第22話 銀鉱山解放作戦開始


 ◆◇◆◇◆◇



「ーーこれは酷いな」



 眼下に広がる光景を目視しての第一声はそんな率直な感想だった。

 外壁の上から見下ろしているのは、銀鉱山の麓に併設された坑夫達の住居や精錬工場などの各種施設を内包している小さな町。

 町に人影はなく、侵入した魔物によるものか破壊し荒らされた建物もある。

 前回の解放作戦時に町の中に入り込んでいた魔物を殲滅し、破壊された外壁や門を修繕していたおかげで魔物の反応はない。

 ただ、魔物という直接的な脅威はいないが、荒廃した町は正にゴーストタウンといった有様で、町に入るのを躊躇わせる鬱屈とした雰囲気を漂わせている。

 比較的損壊の少ない廃墟の屋上を選んで跳び移っていき、危険が無いか町中を調査していく。

 ふと、何かを感じて鉱山がある方に意識を向けるが特に異常は見受けられない。今確認できる範囲での地図上にもおかしな点はないようだ。

 気持ちを切り替え、それから暫く調査を行ってから予め決めていた場所に降り立つ。



「見たところ、魔物も人も気配はありませんでしたね。早朝の報告通り門と壁も破壊された跡は無し。そちらは?」


「こちらも同じく」


「俺達も見つけられなかった」



 背後に集まってきた領軍と冒険者の斥候達も同じ意見のようだ。

 事前に町の様子を直接確認したかったので、町に入る前に再度偵察に向かうという彼らに同行を申し出たのだが、気付いたら俺が率いているような感じになっていた。【集団統括】と【集団行動】あたりの効果だろうか?

 それから少し離れた場所で待機している討伐軍の元へと戻り、問題無しの報告を上げる。

 その報告を受けて討伐軍は本陣を構える拠点となる町の中へと静かに入っていった。



 討伐軍が入った門とは反対側の門の先に鉱山があり、町と鉱山の間に広がる場所が地上での戦場になる。

 鉱山側に面した外壁上から鉱山入り口周辺へ目を向けると、そこには白っぽい灰色の岩肌然とした体皮を持つ全長四メートルほどの蜥蜴系魔物である岩喰い蜥蜴がいた。

 【情報賢能ミーミル】の【万能鑑定】で視てみたところ、岩喰い蜥蜴というのは俗称であり、鑑定上の正式名称は〈オーアイーター・リザード〉というらしい。まぁ、意味は大して変わらないし長いから俗称でいいだろう。

 そんな岩喰い蜥蜴が、作戦開始の昼前の時刻には事前の報告にあった数より三割ほど増えていた。

 これは日が昇って気温が上がったことによって、変温生物にとって活動しやすい時間帯になったからだろう。

 地上にいるのは通常種ばかりで、上位種は鉱石が豊富に採れるであろう坑道にいるものと思われる。……何というか蜥蜴達の上下関係が垣間見えた気がした。



「やはり坑道内で繁殖しているのか、前回よりも数が多いな」


「報告にあった通り地上は通常種のみのようですね」


「うむ。数の誤差はあるが通常種のみなのは予定通りだ。リオン、問題はないか?」



 少し離れた場所で領主親子の会話を聞いていた俺は、ヴァイルグ侯の言葉に頭を下げ是と答えた。



「問題ありません。いつでも動けます」


「よし。騎士団長よ、準備はどうだ?」


「問題ありません。閣下の号令を待つのみです」


「うむ。では、リオン。始めよ」


「かしこまりました」



 一歩前に進み出て右手を鉱山の方へと向ける。



「ーー『纏わりつく呪雹カースド・ヘイル』」



 創作オリジナル魔法を発動させると、鉱山前に屯し周りの岩石を食していた岩喰い蜥蜴達の身体に薄紫色の雹が降りていく。

 纏わりついた雹は岩喰い蜥蜴達の体温を奪い、その動きを緩慢な物へと変える。

 魔法で生み出した雹は遅延スロウなどの状態異常の要素と絡めているため、陽の光ではそう簡単には溶けないし解けない。火炎系魔法や聖光系魔法なら溶かしたり解呪することが可能だが、集団戦での味方への誤射を考えると自軍で前者を使用する者達はいないだろう。

 通常種の攻撃手段も爪や牙などの自らの肉体を用いた物理攻撃だけであるため問題無い。

 岩喰い蜥蜴達に異常が発生したのを確認したヴァイルグ侯の号令を受けて門が開くと、騎士や兵士、冒険者達が雄叫びを上げながら町から躍り出て行く。



「ーー満たせ、【災界顕現ワールド・ディザイア】」



 周囲に轟く声に紛れて発動権言アクティブ・ワードを唱える。

 発動権言によって【強奪権限】の領域系超過稼働能力オーバー・アクティベート・スキル【災界顕現】が発動される。

 これは、一定ランクに達したユニークスキルの一部の内包スキルだけが使用できる、『自らが認識している範囲内に特殊効果のある領域フィールドを展開する』という派生能力だ。

 俺の【強欲神皇マモン】のような大罪系ユニークスキルだとどれも等しく【災界顕現】という名称になるらしい。

 通常よりも莫大な魔力だけでなく体力と精神力までをも消費して発動し、【強欲神皇】の【強奪権限】だと『領域内の敵性存在の体力と魔力を奪い続け、死んだ対象から能力を蒐集する』という効果になる。

