第33話 信用問題
◆◇◆◇◆◇
バルサッサはアークディア帝国東部にある商業都市の一つだ。
北部のヴァイルグ侯爵領の領都アルグラートからは直線距離ではそこまで離れてないのだが、山や森などの険しい場所を迂回するように街道が作られているので、必然的に往来するには時間がかかる。
そのため北の街道の利用者は少なく、主に道中の村の人々がバルサッサに向かう時に使っているらしい。
東の国境方面と西の帝都方面からの人の往来はそれなりにあるため、バルサッサの町の中は商業都市と言うだけあって人と物に溢れていた。
「これで護衛依頼は完了です。リオンさん、マルギットさん、この度は本当にありがとうございました」
護衛依頼の初日こそ物騒な目にあったが、それ以降は弱い魔物による襲撃が数回だけという平穏な道のりだった。
依頼主であるカガミから護衛依頼完了のサインをもらう。
「もし入り用の物がありましたら是非商会にお越しください。お詫びと感謝も込めてお値段の方を勉強させていただきます」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
そう言ってカガミ率いるアキンドゥ商会の者達と別れる。
カガミとは踏み込んだ話は出来なかったが、優先順位も情報の必要性も低いから別に構わないだろう。
無理に聞き出そうとすれば此方の情報を渡すことに繋がりかねない。
巡り巡って聞いてもおかしくない機会があった時にでも聞き出せばいいさ。
踵を返してマルギットと共に北門前広場から移動する。
「先にギルドに行かなくていいのか?」
「急いで報告する必要はないから大丈夫よ」
俺達が向かっている行き先はマルギットがバルサッサで宿泊している宿屋だ。
そこにマルギットのパーティーメンバーがいる。
そのパーティーメンバーこそがマルギットが俺に解呪してほしい相手だ。
「しかし、スキルの呪いね……」
「信じられない?」
「いや。マルギットを疑ってるわけじゃないさ。似たような例も知ってるからな。ただ、ユニークスキルの中の一部スキルだけっていう事例は初めてでね」
マルギットの身体を蝕んでいた毒を解毒した翌朝以降、俺はマルギットに敬語を使っていない。
カガミ達が起きてくる前に日課の剣の鍛練を行った後にマルギットと軽く模擬戦をしたのだが、その時にマルギットから敬語無しで話して欲しいと言われたからだ。
それに合わせて俺の方も敬語は要らないと言ったため、口調も気安いものに変わり、呼び方もリオン殿からリオンに変わっている。
俺の信条としては、知り合って間もない相手にタメ口で話しかけることは、馴れ馴れしい感じがするから基本的に行わないのだが、今回のように相手自身が求める場合は別だ。
たぶん解毒や模擬戦などを経て俺を認めてくれたのだろう。
実際、敬語を止めた二日目からは休憩時などに話すようになったし、朝起きてからの模擬戦も護衛に影響が出ない範囲で毎日行った。
「似たような例を知ってるの?」
「ああ。例えば【不運】スキルだな。名前の通り、ただ持っているだけで運が悪くなるという効果で、デメリットしかない不利益系スキルになる」
「なるほど。運という視覚化できないものだけど、文字通り不利益しかないという点は似ているわね」
マルギットのパーティーメンバーのユニークスキル内にある不利益系スキルは、影響が目に見えない【不運】スキルとは違って誰が見てもスキルによる影響が分かる類のモノらしい。
幼い頃は普通だったのだが、年齢を重ねるにつれて悪化していき、今では顔の右半分を仮面で隠さなければいけないほどにまで呪いが進んでいるとのこと。
周りの者達も治療方法を探してくれたが見つからず、自分の手で解決法を探すために家を出て冒険者になったんだそうだ。
「幼馴染なんだっけ?」
「ええ。同年代の長命種族で、元々家同士の付き合いもあって自然と友人になったの」
【
ーー先に確認しておくか。
【
俺を除けば該当者は二人。
一人はカガミなので、このもう一人が件の幼馴染か。
ユニークスキル名は分かるが、その内包スキルはマップ上では視ることが出来ないのでスルーし、ステータスの所属欄を確認する。
そして予想通り高貴な家柄の出だった。
「家同士の繋がりね……それって貴族同士の?」
「そうよ」
試しに聞いてみたらあっさりと認めた。
「特に隠していないもの。貴族出身なら私達のことを知っている者は少なくないし……それに、自分で言うのもどうかと思うけど私達は目立つ容姿をしているから」
「なるほどね」
今の話を聞いて思い出すのは一人のSランク冒険者の姿だ。
彼女も雰囲気からして明らかに高貴な生まれだよな。
……若い貴族の間では冒険者になるのが流行ってるのかな?
