第36話 静かに、そして強欲に
◆◇◆◇◆◇
転移した先は夜だった。
時差を考えれば当たり前なのだが、朝から夜へと瞬時に環境が変わるというのは中々レアな体験だな。
さて、こうして目的地である貴族の屋敷の屋根の上に転移してきたわけだがーー
「ーー随分とデカいな」
この屋敷の主人の爵位は男爵位。
それなのに屋敷の規模が思いのほか大きい。
城とまでは言わないが、その一歩手前と言ったぐらいか。
ロンダルヴィア帝国では普通なのか、ここの男爵が特別裕福なのかは分からないが、戦利品には期待出来そうだ。
「『
虚影系基本魔法を発動させて影の中へと潜行する。
持てる隠密系装備とスキルを全て使用しているのに加えて、魔法で影の中を移動するのだから、探知能力に特化した同格相手でもない限り見つかることはないだろう。
この世に在って現実の空間では無い、そんな影の中という異空間を移動して屋敷内へと侵入する。
マップに表示されているマーカー付きの光点が屋敷の主人の部屋へと入っていった。
影が途切れている場所を除いて、間の壁などの障害物を無視して影伝いに小走りで進んでいき、あっという間に屋敷の主人がいる執務室内のハルスの影の中へと入り込んだ。
「ーーれは厄介だな」
「はい。まさか銃弾を返されるとは思いませんでした」
「おそらく空間系の魔法かスキルだろうが、タイミングを合わせられる相手には銃は無効化されてしまうようだな」
部屋に入ると同時に聞こえてきた屋敷の主人とハルスの会話内容の対象は、もしかしなくても俺のことだろうな。
頭を下げて跪いたまま話すハルスの背後に伸びる影の中で、【
室内にいるのは三人。
そのうち二人はハルスと屋敷の主人、残る一人は……ステータスによれば屋敷の家宰兼ハルス達暗部の首領である爺さんだった。
歳の割には背中が曲がっておらず、鉄の芯でも入っているかのように真っ直ぐだ。
【並列思考】と【状況観察】で会話内容にも意識を向けながら、以前鑑定して知っているハルスのステータス以外の他二人のステータスを詳細に鑑定していく。
必要な情報を集め終わった頃には会話の主旨が移ろうとしていた。
その前に報告が終わったハルスが退室する。
その後ろ姿を執務室に設置されたソファの影の中から見送ってから意識を残る二人へと向ける。
「ユニークスキル持ちの異界人が手に入らなかったのは残念でしたな」
「居場所は分かっておるのだ。まだ機会はある。他の奴らに対する情報の撹乱は行ってるな?」
「はい。いつまでも誤魔化すのは無理ですが」
「分かっておる。次はハルスの部隊以外も動員して力尽くで連れてくればいい。件の冒険者も一時的な雇われのようだしな。仮に専属で護衛についていても引き離す手段はいくらでもある」
「手配しておきます」
「うむ。異界人の方は駄目だったが魔女だけでも捕らえられたのは僥倖だった」
「多大な犠牲は出ましたがね。流石は魔女と言うべきでしょうか」
「図らずもその価値を確認できたのだから良しとせねばな。そういえば協力者の始末はどうしたのだ?」
「報酬の残りを渡して帰しました」
「……口を封じなくてよかったのか?」
「薬で弱らせても思っていたより被害が出ましたからね。向こうも口封じされる可能性は考えていたのか警戒していましたし、これ以上損失を出すわけにはいかなかったので約束通りの報酬を渡して帰しました。相手も仲間を売ったのですから余計なことは吹聴しないでしょう。万が一の場合でも居場所は把握しておりますので問題ないかと」
「ならば良い。今回の献上品は魔女だけで充分だと考えるが、どう思う?」
「噂通りの戦闘力と美しさでしたから、旦那様のおっしゃる通り充分かと」
「よし。ならば閣下へ連絡をし……な……⁉︎」
「旦那様⁉︎ これは……麻痺毒か?」
ハルスが退室してからすぐに【猛毒生成】で生み出した麻痺毒から作り出した、無味無臭透明のお香を二人の死角になる場所に複数設置していた。
矢鱈と風を動かすと気付かれる心配があったので時間がかかったが、やっと効力を発揮したようだ。
裏の仕事を取り纏めている家宰には職業柄故か、この程度の毒では効果が無いようだった。
家宰が懐かは何かを取り出そうとしているタイミングで姿を現す。
下から上へと滲み出た影がある場所は痺れて動けない屋敷の主人である貴族の背後。
家宰は此方の姿を視認した瞬間には懐から取り出したナイフを投擲してきた。
そのナイフを【装具具現化】で生み出しておいたナイフで弾き飛ばすと、そのまま貴族の首へと当てる。
何かを叫ぼうとする家宰に向けて、口の前に人差し指を立てて、静かにするようジェスチャーをしながら、貴族の首筋に押し当てているナイフを薄皮一枚分だけ押し込み血を流させた。
「……何者です」
「……」
家宰からの誰何に何も応えずに、懐から取り出した赤い液体の入った小瓶を見せ、それを投げ渡す。
