第32話 商隊護衛 後編



 ◆◇◆◇◆◇



[経験値が規定値に達しました]

[マジックスキル【虚影魔法】を習得しました]



「お、やっと習得できたか。思ったより時間がかかったな」



 今世初めての護衛依頼の一日目が終わった深夜。

 俺は野営地である草原の一角にて一人で夜番をしている。

 依頼主であるカガミ達の中には戦える者もいるが、Bランク冒険者である俺やマルギットよりは実力が下であるのと、他国の者からの襲撃を受けて精神的に疲弊していたので、今日だけは俺達だけで夜番を交代でやることになった。

 ちなみに、これを言い出したのはマルギットである。

 自分だってキツいのに涼しい顔で淡々と提案するものだから、ステータス上に表示されている状態異常は見間違いかと一瞬目を疑ってしまった。


 そんなこんなでマルギットの体調を考慮して、俺が先に夜番をしている。

 カガミが用意してくれた夕食は、大量の香辛料が使われたカレーに似た味のスープ料理で、不味いわけではないが唸るほどでもないというレベルの味だった。

 カガミとしても理想の味ではないらしく、スパイスが足りないとボヤいていた。

 個人的には一昔前のあまり美味しくないレトルトのカレーに、調味料を足して味を整えたような感じの味に近い。

 たぶん使った水などの一つ一つの素材の質が良くないか、香辛料の比率を間違ってるとかじゃないかと思ったが、普通に違う可能性もあるので大人しく黙っておいた。


 それだけでは物足りなかったので、夜番ではストックしてある竜肉串を食べつつ、スキル習得のために【暴食ザ・グラトニー】の【捕食者の喰手】で遊んでいた。

 以前、冒険者登録時の模擬戦で【発掘自在】を使用したことによって、【岩土魔法】を習得したことがあった。

 そのことからスキルを使用すると、そのスキルに関連した属性の魔法スキルを習得できる可能性があることが分かっている。

 【捕食者の喰手】は影を触媒にすることと、その見た目からして該当する属性は虚影属性だ。

 そのため、習得できる魔法スキルがあるとしたら【虚影魔法】だろうと考えた。

 ギルドにある資料によれば空間属性や破壊属性と同様のレアな属性なので、自力で手に入れられるなら手に入れておきたいと思い、暇さえあれば【捕食者の喰手】を使い続けてきた。

 今回の夜番では、買った本を読みつつ、二つの喰手の先を手のひらサイズの小人型にし、互いに戦わせて遊んでいても【虚影魔法】を習得することができたので、必ずしも集中していなければスキル習得が出来ないというわけではないようだ。

 まぁ、俺が特殊な例なだけのような気もするけど。



「ふむ。基本魔法だけでも中々使えそうだ。さて、創作オリジナルで使えるようになったのはーー」



 【異界の知識アナザー・レコード】にある前の異世界で創った魔法の一覧表を見ながら、新たに使えるようになった魔法を確認していく。

 元が汎用性の低い特殊な部類に入る属性なので、増えた創作魔法もそこまで多くはない。

 しかも、スキルである【捕食者の喰手】でも出来るようなことは、消費魔力量コストの面でも術式を構築する手間と負担の面でも、魔法よりもスキルの方が優秀なので、半分ほどの魔法はそのままお蔵入りになるだろう。

 夜番をしながら寝ている者達に気付かれずに試せる虚影系魔法を使っていく。

 そうやって魔法を色々試していき、自分の影に手を突っ込んでいたタイミングでマルギットが起きてきた。

 まだ交代まで時間はあるのだが、懐中時計のように個人携帯の時計はかなり希少なため、こういう夜番の交代のタイミングは基本的に不確かな体内時計頼りだ。

 だから一時間程度は誤差とも言える。



「おはようございます。よく眠れましたか?」


「ええ。よく眠れましたよ」



 マルギットは表情を変えずにそう答えると、焚き火を挟んで向かい側に置かれた倒木の上に腰を下ろした。



「それにしては顔色が良くありませんね」


「そうでしょうか?」


「解毒薬は持っていないのですか?」


「……気付いていたのですね」


「はい。パッと見は平然としていたので自前で回復手段があると思い触れませんでした。原因はあの煙幕ですか?」


「ーーええ。襲撃時に敵が地面に投げつけた煙玉に毒が含まれていたようで、少量吸っただけでこの様です。常備していた解毒薬ではこの毒を解毒出来ませんでしたが、宿場町までは保つでしょう」



 そこで治療手段を探します、そう言ってマルギットは寝ている間に半分近くまで減っていた体力を、腰のポーチから取り出した体力回復薬ライフ・ポーションで回復させる。

 それでも寝る前よりも白くなっていた顔色は元には戻らない。

 思っていたより重症のようだ。



「マルギットさん」


「何か?」


「私が使える魔法属性の中に聖光属性があります。良ければ治療しましょうか?」


「……私が使った解毒薬は最上位に近いかなり高位の物です。それでも解毒出来なかったのに治せるとは思えません。それに、仮に治せたとしても支払える対価が今の私にはありません」


