第21話 銀鉱山解放作戦前夜
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此度の銀鉱山解放作戦の概要を今一度整理してみよう。
件の舞台である銀鉱山は、ヴァイルグ侯爵領の領都アルグラートの西方に位置しており、馬車を丸一日走らせたぐらいの場所にある。
ヴァイルグ侯爵領の西端というわけではないが、隣のクルーゾ伯爵の領地との境目に近く、様々なトラブルの元になっている。
そんな銀鉱山が岩喰い蜥蜴の群れが住処になってしまったことにより、銀鉱石を主とした各種鉱石が採掘できなくなってしまい、ヴァイルグ侯爵家の財力と権勢を支える柱にヒビが入っている状態だった。
討伐隊を送り失敗する度に、失敗した前回の反省を活かした戦力を用意し続けた結果、ヴァイルグ侯爵家の財政は火の車になっており、その影響はヴァイルグ侯爵家からの恩恵を受けていた家門や寄子全体に及んでいる。
四度目の解放作戦に挑むにあたって現状用意できる最善の戦力との確約が結べた後、ヴァイルグ侯爵はすぐさま家門内と寄子達に故意に情報を流した。
その情報から此度の作戦の力の入れようと失敗した場合の後の無さを感じ取った者達が、作戦後を見越して今までに無いほどの戦力を送り込んできたことによって、その数は三千にまで膨れ上がるに至ったのが今回の討伐隊だ。
銀鉱山に最も近い町であり、領内で最も西に寄っている町であるバーラの町長を任されているヴァイルグ侯爵の縁戚であるダルム子爵は、銀鉱山が魔物によって封鎖されるようになってから解放作戦が失敗する度に受ける西のクルーゾ伯爵からの嫌がらせに頭を悩まされていた。
頼むから今度こそ上手くいってくれよ、とダルム子爵は目の前にいるヴァイルグ侯爵と幹部達に視線と歓迎の言葉を以て訴えるのだった。
そんなやり取りがバーラの町の貴賓館で行われている中、大半の兵士達と冒険者達はバーラの町から少し離れた草原で野営を行っていた。
何故町から離れた場所で野営を行なっているのかと言うと、単純にバーラの町には三千以上もの兵達を迎え入れるほどのキャパシティが無く、町のすぐ外も野営に適した地形では無いからだった。
これまでの最大戦力であった前回ですら八百ほどで、この時は町の中でどうにか全員が寝泊まりできていたが、今回はその約四倍の数だ。
必然的に町の中に入れるのはヴァイルグ侯爵とその子息、ヴァイルグ侯爵家の騎士達以外では、十数人の貴族達と彼らが連れてきた騎士と兵士達だけになり、戦力の大半を占めるヴァイルグ侯爵家の兵士達と冒険者達は町から少し離れた草原で約二千人の大所帯で野営という形になった。
幸いにもバーラの町の周辺は魔物が少ないうえに、夜の見張りもバーラの町から兵を出して協力してくれるおかげで駆り出されるのは最小限の数だけで済んだ。
各自で張られたテントが立ち並ぶ中、一箇所だけ馬車が置かれている場所がある。
その馬車の横に置かれたテーブルの席には、馬車の持ち主であるリオンだけでなく、兵士達の代表者十五人と三十二人の中級冒険者達全員、冒険者ギルド職員であるガリアスの計四十九人が集まっていた。
「それでは改めまして。事前の約束通り集まっていただきありがとうございます。夕食はいかがだったでしょうか?」
上座に座ったリオンからの言葉に参加者達からの賛辞の言葉が飛び交う。
リオンが今回の話し合い前に行った夕食会では、保存食などを食べる他の者達とは異なり、リオンが用意した新鮮な食材が使われた温かい食事が振る舞われた。
アルグラート内の牧場で購入し、【無限宝庫】内で時間停止状態で保管されていた牛乳と卵を使用して作られたクリームシチューとチャーハンは、本来ならば野営地では食べることができないような逸品だ。
今日の朝一で卵と牛乳を購入してからすぐに冷却用
クリームシチューに似た料理はあってもリオンが作るのは【
それはチャーハンも同様だったが、似た料理があるクリームシチューとは異なり、米料理が今まで無かったアルグラートに暮らす者達には未知の料理であるうえに、異世界の料理であるその味を知る者はおらず、食した全員がその味と香りを絶賛した。
「喜んでいただけたようで何よりです。それでは、腹も膨れたことですし、皆様をお呼びした本題に入らせていただきます。最後までご静聴いただけると幸いです」
どこか浮ついた場の雰囲気が変わる。
噂の新人が一体何を話すのかと、皆が自然と耳を傾けた。
彼らが素直に聞く耳を持ってくれたのは、自らが発するオーラと彼ら自身の好奇心によるものだけでなく、【集団統括】【群勢指揮】【指導】【集団行動】の後押しのおかげでもあると知っているのはリオンだけだ。
「明日の作戦の敵はご存じの通り岩喰い蜥蜴という岩を喰らう蜥蜴系魔物です。ランクはD+。これは冒険者で言うところの四人組パーティーで換算しますと、Dランクパーティーならどうにか倒すことができ、Cランクパーティーなら余力を持って倒すことができるぐらいの強さです。四人以上の部隊で戦う兵士の皆様も、個人としてCランク以上である中級冒険者の皆様も問題なく勝てる相手でしょう。……それが一体ならば」
全員が理解しているのを確認すると話を続ける。
