第38話 氷刻の魔女



 ◆◇◆◇◆◇



 迷宮秘宝アーティファクトを破壊したことによって拘束されていたハイエルフの魔女が解放された。

 白銀色の長髪を靡かせつつ、拘束具が消え去ったことによって自由になった真っ白な絹肌の長い脚で地面へと降り立つ。

 閉じられていた瞼によって隠されていたサファイアのような蒼い瞳が此方を見据えてくる。

 外見年齢は二十代ぐらいの神秘的な雰囲気を漂わせたクール系の美貌と、肉感的で魅惑的な身体付きをした長身は、まるで男女の欲望と願望の具現化のようだ。

 総評すると、美人過ぎて周りが気後れしそうなレベルでの絶世の美女と言っても過言ではない。

 いや、男だったらその特盛な胸部に魅了されて引き寄せられそうだから気後れしないかもしれないけど。

 それはさておき、そんな美女に何と声を掛けるべきか。

 そう頭を悩ませていると、目の前から凄まじい魔力が溢れ出る。



「ちょっーー」



 此方の静止の声が発せられる前に極寒の冷気が放たれてきた。

 至近距離から迫り来る殺意増し増しな絶対零度の凍波を魔法で防ぐのは間に合わないため、まだ発動状態だった【貪欲なる解奪手グリードリィ・デモリッション】で分解し強奪する。

 何も無かったかのように全ての冷気と凍波が消え去ったのを見て、魔女は眉を僅かにピクリとさせると、次は氷の剣山が襲い掛かってきた。

 それらの攻撃も煙を払うように手を振って消し去っていく。

 氷の剣山での攻撃を隠れ蓑にしながら、隠し地下牢エリアを丸ごと凍結させようと大気に干渉していたので、此方も解奪の力を大気への干渉させて妨害する。

 続けて、間を置かずに俺を囲むように生み出された氷製ゴーレム達が、極寒の冷気とともにその剛腕を振り下ろしてきた。

 ゴーレムの振り下ろす拳が届く前に、キメラ戦で召喚したままだった魔剣ヴァルグラムを鞘から抜き放つ。

 刹那のうちに全てのゴーレムをバラバラに割断してから誤解を解くために口を開いた。



「待て待て。俺は敵じゃないぞ。むしろ拘束されていたアンタを解放したんだ」


「ーーそんな怪しい格好をした奴の言葉を信じられるとでも?」



 ヴァルグラムを鞘に納め、ゴーレム達の破片を魔力粒子に分解して吸収しながら、魔女からの問いを受けて自分の格好を確認する。

 シンプルなデザインの仮面と、全身黒尽くめの隠密装備を身に付けた怪しい男が其処にいた。



「……まぁ、この格好には事情があるんだよ」



 魔女は両手に氷剣を形成すると、一瞬で距離を詰めて氷剣で斬り掛かってきた。どうやら近接戦もできるらしい。

 左右の氷剣で斬り払いと突きを繰り出して来たのを、タイミングをあわせてそれぞれの刃を両手で摘まむ。

 瞬く間にボロボロになって吸収される氷剣を手離すと、すぐさま両手に冷気を纏って殴り掛かってきた。

 胴体を狙った右ストレートを左手で受け止め、続けて放たれた脇腹を狙った左フックは右手で受け止め、拳に纏っていた冷気を奪い去り、周囲の下がっていた気温を元に戻す。



「取り敢えず話だけでも聞いてくれないか? 少なくとも俺がアンタを捕まえた奴らの仲間なら自ら拘束を解いたりしないだろ?」


「……確かに奴らの仲間なら拘束した私をすぐに解放するのはおかしいですね」



 魔女は暫く此方を見詰めると、小さく息を吐いて拳に込められていた力を抜いた。



「分かりました。話を聞きましょう。アナタは何と呼べば?」


「分かってくれて良かったよ……取り敢えずクロとでも呼び捨てで呼んでくれ」


「それではクロと呼ばせてもらいます。私の自己紹介は必要でしょうか?」


「ここの奴らを尋問した際に名前は知ったけど、確認も込めて本人の口から聞かせて欲しいな」


「では簡単に自己紹介を。私の名前はリーゼロッテ・ユグドラシア。Aランク冒険者で、周りからは〈氷刻の魔女〉と呼ばれています。知らなかったとはいえ、解放してくださった方に対して攻撃を仕掛けてしました。申し訳ありません」


「気にしなくいい。俺の格好も悪かったからな」



 それから俺は、氷刻の魔女ことリーゼロッテにこれまでの経緯を説明した。



「ーーつまり、クロは情報の拡散を防ぐために此処を襲撃したというわけですか。よく場所が分かりましたね」


「ああ。敢えて襲撃者を逃がして、敵の拠点を調べるためにずっと魔法で監視していたからな」



 アークディア帝国やバルサッサなどの地名や個人名、能力の詳細は伏せた上での説明だが、俺も冒険者で商隊の護衛依頼を受けたなどの大体の事情を話したからか、リーゼロッテの警戒心がかなり薄まったのを感じられる。

