第9話 グリッドル盗賊団
◆◇◆◇◆◇
アルグラートの南門から、馬の速歩で一時間ほど進んだ辺りで盗賊の襲撃が多発しているという情報を基に現場にやってきた。
移動手段として魔法でサクッと製作した急造のホースゴーレムを街道脇で元の土塊へと戻す。
宝石と自らの血を素材に製造したゴーレムコアを土塊の中から【無限宝庫】へ収納すると、宿で作って貰った昼食のサンドイッチを食べながら【
有効化された範囲のエリアが【
その地図上には魔物を含めた数多の生き物の反応が表示されているが、その中に人の反応は無い。
「んぐ。もう少し先か?」
最後のサンドイッチを食べ終わり、指に付いたパン屑を舐めながら土塊に目を向ける。
アルグラートからの距離を測るために製作したホースゴーレムは既に解体している。
再び造って移動するのも歩くのも時間がかかる。
なので、折角だから未使用のユニークスキルを使おう。
「【
ユニークスキル【
すると、あっという間に有効化されたエリア外へと到達してしまった。
実際に使用したのは初めてだが、思っていた以上の速さだった。
【
俺自身はスキル使用中は風の護りが働く上に、レベル55の耐久値と【物理攻撃耐性】スキルがあるから問題ないけど、ぶつかった相手はバラバラになるだろう。
移動中は【高速思考】を発動しているから事故ることは無いと思うけど万が一がある。
「というか速すぎるし、今のレベルじゃ振り回されるから戦闘には使えないな。取り敢えず移動だけに使用するとして、地上じゃなく空を駆けた方がいいか」
再び【地図有効化】を使用しても盗賊が見つからなかったので、空からこの辺り一帯をシラミ潰しに探すことにした。
竜の住処で拾った品の中でも十指に入る高価なアイテムである隠密系
【天地駆ける神馬の蹄】によって自由に空を歩けるため落ちる心配は無いが、下を見ると高所恐怖症だったら卒倒する景色だ。
盗賊団を捜索しながら、地図上で詳細なステータスが表示される条件を検証したところ、どうやら【地図有効化】が使用されたエリア内で再度【地図有効化】を使用するとそのエリア内の対象の詳細な情報が表示できるようになるようだ。
昨日は広いアルグラート内の地図の空白を埋めるために何度も【地図有効化】を使用していたからいつの間にか条件を満たしていたのだろう。
消費する魔力は増えるが数秒で回復する程度なので、今度から【地図有効化】を使用する際は
「あれが盗賊団のアジトか。ふーむ。数が多い上に冒険者崩れや元兵士がいるからか全体的にレベルが高いな。まぁ、それはいいんだが……何で他国の軍人がいるんだろうね?」
【情報蒐集地図】で表示された盗賊の詳細ステータスの所属・職業欄にはきな臭い文字が記されていた。
“元”と付いていないから現役の軍人だと思われる。
全部で百人余りいる盗賊のうち軍人は三割ほど。
その全てが幹部のようなので、盗賊団を隠れ蓑にした諜報部隊といったところか。
現地採用であろう他の盗賊達は生かす必要はないが、軍人に関しては全員生かして捕まえた方がいいのかな?
「……いや、やっぱり此処から生かしたままアルグラートへ連れて帰るのは面倒だから全員は無しだな。良くて二人ぐらいか」
地図上で軍人盗賊を逃がさないようにマーキングをしておく。
誰を生かすかは状況次第だな。
「それにしても規模の大きいアジトだ。現役軍人の手が入ってるからか?」
眼下に広がるアジトの規模は、先日討伐した盗賊団の比ではなく、森を切り拓きつつも遠目からは見えないように背の高い木々を利用して構築されている。
街道からも距離がある深い森の中にあるため、今まで誰にも気付かれなかったのだろう。
魔法も使用しているようで、森の中に作られた要塞や砦といった外観だ。
まぁ、俺が視たところ作られて二、三ヶ月といったところか。時期的にも大体合ってるな。
「周りが草木だから燃やすのは無しだな。ーーよし。それじゃあ、始めるか」
◆◇◆◇◆◇
「ーーよし。それじゃあ、始めるか」
そう呟くと、リオンはグリッドル盗賊団ーー他の盗賊団からそう呼称されているーーのアジトから少し離れた場所に移動した。
【無限宝庫】から戦利品の宝石を素材にして製作したゴーレムコアを20個取り出し魔力を込めると、それぞれの距離を空けて地面に落としていく。
すると、地面に落ちたゴーレムコアを核にして周囲の土や草木が集まっていき、ゴーレムコアを覆う肉体が構築された。
瞬く間に構築されたのは三メートル大のクレイゴーレムだ。
自然発生する魔物としてのクレイゴーレムとは異なり、大樽のような寸胴をしたデザインの重装騎士の型をしており、一目で人の手が加えられていることが分かる。
「レッツゴー」
軽く放たれた創造主の号令に従って20体のクレイゴーレム達がグリッドル盗賊団のアジトへと進撃する。
肉体の構成が良いのか、ゴーレムコアの性能が良いのか、その歩みは野生のクレイゴーレムとは比べるのも烏滸がましいほどに滑らかだ。
その土塊の肉体と同化した同質の大盾と大剣を駆使し、進行方向上の障害物を切り拓いていく。
アジトが視認できる距離になった頃には盗賊達は迎撃態勢を整えていた。
対魔物用に深く作られた堀があるが、目視したクレイゴーレムの巨大さに盗賊達の顔が強張る。
あの大きさなら堀を飛び越えて来るのではないか?
