 どういう意味合いでの震えなのかは自分でも分からないが、目の前にいるメイド服姿の絶世の美貌のハイエルフが原因なのは間違いない。



「……リーゼがその格好で出歩いたら周りの視線を物凄く集めそうだな」


「リオン以外に見せる気は無いので、基本的に周りの目が無い時だけ着る予定です」


「ああ、そうなんだ。何か安心した」



 この格好を衆目に曝さないと知って色んな意味で安心した。

 肌の露出のあるドレス姿よりは断然マシだが、肌の露出は無くとも身体のラインがちゃんと分かるデザインをしているので、個人的にはこれはこれでヤバいと思う。



「それにしても、常に着ているわけじゃないなら絆レベルが上がるのにあまり影響が無さそうだな」


「まぁ、今回は初お披露目ということで着替えましたが、本来なら野外で鎧を脱ぐのは危険ですからね。基本的に泊まる宿の室内で着ることになるでしょう。元より影響があったら運が良い程度の気持ちで着てますから、影響が無いなら無いで別に構いません」



 どのくらいの頻度で着替えるつもりなのかは分からないが、頻繁に着替えるのは大変そうだ。

 俺の場合だと、ユニークスキル【強欲神皇マモン】の【無限宝庫】の機能によって、無限宝庫内の装備を一瞬で装備することが出来るので大した労力ではない。

 この時、元々身に付けていた装備は無限宝庫内へと自動的に収納されるようになっている。

 その術理自体は既に解析済みなので、あとは空間系術式と術理系術式を使えば、似た能力を再現した魔導具が作れる気がする。

 術式が構築できたら試作品を作ってみてもいいかもしれない。

 それがあれば、リーゼロッテも直ぐに装備を変えられるようになるし、今みたいな非戦闘状態から戦闘状態へと瞬時に移ることができるようになって、平時の安全性の向上にも繋がる。

 ま、詳しくは術式構築の見通しがついてから考えるとするか。



「そういえば、その服は店で作らせたのか?」



 短い間に服飾職人と個人的に繋ぎをつけることができるとは思わないので、おそらく服飾店の店頭で依頼をしたんだと思うが、念の為聞いておこう。



「ええ。ちゃんと信頼と実績のある女性用衣類を扱っている店で注文しました。ちょうど店に専属の服飾職人達がいたのは幸運でしたね。こちらの要望を直接伝えることができましたから、どの衣類も満足のいく出来栄えになりました。ちなみに服飾職人は全員女性です」


「そうか……ん? どの衣類も、ということはそれだけじゃないのか?」


「替えのメイド服も必要ですから当然です。他にも平服や下着なども作らせました。全て試着しましたが、高価なだけあってどれも中々の着心地と肌触りの良さでした。時間があればもっと発注したかったのですが、残念ですね」



 何となくだが、短い間に手作業で全てを仕立てた服飾職人達が疲労困憊になっている気がする。

 俺も無関係ではないので、心の中で服飾職人達の心身の健康を【祈願】しておくことにした。



 

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