第24話 不測の事態からの邂逅
◆◇◆◇◆◇
第三エリア内にいる岩喰い蜥蜴の上位種を掃討後、一度仮の指揮所へと戻ってきた。
当たり前のことだが坑道内は狭い。
地面から天井までの高さも、通路の横幅も地上にて戦場として使った鉱山前の広場とは比べ物にならないぐらいに狭い。
その狭さも一定ではなく、作業場や物資などの一時的な集積所などの開けた場所も存在しており、そういった場所でなら敵と遭遇しても比較的戦いやすく、地上と同じように戦えるだろう。
だが、狭い通路で敵と遭遇したらそうはいかない。
接敵しそうな上位種を一通り駆逐して仮指揮所に戻る道中、通常種に齧られている兵士達の死体があった。
地図上でも気配でも岩喰い蜥蜴がいるのは分かっていたが、死体があることには気付かなかった。
【
死体の状態を見るに、防具の胸の部分が大きく凹んでいることから体当たりを喰らったようだ。凹み具合からして致命傷だ。
他の死体も背中に深い引っ掻き傷がある者や、脇腹を噛みちぎられている者など悲惨な状態だった。
斬り裂いたら兵士達の亡骸に血が降りかかるので取り敢えず殴り飛ばしておいた。
死体から引き離すために強めに殴ったのだが、それでも充分だったようでどの個体もピクリとも動かなくなった。
兵士達の亡骸を回収した後、地図上の人の死体を検索してみたが、部隊丸ごと全滅したのはここだけだったようだ。
「ーーでは、よろしくお願いします」
「分かりました。お預かりします」
仮指揮所に戻ってから、地上と仮指揮所を行き来する部隊の一つに道中で見つけた遺体を引き渡した。
いつ不測の事態が起こり撤退することになるか分からないため、味方の死体は回収次第地上へと運ばれることになっている。
死体を運ぶとなると重量的に大変そうだが、領軍では死体運搬用に収納系
収納系魔導具は収納物の重量を無視できる点を採用されたのだろう。
往路では食糧や
坑道内での運搬に限らず、今回の討伐軍のアルグラートから鉱山間においても各種物資の運搬にも別の大容量の収納系魔導具が使われているため、輜重部隊の数が最小限で済んでいるあたりに、改めて魔法の力の影響力というものを感じた。
地上へと戻る回収班を見送った後、第三エリアの上位種を殲滅し終えたので仮指揮所で待機する。
小休止がてら辺りに匂いが撒き散らないように結界を張り、市中で買ったレモンに似た柑橘系の
間食をしていると、何となくレモンと肉の組み合わせで焼肉を思い出して、久しぶりに鉄板で焼肉をしたくなった。
ネギも市場にあったし、調味料としてネギ塩ダレを作ってストックしておくのも良さそうだ。
「帰っての楽しみができたな」
地図上で第三エリア内の最後の岩喰い蜥蜴が討伐されたのを確認すると、『
第三エリアの掃討を終わらせると、三十分の休息を入れてから第四エリアの掃討へと移った。
地図を見たところ此処より下に向かう通路は無く、第四エリアが最後のエリアになるらしい。
俺が感知した強敵の反応は斜め下の広い空間にいるようで、そこに繋がる通路は一つだけであり、その通路も何故か塞がっており、このままだと戦う機会は得られそうに無い。
まぁ、よくよく冷静になって考えてみると、周りを巻き込む可能性などがある今回の作戦中に邂逅するのは良くないかもしれない。
作戦が終わったら転移を使ってこっそり偵察しに行って、それからどうするかを決めるとしよう。
◆◇◆◇◆◇
第四エリアにいる上位種はこれまでのエリアの中で最も多く、複数体で固まっている場所もあった。
そういった集団は総じて食事中の集まりだったようで、隠密系スキルをフル活用して気付かれる前にサクサク狩っていく。
数が多いということは他の部隊が遭遇する確率も上がるというわけで、何度かは転移魔法を使って近くまでショートカットしなければ間に合わなかったほどだ。
「救いは上層ほど広くはないことかな」
