第三章

第51話 聖剣と聖気



「ーー盗賊ってのは何処にでもいるんだな」


「国境に面したアルムダ伯爵領のような、確実に商人や旅人の往来がある場所は、盗賊にとっての稼ぎ場です。討伐しても、また他所から流れて来るのでキリが無いでしょうね」



 ヴァイルグ侯爵領の領都アルグラートを発ってから早三日。

 ヴァイルグ侯からアルムダ伯への手紙の配達依頼を受けた俺達は、今朝方になって目的地があるアルムダ伯爵領へと足を踏み入れていた。



「行商や旅行をするのも命懸けなんだな……」


「おい、何ブツブツ言ってやがるっ⁉︎ 早く降りて来やがれ‼︎」



 魔導馬車の御者席にて、隣に座るリーゼロッテと野外の治安の悪さを嘆いていると、武器を構えて周りを囲んでいる盗賊達の一人が声を荒らげてきた。

 その怒声に怯えるように、白銀色の長髪を揺らしながら俺の腕にしがみ付いてくるのは、神秘的でクールな美貌のハイエルフであるリーゼロッテだ。

 布製の防具を押し上げるほどに大変立派な双丘が、その形を変えてしまうぐらいに密着しているので、左腕がとても幸せな状態になっている。



「……何やってるんだ?」


「先ほど読んでいた本に出てきたヒロインの気持ちが分かるかと思いまして」


「分かったのか?」


「……危機感が持てないので駄目ですね。違う意味でドキドキはしていますけど」


「余裕じゃないか。従者として現状に対処すべきでは?」


「従者というのはスキル上での立ち位置ですけどね。勿論、ちゃんと尽くす気持ちはありますよ……尽くす気持ちは」


「意味深だな。まぁ、それはさておき、対処はどうする?」


「私がしてもいいですが、対人戦で剣の性能を試したいと言っていませんでしたか?」


「あ、そういえばそうだったな」



 妖しく微笑みながら更に身体を密着させてくるリーゼロッテに理性の鎧を削られつつ、ユニークスキル【強欲神皇マモン】の内包スキル【無限宝庫】から一振りの剣を鞘から抜いた状態で召喚する。

 再び怒声を上げようとした盗賊の声を遮るように、取り出した剣を横薙ぎに振るうと、青い剣身が瞬時に伸長し、魔導馬車の前方にいる盗賊達の首を刎ねた。



「降りて来ねぇ、と……はぁ?」


「降りて来ないと、どうなるんだろうね?」



 剣身を元の長さに戻すと、剣の切っ先を天に向けて再び剣身を伸長させる。

 天へと長く伸びた後、幾重にも枝分かれした切っ先が、前方以外で魔導馬車を囲んでいた盗賊達の頭部を頭上から貫いていく。

 御者席から一歩も動かずに盗賊達の処理を終えると、敢えて狙わなかった怒声盗賊へと視線を向ける。

 状況を理解したのか、顔を青褪めた怒声盗賊が慌てて踵を返して逃げ出そうとするのを、【静止の魔眼】を発動させて強制的に動きを止めさせた。



「ふむ。対人戦で不意を突く際には有効だな。さて、情報を集めてくるから離してくれないか?」


「名残惜しいですが、仕方ありませんね」



 此方の言葉を受けて素直に腕を離すと、代わりに俺が持っていた手綱を受け取るリーゼロッテ。

 手綱が付けられているのは馬型のゴーレムであるホースゴーレムなので、別に手綱は要らないのだが、御者が必要無いのに御者席に座っているのと同様に、周りの目を気にして用意した偽装の一種だ。

 そんな御者席から飛び降り、怒声盗賊へと近づく。

 直接触ると汚いので、【魔装鎧】で掌に魔力の膜を張るのを忘れない。

 準備を済ませると、アルムダ伯爵領内の情報と盗賊のアジトの位置を調べるために、怒声盗賊の頭部を掴み【強奪権限グリーディア】を発動させて記憶を強奪した。

 味方が誰もいない怒声盗賊の悲鳴が周辺の雑木林に響き渡る。


 伝聞でしかアルムダ伯爵領のことは知らないので、何かしら外部に流れていない情報が得られると嬉しいところだ。



[スキル【拡声】を獲得しました]



 ◆◇◆◇◆◇



 怒声盗賊が提供してくれた情報を元に、襲撃してきた盗賊達のアジトを逆に襲撃した。

 アジト内にいた盗賊達のリーダーの協力もあって、アウトロー方面に偏ってはいるが、領内の情報を手に入れることができた。



[スキル【対人戦の心得】を獲得しました]

[スキル【戦術】を獲得しました]


[特殊条件〈悪性存在大量討伐〉〈一方的な蹂躙〉などが達成されました]

[ジョブスキル【断罪者パニッシャー】を取得しました]


[経験値が規定値に達しました]

[ジョブスキル【聖剣士セイクリッド・セイバー】を習得しました]



 盗賊達のアジト内にあった物資を回収していると、ユニークスキル【魔賢戦神オーディン】の内包スキル【情報賢能ミーミル】が新たなスキルを入手したことを知らせてきた。

 詳細が気になったが、陽が暮れてきたのでその場では確認せず、少し移動した先の野営地にて新規スキルの確認をした。



「【聖剣士】か。これがあれば、聖剣を使っていてもおかしくはない……かな?」



 今回の依頼の報酬の先払いとして、ヴァイルグ侯から〈変わり在る霊水の聖剣エストミラージ〉という剣を受け取っている。

 ヴァイルグ侯爵家の宝物庫で埃を被っていた代物らしいが、果たしてヴァイルグ侯はこの剣が〈聖剣〉であることを知っていたのだろうか?