「護衛依頼中の負傷です。そして私達は同じ依頼を受けている仲間と言えます。仕事中の負傷ですし、その仲間から対価を要求したりはしませんよ」


「……」



 此方の真意を確かめるように目を細めるマルギット。

 嘘偽りない本音なので探られて痛い腹はない。

 真面目な表情を維持したままマルギットの目を見つめ返す。

 一分近く経って、マルギットは視線を逸らしながら、「お願いします」と承諾の意を示した。

 その高い警戒心は、美貌を抜きにしても本人の素性を考えたら当然のことだろう。



「では万全を期すため体内の毒を調べても? それが可能なスキルがあるので」


「リオン殿は手札が多いですね。ええ、好きにしてください」



 何処か皮肉が混ざった投げやりな答えを聞くに、此方の能力について半信半疑といった感じだ。

 我ながら多芸だとは思うから、そんな反応が返ってきてもおかしくはない。

 マルギットの隣に座り、許可を得てから手に触れた時にビクッと小さく震えた時はちょっと可愛いかった。

 そして、思っていたよりも冷たい体温に内心ギョッとした。



「随分と冷たい体温ですね。……始めます」



 ユニークスキル【魔賢戦神オーディン】の内包スキル【情報賢能ミーミル】が有する機能の一つである【情報解析】を発動させ、マルギットの体を蝕む毒の情報を解析する。

 【聖光魔法】による解毒魔法は、軽い毒なら対象の毒に対する理解が無くても魔法を発動させるだけで完全な解毒が可能だ。

 だが、厄介な毒の場合はそれがどういった毒なのかを理解する必要がある。

 高位の解毒魔法であれば要求される理解度は下がるが、万全を期すならば毒の理解を深めた方がいいのは間違いない。


 どうやら、マルギットを蝕んでいる毒煙の毒は複数種類の毒を混合させたものらしい。

 それ自体は予想通りなのだが、それらが簡単に解毒されないように、混合後に魔法かスキルを使用してその効力が強化されているようだ。

 使われているそれぞれの毒は単体でも厄介な毒で、魔物由来の物もあれば、植物由来の物もあり、知識によればそれぞれの解毒薬の作製に必要な薬草などの素材もバラバラだ。

 そんな毒を互いの効力を打ち消し合うことなく混ざり合わせたばかりか、更に効力を強化しているあたりに、開発した者の絶対相手を害してやるという悪意や熱意が見えるようだった。



「これを使った者は解毒薬を持っていなかったんですか?」


「調べてみましたが持っていませんでした」


「そうですか。なら初めから使い捨て要員だったのか、逃げたリーダーだけが解毒薬を持っていたのかもしれませんね」



 【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で討伐した襲撃者の所持品を集めた限りでは、毒煙玉を持っていたの者は他にいなかったから、試験的に一つだけ持たされていたのかもしれないな。



「調べた限り、手持ちの素材ではこの毒の解毒薬は作れないので、予定通り魔法で治療しますね。ーー『万毒聖癒セイクリッド・キュア・ポイズン』」



 マルギットに触れている部分から発生した金色の魔力粒子が、マルギットの身体の表面を這いながら広がり、全身の隅々にまで行き渡り毒を打ち消していく。

 魔法を発動してから間も無くして、ステータス上に表示されていた毒の状態異常の情報が消え去った。

 マルギットの顔色も不健康そうな真っ白な色から、仄かな赤みのある健康的な白い肌に戻っている。

 解毒が可能な基本魔法の内、上から三番目に強力な魔法を選んだが、ちゃんと効力があったようで何よりだ。



「……ありがとうございます。まさか本当にあの毒を解毒できるほどの魔法が使えるとは思いませんでした」



 目を見開いたまま固まっていたマルギットが、逸らしていた顔を此方に向けて謝辞の言葉と共に頭を下げてきた。



「無事に治ったようで何よりです。身体に異常はありませんか?」


「大丈夫です。毒に抵抗していたので一時的に気力と体力は下がっていますが、朝には回復しているはずです」



 マルギットは身体の調子を確かめるように、手を何度も握っては開いてを繰り返しながら此方の質問に答える。

 身体の確認を終えると、マルギットは何かを思案するように黙り込んだ。

 考える邪魔をしないように暫く待っていると、マルギットが俯いていた顔を上げた。



「……リオン殿は聖光魔法の中で不得意な種類の魔法はありますか?」


「聖光魔法で不得意な種類ですか? そうですね……特にありませんね。解毒は勿論ですが、怪我の治癒に解呪、攻撃に支援もできますよ」


「そうですか。解呪は、どのようなタイプの呪いでも祓えますか?」


「実物を見てみないことには断言はできませんが多分祓えると思いますよ。仮に聖光魔法でダメなら他の手を使えばいいだけですから」



 話の流れからすると、解呪してほしい対象がある感じかな?

 その対象が何なのかは分からないけど、真剣な表情から察するに今まで誰も解決出来なかったことが窺える。



「何やら解呪して欲しい物があるようですが、良ければ話だけでも聞きますよ」



 話を切り出し易いように促すと、マルギットはほんの少し躊躇した後に、意を決してその解呪対象について話すために口を開いた。


 

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