「前回の作戦開始時に地上で確認出来たのは百体ほどであり、鉱山内部の坑道にもいることが確認されています。最終的に半分にまで減らしたところで坑道内に現れた多数の上位種によって前線が崩壊したことにより撤退することになりました。上位種は最低でも五体はいたと聞いています。この上位種のランクはB。通常種以上に硬い体皮も厄介ですが、危険な複数の状態異常を齎すブレスを吐くのが特徴で、狭い坑道内で戦うには危険な相手です。この上位種を始めとした強敵の対処を侯爵様は私に依頼されました」
リオンの具体的な役割を知らなかった者達は驚き、今回の作戦に集められた人員と敵の強さから予想していた者達には驚きはなかった。
「皆様の中には私の実力を疑問視する方もいらっしゃるでしょうが、今はそれを示す場所も時間もありませんので明日の本番にて示させていただきます」
集まった者の中にはその言葉に不満を抱く者もいたが、明日に作戦を控えたタイミングで力を示すよう言うのは愚かな行為だと理解出来ているため、開きかけた口を閉じた。
「さて、此処までは前回の作戦から得られた情報です。現在の鉱山の様子と蜥蜴の数が分かるのは早くて明日の朝になるでしょう。仮に地上の数は少なくても、坑道にいる魔物も殲滅しないことには鉱山解放には至りません。つまり本番の坑道に突入するまでにどれだけ被害を抑えることができるかが重要になります。ですが、私は素早く強敵に対処するために戦場を俯瞰できる場所にいる必要があります。なので私が後方にいながらできる地上での支援の許可を得たくて皆様に集まっていただきました」
「具体的には?」
リオンは合いの手を入れてくれたガリアスに応えるように顔を向ける。
「簡単に言えば蜥蜴達の弱体化です。硬さなどは変わりませんが、少ないダメージで死にやすくなります」
騒つく者達を抑えるために魔力を籠めた柏手を打つ。静かになったのを確認してから話を続ける。
「次に、戦い難い坑道での戦闘数を減らすために、地上の蜥蜴を一掃後に坑道内の蜥蜴達を出来るだけ地上へと誘導し引っ張り出します。以上の二つが私からの提案です。上位種などの強敵は私に一任させて貰いますが、それ以外の魔物と戦うのは皆様です」
「侯爵様からの許可はどうなっているんだ?」
兵士側で集められた部隊長の一人が挙手しながら疑問を呈する。
「今日の昼休息の際に提案したところ侯爵様から許可は頂けました。他の貴族の方々や騎士達への説明はしてくださるそうです」
「それならば構わない。元より俺達兵士は上官の命令に従うものだ。それが死や怪我のリスクを抑えるための策ならば拒否する理由はない」
他の兵士達も同様らしく頷いたりなど同意する空気が発せられる。
一方の冒険者は半々といったところか。
「通常より楽に倒せるのは構わねぇ。だが、その支援を受けて倒した魔物の扱いはどうなるんだ?」
「勿論倒した方や倒したパーティーの物ですよ。代わりと言うわけではありませんが、上位種や強敵が現れたら、素直に素早く引いて私に任せてください。……その場合は当然ながら魔物の素材などは討伐者である私の物になることもお忘れなく」
質問してきた狼系獣人の青年に微笑とともに説明すると、リオンからの笑みに本能的な恐怖を感じた青年は、震えを隠すように鷹揚に頷きを返した。
同様の感覚を得た他の冒険者達もリオンの言葉に頷いたり、慌てたように声に出して理解したことを示す様子を兵士側の者達は不思議そうに見る。
「皆様に納得いただけたようで何よりです。話は以上になります。明日はお互いに頑張りましょう」
その言葉を最後に解散し、それぞれが自らの寝所へと戻っていく中、ガリアスだけはリオンの元に残っていた。
「リオン、お前。アイツらに【威圧】を使ったな?」
リオンが注いだ酒を飲みながら先程のやり取りについて指摘する。
「嫌だなガリアスさん。スキルは使っていませんよ。ちょっと眼と言葉に魔力を籠めて説明しただけです」
「……分かるやつから見たら脅しだった気もするがな」
「あの場ではガリアスさんぐらいにしか分かりませんよ。それに、彼らにはアレぐらいしないと心からは納得してくれないでしょうから」
「まぁ、確かに。実力はあるが我の強い奴もいたしな」
そんなこと言ったらコイツも物腰は柔らかいけど我が強い部類だよな、と酒からリオンへと視線を向けながら思い返す。
昼休息時にやって来て今夜の集まりで話すことについて説明を受けた際に、他の奴らに対してよりは明け透けに語ってくれた内容が正にそのような内容だった。
「予定通り引き渡しをして貰えそうで何よりですよ」
上位種ともなれば通常種よりも金になる。
リオンが担当すると事前に聞かされていてものらりくらりと拒否する輩も出たことだろう。
他人の手を借りずに自分達だけで倒したいというプライドの高い奴等も含めて、「前もって説明したんだから後で文句言うなよ?」と釘を刺すのが今夜集められた本当の目的だ。
美味い食事という飴と、威圧擬きによる説得という鞭を微笑を浮かべながら自分の先達者達へ平然と行う胆力と度胸に、ガリアスは内心冷や汗が出る思いだった。
「……末恐ろしい新人だよ、お前は」
「ははは、褒め言葉として受け取っておきますよ」
ガリアスの溜め息が作戦前の夜に空しく溶けていった。
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