 高位の魔導具マジックアイテムであればあるほど、そのアイテムの名称や有する能力を確認するための鑑定系能力とその保有者には、相応に高いランクとレベルが求められる。

 聖剣エストミラージのアイテムランクは、全八等級の上から三番目の〈叙事級エピック・クラス〉。

 一般的なアイテム鑑定スキルである【物品鑑定】の場合だと、熟練度レベルが相当高いか、鑑定能力を強化するようなスキルでもない限り、正式名称の把握すら不可能だろう。

 ヴァイルグ侯の先祖がコレクションとして集めて以降、鞘から抜くことも出来なかったがために、宝物庫に放置されていたならば聖剣だということに気付いていなくてもおかしくはない。



「おかしくはないが……いや、これは希望的観測だな。聖剣だと分かった上で渡したと考えておくべきか」



 これまで聖剣が鞘から抜けなかったのは、聖剣を扱うための適性スキルを持っていなかったからだろう。

 聖剣の適性スキルは、主に【勇者ブレイヴァー】【剣聖ソード・マスター】【聖剣士】の三つが挙げられ、どれか一つでも取得していれば聖剣を使用することができる。

 俺は【大勇者アーク・ブレイヴァー】と【剣聖】があるので普通に扱うことができた。

 俺が適性スキルを持っていると確信はしていないだろうが、竜殺しやオークコロニー殲滅から推測ぐらいはしているかもしれない。

 そんな俺が聖剣エストミラージを普通に使っていたら、その推測が確信へと変わることになる。

 まだAランク冒険者でしかないから、出来れば〈聖剣使い〉という肩書きは避けたいところだ。



「普段使いは出来ないが、能力だけは手に入れておくか。オリジナルは保管してあるし構わないだろう」



 現在のユニークスキル【魔賢戦神】の内包スキル【複製する黄金の腕環ドラウプニル】は、叙事級までの物質を複製することができる。

 おかげで現地産の聖剣を失わずにその能力を手に入れることが出来た。

 


[アイテム〈変わり在る霊水の聖剣エストミラージ〉から能力が剥奪されます]

[スキル【霊水聖刃】を獲得しました]

[スキル【性質変化】を獲得しました]

[スキル【形態変化】を獲得しました]

[スキル【水分操作ウォーター・コントロール】を獲得しました]



 中々使い勝手が良さそうなスキルだが、更に強化出来そうな気がする。

 手に入れたばかりだが、早速【合成】させてみよう。



[スキルを合成します]

[【破魔光刃】+【霊水聖刃】=【霊光聖刃】]



 水属性こそ失ったが、聖なる力が更に強化されたみたいだ。

 聖なる力である〈聖気〉は、魔力を有する生物や不浄なる存在に対して特効を持っているので活躍の場は多いだろう。

 人前で使えるかどうかは、このスキルに限った話では無いので取り敢えず横に置いておく。

 色々試してみたところ、【魔装刃】で指先に作った魔力の刃にも【霊光聖刃】は発動できるようで、魔力の刃が蒼銀色の聖気に覆われた。

 だが、“聖刃”とあるように刃がある物にしか発動出来ないらしく、拳や足に聖気を纏わせることは出来なかった。



「武器だけじゃなくて身体にも纏えたら便利なんだけどな。……いや、造り変えればイケるか?」



 強化系スキルである【暴竜鬼闘気】を軸に、【勇猛なる心身】と【練気術】を繋ぎに使えば狙い通りの性能のスキルへと合成出来そうだ。



[スキルを合成します]

[【霊光聖刃】+【暴竜鬼闘気】+【勇猛なる心身】+【練気術】=【勇光聖闘気】]



「よしっ!」



 会心の出来に思わずガッツポーズを取ってしまった。

 野営地の椅子に座った状態のまま【勇光聖闘気】を発動させると、身体全体が攻防一体の黄金色のオーラに覆れる。

 食事のために用意していたナイフとガラス製のコップを手に取ると、俺の意思に従ってナイフだけでなくコップにも聖気であり闘気でもある黄金色のオーラが付与された。

 中軸にした【暴竜鬼闘気】を上回る性能になったことを肌で感じていると、背後の魔導馬車の扉が開く音が聞こえた。

 聖気を消して振り返ると、リーゼロッテが夕食を運んでいたので、配膳を手伝うために椅子から立ち上がる。

 さて、昨日は一昨日と大して変わらなかったが、今日のスープの出来はどうだろうか?



 

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