第17話 領主との面談


 ◆◇◆◇◆◇



「ふむ。こんなところか」



 ギルドマスターのカスターとの面談から三日。

 結局俺は領主軍との合同作戦に参加することに決めた。

 ただし、当然ながら無条件で参加するわけではない。

 現在出揃っている情報から判断するに俺一人で殲滅できる状況を覆すのだ。しかも、カスターから話を聞くに冒険者側の戦力は俺だけなため、その合同作戦と報酬は特別なものでなければ納得はできない。

 前の異世界で出会った同郷の中には、特に理由も無く言われるがままに無償奉仕したり、報酬を相手の言い値で受け取ったり、逆にその報酬自体を遠慮して受け取らなかったりする物語の主人公クンみたいな者達がいた。

 勿論、時と場合にもよるが、俺は主人公クン達とは違って自分を安売りはしないし、相手に言われるがままのイエスマンな奴隷精神も卑屈さも無いし、自らの能力と労力に見合った正当な報酬は要らない物の場合を除けば遠慮なく受け取る主義だ。

 謙虚さが無いと言われようが、俺は正義の味方マンでも酔狂なお人好しでもないので、自分が一方的に損をするようなことは御免被る。

 そのため、今日は作戦前の顔合わせと報酬などの話し合いのために領主邸に向かうことになっている。



「……こういう格好をすると少しは“らしく”見えるな」



 店で購入した姿見に映る自分自身の姿を今一度確認する。

 大森林で採れる素材で製作した自作の整髪料で整えられた黒髪に、紅黒竜の素材などを使用して縫製した臙脂色のスリーピースのスーツに身を包み、冒険者の時に使っている靴と比べて硬く艶のある革靴を履いた二十代ぐらいの青年が映っていた。

 竜素材以外にも、この三日間で市中で買い集めた物や魔物の素材も使用して製作した物だが、中々の出来だと自負している。



「調べた限りドレスコードに問題は無いはずだが、我ながら新人感も平民感も無いな」



 万が一の事態が起こった際には防具としての役割があるため、全部魔導具マジックアイテムで主に竜素材を使っているけど問題無いだろう。

 真紅色のネクタイと黒シャツの具合も確認してから姿見を【無限宝庫】に収納してから部屋を出た。

 一階のロビー兼食堂を横切る際に多くの視線が集まったが全てをスルーして宿を出ると、宿の前に止まっていた冒険者ギルドの馬車に乗り込む。



「……おお。一体誰かと思ったぞ。随分と洒落た格好じゃないか」



 先に馬車に乗っていたギルドマスターのカスターが此方の格好を見て驚愕していた。領主との交渉の席にはカスターも同行したいと言うため、それならばとギルドから馬車を出して貰ったのだ。



「ギルドマスターもお似合いですよ」


「……今のリオンと並ぶと、周りから俺は貴族か何かの若様のお付きの者に見えるだろうな」



 何とも言えないので肩を竦めるとカスターは溜め息を吐き、御者に領主邸に向かうよう指示を出した。

 そういえば学生の頃、何かで着た似たようなスーツ姿を見た友人から「どこのマフィアのボスだよ⁉︎」と突っ込まれたっけ。

 他にも純粋にカッコいいと言ってくれた人もいたけど……あれ? 誰だっけ。顔が出てこない。

 まぁ、いいか。余計なことは考えずに領主との面談に備えよう。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 領都アルグラートで最も広いであろう敷地内に建てられた屋敷の前に馬車が止まる。

 目的地であるヴァイルグ侯爵邸は無骨さ七割、優美さ三割といった割合の外観で、屋敷の手前であり敷地の玄関口には、いざとなったら籠城も出来そうな高い壁と門があった。……というか籠城って言葉が正しいぐらいに城だよ。屋敷じゃないな、これは。



