第34話 貪欲なる解奪手



「はぁ、はぁ……失礼した」


「失礼しました」


「いえ、お気になさらず」



 二人が気安い間柄故か口論が段々と熱を帯びてきていたが、どうにか収まってくれたようだ。



「して、どうなりましたか?」


「取り敢えず試してみるだけ試すことになったわ。構わないわね、シルヴィア」


「はぁ、分かった。ただし、変なことをしたら覚悟しておけよ」


「勿論ですよ。ところで、首の付け根辺りに触れるのは構いませんか?」


「首の付け根?」


「はい。スキルの呪いの原因である内包スキルの一つに干渉するためにシェーンヴァルト様の身体に触れる必要があるのですが、その場所は身体の中心近くか、頭部が望ましいんです。女性の胸や腹部に触れるのは駄目でしょうし、頭部は万が一脳に影響があったら拙いので、結果的に首の付け根ーー正確には鎖骨の辺りに触れることになります」


「……必要なんだな」


「はい。そうして頂けると個人的にはやり易くなります。まぁ、無理ならそれでも構いません。難易度と負担が上がりますが、無理なら仕方ありませんから」


「……分かった。触れても構わない」



 何か「くっ」とでも言いそうな表情を浮かべてシルヴィアが許可を出した。

 ……何か凄く弄りがいがありそうなタイプだ。ちょっとSな心の琴線に触れる反応に内心ソワソワしてしまった。

 気を取り直して話を進めよう。



「ありがとうございます。では次に報酬の話に移りたいところですが、その前に情報保護の契約を交わさせていただければと思います」


「情報保護の契約?」


「『解呪の成否に関わらず私の能力について吹聴しない』という契約です」


「慎重だな。構わないが、魔導契約書ギアス・スクロールを持っているのか?」


「いえ、【契約】スキルです」


「随分とレアなスキルを持っているな」


「縁がありましたから。ーーこちらになります。ご確認ください」



 手のひらに現れた光る球体が空中で解けると、光る枠組みとその内側に文字列が空間に表示される。

 シルヴィアはそこに書かれた文章を確認すると、目の前で発光する契約書の一部に触れて「契約する」と宣言した。

 宣言後に元の光る球体に戻った契約書がシルヴィアの身体の中に入ったのを確認する。これで契約は完了だ。



「ん? マルギットはいいのか?」


「彼女は此処に来るまでに既に同様の契約を結んでいますよ」


「だから説明が所々曖昧だったのか……」



 これはおそらく、俺が先ほど部屋の外で待っていた時に、マルギットがシルヴィアに事前に説明した内容のことを言ってるんだろう。

 仕方のないことだったとはいえ、マルギットには悪いことをしたな。



「では報酬の話に移らせて頂きたく思います」


「ああ。成功した場合何を望む? 大抵の物は叶えられるとは思うぞ」



 国内の貴族情勢にはまだまだ疎いが、公爵家という大貴族であるシェーンヴァルトならばその発言は決して過言ではないのだろう。



「何なら私を欲するか? 嫡子ではあるが半ば家を出ている上、呪いに侵され続けている醜女の身で良ければだかな」



 そう言って皮肉気に笑い顔を歪めるシルヴィア。

 女性としては顔の半分ほどが呪いに侵され痛みに苛まれたりすれば、そりゃ卑屈にもなるし荒みもするか。

 冒険者のランクがBであることと年齢を考えると、冒険者になったのはここ数年ぐらいだろうから、それまでは大貴族である実家にいたはず。

 徐々に悪化していったらしいし、どれほど貴族界隈に関わっていたか分からないが、社交の場などでも苦労してきただろうな。



