第31話 商隊護衛 中編
一先ず馬車を止めて、カガミ達にこの先に待ち構えている者達がいることを伝え、このまま進むか、引き返すかを尋ねる。
数は街道に出てきているのが三人で、周りの雑木林に十二人潜伏していることも伝えたのだが、依頼主であるカガミは進むことを選択した。
「いいんですか?」
「はい。潜伏せずに街道に出て来て待ち構えているということは、既に此方を捕捉しているはずです。引き返したら見逃してくれるならいいんですが、そのまま追ってくる場合は他の方を巻き込むかもしれません」
マップ上の動きを見るにその可能性はあるよな。
俺個人としてはこのまま進むことは大歓迎だ。
今の問い掛けも、護衛の依頼中だから依頼主の意向を聞いておいただけだしな。
「では進みましょうか。待ち構えているからにはこの中の誰か、或いは全員に用があるんでしょうから、いきなり攻撃されることは無いでしょうが、油断せずに行きましょう」
そう言うと、先導するように馬車の少し前方にホースゴーレムを進ませる。
速度を落として進むこと数分後。
街道の先の目視できる距離に三人の男達がいた。
誰もが身綺麗な格好と装備をしており、一見して盗賊などのような賊には見えない。
事実、彼らは盗賊などではない。
まぁ、俺が以前倒した彼らの仲間は盗賊のフリをしていたんだけどね。
「ーーお久しぶりで御座います、カガミ様。お変わりないようで何よりです」
そう言葉を発しながらカガミへと会釈をする中央のリーダー格と思われる優男。
好青年といった外見だが、発する気配とステータスから只者ではないことが窺える。
「ハルスさん。こんなところまで一体何の御用でしょうか?」
この優男ーーハルスの所属から狙いは俺である可能性も考えたんだが、どうやら用があるのはカガミの方らしい。
「それは勿論、以前から申しておりましたカガミ様のスカウトの件についてですよ。どうか我らの国に来てその力をお貸しいただけないでしょうか?」
「……前にも言いましたが、お断りします。私は皆とこの国で暮らしていきたいんです」
「はて? どうしてそこまでこの国に拘るのでしょうか? 彼女達が理由なら一緒に来ていただいても構いませんよ」
「……人族至上主義を掲げるような国に彼女達を連れていけるわけがないでしょう」
カガミの仲間である三人の美少女の種族はそれぞれ猫人族、ドワーフ族、人族だ。
三人中二人が人族ではない他種族であるため、人族至上主義を掲げる国ーー〈ロンダルヴィア帝国〉では生き難いだろう。
この大陸における二大帝国と言われる大帝国は二つあり、一つは〈東の帝国〉ことロンダルヴィア帝国。
そしてもう一つは、現在俺がいる国であり他国の者からは〈西の帝国〉とも呼ばれているアークディア帝国だ。
人族至上主義国家と多種族共生主義国家という真逆と言える国家方針を掲げているため、当然の如く昔からこの二ヶ国は仲が悪い。
「そうですねぇ。私は他種族に対して隔意も敵意もありませんが、他の者は違いますからね。それでしたら護衛をつけましょう。ちゃんと他種族へ差別的な思想を持っていない同性の者をご用意しますよ?」
「何度言われようと答えは同じです」
「商人との兼業をして頂いても構いませんが?」
「結構です」
ハルスによる幾つもの提案を前にしてもカガミの意思は固いらしい。
取り付く島もないカガミの態度に対して、困ったように苦笑を浮かべながら後頭部を掻くハルス。
正確に言えば頭を掻くフリをして後方の二人に合図を送っているハルスの姿を見て、交渉は決裂したのを察した。
交渉の決裂が初めてではないことと、今回の交渉の場が野外であることを考えると、こういう時の展開は大体決まっている。
「うーん、困りましたね。私も上司から早くしろとせっつかれてるんですよね。ですから、不本意ですが強硬手段を取らせてもらいますよ」
ハルスはそう言って懐から
魔力を感じるのでただの銃ではなく、
この世界には存在しないはずの、現代的なデザインの拳銃を前にしてカガミの身体が強張るのを視認すると、ハルスは笑みを浮かべる。
「これはご存じの通りの使い方の武器ではありますが、その性能は我が国の技術力により魔導具化されて飛躍的に強化されていますので、銃弾が着弾すれば爆炎が貴方達を襲うようになっております。撃って性能を披露したいところですが、延焼範囲が広いので無闇矢鱈に撃てないのが難点ですね」
嘘か真かは分からないが、仮に事実だとしたら周りを木々に囲まれた街道上では逃げ場は無いだろう。
魔法やスキルが存在し、レベルという法則が働くこの世界では、銃火器は前世の地球ほどの地位を確立していない。