小瓶を受け取った家宰へ、その小瓶の中身を飲むようにジェスチャーで指示をする。
姿を現したと同時に魔法で執務室を空間的に封鎖したので、外部に内部の音が漏れることも脱出することも不可能だが、さっさと終わらせるに越したことはない。
「これを飲めと?」
「……」
「飲んだら旦那様を解放するのですか?」
「……」
「『お前に選択肢は無い』ですか。確かにそうですね」
家宰に視線を向けたまま執務机にあった紙に素早く走り書きをして見せる。
紙に書いてある通り選択肢の無い家宰が、小瓶の蓋を開けて中身を飲み干した。
「グッ!」
空になった小瓶を落とし、膝をついた体勢で動けなくなる家宰。
小瓶の中身は麻痺香の原液である麻痺毒だ。
レベル七十超えの俺がスキルで生成し、更に【猛毒攻撃強化】で強化した麻痺毒は、さすがの【猛毒完全耐性】でも防げなかったらしい。
ステータス上でも家宰が動けないのを確認してから【
喰手越しに【
【財宝探知】や【
その中でも本棚の裏にあった隠し金庫からの反応が強い。
金庫自体が
「まぁ、問題ないんだけどね」
金庫に触れて【発掘自在】を発動させる。
このスキルの能力は何も地形操作能力だけではない。
名称の通り〈発掘〉に関する複数の能力を有しており、発掘のために地形を動かす能力以外にも、宝を守る罠などの
しかも
解除の知識も技術も無しに、強制的に仕掛けを解除し、自在にお宝を発掘できてしまう理不尽な能力。
それが【強欲神皇】の【発掘自在】である。
「ふむ。持ち運びし易い換金額の高い宝石類が十個に何かの書類、後は
カチャカチャと一人でに動いて全ての鍵が解除された金庫の中身を確認する。
書類の内容や収納系魔導具の中身を軽く確認してから金庫も含めて【無限宝庫】へと収納した。
[スキル【一撃必殺】を獲得しました]
[スキル【剛拳】を獲得しました]
[スキル【剛蹴】を獲得しました]
[スキル【不眠不休】を獲得しました]
[スキル【練気術】を獲得しました]
[スキル【暗殺熟達】を獲得しました]
[スキル【暗器熟達】を獲得しました]
[スキル【精神集中】を獲得しました]
[スキル【指揮】を獲得しました]
[スキル【拷問】を獲得しました]
[スキル【誘拐】を獲得しました]
[スキル【拘束】を獲得しました]
[スキル【恐喝】を獲得しました]
[スキル【追跡】を獲得しました]
[スキル【証拠隠滅】を獲得しました]
[スキル【偽装】を獲得しました]
[スキル【韜晦】を獲得しました]
[スキル【寄付】を獲得しました]
[スキル【仲裁】を獲得しました]
今のユニークスキルにも慣れてきたから今回から通知を多少簡略化してみたのだが、通知の数が多いと簡略化した意味が無い気がするな。
「まぁ、これも慣れだな」
奪い尽くしてからトドメを刺された二人の死体を喰手が消化している様子をチラッと見てから、執務室内の本を本棚ごと【情報賢能】の【書物認識】でスキャンし、その情報を【情報保管庫】に保存していった。
殆どの本はそのままだが、【財宝探知】が反応する本に関しては頂戴しておく。
小瓶や麻痺香に弾いたナイフを忘れずに回収するだけでなく、俺がいた痕跡を手に入れたばかりの【証拠隠滅】の力も使って全て消すと、執務室でやることは全て終わったので再び影に潜って移動する。
強奪した情報とマップを頼りにカガミの情報を知っているハルスなどの極少数の者達を、口封じのために暗殺するために動く。
部下達が屋敷の主人である貴族と家宰の二人ほどの情報を持っているとは思えないので、ハルス達は生かしたまま強奪せずにさっさと暗殺した。
もしかしたら第三者に話しているかもしれないが、そこまで精査するのは面倒なので考えないことにする。
血痕を一滴すら残さずに【証拠隠滅】してから屋敷の宝物庫内に侵入し、魔導具類を全て収納していく。
財貨に関してはこの場にある最も高い硬貨であるロンダルヴィア帝国の大金貨を数枚だけ貰っておいた。
これは今回のことに関係ない使用人達に対するちょっとした慈悲だ。
全ての財貨を奪ったことによって給与や退職金が出なかったら可哀想だからな。
魔導具や財貨以外の宝物に関しては、個人的に価値のあると判断した物だけ回収しておく。
ただでさえ爵位に見合わない規模の屋敷だっただけに、宝物庫の中身も爵位に見合わない量の財宝があったので、かなりの戦利品を手に入れた。
「献上品か……裕福な理由は、まぁ予想の範囲内だったな。ついでだし助けておくか」
あ、それならそっちの関係者も処する必要があるか。
まぁ、家宰の記憶によれば数も少ないしサクッと消しておこう。
奪った記憶から仔細を確認し、後顧の憂いが無いように少し寄り道をしてから、囚われている魔女とやらがいる隠し地下牢へと移動した。
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