いやまぁ、マルギットの幼馴染に関しては流行り云々じゃない切実な理由からなんだろうけどさ。
「ーー此処が私達が泊まっている宿よ」
俺がアルグラートで宿泊している宿屋が中級だとしたら、マルギット達が泊まっているこの宿屋は最上級といったランクの外観と内装をしている。
聞くところによると、バルサッサ内で五指に入る高級宿屋とのこと。
ロビーに敷かれた絨毯の柔らかさや壁紙、
細かいところに目を向ける度にそこに注ぎ込まれている金と労力が目に浮かぶようだった。
別に気後れはしないが、こういうザ・高級ホテル感がある場所にいると何となく落ち着かない気持ちになる。
「……慣れてないからかな」
「どうかした?」
「いや、気にしないでくれ。ところで手続きは終わったのか?」
「ええ。不在中のことも受付で確認したけど、特に異常は無かったみたい」
「それは良かった。じゃあ、案内してくれるか?」
「分かったわ」
マルギットの案内に従って階段を上がる。
幼馴染を置いてマルギットが一人で商隊の護衛依頼に出ていたのは、アルグラートで治療薬を購入するためだ。
ある日、アルグラートにいるAランク冒険者が意識不明に陥るほどの重い状態異常を患っていたが、とても良く効く治療薬のおかげで快復したという噂が聞こえて来たらしい。
それを聞いて、呪いを解呪するのは無理でも症状を軽減させることはできるかもしれないと考えたそうだ。
どこかで聞いた話である。
ただ、タイミングが悪いことに噂を知ったのが、症状が悪化し動けなくなる周期と重なったため、動けない幼馴染をバルサッサに残し、治療薬を手に入れるためにマルギット一人でアルグラート行きの商隊の護衛依頼を受けたらしい。
なお、その良く効く治療薬こと精霊水製状態異常治療薬は某Aランク冒険者に使用した分しか無く、入手出来なかったとのこと。……世の中の狭さを異世界でも感じることになるとは思わなかったな。
「ここよ」
マルギットが立ち止まった扉の前には人が二人いた。
宿屋が雇っている警備員の格好をしているが、視えるステータスによれば彼らは部屋の中にいる人物の実家が寄越した護衛だ。
知り合いであるマルギットには軽く会釈し、俺には警戒するように鋭い視線を向けてくる。
「先に説明して来るから、リオンは此処で少し待っていてね」
「分かった。なるべく早く頼むよ」
「善処するわ」
俺の物言いをマルギットが許容していることにでも反応したのか、護衛二人の眉がピクリと動いたがそれだけだった。
このまま突っ立っているのも気まずいので、部屋の向かい側の壁にもたれ掛かるように身を預け、両腕を手持ち無沙汰なままにするのも何なので腕組みをし、目を閉じて待つことにする。
超人的な聴力を持ってしても部屋の中の会話は聞こえてこない。
高級な宿屋は部屋の防音性能まで高いようだ。
それから五分近く待っていると部屋の扉が開いた。
「入っていいわよ」
「武器は預けた方がいいか?」
「そこまでする必要はないわ。そのままどうぞ」
「分かった」
今の問い掛けは扉の前の護衛達に向けた無害アピールだ。
何やら妙に警戒されている気がするので、お宅のお嬢様を害する気は無いと実家の方に連絡してくれると嬉しい。
部屋の中に入り扉を閉めると、視線を室内のベッドへと向ける。
カーテンを閉め切り、妙に低い室温の部屋の中、ベッドの上で上半身を起こして此方を見据える一人の女性がいた。
身体的特徴から種族はエルフ族。