広くはないとはいっても、そこまで差があるわけではない。
どのエリアも元の採掘場の時よりも岩喰い蜥蜴達が食事のために掘り広げており、それは上位種が多い下のエリアに行けば行くほど顕著で、結果エリア間の敷地面積の差が縮まったという理由がある。
エリア内の上位種を倒し終えて一息つくと、近くの岩壁に寄りかかりながら、視線を目の前に表示した【
此処から少し離れた第四エリアの場所にて通常種三体と同時に戦っている一団がいる。
ヴァイルグ侯爵家の次期当主であるルタームとその配下達だ。
地図上の動きだけでの判断だが、ルタームは危なげなく戦っているようで、上のエリアでの自己申告に偽りはないらしい。
例え実力はあっても、次期当主をわざわざ危険に晒すのもどうかと思ったため、進行方向に転移で先回りして遭遇しそうな上位種は最初のうちに倒してある。
だからルタームが上位種と戦うことは無い。
「他のところも負傷者はあれど問題なく倒せそうだな。これで無事作戦は終了だな」
そう気を抜いたのが駄目だったのか、通常種を倒し終えたルターム達の近くに新たな光点が突然現れた。
「んん? これは、上位種か。一体何故……あっ⁉︎ 通路が繋がってるじゃないか!」
上位種が現れた場所を立体表示してみたところ、その場所はエリア外へと通じる封鎖された通路だった。
つまり、あの謎の強敵がいる場所へと繋がる通路というわけだ。
既にルターム達は上位種と戦闘を開始しており、その目の前で上位種が出てきた通路が塞がっていっている。
「……絶対興味を示すよな。先に進むよな。ええいっ! 余計なフラグを立ててしまった!」
すぐさまルターム達から少し離れた場所に転移し、隠密系スキルを使って近付き様子を窺う。
これまでと異なり、上位種ということでルターム達だけでなく、ヴァイルグ家の隠密も陽動という形で戦線に加わっていた。
上位種は石化タイプで、パーティー内の魔法使いが予め全員に魔法で付与した石化耐性があるため、万が一ブレスを喰らったとしても対処できるだろう。
上位種の視線がルタームから他の騎士に移った隙に、ルタームが何かを呟くと魔剣の鍔の薄紫色の宝珠が一際強く輝き、同色の剣身も連動するように淡く輝いて紫電を纏った。
そうして振るわれた紫色の刃は、頑強な上位種の肉体を袈裟懸けにバッサリと斬り裂いてしまった。
どうやら思った以上にあの魔剣の性能は高いらしい。
ついつい気になって【
「やっぱり進んだか。さて、どうなるやら」
少し遅れて通路に入り、有効化されていないエリアに足を踏み入れてから【
ーーげっ。
地図に表示された光点の数は五十を超えていた。
岩喰い蜥蜴の通常種と各上位種がいるのは予想通りだが、最奥に巨大な一つの光点があるのは予想通りであり予想外の個体だった。
「竜か。……えらく縁があるな?」
偶然か必然か分からないが、この世界に来て一ヶ月もしない内に二度も戦うことになるようだ。
しかも以前戦った竜よりも上位個体。
スキルや素材としては嬉しいが、今の状況は嬉しくないな……。
格上を相手にするには、常時魔力を消費する【
『GUOOOOOO‼︎』
坑道内全てに響くぐらいの咆哮に反射的に顔を顰めながら通路を抜けると、三千の討伐軍の倍の数が入っても余裕があるのではと思うぐらいの大空洞に出た。
暗闇が支配する大空洞には自然界の魔力が物質化した結晶体である魔力結晶が至るところに生えており、その唯一の光源である魔力結晶が発する青白い淡い光に照らされる中に、見渡す限りの岩喰い蜥蜴と先程の咆哮で
彼らから視線を奥に向けると、そこには新たな侵入者である此方を見据える黒銀色の竜がいた。
「……」
この感覚には覚えがある。
以前、リュベータ大森林にてSランク冒険者であるレイティシアから感じたのと同じ物。
人と魔物という違いはあっても、本能が伝えてくるのは相手が自らよりも格上であるということ。
戦うとしたらどっちが愉しいかな?