「リオン様、カスター様、本日はようこそお越し下さいました。旦那様の元までご案内致します」



 馬車から降りた先で待っていた老齢の執事の案内に従って城、もとい屋敷の中を進む。

 チラリと見渡した屋敷の中は、主の意向を反映してか質実剛健な内装で個人的には落ち着く。

 暫くして目的地の執務室の少し手前の部屋に案内されると老執事が尋ねてきた。



「旦那様の執務室に向かう前に失礼ですが、武器の類いの物をお持ちでしたら、お帰りになられるまで此方の方で預からせて戴きたく存じます」



 その言葉を受けてカスターは短剣を預けたが、俺は何も持っていないことを示すために室内にいた兵士から所持品チェックを受けた。

 【異空間収納庫アイテムボックス】があるのは向こうも知っているだろうから、コレは一応のチェックでしかない。収納空間内の物を全て出すわけにはいかないからな。

 こういう収納系能力を一時的にでも防ぐ魔導具を作ったら売れそうだ。なんとなく作れる気がするからこのアイディアは後で備忘録に記しておこう。

 チェックが終わると今度こそヴァイルグ侯が待つ執務室前へと到着した。



「此方が旦那様の執務室でございます。準備はよろしいですかな?」


「私は問題ありません」


「自分も問題ありません」


「かしこまりました」



 此方の確認を取ってから扉をノックをすると、部屋の中から「入れ!」と声が聞こえてきた。



「失礼いたします」



 部屋の主の品格を示すような高級で重厚な扉が開けられ、屋敷の内装とは異なる豪奢な部屋が現れる。

 部屋の奥の机にどっしりと座る五十代ぐらいの偉丈夫が現ヴァイルグ侯爵なのだろう。

 ヴァイルグ侯の左右にいる騎士達を視界に入れつつ入室する。老執事の「お客様をお連れしました」の言葉から一呼吸置いてカスターと共に、深すぎず浅すぎない程度に頭を下げる。



「久しいなカスター。少し痩せたか?」


「お久しぶりでございます、ドルタ様。ここ最近北を除いた四方で立て続けに問題が発生したことによって中々休みが取れず痩せてしまいました」


「多忙な時に限って厄介ごとが重なるのはよくあることだ。そして、今日はその内の一つを解決するための談合だ」



 そう言うとヴァイルグ侯は視線をカスターから俺へと向ける。



「おぬしがリオンか。儂はヴァイルグ侯爵家当主、ドルタ・ヴォン・ヴァイルグだ。南の大盗賊団を壊滅させ、その暗躍の魔の手を未然に防いでくれたそうだな」


「初めまして侯爵様。私はBランク冒険者のリオンと申します。以後お見知り置きを。盗賊団に関しましては、自分の力の及ぶ範囲で出来ることをしたまでです」


「うむ。その力、南だけでなく西の方でも奮って欲しい。そのための話し合いを行うとしようか」



 室内にあった応接セットに場所を移し、お茶の用意を済ませた老執事が退室してからヴァイルグ侯と向きあう。俺の横にはカスターが、ヴァイルグ侯の背後には騎士が二人いる。



「さて、さっそくだが、銀鉱山解放作戦に参加するにあたって何やら条件があるそうだな?」


「はい。ですが、その前に。質問に質問を返すようで恐縮ですが、侯爵様は此度の作戦において私にどのような役割をお求めでしょうか?」


「ふむ、役割か。リオンには以前の作戦時のAランクパーティーと同様に上位種などの強敵への対処をしてもらおうと考えている」


「強敵が出現するまでは後方待機でしょうか?」


「強敵が現れた際にすぐに対応してもらわねばならないから、基本的に後方待機だ」


「なるほど……倒した上位種などの私が倒した魔物の素材の扱いについてはどうなるのでしょうか?」


「当然おぬしの物だ。貴族の身分を掲げて強制的に押収することはないから安心せよ。此方が欲する素材があった場合は後で交渉させてもらうかもしれんがな」



 意外に、と言うと失礼かもしれないが、侯爵という上級貴族の冒険者に理解のある発言に思わず片眉が上がってしまう。



「意外かね?」


「はい。飾らず言わせていただくならば、作戦参加の報酬だけで素材は全て強制的に其方の物になるかと思っておりましたので」


「確かにそういう貴族もおる。だが、我がヴァイルグ侯爵領は領都の北にリュベータ大森林という魔物の領域を抱えている。万が一魔物が南下してきた際の防衛や、平時でも魔物や薬草などの大森林由来の素材を集めるために冒険者の手を借りておる。そのような土地の領主が冒険者に理解がなくてどうする。勿論、冒険者ならば誰からでも要望を聞くというわけではないし、力無き者に便宜を図ることはないがな」



 そう言って意味深に此方を見据える。冒険者になって短いが、実績を上げているからこうやって融通を利かせてくれているのは承知してますよ。

 理解していることを首肯で示し、話を戻す。ここからが本番だ。



「通常種の時は後方ということですが、その間私は戦えないわけですね?」


「そうなるな」


「……本来ならば私がギルドからの依頼で全て討伐することが決まっていた魔物の素材も、その経験も得られないのですね?」


「……」



 カスターに聞いたところ、前回の作戦失敗から今回の作戦参加要請の話がギルドに届けられるまでの間の銀鉱山の魔物の扱いはギルドに全面的に委託されていた。

 つまり、俺が南の盗賊団と北のヒルハ草、西の銀鉱山の依頼の達成目標を修正して受注した時はギルド側の管轄であり、その権限の範疇で魔物の殲滅が許可されていたわけだ。

 それを横合いから破棄されただけでなく、本来得られた報酬や経験値を受け取ることができないというのは、そう簡単には納得できない。前もって提示された作戦参加報酬の方が得る物が多かったならば違うんだけどね。

 ギルドで調べた岩喰い蜥蜴の素材の売却価格と銀鉱山にいるであろう個体数を考えると、上手く捌けば作戦参加報酬の倍は稼げる上に経験値が得られることも考えると損をしている感が強い。



「……ヴァイルグ家は感謝を忘れたりはせぬぞ?」


「それは嬉しいですね。ですが、私はこの先もずっとアルグラートを拠点に活動するわけではありませんし、いずれ自らを鍛えるために迷宮都市へと向かう予定です。そこで活動するためには潤沢な資金や強さ、そして有用な魔導具の方が命に関わる事柄故に優先順位は上かと愚考致します」



 此方を納得させたかったらもっと金寄越すか魔物と戦わせろ。或いは有用な魔導具寄越せ。でないとすぐにアルグラートを出て行ってやる的なことを婉曲な言い回しで伝える。

 此方の言い分が伝わったのか、何となく空気が重い気がする。

 下手したら無礼討ちかなぁ。そしたら相手を怪我させないようにして逃げなきゃなぁ、と考えていたら、なんかヴァイルグ侯が俯き震えている。やっぱりお怒りかな?



「ーークククッ、ハーハッハッハッハッハ‼︎ 優美で力ある剣に見えて、その実態は眠れる竜であったか。Sランク候補をこの程度の報酬で好きに動かそうとするのは流石に虫が良すぎたか」



 怒らずに実に愉快とでも言うかのように呵呵大笑したヴァイルグ侯は、笑いを鎮めるとテーブルに置いてあった呼び鈴を鳴らした。

 程なくして先程の老執事が布が被せられたトレーを持ってやって来た。



「試したような形になって悪かったな。許せ。この二つは今回のことへの詫びと、作戦参加報酬への追加報酬でありその前払いだ」



 ヴァイルグ侯の発言に合わせて老執事が布を外す。

 そこにあったのは二冊の本だった。【情報賢能ミーミル】で視るに二冊とも使用すると魔法スキルが得られる魔法書らしい。

 どうやらアルグラートでの俺の動向はしっかり調べられているようだ。流石はお膝元なだけはある。



「これは……まさか魔法書ですか?」


「うむ。他家などとの交渉用にと宝物庫に保管してあった物だ。どうやら水の魔法書を探しているようだったからな。ちょうど一冊だけあったので報酬に選ばせてもらった。あと一冊魔法書があったのでそれも追加させた。そちらの属性が被っていないか確認してくれ」


「拝見します」



 トレーから水冷属性の魔法書とは別の魔法書を手に取る。すると何属性の魔法書かが脳裏に流れてきた。

 どうやら【爆裂魔法】のようだ。いや、まぁ視て知ってたけどね。



「確認しました。こちらも私が持っていない属性です」


「それは重畳。確認が出来たということは適性の方も問題ないようだな」



 適性が無くても魔法書を使用できないというわけではない。その代わり適性のある他の属性魔法よりも燃費がかなり悪いというだけ。

 魔法書に触れて属性を確認出来るかどうかは適性を調べる手段の一つだ。俺の場合は全属性に適性あるからそのあたり関係ない。



「はい。此方の方の魔法書は相当に希少な物だと思いますが、本当によろしいのですか?」


「未来のSランク冒険者へ恩を売ると考えれば安いものだ。気にせず受けとってくれ。その代わり此度の作戦では頼むぞ?」



 魔法スキルを習得できる魔法書の希少性と価値を考えると、元々の討伐依頼で得られた金額を個人的には優に超えていると思う。

 準備の良さから最初からこの形に持っていくつもりだったのか、それとも念の為用意していた物なのかは分からないが、こうも上手く物事が運んだのは【交渉】【詐術】【取引】【幸運】の補正力もあるに違いない。

 未習得魔法スキル二つという、これほど良い物を貰ったならば否とは言えないな。

 でも直ぐに承諾するのは報酬に釣られたようで癪……もとい、安く見られそうなので思案する風を装い、少し溜めてから発言するとしようかな。



「ーーかしこまりました。微力ながら最善を尽くさせていただきます」


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