そんな予想を悪い意味で裏切る現象が起こった。
なんと、アジトとクレイゴーレム達の間にあった堀の底から土が盛り上がり穴を塞いでしまったのだ。
目の前で突如起こった出来事に盗賊達の思考に空白が生まれる。
彼らの思考が現実に戻って来たのは、クレイゴーレム達がアジトを囲む木壁である塀を粉砕しようと大盾を正面に構えたところだった。
「ま、拙い! 早く迎撃しろ! 足を止めるんだ!」
慌てる指揮官の声に盗賊達は塀の上から弓を構え、魔法を放とうとする。
だが、それらを邪魔するようにクレイゴーレム達がやってきた方向から大量の魔力の矢が降り注いできた。
「ぎゃっ⁈」
「がっ⁈」
「ま、魔法か!」
「くっ。盾で防げ! っ⁈ しまっーー」
頭上からの攻撃に対処している間に接近していた指揮官の声が轟音で途切れる。
クレイゴーレム達の突進によりアジトの塀が粉砕される。
破砕された塀の上にいた指揮官含めた盗賊達が宙を舞う。
そんな彼らに襲い掛かるのは追尾性能のある
空中でどうにか矢を防ぎつつ着地した者がいても、其処には大剣を振りかぶるクレイゴーレム達が待ち構えている。
クレイゴーレムを視認してから僅か数分の間に、迎撃に出た盗賊達は全員が討伐された。
殆どのクレイゴーレムは反撃を受けて肉体が破損しているが、ゴーレムコアに込められた魔力が尽きない限りは周囲の岩や土を取り込み再生する。
破損から数秒経つと再び稼働可能な状態に戻ったクレイゴーレムが、盗賊を探してアジトを徘徊し始めた。
「くそッ! 一体どこのどいつが攻めて来やがったんだ。外からの連絡は来てないんだな?」
アジトの最奥部では、配下の盗賊達に指示を出し終えた幹部の一人が、外部との連絡を担当していた別の幹部に問いかける。
「来てませんね。ついでに言うとゴーレムの術者の殺害と敵の数を調べるために出した偵察部隊との連絡がつきません」
「この僅かな間にやられたと?」
「だと思いますよ。どうしますか、隊長。この国から撤退しますか?」
隊長と呼ばれたグリッドル盗賊団の首領であるグラッドーー軍人ではない部下達や他の盗賊団にはグリッドルという偽名を名乗っているーーは、思考に耽るために閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「ーー撤退したいところだが、そう簡単にはいかないようだ」
魔導具である愛用の両刃斧の柄を握りしめながら扉を睨みつけるグラッドの姿を見た幹部達は、その意味に気付いて扉に向かって武器を構える。
アジトの其処彼処から聞こえてくる戦闘音を背景に、ゆっくりと扉が開く。
グラッドの指示に従って、魔法を使える幹部達がそれぞれの攻撃魔法を扉へと放つ。
扉の先の通路に攻撃の嵐が吹き荒れる中、グラッドの傍に三人の男女が近寄る。
一人はアジトから脱出するための魔法を発動する魔導師、一人は外部との連絡や情報を纏めていた情報幹部、最後の一人は護衛という布陣だ。
副首領を筆頭に残るメンバーの役割は追撃の足止め兼自らの死を以て盗賊団が壊滅したと思わせるための偽装要員。
炎や風、雷などの攻撃魔法が扉の先を蹂躙する中を生きていられるとは思えないが、万が一の場合を考えて脱出を決めたグラッドの指示に反対は無い。
この任務を受けた時から、成功の可否に関わらず命を賭けることに対する覚悟ができていたからだ。
それに、このまま侵入者を迎撃できれば生きて脱出することができるという希望もある。
ーーだが、その希望も相手が普通の枠組みの相手だったらの話。
グラッドと幹部達が集まっている室内の地面から、穂先が鉄で構成された土槍が剣山の如く生えてきた。
勢いよく生えてきた槍に対処出来たのはグラッドを含めて三人のみ。
そして、そもそも攻撃されなかった情報幹部が無事だった。
通路に向かって魔法を放っていた者達と、脱出のための魔法を構築している最中だった魔導師は攻撃を避けることが出来なかった。
一人あたり複数の槍に刺し貫かれて殆どの者が即死だった。
即死でなかった者も出血多量で長くはないのは明らかな状態だ。
生き残ったのは魔導師を除いた脱出メンバーと副首領の合わせて四人。
そんな死屍累々の空間に、近所の店に出掛けるかのような足取りで、リオンが壁に穴を空けて現れた。
室内の魔力の高まりから、扉から入ると攻撃を受けるのは分かっていたため、スキルによって扉を開けながらも、自分自身は壁を掘り進んで来たのだ。
「随分と質の良いのが揃っていたけど、オマエ達は本当に盗賊か? 軍属だったりしないだろうな?」
問い掛けながら先程とは異なり、天井から槍を発生させるが全員が避けた。
相手を揺さぶって隙を作るために言葉を放ったが、流石に二度目なだけあって警戒していたようだ。
脱出の決定の早さといい、相手の状況判断能力の高さに感心しつつ、急いでやって来て良かったとリオンは内心胸を撫で下ろしていた。
動くのに邪魔な天地から生えた槍を破壊してグラッドが襲い掛かってきた。
だが、襲い掛かってきたのは首領であるグラッドと副首領の二人だけだ。
どうやら様々な情報を纏めている情報幹部を逃すという判断を下したのだろう。
リオンも情報幹部と護衛が部屋の入り口から外へ脱出するのを尻目に、先ずはグラッド達に対処することにした。
「……二人もいれば尋問は十分だよな」
そんなリオンの呟きが聞こえたのか、グラッドから放たれる
後衛の副首領から
その刃を長剣で受け止めたリオンは、不敵な笑みを浮かべていた。
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