第47話 大森林を北へ 後編



 ◆◇◆◇◆◇



「……一日では見つからなかったか」



 昨日とは異なる木々の拓けた空間にて、俺とリーゼロッテは遅めの夕食を摂っていた。

 陽が暮れても暫くの間捜索を続けたものの、昇級試験の目的であるオークコロニーは発見出来ていない。



「大森林と言うだけあって広いですからね。魔物がいなければ違ったのでしょうが、多種多様な魔物の生息地ですし仕方がないかと」


「まぁ、奥に進むにつれてギルドの方でも把握していない魔物も増えてきたからな。オークとの遭遇戦も増えてきたし、足跡から方角は間違ってないようなのがせめてもの救いかな」


「オークとの戦いは避けようと思えば避けられましたけどね」


「豚肉のストックが欲しくてな。見つけ次第確保一択だ。一応、アルグラートに向かう個体を出来るだけ減らすっていう目的もあるんだぞ?」


「前者の比重が大きそうです」


「七対三ぐらいかな。ところで、オーク肉を使った冷しゃぶサラダのポン酢和えは美味かった?」


「とても美味しいです。毎日の食事が楽しみですね」



 昇級試験がオークコロニーの捜索と聞いて、ふと冷しゃぶが食べたくなり、そのためには個人的にポン酢が必要だった。

 転移で行ける小国家群の至るところで数種類の醤油を買い集め、その中から厳選した醤油を使って作られた自家製ポン酢は、しっかりと冷やされた薄切りオーク肉に良く合った。



「いや、リーゼも作ってくれよ」


「全て同じ味の野菜スープで良ければ作りますよ。ちなみにほぼ野菜の味のみ薄味です」


「……他は?」


「不器用なのでそれ以外は作れません。あ、切るのと冷やすのは得意です」


「野菜スープって故郷の味的な?」


「いいえ。故郷にいた時に料理を習ったのですが、最終的に野菜を煮込んで塩をひとつまみ入れた料理しか形になりませんでした。なので特に郷土料理というわけではありません」



 最終的にって、それってつまり、周りも匙を投げるほどに酷かったってことか?

 嘘をついている様子は無いから本当のことなんだろう。



「そ、そうか。まぁ、料理に関しては落ち着いた時にでも追々話し合おう」



 一周回ってリーゼロッテの調理技術を見てみたい気がする。

 時間ができたら試しに野菜スープ以外の料理を作ってみてもらおうかな。

 気分的には怖いもの見たさだが、仮にヤバい劇物ができても【暴食ザ・グラトニー】の【万餐吸喰グラトニア】と【健康練体】があるから死ぬことは無い。

 死なないまでも味や食感で苦しむぐらいはありそうだが、その時は【苦痛耐性】と【精神耐性】を頼るとしよう。


 俺の料理の腕は一般人レベルだが、実際の料理を見れば何かしらアドバイスが出来るかもしれない。

 それをきっかけにリーゼロッテが料理をしてくれるようになれば、今回みたいな野営時の調理を当番制にできる。

 教えるとしたら、やっぱり無難に同じスープ系からかな?

 俺自身は料理センスの無い素人でも、【異界の知識アナザー・レコード】内には前世の本やテレビ、ネットで見た数々の料理レシピや料理関連の情報がある。

 生来の多少良い程度の記憶力では全てを覚えていなかったが、それらの情報自体は【異界の知識】にしっかりと記録されていた。

 その中には数は少ないがスープ系もあるので、こっちの世界でも作れて、工程が少ないレシピを選べば多分大丈夫だろう。


 

「それにしても、リオンはよく食べますね」



 リーゼロッテの視線の先にある俺の目の前には、オーク肉の冷しゃぶサラダ以外にも、オーク肉の豚丼、フクロウ似の魔物フルースク見堕とす禿鷹ゲイズヴァルチャーの焼き鳥、紅黒竜の竜肉串、深緑竜の竜肉ステーキといった肉料理がテーブルに並んでいる。