地球の現代レベルの技術で造られたならば違うのだろうが、今のこの世界の文明レベルを大雑把に判別すると中世後期から近世初期といったところだ。
魔法とスキルがあるから前世の同レベルの時代よりも銃火器の性能は少し良いだろうと考えていたが、どうやら少しどころではなかったらしい。
何処か懐かしい風貌と名前を持ち、ステータスを見るにユニークスキルを持っているカガミを熱心に勧誘することといい、ロンダルヴィア帝国の技術革新の理由が推察できる。
「今一度だけ問いましょう。私達と共に来て力を使っていただけますか?」
「……」
苦渋の表情を浮かべながら後ろを振り返り彼女達を見るカガミと、「アキラ……」と不安そうな声を漏らす女性達。
そんなカガミ達を後目に基本魔法『
『準備はいいですか?』
『いつでも構いません』
『では馬車の守りはお願いします。特に後方を』
『分かりました。お気をつけて』
『ありがとうございます。では、始めます』
魔法を切ると、ハルスに向かって口を開こうとするカガミを遮るようにホースゴーレムから降りて、意識を向けるために挑発しながらハルスへと近づく。
「なぁ、その武器の性能って本当にそれほどの物なのか?」
「……何ですかアナタは。ただの護衛が横から口を出すものじゃありませんよ」
「それに関しては同感だ。護衛の身で横から勝手に口を出してベラベラと喋るような奴は個人的には護衛失格だと思うね」
「止まりなさい。それ以上近づくなら撃ちますよ」
「撃ってみなよ。効果があるとは思えないがね」
銃口を向けるとともに、意識の方も完全に此方へと向いたのを確認したタイミングで、背後の馬車の周りに予め準備していた対物理障壁を展開させた。
「ッ⁉︎ チッ!」
バンッという銃声と共に銃弾が発射される。
高速化された思考の中で銃弾が迫ってくるのが認識できた。
その射線上に手を翳し、【
手に触れる寸前で【無限宝庫】へと収納したため爆発は起きない。
そのことに驚くハルス達に向かって物を投擲するように手を振り抜く。
放たれたのは一発の銃弾。
奪ったばかりの銃弾を即座に取り出し、振り抜いた手の勢いのままに返却してやった。
収納時に運動エネルギーを失っていたが、それは持ち前の腕力に【投擲】と【狙撃】のスキルを重ねることによって解決している。
結果的に元の弾速よりも速い速度で放たれた銃弾は、ハルス達三人に直接ではなく、足元の地面へと着弾し、その効力を発揮した。
ドゴォンッ! という爆発音が周辺に轟き、至近距離から発生した爆炎がハルス達三人を呑み込んだ。
「ほう。文言に偽りは無かったわけだ」
地面を嘗めるようにして此方に迫ってくる炎と爆風を
これで今以上の延焼を防げるし、既に燃えてる火も次第に消えるだろう。
シュッという風切り音と共に左側から飛来した矢を、左側に追加で発動させた『魔動防盾』で防ぐと、【金属生成】で生み出してストックしておいた投擲用の金属片を取り出し、狙撃手へと投擲して黙らせる。
視線が左を向いた瞬間に右斜め後ろの雑木林から音も無く飛び出してきた三人の敵を、創作魔法『
「ふむ。これで後八人。いや、五人だな」
【
これで残りは五人。
後はサクッと終わらせよう。
「『
マップ上に表示されている雑木林の中の五つの光点に向かって、一人あたり十発の『魔法の矢』を放つ。
襲撃者達は上空から飛来した魔力の矢を木々を盾にしたりなどして防いでいる。
そして、意識が上を向いているタイミングで、足元という意識外の死角から金属槍を生やして身体を貫かせた。
「……ハルスとやらは逃げたか。撤退の判断が迅速だな」
爆炎が消えた場所にある死体は二つだけ。
今いるエリアマップの端の方には、多少の怪我を負いながらも高速で走り去っていく一つの光点が表示されている。
怪我とは言っても、レベルや装備を考えると大したダメージは無かったはずだ。
爆炎が発生してからはワザと隙を晒したりもしたのだが、ハルスは誘いには乗らずに即座に撤退を選択していた。
あの迷いの無い逃げっぷりと、他の者達の決死の特攻ぶりを見るに、失敗時に取るそれぞれの行動は前もって決まっていたのだろう。
「……まぁ、いいか」
魔法で狙撃しようかと思ったが、ふと考えがあってそのまま見逃すことにした。
人の目がある中で手札を晒すのは気が引けるという理由もある。
それに、まだ雑木林の中の死体の処理も行わないといけないため、作業には多少時間がかかる。
護衛としては今日中に予定していた野営地に辿り着きたいところだ。
そのため撤退した奴に関しては優先順位が低いので放置でいい。
取り敢えず、敵は全て撃退したことを依頼主に報告しに行くとしよう。
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