 発動時だけでなく、発動している間も魔力を消費し続けるほどに燃費が悪いが、通常の【強奪権限】とは異なり直接相手に触れる必要が無いだけでなく、生きている間に能力を奪うことはできないが、認識している範囲内ならば敵が何体いても体力魔力を奪い続けることができるのは大きい。

 しかも、死亡後に能力を奪う効果は敵だけに留まらないのも大きな利点だ。

 ただ、一秒あたりに奪える量に限界はあるし、敵が少数かつ実力が近い相手には領域の維持に消費される魔力を別の力に使用した方が良かったりするので、基本的には格下や集団相手にしか使用しない。

 あとは、発動するのに体力と精神力まで消費するので疲れるから出来るだけ使いたくないという単純な理由もある。



「まぁ、状況次第では同格以上でも使う機会はあるんだけどな」



 地上には予定通り通常種しかいないので俺の出番は無い。

 『纏わりつく呪雹』による支援だけだとトドメを刺せないためスキルは手に入らず、僅かな経験値が得られるだけだが、これならば経験値の割り当てが増し、領域効果によってスキルも手に入る。

 敵の数が多く、展開範囲もそこまで広くないので消費する魔力は少なく、回収できる魔力で領域を持続させる分の魔力の大半を賄えているのも嬉しい誤算だ。



[ユニークスキル【強欲神皇】の【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】が発動します]

[スキル【岩石喰い】を獲得しました]

[スキル【日光浴】を獲得しました]

[スキル【殴打力強化】を獲得しました]

[スキル【体皮強化】を獲得しました]

[スキル【硬化】を獲得しました]

[スキル【寒冷脆弱】を獲得しました]

[スキル【礼儀作法】を獲得しました]

[スキル【不運】を獲得しました]

[ジョブスキル【騎士ナイト】を獲得しました]

[ジョブスキル【守護騎士ガードナイト】を獲得しました]

[ジョブスキル【貴族ノーブル】を獲得しました]

[ジョブスキル【斧士アクサー】を獲得しました]

[ジョブスキル【農夫ファーマー】を獲得しました]

[ジョブスキル【剣舞士ソードダンサー】を獲得しました]




 どうやら発動能力は【災界顕現】でも、スキルを回収するのは【戦利品蒐集】の役割らしい。

 実際に【災界顕現】を使用して分かったのだが、この領域はこれまでの強奪系スキルとは違って、根刮ぎ奪うという都合上なのか、【寒冷脆弱】や【不運】といった俺が望まない、或いは使用したら不利益となるスキルまで掻き集めてしまうデメリットがあるようだ。

 とはいえ、前の異世界の時と同様に手に入れたスキルは自由にオンオフができるから問題無いと言えば問題無いんだが。



[ユニークスキル【強欲神皇】の固有特性ユニークアビリティ〈強欲蒐権〉が発動します]

[保有スキルが無効化されます]

[スキル【寒冷脆弱】が無効化されました]

[スキル【不運】が無効化されました]



 これでよし。あとのスキルはそのまま発動状態アクティブで構わないだろう。



「素晴らしい魔法だな」


「侯爵様」



 戦闘開始から三十分近く経った頃、指揮所から離れてヴァイルグ侯が話しかけてきた。

 戦況は此方側が有利なのは一目瞭然なので指揮所から動いても問題ないらしい。

 チラッと視線を向けると、指揮所では子息であり次期当主のルタームが部下達に指示を出していた。

 おそらく戦況が安定している機会に経験を積ませておくつもりなのだろう。

 


「蜥蜴共の動きが鈍いのと早く息絶えるおかげで想定よりも負傷者がかなり少ない」


「それでも死者が出るのは避けられませんね」


「レベルだけで見ても殆どの兵士達よりも上なのだ。一般の騎士と同程度の強さを持つ魔物との戦いだと考えれば十分起こりうる犠牲だ。……もっとも被害は出ないに越したことはないがな」


「同意致します」



 俺が支援魔法バフやユニークスキル【救恤ザ・レリーフ】で強化していれば死ななかったかもしれないが、それにより俺が被る不利益を考えると大勢の、特に貴族達の前で使うことは今のところない。

 俺の魔法による支援は銀鉱山に向かう道中でふと思い付いた予定外の物であるが、軽い気持ちで使っただけでも人の命運にこれだけの影響を齎すのだから、今後不特定多数の人々の前で力を行使する際はこれまで以上に慎重にならなければいけないな。



「この調子ならじきに地上の掃討は終えるだろう。その後はリオンが坑道から蜥蜴を引き摺り出すのだったな?」


「はい。坑道のような狭い場所でしか使えませんが、魔物を挑発し誘き出すことができるかと思います。その際には上位種も出てくるでしょうから随時対処致します。ですので、坑道出入り口付近には他の方を近付かせないようお願い致します」


「うむ、分かった。周りによく言って聞かせておこう。では、地上の敵を掃討後、全体が小休止を取った後に実行してくれ」


「かしこまりました」



 指揮所へと戻るヴァイルグ侯を見送ってから視線を坑道出入り口へと向ける。

 この鉱山に来てからずっと違和感を感じていた。

 その違和感の正体は、【直感】によれば鉱山から発せられているようだ。その警鐘を確かめるには直接俺だけで坑道に入るのが一番だろう。

 前の異世界での経験と照らし合わせると、坑道には俺達が予想もしていない敵がいると思われる。

 その敵と邂逅するのが今から楽しみだ。

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