 完全に信じられたわけではないようだが、これなら攻撃を再開される心配は無さそうだ。

 まぁ、念の為【貪欲なる解奪手】はまだ解除しないけどな。



「しかし、随分と気の長い誘拐計画だったんだな?」


「それだけ私の力を警戒していたんでしょう。薬さえ盛られなきゃ皆殺しにできたんですけどね」



 俺の事情を話した後はリーゼロッテの話になった。

 彼女はソロで活動していたAランク冒険者なのだが、数ヶ月前から偶に一緒に依頼を受ける冒険者達パーティーがいたらしい。

 何回も一緒に臨時パーティーを組んだことによって油断してしまい、食事に一時的に魔力の使用を封じる薬を盛られたそうだ。

 そのタイミングでここの貴族お抱えの暗部に襲撃されたのだが、そんな状態でも半数以上を倒しているあたりからその実力の高さが窺える。



「ふむ。リーゼロッテは自分を陥れた奴らに報復したいか?」



 恩人だからという理由で、リーゼロッテから名前で呼ぶように言われたので名前呼びだ。

 フルネームを明かしてくれたのは、おそらく誠意を示すためだろう。



「当然です。襲われた場所はロンダルヴィアから少し距離が離れていますが、必ず見つけ出して報いを受けさせます」



 極寒の視線に篭った怒気と殺意に呼応するように再び魔力が溢れて、気温が下がっていく。

 屋敷の連中に気付かれないように、先ほどと同じように魔力と冷気を奪い尽くす。



[解奪した力が蓄積されています]

[スキル化、又はアイテム化が可能です]

[どちらかを選択しますか?]

[スキル化が選択されました]

[蓄積された力が結晶化します]

[スキル【氷凍操作アイス・コントロール】を獲得しました]



 まぁ、あれだけ奪えばスキルが手に入るよな。



「そうか。それなら一つ提案したいのだが、その報復に俺も協力させてくれないか?」


「……理由を聞いても?」


「ああ、構わない。理由は二つある。先ず、このまま拠点に戻るには早すぎてね。時間的に三日ほど余裕があって暇というのが理由の一つだな。ところで、報復相手はAランクのリーゼロッテと臨時とはいえパーティーを組めるぐらいだから高ランク冒険者なんだろ?」


「ええ。Aランク冒険者一名とBランク冒険者二名の三人組パーティーです」


「やはりそうか。さて、二つ目の理由だが、その報復相手のスキルとアイテムを貰いたいからだ」


「アイテムは分かりますが、スキルをどうやって?」


「俺の能力だ。この能力を使ってソイツらの保有するスキルを根刮ぎ奪い尽くすことが可能だ。これは対象が生きている時にしかできないから、トドメを刺す前にスキルを奪う時間が欲しい。加えて、この報復に関わったことと、お互いに相手の能力を吹聴するのを禁じるために【契約】スキルを使用することも提案したい」



 往路でアルグラートからバルサッサまでは馬車で六日かかった。

 復路はホースゴーレムだが、長時間速足で走らせるのはキツいので、アルグラートに着くには半分の三日ぐらいかかると考えていいだろう。

 バルサッサを立って、此処に転移してきてから一時間ほど経つ。

 つまり、まだ三日近く時間に余裕があるわけだ。

 口封じ後はこっちの帝国で買い物でもしようかと考えていたが、貴重な高ランク冒険者のスキルを罪悪感無しで手に入れられる絶好の機会を逃すわけにはいかない。



「ーー以上になる。どうだろうか?」


「そうですね……私一人で探すのは大変ですが、それが二人になったところで大して変わらないのでは?」


「言い忘れてたが、俺は人探しに非常に役に立つスキルを持っている。先ほど襲撃者を魔法で監視していたと言ったが、それができたのはこのスキルの力があったおかげだ」


「なるほど、そのスキルは対象人物の名前だけでも探せますか?」


「一度でも俺が行ったことのある場所に対象がいるなら見つけられるはずだ」


「それは破格の能力ですね。……そういうことでしたら、御助力よろしくお願いします。報酬に関しても先ほどの内容で構いません」


「それは良かった。それじゃあ、これを」



 【契約】スキルを発動させ、空中に契約文が表示される。

 契約内容を確認後、契約を承諾したリーゼロッテの目の前で仮面を外し、発動させていた認識阻害系魔導具マジックアイテムも停止させる。

 契約によって守秘義務が発生しているので顔を晒しても問題ない。

 一応本名は明かしていないので万が一契約が解けても大丈夫だろう。



「……上位種だったのですね」


「ああ、リーゼロッテと同じ上位種だよ。顔が見えないと上位種だと分からなかったか?」


「どちらかと言うと、その認識阻害の魔導具の力で分かりませんでした。認識阻害系魔導具ではない普通の仮面だけだったら気付いたかと」


「へぇ、そうなんだ」



 これで同じ上位人類種は、相対したら互いを認識できるのはほぼ確定か。対策方法も知れたのはラッキーだったな。



「それじゃあ此処から脱出しようか。あ、でもその格好だと拙いか」



 リーゼロッテの衣服は捕らえられた際の戦闘でボロボロになっていた。

 全身至るところに攻撃を受けた痕があり、裂けた衣服の下に見える素肌には傷痕は残っていない。

 元は露出の無い青と白の神官衣のような衣服だったようだが、今は戦闘によるダメージで各部が破けており、太腿やら背中やら胸の谷間やらが見えている。

 ただでさえエロイ身体付きなのでその破壊力は抜群だ。



「確かに、これでは街中を移動できませんね」



 今になって自分の格好に気付いたようで、その白い頬が薄らと紅くなっている。

 うむ。やはり世界違えど綺麗系美人の羞恥に染まる顔はいつ見ても素晴らしい。

 それが前世の地球にはいなかったエルフ種なのは個人的に最高です、と口に出して叫びたい気分になるのをグッと抑えるために咳払いをする。



「ゴホン。手持ちに女性物が無いから屋敷の中から適当に持ってくるよ」


「申し訳ありませんが、お願いします」


「リーゼロッテが悪いわけじゃないんだから気にするな。じゃあ、ちょっと行ってくる」



 再び隠密系スキルを発動させてから屋敷内の地上階へと向かった。

 暫くして女性物の衣服を持って隠し地下牢に戻り、リーゼロッテが着替えるのを待ってから、一緒に屋敷を脱出した。




 

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