おっと、忘れるところだった。
「『
高速化した思考の海の中から現実に戻ると、竜の咆哮を喰らって動けないルターム達を岩喰い蜥蜴達の攻撃から守るべく、魔法で通路側へと引き寄せる。
一人を除いて無事に回避させることが出来たが、ルタームだけは身に付けている全身鎧の魔法耐性によって
「チッ」
思わず舌打ちが出てしまったが気を取り直し、【発掘自在】でルタームの足場の地面を隆起させて此方側へと打ち出させる。
魔法耐性で救出がワンテンポ遅れたのと、装備のおかげで多少動けるようになったのか、力が十全に入らない状態で攻撃を防ごうと無理に構えた所為で、ルタームの手から魔剣が弾き飛ばされてしまった。
「ルターム様。ここは私が抑えますので早く撤退を」
「リオン殿⁉︎ 何故此処に?」
「上位種の気配を感じてやってきたんですよ。既に倒されていましたが、その死体の近くに通路がありましたので進んだ結果、今に至ります」
「そうか。だが、あれはーー」
「竜ですね。全員が退いたら追いかけてくるかもしれませんので、ルターム様達は地上まで撤退してください。仮指揮所で事情を伝えて坑道内にいる全員を町まで退却させることもお願いします」
「……勝てるのか?」
硬直状態から脱したルタームが立ち上がって尋ねてきたのに対して、魔剣を振るって岩喰い蜥蜴を斬り捨ててから肩を竦めてから答えた。
「さぁ? 倒せそうなら倒しますし、倒せないなら倒せないなりに全員が鉱山から退却するまでの時間を稼いでから逃げますよ。なので早く退いて下さると周りを気にせず戦えるので助かりますね」
「……分かった。これ以上此処にいると邪魔になるようだ。全員を町まで退却させるとヴァイルグ家の名に誓おう」
此方の慇懃無礼な態度に気を悪くすることなく頼みを聞いてくれたルタームへと振り返り、攻撃が途切れた隙に小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。幸いにも生存者は皆仮指揮所に向かっているようなので確認は容易かと思われます」
「了解した。無事に戻ってくるのを待っているぞ。全員聞いていたな。撤退する!」
「「「はっ!」」」
通路を駆け上がっていく音を背後に聞きながら、自動発動を止めていた【
ルターム達を追うのを防ぐべく【挑発】を発動させたことによって、全ての岩喰い蜥蜴達が怒濤の如く襲い掛かってくるのを、一切の手加減無しで魔剣を振るって瞬時に斬り捨てていく。
戦いながら竜の方へと視線を向けると、竜の周りに黒いモヤが発生したかと思ったら、そのモヤから新たな岩喰い蜥蜴が出現した。
「そういうことか」
この銀鉱山に来てからというもの、どの場所にも岩喰い蜥蜴達の産卵場が無かった。
ここまで数が多いならば、それ相応の規模の産卵場があるはずだと思っていたのだが、第四エリアに至るまでそのような影は一切無く、幼体の姿も見当たらなかった。
その理由が、奥にいる竜の能力による物であったことが判明した。
岩喰い蜥蜴達はあの竜にとっての眷属みたいな物なのだろう。
召喚なのか創造なのかは分からないが、あの竜を倒せばこれ以上数が増えることは無いはずだ。
「察するに蜥蜴達は侵入者を排除する番人や警備員ってところか?」
ルターム達を撤退させて五分ぐらい経った頃になって大空洞にいた岩喰い蜥蜴を全て殲滅した。
その間、竜は一切動くことなく此方を観察しており、眷属も途中から生み出すのを止めていた。
岩喰い蜥蜴達が消えたことによって見つけたルタームの魔剣も収納すると、身体ごと竜へと向き直る。
それに合わせて竜も観察を止めて起き上がってきた。
竜の体内で高まる魔力の波動を感じつつ、【情報賢能】を発動させる。
「……ただの竜ではないとは思ったが、やはり〈真竜〉だったか。いざとなったらグングニルを使うしかないかな?」
期待通りの強敵を前に魔剣を構える。
戦う前の段階から、この強敵から手に入るスキルと真竜の素材が楽しみ過ぎて、思わず口角が上がってしまうのを止められなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます