第18話 予想外の出逢い
◆◇◆◇◆◇
領主であるヴァイルグ侯との面談と交渉を終えて宿に戻ったのはまだ昼前の時間帯だった。
部屋に戻り楽な服装に着替えてから一階の食堂で昼食を食べる。
さて、この後どうするか。
今日は貴族と交渉するという大仕事をこなしてきたばかりだ。一緒に同行した冒険者ギルドのギルドマスターであるカスターはあくまでも付き添いなので、終始話していたのは当事者である俺だけ。
慣れないことをして疲れたので今日はこのまま部屋で休んでもいいが、ヴァイルグ侯から受けた指名依頼である銀鉱山解放作戦に備えて、もっとレベルを上げるべきなのでは?とも思うのだ。
作戦まで残り十日を切っている。期日が迫り時間的余裕が無くなると自由に使える時間も減るだろう。
「……となると時間は貴重だな」
疲れも精神的な物なので、そのリフレッシュも兼ねてレベル上げで身体を動かすのはアリなのでは?
経験値だけでなくスキルや素材が得られるのだから凄く良いアイディアな気がする。
懐から水袋を取り出して中身を口にする。
この中身は一部の者達に魔水という通称で知られている、特殊な水である精霊水だ。
治療薬や魔法薬の素材として使用するとその薬効を高める力があるが、竜の肉を食べると一部の能力値が増大するように、精霊水もそれ単体を飲むだけで一部の能力値を増大させる特殊食材であることが分かった。
無味無臭でスゥッとした喉越しに口当たりの良い滑らかさをしていて、この世界に来て飲んだ飲料の中では最も美味しい物だ。
前世では無味無臭の水を飲むよりは味のある飲料水を飲むのを好んでいたが、精霊水ならば毎日飲んでも構わないほどに気に入っている。
今のところ知っている精霊水が湧いている場所は一箇所だけ。
レベル上げも大事だが、貴重な素材を確保するのも大事だろう。
「ーーと、いうわけでやってきました、秘密の場所へ」
善は急げと昼食後にリュベータ大森林の精霊水が湧く巨石の広場にやってきた。
どうせレベル上げするなら此処を拠点に活動した方が色々と効率的だと判断したからだ。
周りの希少な草花には散布しない、地面に無駄に流れ落ちている精霊水を採取するために、大人ぐらいのサイズの水甕を巨石の周りに複数個配置していく。
ジョロロと水甕に精霊水がちゃんと溜まっているのを確認すると、巨石と草花がある広場ごと認識阻害の結界で覆う。
「これでレベル上げの間は大丈夫だろう。さて、こっちも済ませておくか」
魔物を狩りに行く前に報酬の一部先払い兼詫びとして貰った【水冷魔法】と【爆裂魔法】の魔法書を使用しておくのも忘れない。
魔法書に魔力を通し、魔法書と自分が魔力で繋がっている状態を維持しつつページを捲って中身に目を通していく。
【言語理解】でも理解できない文字と幾何学模様を認識していくごとに、認識された部分の色が薄くなる。そうして最後のページまで目を通し終えると魔法書が一際強く輝き、粒子状になって身体に取り込まれた。
[マジックスキル【水冷魔法】を習得しました]
[マジックスキル【爆裂魔法】を習得しました]
無事に魔法スキルを習得することができた。これで準備は終わりなので、広場に近い魔物から順に狩っていくとしよう。
[ユニークスキル【
[スキル【酸弾】を獲得しました]
[スキル【消化力強化】を獲得しました]
[スキル【物理攻撃軽減】を獲得しました]
[スキル【斬撃耐性】を獲得しました]
[スキル【貫通耐性】を獲得しました]
[スキル【衝撃分散】を獲得しました]
[スキル【補水回復】を獲得しました]
[スキル【
[スキル【蛇睨み】を獲得しました]
[スキル【丸呑み】を獲得しました]
[スキル【幸運の白金蛇】を獲得しました]
[スキル【
[スキル【
[スキル【認識困難】を獲得しました]
[スキル【気配遮断】を獲得しました]
[スキル【待ち伏せ】を獲得しました]
初めに遭遇したのは粘体系魔物である〈リュベータ・スライム〉。
リュベータ大森林原産のスライムで体色は半透明の緑色をしているため、視界の悪い森や草叢の中では見つけ難く、そのうえ分泌される強い酸を弾丸のように飛ばしてくるのが地味に厄介な魔物だ。
強酸ではあるが、俺の【魔装鎧】や魔法による対物理障壁を突破するほどではなく、情動がほぼ無いスライム種の特性と合わさり高い隠密性を発揮する体色も、普通に気配を察知できるのに加え、【
子供を丸呑みにできるぐらいの頭部と胴体を持つ蛇系魔物〈プラチナム・パイソン〉は、目撃数がかなり少ないレアな魔物だ。
美しい白金色の体表には金色の紋様が浮かんでおり、その蛇皮で作られた革製品は多くの貴族や商人が幸運のお守りとして追い求めている逸品らしい。
ギルドの資料に書かれた情報の幸運云々を若干胡散臭く思っていたのだが、【幸運の白金蛇】のスキルを考えると事実なのかもしれない。幸運系の
ダークグリーンの体色に高い隠密性と近接能力を併せ持つ、森の暗殺者であり格闘家である蟷螂系魔物〈デス・マンティス〉は普通に戦ったら中々強かったのだろう。
レベルも五十と今まで戦ったリュベータ大森林の魔物の中ではトップであり、リュベータ・スライムを上回る隠密性は【敵性感知】を欺くほどだ。
まぁ、【広域索敵】と【直感】には敵わなかったけど。木陰に潜んでいるのに気付いた瞬間に相手が反応できない速さで魔剣を振るって殺したのでアッサリ終わった。
他にも色々な魔物と戦ったが、新規スキルが手に入ったのはこの三種だけ。他は既得スキルの
レベルは三つ上がって六十三になった。
三時間ほど戦ったので今日のところは草花を採取してから帰るとしよう。
◆◇◆◇◆◇
「ーーおや?」
認識阻害の結界を抜けた先の広場には美の化身がいた。
金糸のように細く艶やかな
女性らしい身体のラインに沿ったデザインと防御力を両立させた黒のドレスアーマーに佩剣という装備からして、戦闘スタイルは剣士か魔法剣士。吸血鬼種なら魔法技能にも優れているだろうからおそらく後者。
感じられる気配からかなりの強者だが、正確な情報を知りたいので【
どうやらスキルか魔導具で鑑定を妨害しているようだ。
それに加えて、これだけの美貌を誤魔化す認識阻害の効果も働いているようなのだが、鑑定妨害は無理でも認識阻害の方は看破できているらしく容姿は視認できている。
そのおかげで感覚的に彼女の種族が吸血鬼族ではなく上位種の不死鬼族であることと、正確な数までは分からないが俺よりもレベルが上なのが理解できた。
「ーー貴方がこの結界を?」
何かに驚いたように此方を見たまま固まっていた不死鬼族の美女がやっと口を開いた。
あ、もしかするとこっちが話しかけるのを待っていたのかもしれないな。
「ええ。見ての通り水を汲んでいる最中でしてね。周囲の魔物を狩っている間に水甕に魔物が近付いてこないように結界を張っていたんですよ」
「なるほど、そういうこと。……この場所を占有しているわけじゃないのね?」
「違いますよ。この場所は最近見つけました。そういう貴女はこの場所の常連でしょうか? ああ、申し遅れました。私はリオン。つい最近そこのアルグラートで冒険者になった者です。ランクはBになります」
「Bランク? ああ、あの制度ね。そういえば最大でBまでしか駄目なんだったわね。私はレイティシア・アルヴァール。一応Sランク冒険者になるわ。この場所は常連と言えば常連ね。ここには偶にしか水を採取しに来ないから気にしないでいいわよ」
かなりの強者だとは思ったが、まさかのSランク冒険者だったとはな。
調べた情報によれば、レイティシア・アルヴァールはアークディア帝国所属のSランク冒険者で、帝都を拠点にしているとあった。それ以外の情報が不明という謎が多い冒険者だった。吸血鬼種というのも初耳なのだが、本物か?
こちらの疑問を察したのか、レイティシアが懐からSランク冒険者の
「まさか、こんな森の奥地でSランク冒険者の方にお会いできるとは光栄です。しかも、謎の多いアルヴァール様がこんなにも美しい方だとは夢にも思いませんでした」
取り敢えず褒めておこうと、言葉を飾りつつも正直な感想を述べる。
すると、レイティシアの気配が僅かに揺らいだ。
「……認識できているの?」
「恐れながら、私には普通に見えているようです」
「怖くないの?」
「他種族に対して畏怖も偏見もありませんので、ただ単に綺麗な人だなと思っただけですよ」
俺が今いる国であるアークディア帝国は多種族国家であるため、当然ながら様々な人類種が帝国民として共に生活している。
そんな多種族が共生している帝国ではあるが、個人間や特定の地域などでは忌み嫌われている特定の種族もあると思う。
この世界における吸血鬼族は、前世の地球の伝承やフィクションなどに登場する吸血鬼とは違い、魔物ではなく人類種の一種であり、血を吸って他の吸血鬼を増やす力や変身能力も無いし、ニンニクや聖水、太陽の光などが弱点ということも無い。
だが、前世の吸血鬼らしい特徴として、他の歯よりも尖った犬歯や、口から摂取した血液の質や内包する魔力によっては全能力を強化できるという種族特性があるため、地域や国によっては迫害の対象になっている場所もあるらしい。
もしかすると、鑑定妨害や認識阻害は種族絡みのトラブルを防ぐためなのかもしれないな。
隠していた顔が見えていた羞恥心からか、頬を赤く染め、困ったように手を当てるレイティシアを安心させるために言葉を重ねる。
「ご安心ください。隠されているということは何かしら事情がお有りなのでしょう。他人の秘密にしていることを喋るような趣味はありませんよ」
此方の真意を探るように見つめてくるので、互いに見つめ合うことになった。
それにしても本当に美人だな。顔もスタイルも全てがドストライク。しかも、鎧の型に偽りがなければとても立派な物を持っているようだ。
人外の美しさと色気を前にして、俺の理性の鎧が強靭でなかったら危なかったな。
暫くして此方の言葉を信じてくれたのか、雰囲気が若干柔らかくなった。
「……リオンはアルグラートを拠点に活動しているの?」
「今のところはそうですが、いずれ帝国最大の迷宮都市にいくつもりです」
「そうなのね。もし、帝都に来ることがあったら冒険者ギルドを通して私宛に伝言を残してね。私の素顔を黙ってくれるお礼に帝都を案内させてちょうだい」
まさかの提案だが、またこの美女と逢えるだけでなく帝都を案内して貰えるというのは素直に嬉しい。
「分かりました。その時は是非お願いします」
「絶対よ? 帝都に来たらちゃんと連絡するのよ。いいわね?」
「え、ええ。勿論ですとも」
な、何か妙な圧を感じるんだが……そんなにお礼がしたいんだろうか。
「出来れば迷宮都市に行く前に帝都に寄ってくれると嬉しいわ。色々案内できると思うから」
「そうですね……分かりました。特に急ぐ理由も無いので、いつになるか分かりませんが、何もなければ先に帝都に寄ろうと思います。その時はよろしくお願いします」
「ええ! 任せて頂戴」
絶世の美貌に満面の笑みを浮かべるレイティシアの姿に理性の鎧が半壊しかける。
何という破壊力!
【
というか、何かキャラ変わってませんか?
もう少し話していたいところだが、そろそろ帰らないと暗くなる前に帝都に着かないらしいので、既に用事を済ませているレイティシアを見送るために共に結界を出る。
「リオン。実は私がこの森に来たことはアルグラートの者達は誰も知らないの。だから、私が此処に来ていることも内緒にしてくれないかしら?」
突如距離を詰めてきたレイティシアは、此方の手を握って更なる頼み事をしてきた。レイティシアは女性としては長身で、俺と目線はほぼ変わらないから上目遣いの距離も近い。
更なる内緒事を頼むのが恥ずかしいのか、その美しい顔を赤く染めているレイティシアを安心させるために、此方の手を握るレイティシアの手にもう一方の手を重ねる。
これは決して下心あって手を重ねたわけではない。安心させるためという健全な理由である。スゴくスベスベだと思ったけど魅了されたわけではない。
「安心してください。誰にも話さないと約束しますよ」
「フフフ、ありがとう。また、借りが出来たわね。このお礼も今度お返しするわ」
「いえ、既に帝都の案内という過分なお礼を戴くのでこれ以上戴くわけにはいきません」
「そういうわけにはいかないわ。こうぞ……アークディア帝国のS級冒険者としてちゃんとお礼がしたいの。それとも迷惑だったかしら?」
「いえ、そのようなことは。では、また今度お会いした時にでもお願い致します」
「ええ、分かったわ。このお礼もまた今度。それじゃあ、そろそろ行くわね。リオン。また逢えるのを楽しみにしているわ」
「私もアルヴァール様に再びお逢いできるのを楽しみにしています」
フワリと身体を浮かばせて手を振ってくるレイティシアに手を振りかえす。
こうして見上げると、黒のタイツに包まれた長い美脚も素晴らしいな。
しかし、黒い鎧の美女が飛んでいたら目立ちそうだが、どうするつもりなんだろうか?
空を飛んでも見られるのではと疑問に思っていると、飛行魔法とは別に魔法で身体を風の結界で保護し、更に外側に隠蔽結界を展開して不可視状態になってから一息に飛び立って行った。
「……何というか意外と距離感が近い人だったな?」
自分よりも確実にレベルが高い相手に近付かれたからか、時折背筋が冷やっとした時もあったが、まぁ概ね良好な関係を築けたと思うので良しとしよう。
「折角Sランク冒険者に逢えたんだから、出来れば戦ってみたかったなぁ。どのくらいの強さなんだろうか。良いスキルも持ってそうだ。ま、楽しみは次の機会に取っておくか。迷宮都市に行く前に帝都に寄るのを忘れないようにしないとな」
衝撃的な出逢いと別れの余韻を振り払ってから、全ての水甕を回収し、希少な草花を採取してからアルグラートに帰還し、冒険者ギルドに諸々の納品を済ませてから宿へと戻った。
……何か最後が衝撃的で、当初の予定通りにリフレッシュができてないような気がするけど。まぁ、仕方ないか。
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