「それは魅力的な提案ですね。是非とも頂きたいところですが、今回は別のものを報酬として頂きたく思います」


「別の物?」


「はい。シェーンヴァルト様の保有しているスキルを全て複製させて頂きたいのです」


「スキルを複製? そんなことが可能なのか?」


「相手の同意が必要ですが可能です。これが私がスキルに干渉できる理由の一つでもあります。また、複製元のスキルが失われることはありませんのでご安心ください」



 このことはマルギットにも話していなかったので、シルヴィア共々疑惑の視線を向けてくる。



「まぁ、これに関しては目に見える証拠を提示出来ないので信じていただくしかありません」


「……スキルが消えることは無いんだな?」


「はい」


「分かった。それならその条件で構わない」



 どうにか納得して貰えたが、相変わらず説明と説得が面倒臭いスキルだ。

 以前使った時とは異なり、相手は同ランク冒険者な上に大貴族の令嬢でもある。

 前もって【契約】で断られた際の保険を掛ける必要もあったから、余計に手間がかかった。

 【交渉】と【説得】のスキルが無かったらこうも上手く事は運べなかっただろうな。



「では早速解呪に移りましょうか」



 そう告げてからシルヴィアをベッドに横たわらせる。

 緊張した面持ちのシルヴィアに声を掛けてから鎖骨の辺りにそっと触れる。



「施術中どんな反応が返ってくるか分かりませんが、完了するまで手を出さないでくださいね」



 始める前に念の為注意を促しておく。

 何せ初めて行う事であるため何が起こるか分からないのだ。

 【直感】では大丈夫だが用心するに越したことはない。

 緊迫した場の空気に引き摺られそうになるのを一度深呼吸をすることにより持ち直し、意識を集中させる。



「ーー始めます」



 シルヴィアのユニークスキルに干渉するために【強奪権限グリーディア】を発動する。

 対象のユニークスキル内にある内包スキルの一つである不利益系スキル【火厄呪禍】に触れることができた。

 そしてそのスキルだけを剥奪しようとしたがーー



(剥がれない? 試練系だから外すことは無理ってことなのかな? なら第二案だ)



 通常よりも強く【強欲神皇マモン】を発動させることにした。

 出力を上げるために過剰に供給された魔力によって魔力喚起現象が引き起こされ、身体から黄金色マモンの魔力粒子が立ち昇る。

 【魔賢戦神オーディン】の【情報賢能ミーミル】で捕捉しているスキルに向かって、【強奪権限】を再発動させた。



 その瞬間、俺の意識が何処かへと飛ばされた。



 ◆◇◆◇◆◇



「ーーん? ここは?」



 意識が飛ばされた先は黒と赤に支配された空間だった。

 空も地面も真っ黒な世界には赤々と燃え盛る炎が広がっており、空間の中央にはその炎に炙られ続け、葉が一枚も残っていない丸裸な大樹がある。



「……所謂精神世界ってやつか。となると、アレが対象だよな」



 大樹の一部には炎が着火しており、黒く炭になっている部分がある。

 周りで炙っている炎も悪い影響を及ぼしているんだろうが優先順位は低い。



「コレだな?」



 遠目では炎が発する光で分からなかったが、大樹に近付くとハッキリとよく見える。

 周りの炎と同色の鎖が大樹に巻き付いており、鎖の先の杭が幹に深々と突き刺さっていた。

 鎖が伸びているのは大樹の周囲の地面からで、幾つかは破壊されているようだが炎の鎖はまだまだある。



「コレを破壊すればいいわけか」

 


 手を近付けてみたところ炎の鎖はその見た目通りの熱量の輻射熱を発しており、そのまま触れたら俺の手が消し炭になりそうだ。

 前の異世界の経験を基に考えると、通常の精神世界だったら武器を持ち込めなくてもイメージした物を具現化できるのだが、試してみたところこの場所では不可能だった。


 【情報賢能】で調べたところ、この場所は精神世界の中でも更に特殊な場所になるらしく、敢えて言うなら〈スキル領域〉とでも呼ぶべき場所のようだ。

 試しに魔法を使おうとしてみたが発動できなかった。

 スキルによって生み出された現象に干渉するならまだしも、大元のスキルには同じスキルでしか干渉出来ない。

 スキルに干渉する能力を複数持つ【強欲神皇】はその最たる例だろう。

 故にこのスキル領域で使えるのはスキルのみ。

 おそらくだが、侵入するにもスキルの力でしか入れないのだろう。



 対象スキルを捕捉し続けている【情報賢能】を通して自分の現実の身体と今の精神体が繋がっているのを感じるので、これは命綱の役割もあると思われる。

 慣れない環境下でスキルを重複発動させるのはかなりの負担だ。

 なるだけ早く終わらせた方が良いだろう。

 精神世界に入るという想定外のことはあったが、【情報賢能】を補助に【強奪権限】を使用するという予定に変更はない。

 直接対象を視認できるようになったので、当初よりも難易度が低下しているのは僥倖だ。



「奪い解けーー【強奪権限】」



 莫大な魔力を消費して【強奪権限】の超過稼働能力オーバー・アクティベート・スキルの一つ、【貪欲なる解奪手グリードリィ・デモリッション】を発動させた。

 両腕が指先から肩まで硬質な艶を放つ黒に染まっていき、腕全体から滲み出た黒いオーラが肩の部分で集束して黒い翼のような形を模る。

 これは以前使用した領域系超過稼働能力【災界権限ワールド・ディザイア】とは異なり、この【強奪権限】、正確にはその根幹である【強欲神皇】固有の超過稼働能力だ。

 有する能力は簡単に言えば、『標的にした、或いは触れた対象の破壊・吸収・還元・蓄積・結晶化』だ。



「ふむ。この場所でも問題なく発動できたか」



 黒く染まった腕を炎の鎖に向ける。

 【貪欲なる解奪手】の標的にされた炎の鎖がギチギチと軋み、まるで怯えるようにガチャガチャと鎖全体を震えさせる。



「手を向けるだけじゃ分解できないか。中々頑丈だな。だが、直接ならどうだ?」



 炎が鎖の形を成したと言っても過言ではない鎖を躊躇うことなく掴む。

 熱さを感じないどころか、触れた部分から炎の鎖が急速に熱を失い、その色を黒く染めるとボロボロに崩れ去った。

 崩壊した炎の鎖は魔力粒子へと還元され、両腕に吸収されていく。

 念の為確認したが、崩壊したのは鎖だけで、破壊と強奪の力は大樹の方にまでは及んでいないようだ。



「問題ないみたいだな。よし、さっさと壊していくか」



 周囲の地面から中央の大樹に向かって伸びる炎の鎖を破壊していく。

 最初の一つ以降の炎の鎖は、破壊されるのに抵抗するように周囲の炎を操って攻撃を仕掛けてくるが、それらは全て黒腕と黒翼から発せられる黒いオーラに触れるだけで無害な魔力粒子へと変換し吸収されていった。

 破壊し吸収する度に黒い肩部から生える黒翼のオーラが強まっているのを感じる。

 特にこの炎の鎖が有するエネルギーは結構あるようで、全ての鎖を破壊した時には黒翼にかなりの力が蓄積されていた。



[解奪した力が蓄積されています]

[スキル化、又はアイテム化が可能です]

[どちらかを選択しますか?]



「スキル化だな」



[スキル化が選択されました]

[蓄積された力が結晶化します]

[スキル【炎熱操作フレイム・コントロール】を獲得しました]

[スキル【装具具現化】を獲得しました]



 ちょうど結晶化できるほど貯まっていたようだ。

 解奪した力に相応しいスキルと言える。



「さて、全て壊したからこれで大丈夫なはずだが……」



 一抹の不安を抱きつつも大樹を眺めていると、フッとロウソクの火が吹き消されたように、大樹の周りで燃え盛っていた炎が掻き消えた。

 そして、まるで歓喜するように大樹が光を発し姿が見えなくなる。

 程なくして光が消えると、其処には緑葉が生い茂る大樹の姿があった。



[試練が達成されました]

[ユニークスキル【非業惨火の聖乙女ジャンヌ・ダルク】がランクアップします]

[最上位権能による干渉が確認されました]

[最上位権能による影響を受けます]

[ユニークスキル【天啓救道の聖乙女ジャンヌ・ダルク】からランクアップ先が変更・改変されます]

[ユニークスキル【天啓護騎の戦乙女レギンレイヴ】へとランクアップしました]



 他人の精神世界にいるからか、自分以外の者に対する情報まで通知アナウンスしてきた。



「……何かやらかした感があるのは気のせいかな?」



 気になることはあるが取り敢えず戻るか。

 そう考えた瞬間、意識が精神世界から現実世界へと戻っていった。

 どうやら入るのはまだしも、帰るのは思うだけで帰れるらしい。

 そういえば、精神世界にいると現実世界の様子が分からなかったのだが、今はどうなっているんだろうか?



 

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