 他にも野菜炒めと野菜サラダ、あとはスープに冷えた飲料水もあるのだが、全体の七割以上が肉料理だった。

 これらの内、冷しゃぶと豚丼、ゲイズヴァルチャーの焼き鳥以外は以前作った時に作り置きしておいた物だ。

 リーゼロッテの前には冷しゃぶと豚丼、野菜サラダとスープ、焼き鳥と竜肉串が数本ずつあるのみ。

 ちなみに、これだけの料理があると相応に匂いが発生するのだが、野営地を覆うように対物結界を発動させているので外部に匂いが漏れることはない。



「元々食べるのが好きってのもあるが、大なり小なり【暴食】の影響もあるだろうな」


「上手いこと噛み合っていますね。肉料理が好きなのですか?」


「まぁ、野菜が嫌いというわけじゃないんだがな。海鮮料理とかも好きなんだが、あえて言うならやっぱり肉かな」


「なるほど。アッチは肉食ではないのにコッチは肉食なのですね」


「何のことを言ってるか分からないな」



 【無表情ポーカーフェイス】を維持しつつ、リーゼロッテからのジトっとした視線を受け流してから豚丼を掻き込む。

 何か言ったら墓穴を掘りそうなのでこの話題はスルーしておく。

 その後も雑談を交わしながら食事を続けた。

 食事が終わってからは順番に魔導馬車の浴室で身体を清め、既に張ってあった認識阻害と対物と対魔法の三重結界に加えて、警護用にストーンゴーレムとクレイゴーレムを十体ずつ生み出しておく。

 他にも罠などを幾つか仕掛けると、明日以降の捜索に備えてさっさと寝室で眠りについた。



 ◆◇◆◇◆◇



 オークコロニーを捜索し始めて三日目。

 ついにオーク達のコロニーを発見した。



「まさか三日もかかるとはな……」


「むしろよく三日で見つかったと言うべきでしょう。普通ならまだ時間がかかっています」


「だな。この無駄に広い大森林内で、暫く北に向かってそこから西に曲がるなんて、目印も無いから先ず発見は無理だろうな」



 大樹の上に陣取りながら遠くに見えるオークコロニーを注視する。

 空から見たコロニーの全体図は楕円形だ。

 コロニーの上方には、岩壁から半分突き出るようにして形成された岩山が広がっており、その正面の平地である大広場を岩壁と大森林の木々が囲んでいる。

 大森林に接している下方の敷地は、周辺の木々を伐採して作られた木壁や柵で囲まれており、見張り台には複数のオーク達が配置されていた。

 楕円形のコロニーの上半分を囲む岩壁には幾つもの洞窟が出来ており、その穴の中からは採掘音が聞こえてくる。

 採掘音が聞こえない穴の中にもオーク達が屯しており、家代わりか何かに再利用しているみたいだ。


 洞窟内から採掘された鉱石が入れられた木箱は、蟻型の魔物の背中に載せられると、中央広場の一角へと運ばれる。

 その一角である鍛冶場に待機していたオークが運ばれてきた木箱を受け取り、鍛冶場の横の集積所に木箱を積み上げていく。

 鍛冶場からは金属を打つ音が響いており、数体のオーク・スミスが武器を量産しているのが見える。

 また別の一角では、獣型の魔物が種類別に集められ、オーク達によって飼育されていた。

 そこにいるのは騎乗可能な獣型の魔物だけだったが、岩壁を大きく削って作られた穴倉には、騎乗には向かないが戦闘力の高い様々な種類の魔物が押し込められている。

 中にはオークよりも強い魔物もいるのだが、穴倉に押し込められても暴れることはなく、まるで人形のように唯々諾々と待機している光景は異様だった。

 

 

「オークが約三百体、それ以外が二百体ぐらいか。オーク以外も従えているとは、悪い方に予想が裏切られたな」


「どうしますか?」


「殲滅する気だが、自信は?」


「余裕です。死体は残した方がいいんですよね?」


「ああ。少なくともオークはな。大規模攻撃は使えないが大丈夫か?」


「多少時間は掛かりますが問題ありません」


「そうか。マップで集めた情報と目の前の光景から分かったことだが、このコロニーのボスであるオークキングはユニークスキル持ちだ」


「魔物のユニークスキル持ち……つまり〈異能種〉ですか」


「しかも大罪系である【怠惰ザ・スロウス】だ」


「……厄介ですね。状況から見て、他の魔物、或いは生物を使役するような能力があるようですね」


「おそらくな。だからその対策も含めて襲撃の流れを決めようか」


「分かりました」


「と言っても、相手が【怠惰】持ちだと時間を掛ければ掛けるほど此方が不利になる。だから初撃でオークキングを倒して、残敵を殲滅するのが一番なんだけどな」


「確かに……数も多いから逆だと時間が掛かり過ぎますね」


「ま、それ含めて諸々の仔細を詰めていくか」



 コロニーのボスであるオークキングがユニークスキル持ちだったのは予想外ではあるが、個人的には最悪ではなく最高だった。

 内包スキルの詳細までは分からないが、名称からある程度は予想できる。

 予想通りだったら面倒だが、特異権能エクストラ級ならそこまでイカれた効果では無いはずだ。何かしら制限があるだろう。

 奇襲に役立つスキルもあるので対処を間違えなければ問題無い。

 俺一人だと対処に漏れがあるか、時間が掛かったりしただろうが、リーゼロッテの力があれば負担が大きく軽減される。

 そのあたりの説明も含めてリーゼロッテに説明しておかないとな。

 


 

 

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