燻んだ長い金髪に、ペリドットのような黄緑色の瞳を持つ二十代ぐらいの外見の美女だと思われる。
思われるという曖昧な言葉なのは、これらの容姿は呪いに侵されていない無事な身体の部分を見てからの判断だからだ。
呪いに侵されている部分の皮膚は火傷の痕のようになっている以外にも、白い紙に墨汁を落としたように黒ずんでいる部分もある。
ここまで酷いのは今だけらしく、症状が悪化する周期を過ぎれば黒ずんでいる部分に関しては元の肌に戻るらしい。
それを抜きにしても火傷のような常態型の呪いの痕は、目に見える範囲だと顔の右眼の周りと首の一部、右手の先にまで及んでいるのが見えた。
思っていたより酷いが、予想の範囲内ではある。
苦しんでいる当人の前では口に出さないが、最悪の場合、全身余すことなく呪いの痕が浮かんでいることも想定していたからだ。
「……マルギットが世話になったみたいだな。感謝する」
エルフ美女の第一声は発言内容とは異なり若干不機嫌そうな声色だった。
入室して僅かの時間で俺が身体に視線を巡らせたのに気付いたからか、或いは別の理由からなのかは分からないが気を悪くしているみたいだ。
年上系とでも評すべきクールな声質と女騎士のような口調は正直好みなので、不機嫌そうでも大して気にならない。これはこれでアリである。
「仕事仲間を救える手段があったから救ったまでです」
「そうか。では、自己紹介をしておこう。私の名はシルヴィア・シェーンヴァルト。名前の通りシェーンヴァルト公爵家の出身だ。マルギットとはパーティーを組んでいる」
自己紹介に出自を入れて来たのは牽制か? それとも誠意なのかな?
「ご丁寧にありがとうございます、シェーンヴァルト様。私の名前はリオンと申します。以後お見知り置きを」
「ああ。マルギットから聞いたが、私のスキルの呪いを解けると言ったそうだな」
「はい。話を聞いただけではおそらくとしか言えませんでしたが、今では解呪できると確信しています」
「……かつては王族だったシェーンヴァルトの力を以てしても解呪できず、国内だけでなく近隣諸国を探しても見つからなかった解呪方法を自分なら知っていると?」
へぇ、シェーンヴァルト公爵家って元王族なんだ。
公爵という最上位の爵位が与えられてるのは、平穏に帝国に併合したからなのかな?
「知らないのは無理はありません。私固有の力による解呪ですから」
「……俄かには信じ難いな」
「失礼よ、シルヴィア」
「だがなマルギット。今までもこういった詐欺紛いのことを宣う輩はいただろう? そいつらのやり口を忘れたのか?」
頑なな様子のシルヴィアをマルギットが嗜めるが、シルヴィアはそれに反論する。
どうやらシルヴィアは直接的な呪いの症状以外にも、呪い絡みの対人関係で色々と辛酸を嘗めてきたようだ。
シルヴィアが疑心暗鬼になるのも無理もない。
きっと今の俺のようにして近付いてきた悪人がいたのだろう。
もしかすると部屋の外の護衛達の視線が険しかったのも同じ理由かもしれない。
信用問題に関しては、疑われている俺が口を出しても改善されるとは思わないので、目の前で口論を始めた二人が落ち着くまで大人しく待つことにした。
ちょうど良いので、シルヴィアのスキルを調べながら待つとしよう。空いた時間は有効活用しないとな。
いつまでも続くかと思われた口論は、シルヴィアが身体の痛みに呻いて口を噤むまで続いた。
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